さばんなちほー2

「がーいど! がーいど! さーばんーながーいどー!」


 サーバルちゃんは元気いっぱいに前を歩いていきます。足取りが軽くて、今にもスキップをはじめそうなくらい楽しそう。それと比べると少し足取りが重いかばんちゃん。でも、改めて見る周囲の景色はとても新鮮に映っているようです。


「広くて見晴らし良いでしょう? 『さばんなちほー』って言うんだよ」


 枯れ草で覆われた土地に、乾燥に強そうな細めの樹木。それらよりも遠くには岩肌をあらわにした山が多く見え、上にはどこまでも続いていそうな青と白の模様が広がっています。初めて見た広い大地と空を前に、かばんちゃんはただただ感嘆するばかりでした。


 ――雨はあまり降ってなさそうだなぁ。


 サーバルちゃんから聞いた『さばんなちほー』を頭の中で『サバンナ地方』と置き換えたかばんちゃんは、色んなものがどこかで腑に落ちた気がしました。


「ここはサーバルさん一人の縄張りなんですか?」

「まさかー。他にもいっぱいいるよ!」


 例えばねぇ……と言って周囲を見渡すサーバルちゃん。彼女の頭と一緒にきょろきょろと動く大きな耳を、かばんちゃんは不思議な気持ちで見詰めていました。


「あ! あそこにシマウマちゃんがいるね」

「え? えぇ……見つからないです……」


 サーバルちゃんが指差した方向を見ても、かばんちゃんの目には何も映りません。

正確に言えば、茂みに隠れたフレンズを見つけられてしまうほど、サーバルちゃんの目が良過ぎるのですが……。見つかってしまったシマウマさんは恥ずかしがりやなのか、すぐに隠れてしまいました。


「あっ、隠れちゃった。あとはねぇ……その横にトムソンガゼルちゃんがいるよ!」

「あ! 分かります!」


 茂みが浅いところには、遠くを眺めるトムソンガゼルさんがいました。白くてピンと立った耳と細い角が生えたフレンズです。


「他にもいっぱいいるよ! さばんなちほーは広いから、たっくさんフレンズがいるんだー。としょかんは『じゃんぐるちほー』の先だから、さばんなの出口まで案内するよ」


 黄色い髪とスカートをひらひらと揺らしながらサーバルちゃんは颯爽と、時折ジャンプしながら歩きます。一方、かばんちゃんは「サバンナ地方は広い」という言葉に少し驚いたみたい。


「出口って、結構遠いんですか……?」

「すぐ近くだよ! さ、行こ行こ!」


 それを聞いたかばんちゃんは、ちょっとだけ安心してサーバルちゃんの後ろを歩くことができました。


 ――もしかして今いるところは出口に近いのかもしれない。


 そんなことを思っていられたのも、ほんの少しの間だけだったのですが。




 かばんちゃんたちの目の前に現れたのは、地面が削られたような急な崖でした。自分の足元から崖下までは、かばんちゃんたちの身長よりも何倍もありそうです。


「ぇ、えぇ……」


 困惑するかばんちゃんをよそに、サーバルちゃんは身体を左右に動かして崖との距離を測っていました。その後、かばんちゃんに一回視線を送ると「こうやって降りるんだよ」という風にその崖を簡単に降りて行ってしまいました。


「早く早くー!」


 サーバルちゃんの声に急かされて、かばんちゃんは一歩ずつ確実に、ゆっくりと崖を降りて行きます。それを見たサーバルちゃんは屈託のない様子で


「ゆっくりな動き……あなたもしかして、ナマケモノのフレンズとか?」


 と言います。


「ふえっ? ナマケモノ? ……うわっ、うわあー!」


 その言葉に気をとられてしまったかばんちゃんは、足を滑らせて崖下まで一気に滑り落ちてしまいました。


「大丈夫!?」


 慌てたサーバルちゃんが駆け寄ります。かばんちゃんは尻餅をついてしまいましたが、幸い怪我はなかったみたい。


「すみません……」


 でも、かばんちゃんは少し落ち込んでうつむいてしまいました。




 その次に二人の前に現れたのは少し濁った川でした。あまり大きい川ではないとは言え、向こう岸に辿り着くためには川の中にある岩を飛び越えていかなければなりません。


「やっ! えいっ!」


 サーバルちゃんはこれくらい何でもなさそうに向こう岸まで渡ってしまいます。かばんちゃんも勢いを付けて真似をしようと試みますが……。


「うわぁっ!」


 大きな水音を立てて、かばんちゃんは川の中に落ちてしまいました。やっとのことで向こう岸に渡ると、サーバルちゃんが手を差し伸べてくれます。


「ご、ごめんなさい……」

「へーきへーき! フレンズによって得意なこと違うから!」


 サーバルちゃんは優しいことを言ってくれますが、かばんちゃんの心の中は複雑でした。自分はなんてダメなんだろう。サーバルさんみたいにどうしてできないんだろう、と繰り返し考え始めていました。




 川からあがると、二人は川辺から続く坂道を登ります。サーバルちゃんは腕を振ってグイグイと進んで行きますが、暑さと疲れでかばんちゃんは膝に手を付いて立ち止まってしまいました。


 そのときかばんちゃんの前に、近くの岩の影から何か青いものが飛び出してきました。一つ目に短い足が一本、耳のような飾りが二つ。柔らかそうな他の部分と違って、頭の上には硬そうな石が埋め込まれているように見えます。


