第7話昔々のお話
王が差し出した手に応じる。とてもゴツゴツとしていて力強さを感じる。大げさかもしれないが今本気で握られたら手の骨が砕けてしまいそうだ。
にこやかに笑う顔はハリウッドで出てきそうなダンディな風貌。その顔立ちに輝く頭がむしろフィットし、一層ダンディさを醸し出す。外国人によくいるその頭が似合う男性だった。
「どうぞ、こちらへ」
ビグマルグ王が手を出す方向、そこはカーペットから外れていて、玉座の脇に白い木製の椅子と机がちんまりと置かれていた。椅子は三人分で机の上には持ち手のついたコップらしき陶器が椅子の前に置かれていて、その中には湯気を立てている茶色の液体が並々注がれていた。
促されるまま椅子へと向かう、近づくにつれ何か果実の匂いが漂う、原因なんて大体想像がつく。椅子の前まで来るとコップの中の液体に顔を近づける。少し酸味のきいた果実の紅茶のようなものだろか?
「フラソの紅茶が気になりますかな、勇者様」
すでに着席しお椀を持ち上げて王は尋ねてきた。
「フラソ...ですか?」
「帝都で1番取れる果物でして、味はさっぱりとした甘みと少々癖のある酸味が特徴です」
確かに、臭い自体は喉を通してみたくなる甘酸っぱいいい匂いだが。
椅子に腰掛けもう少し覗いてみる。湯気に邪魔されて見えづらいが液体はかなり濁っていてコップの奥の沈殿物が辛うじて見える。
「失礼します」
僕の左にローウェンが腰掛けたようだ。左にはローウェン、正面が王。ローウェンの席は心なしか僕の席と近く王、僕とローウェンという構図ができていた。
「勇者様、お口に合うかわからないですが温かいうちにどうぞ」
ローウェンは既にフラソ紅茶に口をつけていた。美味しかったのか、喉が渇いていたのか一気に飲み干して、ふぅ〜、と小さく息を漏らしていた。幸せそうに飲む姿を目の当たりにすると、美味しそうに見える。口に合わなかったら、合わなかったということだけなんだから。未知の味を口に入れる覚悟を決めてコップを持ち上げて茶色の液体を口内に注ぎ込む。これは...!?
「いかがですか?」
「すごく美味しいです」
はちみつれもん、が味として1番近いだろうか。はちみつみたいにそこまで甘くはないもののレモンの酸っぱさを引き立てる甘さが絶妙だ、いつもコンビニでは紅茶を買う機会がないがこれならついつい手にとってしまう。
「それはご安心しました、おかわりもありますので是非」
机の真ん中の円形の入れ物があり、注ぎ口がこちらを向いて湯気をゆっくりと立ち昇らせている。これにおかわりがあるのだろう。
「ではいただきます」
残った分を一気に飲み干して入れ物に手を伸ばし、コップに注ぎ込む。新たに注がれた紅茶は湯気と共に甘酸っぱい匂いを運んでくる。
「勇者様、この度は我らの召喚に応じていただき大陸全土の人間を代表して感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。」
王は深々と頭を下げる、王様に頭を下げてもらうなんて恐れ多い。思わずこちらも頭を下げてしまう。しばらく僕と王は頭を下げたまま固まる、どうやら僕が頭を上げるのを待っているのかもしれない。頭を上げると王は頭を上げて話を続ける。
「何からお話しすれば良いかあれこれと考えていましたが、勇者様の疑問にお答えする形の方が良いかと思いまして、なので私に質問を下されば答えられる範囲でなんでもお答えします」
何を聞きたいのか、自分に問いかける。数秒考えを張り巡らせた結果この世界に来た理由、これじゃないかな。召喚したというのならそれに基づく理由があるはずだ。僕が必要とされた理由、ここで何をすれば良いのか、それが1番知りたい。
「召喚した、と言いましたが僕が何の理由で召喚されたのですか?」
王は目を瞑り黙った、唐突なことだったので眠たくなったなんて下らない事だと思ったがそうでもないらしい。
「勇者様、少しお話が長くなりますが、それをお話しする前に、この世界の歴史を少し物語りたいと思います」
「歴史?」
「はい、劣等感や嫉妬心などの人間の負の感情が作り上げた悲惨な歴史を、そしてその歴史から生まれた今を。」
王はゆっくりと、淡々と語りだす、この世界に起こった今までを...
