もじで「けものフレンズ」

窮兎

さばんなちほー1

 広い広い青空の下、一面に敷き詰められた黄色い草はところどころでキラキラと輝いていました。今はまだお昼前。いつもと同じように、ここには乾いた風が吹き渡っています。日差しはまだ優しいけれど、これからどんどん暑くなりそう。そんな草原にまばらに生えた木の、その中でも少し大きめの木の枝の上。木蔭に包まれてすやすやとお昼寝する影が一つありました。


 しましまの尻尾に大きな二つの耳。身体には水玉模様があるみたいです。その影は、むにゃむにゃと口を動かしたあと、大きなあくびをひとつしました。そして、今日はどんな楽しいことをして過ごそうかな? そんなことを考えていました。


 草の中にあるたくさんのキラキラからは、不思議な音が聴こえます。風の音とも動物の立てる音とも違う、わくわくするようなときめくような、とっても魅力的な音がするのです。大きな耳は、その音を聴くのにとっても役に立ちました。


 ――あれ? 誰かが歩いて来る?


 その音の中に二つの足で歩く音があるのを、その大きな耳の持ち主は聴き逃しません。でも、どうやら知っている友達のものとは違うようです。


 ――なんだかとっても楽しいことがありそう!


 ぴくぴくと耳をそばだて、尻尾をしならせると、は風を切りながら勢い良く木の下へと飛び降ります。そして、さっきの足音がする方にめがけて走りはじめました。あの足音をさせている子のところには絶対楽しいことが待っている! なぜかは分からないけれど、なんだかそんな気がしてしかたがなかったのです。


「うあーっ!」


 大声を上げながらさっきの足音の周りを駆け回ります。その方が本当の狩りっぽくてなんだか楽しいのです。「狩りごっこ」はこの辺りの子だったらみんな大好きなはず。きっとあのも、喜んでくれるはずなのです。


「いひひひひ! あははははっ!」


 草をかき分け、倒れている木を飛び越えて、彼女は足音の子と距離を詰めていきます。それだけでも楽しくて楽しくて、つい声を沢山出してしまいます。


「あっ、うわー!?」


 足音の子もこっちに気が付いたみたい。それと同時に全力で逃げていきます。ほら、やっぱり「狩りごっこ」が好きなんだね! 逃げていくあの足音の子を見て彼女はそう思ったのです。


「わーい!」

「どこ、ここ!? なんで!?」

「狩りごっこだね! 負けないんだから!」


 まっすぐ走るのだったらちょっとだけ自信があるのです。自分たちと同じくらいの背の草の中、彼女は一気に足音の子を捕まえにかかります。だけど……。


「みゃ! みゃ! みゃー!」

「うわわわわ……!」


 あと少しというところで避けられてしまって、上手く捕まえることができません。もしかしたら逃げるのが得意な子なのかも? と彼女は思います。そうやって何度も逃げられてしまっているうちに、彼女は足音の子を見失ってしまいました。


「あれ、隠れちゃった……」


 周囲を見回しながら、彼女は少し困ってしまいました。背の高い茂みの中に隠れられてしまうと、どんなに目が良くても見つけることができません。だけど、獲物を見つける方法は他にだってちゃんとあるのです。


 彼女はさっきと同じように大きな耳を澄ませました。他の動物には聞こえないような音だって、この大きな耳にはしっかりと聴こえます。それどころか、どこでその音が鳴っているのかだって分かってしまう、すごい能力を持っているのです。


 一歩だけ、土を踏みしめる音が聴こえました。あの子に間違いありません。少しだけ離れたところに隠れていたようです。この距離だったら得意技で捕まえられるかもしれない! 彼女はひざをかがめると同時に


「そこだーっ!」


 と言って大きくジャンプをしました。空中で一回転すると、下にはちょうど足音の子が見えます。よく見ると、綺麗な羽根がひとつ刺してある変わった帽子を被っているみたい。


 ――この子は一体何の『フレンズ』なんだろう?


 そのままの肩を捕まえた彼女は、落下の勢いに身を任せたまま、地面に倒れ込みました。


 捕まえたよ! どう? わたしだって結構やるでしょう? そう言いたかったのは山々だったのですが、彼女は息が上がってしまって言葉を出すことができません。その体勢のまま二人で息を整えていると、先に口を開いたのは帽子の子の方でした。


「た、食べないで下さいっ!」


 喜んでくれると思って追いかけた彼女でしたが、その考えは違っていました。


「た、食べないよ!」


 どうやらこの子は狩りごっこが好きだから逃げてくれたわけじゃなかったみたい。思惑の外れた彼女は、少しがっかりしました。でも、自分のせいで気分を悪くさせたならちゃんと謝らないといけないね、と気持ちを切り替えることにしました。


 ――こういうときはどうやって謝ったら良いんだろう?




