君は振り返らない

藤原遊人

君は振り返らない①

桜が良く似合う、私が彼を見かけたのはそんな時期だった。

濃紺の袴、今時珍しい長い二本差し、そして彼の職業を一目で知らしめる浅葱色の派手な羽織は桜を見上げて薄く微笑む彼に似合わないとそのときは思った。



「満開で見頃ですね」



確かそんな感じのことを言われた。道幅は1人で通るなら広く、彼が立っている側を私が歩き抜けるにはちょっと狭かった。青みがかったような綺麗な色合いの瞳が桜からこちらに向けられているのに気がついたのは声をかけられてからだった。

届けものが入った風呂敷を抱え直した。

見やると桜に向けていたのとは異なる表情をする彼が返事を待っている。女とはいえ、二本差しの背後を通ろうとしたのがいけなかったのだろうか。



「はい」



緊張感を自覚したからか、予想以上に小さな声だった。



「桜は散り際が美しいと私は思うが、京に来てからは、いつも散るときに雨が降っているな」

「桜はもしかしたら散り際を見られたくないのかもしれないですね」

「なるほど」



砂利を踏む音がして桜から彼に目を戻すと道の端に避けてくれていた。



「すまないね、話に付き合ってくれて感謝する」

「いえ、今日はそんなに急ぐ方ではないので」



事実だったが、言う必要の無い事実でもあった。特に目の前の彼には、詮索されたら困る。私でさえ、今から向かう届け先の人たちがどんな人か想像がついている。

体調が宜しくないから薬を届けている。これは確実であるものの、あの人はそれでも剣は握るし、布団に入らず書を書き連ね続けて、時折、大きな声で議論をしている。この京だけでなく、日ノ本と彼らが称する国を跨いだ大きな集合体を作ろうとしている。それが今の幕府と相容れないと彼らが言うのであれば、目の前の彼とも相容れないだろう。



「薬師の遣いか」

「いえ、薬師の見習いです」

「それは失礼した」

「え、あ、ありがとうございます」



女子の分際でと怒られることがあれど、こんな丁寧に扱われることはなかった。大概が、嘘を言うなと一蹴して終わる。

小さくお辞儀をして、彼の横を通り抜け、今日の届け先に向かった。心なしか暖かくなった気がした。


ただ次に会うときはなにかあるようなきがした。そんな気持ちを持ちながら仕事に臨んでいたのがいけないのか、薬のために砕いていた木の根は大きさがまばらだ。苦味が強いかもしれない。



「共についてこないか?」

「戦に、ですか?」

「医師の心得もあると、俺は思っていたが」



私を贔屓にしてくれている客からの要望は予想外なことだった。彼がこれから向かうのは戦と聞いていた。普通のお侍さんなら女子供はついてくるなと言うものだと思っていた。

目の前で咳き込みながらもそれを気にさせない笑みを浮かべる彼は違うらしい。才能があるやつは誰でも取り立てる、戦いたいなら女でも俺の隊に入れて戦場に連れていくと言い切るだけある。



「ですが」

「確かに危険だ、無理強いはしない」



不意に桜を見上げる彼の人の姿が脳裏をよぎった。



「来るか?」

「参ります」



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