君は振り返らない③

敵だった私が何かを言うわけにはいかない。彼の部下を、彼の大切な仲間を死に追いやったのは私の治療した人たちでもあるのだ。

ままならないと嘆くのは簡単で、無責任だ。


私を侮らず薬師の見習いと認めてくれた彼に抱いたのはしゃぼん玉のように儚くて壊れやすい移ろいゆく感情だった。

壊れたからといって胸が苦しくなるだけで、なにか行動にうつるわけでもない。


斗南という作物も育たない寒い土地で、いつの日か桜を見上げていた彼は婚儀をあげたという。もう婚儀は終わってしばらくしている頃に私はそれを知った。

苦境に立たされても、どこかに祝い事がなければ人の営みはまわらない。それに、彼はきっとそういうお方だ。



「先生、桂さんも心配しています。高杉さんが身罷られてからも従軍医として活躍してくださった恩義を忘れるわけではありませんが、それでも」

「ふふふ、慶事を祝うのもダメですか?」

「相手が相手ですから……」



心より心配しているといった様子を崩さない青年に微笑みかける。

戦のさなかでも、私を気遣ってくれた彼は未だに私が危険に陥らないよう気をつけてくれる。幼さが抜けなかった顔立ちは戦を駆け抜け、精悍な青年に成長していた。


きっと彼といれば安定した生活が送れるだろう。どこかチリリと焦げる気持ちさえ、投げ捨ててしまえば幸せになれる。

わかっている、わかっていても納得するかどうかはまた別の話なのだ。



「良いのです、私に医者の本懐を遂げさせなかった彼らに通す義理はありませんから」

「それでは、先生が」

「問題ありませんよ。私はどこへでも行けます」



師匠や親の反対を無視して進んだ我が道。後悔がないと言えば嘘になるが、どこで違う選択をしてもどちらにしろ後悔した自信がある。



「人生とは儘ならぬもので、どこでどの選択を採っても私はきっと後悔したでしょう」

「先生は、人を救いました」

「ええ、そうかもしれません。でも、彼らに憎悪に任せて人を殺させてしまったのもまた私です。斗南への支援は贖罪なのです」



俯く青年に微笑みかける。私の呪縛から離れて、何も知らない優しい少女と添い遂げれば良いと心から思う。



「ここに、もう来てはいけませんよ」

「先生!私は、政治的な立場よりもあなたが」

「松子さんから、貴方の良い話を聞いていますよ」



その先を言わせてはならない。そう思って彼の言葉に別の話を被せた。傷付いた彼の顔を見て、傷付けたくなかったと思うのは傲慢だ。彼の優しさにつけ込んでしまったら、もっと苦しめることになる。



「どちらを選んでも後悔してばかりなのです」

「それなら、私を選んで後悔してください」



言わせてはならないことを言わせてしまった。降り積もる後悔の上に、私はそっと目を瞑った。

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君は振り返らない 藤原遊人 @fujiwara

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