君は振り返らない②

彼が見上げていた桜はいつの間にか葉桜になり、次の桜を迎える前に焼けて塵になった。


京都を覆った戦の波は私たちのちょっとした思い出すら消し去った。戦を続けるにつれて悪化を続けた私の雇い主の病は治ることなくむしばみ、私では処置ができないほどになった。

彼は故郷近くの島に行き、想いの人とわずかな時間を過ごしたと聞いている。あの苛烈な人の最期が布団とは皮肉なものだと思った。彼も本人ですらそういっていた。


いつの日か私は彼の作った組織の専属医であり、彼の医者ではなくなった。


そもそも薬師の見習いだと言っているのに。少しばかりの医療の知識と戦という時代が私を医者に駆り立てた。医者になるには「医者です」と名乗りさえすればいい、適当な時代でもあった。



「先生!一人で出歩かないでください」

「外に、まだ怪我をしている人がいるかもしれないと思って」

「確かに中に搬入したやつらの容体はどちらかにわかれたけど、先生がいなかったら俺たちは困っちまう」



いつの間にか私を名前で呼ぶ人も侮る人もいなくなって「先生」と呼ばれるようになった。会津と呼ばれるはるか遠くの土地にまで来てしまった。一年前に桜を眺めていたころとは大違いだと思う。


峠に見える人影は、旧幕府方とされた敵兵の躯とわかって、私は埋葬をしていく。むやみやたらに死人を増やしていく最近の上層部の話にはついていけない。先生と呼ばれて、重要人物の様に接してくれている彼には申し訳ない思いでいっぱいだ。

人を救うはずの医者が怪我人を量産しないでくれと味方を説得することすらできないのだ。


路肩に倒れている少年は私のお付きになってついてきている彼よりも若い、手に触れた。彼の手には誠と書かれた浅黄色の布が握りしめられている。自分の志のためか、それとも家族のためか、少年は戦いに臨んだ。

銃に甲冑で臨む無謀さは既にわかっているはずなのに、それでも彼らは会津公と城を引き渡せという命に抗い戦い続けている。



「銃はむごいですね。いえ、違いますね。戦争がですか」

「先生」

「勝敗は決しているのは明らかなのに、なぜこうも攻め立てる必要があるのでしょう」



遠くから聞こえてくる大砲の音、戦が始まったなら私たちは後方支援として治療の準備をして待っていなければならないが今日も恐らくその必要はない。なぜなら一方的に遠くから大砲を撃ち込むだけだからだ。城にはもう男はいない、ただ、身を寄せ合う女子供や老人がいるだけだ。反撃なんてもらってくるわけがない。



「主と城を引き渡すことなんてできるはずがない、それをわかってただ虐殺をするために政府軍は…。かつて自分たちが殺されなかった恩すら忘れている」

「っ先生」

「ごめんなさい」



いくら医者とはいえ危険な発言をしていると止められた。ふうっと息をついて見上げた空は抜けるような青空。これからもっと寒さが身に染みてくる時期になるはずだ。少し目を閉じて、はるか昔のように思える春を思い出そうとしていた。




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