「今から50年前、魔術研究の末に新たな魔術分野が発見されました。従来の魔術分野には紅魔術、蒼魔術、翠魔術、土魔術、光魔術と五つの分野に別れていて、魔術それぞれが特有の力を有していました。火は敵を焼き払う豪快な魔術、蒼は怪我人を癒す治癒の魔術、翠は元気を与え勇気を力に変える補助の魔術、土は大地に語りかけ敵を封殺する封印の魔術、光は生命の暖かさや安らぎを与える加護の魔術。そんな魔術分野に新しく追加された魔術、それは闇魔術と呼ばれました。力の奥底が見えない未知なる魔術として魔術師たちの好奇心を駆り立てていましたが....この闇魔術を扱うには適性がある程度ないと扱えないようで、どれほど名のある魔術師だろうが適性のない者には扱えない、逆に剣士でも魔術をうまく使えない人間でも適性があれば訓練することで自在に使いこなせる特殊な魔術でした。
では闇魔術はどのような魔術なのか、簡単に申し上げますと人の死や負の感情に働きかける魔術でした。当初は人の死に触れると言いましても人間の死期を体で感じ取ったり負の感情を軽く引き出したりとそれほど大きなことはできない未熟なものでもあります。
闇魔術は適性のある者たちですぐさま教会が設立され闇魔術の神フォリスを祀り、他の魔術と肩を並べて正式な魔術として大陸からも認められるようになりました。
その時闇魔術教会設立の中心になった男こそ、我らの宿敵の魔王なのです。魔王はまだ未熟で無力な新興魔術を研究に研究を重ねてどんどんとその力の増幅を図っていました。
しかし当初は一部の適性のあるものしか扱えない特別な魔術と注目を浴びたもののその無力さに周りは「闇魔術は使えない無駄な魔術」とさえ称されました、事実5年経ってもまだできることが発見当初と変わらなかったとされています。
そして今から35年前、闇魔術が発見されてから15年の月日が経ちました。闇魔術教会のリーダーに収まった魔王が恐るべき出来事を起こします。それは亡くなった12歳の子供を生き返らせたのです。彼は研究に研究を重ねた結果闇魔術の力を最大限にまで引き出すことに成功したのです。ですが生き返らせたと言ってもまともに喋ることもできず這いつくばって移動したり、飛びついて噛み付いたりとこの時点では「人間の蘇生」には程遠いものでした。
この事件は大陸中にすぐさま広まりました。「ヒトの蘇生」を可能にした強力な魔術は賛否両論となり、大陸はこの魔術を巡って真っ二つとなりました。
賛成派は一部の貴族などです。
奴隷同然に働かせていた小作人を蘇生させて利益をあげようとしたかったのが彼らの魂胆です。
それに真っ向から反対したのは光魔術です。光魔術にとって死は『恐れ多い物』『忌み嫌うべき物』とされ死に関わる魔術を研究するのはタブーとしていました。そんな思考が根本にあった光魔術にとって闇魔術のしていることは『悪魔の所業』なのです。
また他の魔術も少なからず死に対してよく思わない魔術も存在し、特に蒼魔術はどちらかというと光魔術の考えに近かったかと思います。
ただ全ての魔術がそうでなかったとだけ言っておきます。
...いえ、本当のことをお話しします。これは建前です。当時は光魔術が魔術の中でもとりわけ力が強く、多くの民衆に支持されていました。そんな光魔術にとって闇魔術は自分達の不可能な領域を操れる、ましてや死に触れられる魔術。これだけで光魔術にとっては脅威でした。ゆくゆくは自分たちを超える存在になるのかもしれない。そう考えたのでしょうか、今まで認可していた闇魔術を事件を機に突如非難し、闇魔術を認めない姿勢となりました。そして事件は起こります。