 ――何か『ネジ』に似てる気がするなぁ。


 そんなことを思いながら、かばんちゃんは話しかけてみることにしました。


「フレンズさん、ですか?」


 でも、返事はありません。


「あっ、ダメ! それはセルリアンだよ。逃げて!」

「えっ!?」


 かばんちゃんは急いで後ろに逃げようとしましたが、慌てたせいで石につまづいて転んでしまいました。すぐ足元に青色のセルリアンが迫って来ています。どうしよう! と、かばんちゃんがパニックになりそうなそのとき


「みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ! えーいっ!」


 サーバルちゃんは勢い良くジャンプすると、右手を光らせてセルリアンの頭の上に振り下ろします。その衝撃で頭の石が砕けたセルリアンは、一瞬で「パッカァン」と弾けてしまいました。そして不思議なことに、弾けた破片もキラキラ音を立てて消えてしまったのです。


「あれはセルリアンって言うんだ。ちょっと危ないから気を付けてね。でも、あれくらいのサイズなら自慢のツメでやっつけちゃうよ!」


 腰に手を置いて、サーバルちゃんはちょっと得意気です。助かってほっとしたのか、かばんちゃんは少し気が抜けて立ち上がれなくなってしまいました。


「すごいですね、サーバルさん。僕にはそんな力……普通に案内してもらうだけでこの感じだし……」


 かばんちゃんはまたうつむいて、目を伏せながら続けます。


「僕って、相当ダメな動物だったんですね……」


 ――それにひきかえサーバルさんはすごいなぁ……運動もできて、セルリアンもやっつけられて。それに、ここまで汗一つかかないなんて……。


「大丈夫だよ! わたしだって、みんなからよくドジ! とか、全然弱い! とか言われるもん」


 サーバルちゃんは落ち込んでいるかばんちゃんと目線を合わせながら、腰を落として手を差し伸べてくれます。そして


「それに、かばんちゃんはすっごい頑張り屋だから、きっとすぐ何が得意か分かるよ!」


 と優しく言ってくれました。その言葉のまっすぐさと、伸ばされた手の温かさに、かばんちゃんは少しだけ笑顔にになれました。




 それからもう少しだけ歩いたところに、大きな木が見えました。その大きな木蔭には誰が置いたのか、ベンチやテーブルらしきものが置いてあります。


 ――誰かが作った休憩所なのかな?


 気が付けば太陽は空の一番高いところに昇っていました。強い日差しは体力を容赦なく奪っていきます。示し合わせたかのように、二人はこの木蔭で一休みすることにしました。


「ここでちょっと休憩ー! 太陽が一番暑い時間は下手に動いちゃダメだからねー」


 そう言うとサーバルちゃんは、木蔭の草に飛び込みました。かばんちゃんも木の根っこの辺りに腰を下ろして足を伸ばします。


「あとで水も飲もうね! こっちもお勧めの場所があるんだー」


 そう言ってうつ伏せのまま手足を伸ばすサーバルちゃん。やっぱり汗をあまりかいてなくて、あまり疲れているようには見えません。だけどその呼吸は速くて、かばんちゃんは少し不思議に思いました。


「あーぁ、トリのフレンズだったらひょいっと飛んで行けるのになぁ」

「フレンズさんって、色々いるんですか?」


 サーバルちゃんのジャンプ力や瞬発力、爪による攻撃力は目を引きます。フレンズさんたちはそれぞれ動物の能力を持っているのが普通のようです。そこまで何となく把握した上でかばんちゃんは質問をしました。遠まわしに、フレンズとはどういう存在なのか、と。


「いるよ! わたしよりも強くて怖くて、おっきいネコ科の子もたっくさん!」

「か、噛まれたりとかしますか……?」


 もっと言えば、自分を食べてしまうようなフレンズはいるのかということを。


「そんなこと……たまーに機嫌が悪いときだけだよ?」

「そ、そうなんだ……」


 サーバルちゃんの答えにちょっとだけたじろぐかばんちゃん。動物の能力を色濃く残している様子のフレンズですが、とりあえず機嫌が悪いときに会わなければ食べられない……のかな?


「あ、でも、さっきのセルリアンには注意だよ! ほんとはこの辺にはあんまりいないはずなんだけど」


 フレンズに襲われることをやんわりと否定したサーバルちゃんですが、セルリアンにだけは警戒を促します。さっきのセルリアンは小さくて、サーバルちゃんがやっつけてくれたけれど、もっと大きいものがいたらどれだけ怖いのか分かりません。


「さっきのサーバルさんの爪、すごかったです」

「フレンズの技だよ! また出て来たらわたしに任せて!」


 どこまでもサーバルちゃんに頼ってしまう自分を、かばんちゃんはまた少し責めてしまいます。自然とまた、下を向いてしまいました。


「……すみません」


 それは「助けてくれてありがとう」と「頼りない僕でごめんなさい」が入り混じった複雑な言葉でした。


「あれ? かばんちゃん、はぁはぁしないんだね。それにもう元気になってる」

「……え?」


 呼吸を速めていたサーバルちゃんは、かばんちゃんを見て言いました。それを言われて、かばんちゃんは初めて自分の呼吸が整っていることに気が付いたのです。


「すごいよ、結構歩いたのに」

「そ、そうかな……?」


 サーバルちゃんは無邪気に感心していました。逆に、かばんちゃんはダメだと思っていた自分の能力を教えられて、目が点になっていました。


「わたし、あなたの強いところだんだん分かってきたよ。きっと素敵な動物だよ! 楽しみだね!」


 太陽が一番高く昇った頃、その心の中には太陽の暑さとは全然違う温かさが灯ったことを、かばんちゃんは何となく気付き始めていました。


 

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もじで「けものフレンズ」 窮兎 @9to

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