 草原の少し開けたところに、二人は座っていました。先ほどの狩りごっこが後を引いてしまい、お互いにどう喋って良いのか分かりません。


「ごめんね、わたし、狩りごっこが大好きで……あなた、狩りごっこあまり好きじゃない『けもの』なんだね……えーっと……」

「……ひっ!」

「そのぅ……」

「……」


 どうやら本気で怖がらせてしまったのだと、彼女は気付きました。目の前に座っている帽子の子は、うつむいてしまって会話ができません。うーん、困ったなぁ、と彼女は思いました。自分を本気で怖がるような子に会ったことがなかったのです。


「た……ぁ……?」


 大きな耳を垂らし、尻尾を動かしながら彼女が思いあぐねていると、帽子の子は何かに気が付いたように顔を上げました。何かを言いかけたようにも見えましたが、彼女は気が付きません。


「あ、ちょっと元気になった?」

「ぃぇ……はい、大丈夫です」


 良かった! 元気になったみたい! そしたら、今度はこの子が喜んでくれることをしてあげよう。彼女はそう思いつきました。


「あなたは、ここの『ひと』ですか? ここ、どこなんでしょうか……?」


 この質問に答えたらこの子は喜んでくれるかもしれない! 彼女はおもむろに立ち上がると、両手をいっぱいに広げて答えてあげることにしました。


「ここはジャパリパークだよ! わたしはサーバル! この辺はわたしのナワバリなの!」

「さーばる、さん……? じゃあ、そのお耳と尻尾は……?」


 耳と尻尾は『けもの』だったら付いていて当たり前のものです。だけど、帽子の子から見たらとっても珍しいみたい。何でだろう、とサーバルちゃんは思いました。


「どうして? 何か珍しい?」


 そう言われてみれば、帽子の子には耳も尻尾も、角だって見当たりません。でも、見た目は自分たちとよく似ています。絶対何かの動物の『フレンズ』に間違いはないはずです。特徴と言えば、さっき気が付いた帽子くらいでしょうか。考えが頭の中を巡るよりも早く、サーバルちゃんは思ったとおりのことを口に出していました。


「あなたこそ、尻尾と耳のない『フレンズ』? 珍しいね!」

「ふれんず……?」

「どこから来たの? ナワバリは?」


 質問に答えるつもりが、逆に質問してしまっていることにサーバルちゃんは気付いていません。それどころか、帽子の子を余計に混乱させてしまっています。


 目の前の帽子の子は、困った顔をもっと困らせてから


「わかりません……覚えてないんです。気付いたらここにいて……」


 と、とても悲しそうに言います。その言葉を聞いて、もしかしたら! とサーバルちゃんは何かに思い当たりました。


「ああ! 昨日の『サンドスター』でうまれた子かなぁ?」

「さんどすたー……?」

「そう! 昨日あの山から噴き出したんだよ! まだ周りがキラキラしてるでしょう!」


 サーバルちゃんの指す方向には大きな山がありました。けど、他の山と違って頂上からキラキラした四角くて大きなかたまりが噴き出しているような、とても不思議で綺麗な山でした。


「そして、何の『フレンズ』か調べるには……!」


 サーバルちゃんはおもむろに帽子の子の両肩を掴むと


「トリの子ならここに羽根! ……あ、ない」


 さらに首の後ろ辺りを見ながら


「フードがあればヘビの子! ……でもない。あれー?」


 サーバルちゃんは耳がない『けもの』であればトリかヘビの『フレンズ』だと思ったのですが、どうやら違ったようです。普段は大体当たるのになぁ、とサーバルちゃんは首をかしげてしまいました。


 急に身体を触られて固まっていた帽子の子も、サーバルちゃんの目測が外れたところを見てつい苦笑いがこぼれてしまいます。


「あれ、これは……?」


 サーバルちゃんは帽子の子が大事そうに持っていた大きな袋のようなものに気付きました。毛皮が取り外せるなんてことあるわけないし、一体これは何なんだろう? 興味津々のサーバルちゃん、気付いたときには既にそれを手に取っていました。


「え……『かばん』、かなぁ?」

「……かばん?」


 サーバルちゃんはその『かばん』を帽子の子に返すと、とても嬉しそうに


「……かばん……かばん! かばん!!」


 と繰り返しました。初めて聞く『かばん』という言葉に、サーバルちゃんはなぜかすごくわくわくしました。キラキラの音を聴いているときのような、何かが起こりそうな不思議な言葉! 口にするだけで素敵な気分になれそうです。


「ヒントになります?」


 目の前の子は、淡い期待を込めたまなざしでサーバルちゃんを見つめます。でも、サーバルちゃんに見当がついているはずもなく


「わかんないや」


 と言いました。その答えに、帽子の子は少しだけ肩を落としたように見えます。


「これは『としょかん』に行かないとわかんないかも……」

「としょかん……?」

「そう! わかんないときは『としょかん』で教えてもらうんだ!」

「そこで……ぼくが何の動物か……」


 一旦下を向くと、帽子の子は何か考えているようでした。その結論が出たのか、それからすぐに顔を上げると素敵な笑顔で


「ありがとうございます、サーバルさん。としょかん……ってどっちに行ったら良いですか?」


 と、サーバルちゃんに尋ねました。


「途中まで案内するよ! 行こう行こう!」


 少しでも喜んでもらえたのが嬉しくて、サーバルちゃんは途中までの案内役を買って出ることにしました。それから手を差し出して、帽子の子が立ち上がるのを助けてあげます。


「あ、すみません。よろしくお願いします」


 ――よーし、楽しい冒険に出発だー!


 ほら、やっぱり楽しいことがあった! とサーバルちゃんは意気揚々です。

 でも、いざ歩き始めようとしたときに、はたとサーバルちゃんは気付きました。


「あれ、それまで何て呼べば良いのかなぁ……?」


 誰か分からない以上、この帽子の子には名前がありません。でも、呼び名がないのも困ってしまうので、少しの間でも名前があった方が良い気がします。サーバルちゃんは、とても素敵な言葉があったことを思い出しました。


で! どう?」

「はい! ありがとうございます」


 かばんちゃんも名前を気に入ってくれたみたい。こうして二人は、広い広い青空の下、広い広い草原の中をゆっくりと歩き始めたのでした。

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