今から34年前、闇魔術が発見されて16年。遂に光魔術は力で貴族を押さえ込み闇魔術への弾圧を決行。当時の皇帝ドルトド1世と光以外の魔術の黙認もあり邪魔されることなく大陸中の闇魔術師に対して迫害を続けることができました。至る所に存在した闇魔術師達を村や町から追い出し、金銭取引はおろか会話にすら応じないこともあり、挙げ句の果てには拷問さえも行われました。
一部の民衆などの中にはこの行為を非難した人間が集い『闇魔術支援会』を秘密裏に結成。闇魔術にひっそりと協力するようになりました。
巷では闇魔術に協力する人間がいる、そんな噂がちらほらと流れるようになりました。そのため光魔術は民衆に対して『死を振りまく禁忌の魔術』と語り、弾圧賛成派の民衆を扇動。弾圧運動を一気に広げて迫害を一層強めました。
ほぼ大陸中の人間を敵に回した闇魔術師達は非暴力による抗議を行いましたが声は通らず大陸の最北端へと追い詰められていきます。逃げ場を失った闇魔術師達は最後の希望の『闇魔術支援会』に縋ります。そこで彼らが出した賭けに近い希望は、大陸から船を出し北に小さく浮かぶ小島に逃亡することでした。
魔王はその賭けに乗じるよう説得し海に身を投じました。当時の航海技術は不安定でましてや荒波が絶えない北の海、まさしく賭けだったのです。
大陸のほぼの闇魔術師達が北の小島へと船を漕ぎ、なおかつ大陸の闇魔術達は見つけ次第殺されてしまい以後闇魔術師はこの大陸から姿を消します。
それから17年、今から17年前の事です。闇魔術は死に絶え消滅したかに思われました。しかしこの年になると『人間を蘇生させることができる魔術師』の噂が流れます。光魔術はこの噂をすぐさま聞きつけ、捜索させます。捜査の結果それは紛れもなく魔王率いる行き残った闇魔術師達だったのです。
ですが少人数でひっそりと活動するようで光魔術が調査を始めるとぱったりと噂は途絶え足取りがつかめずに調査が終わってしまいました。
そして、2年が経ちます。今から15年前です。
突如帝都最北端の大都市 エブルルスが大軍に襲撃され、陥落。敵の手に落ちてしまいました。もうお分かりかと思いますが大軍の正体は魔王率いる闇魔術軍です。彼らは復讐のためこの地を攻め滅ぼしにやってきたのです。
彼らは北の小島で闇魔術の研究と共に闇魔術師だけによる王国を小規模ながらも建国しました。そして彼らは辿り着いてしまったのです、自然の法則に真っ向から逆らう禁忌の魔術へと。彼らは『完全なる人の蘇生』を目指し年月を費やしそれをある程度形にすることができたのでした。初めて蘇生させた時とは違いこの時に蘇生させられた人間は人の意志のままに動く死体へと変わりはてました。意志を持つと言っても行動を術者がインプットする。するとインプットされた『意志』通り動く。我々はそれを死体兵士と呼びました。死体兵士の恐るべきところは殺した人間に術をかければそれだけで兵を量産できる点です。彼らにとって戦争で相手を殺すことは相手の戦力を落とすと同時に自軍の兵力の増加に直結します。いくら死体兵士を殺そうがこちらが多数の被害が出ればそれが敵の戦力になる、痛みも感じず獰猛に剣を振るうことだけを教えられた殺人兵器、それが死体兵士です。
帝都は急いで軍隊を編成、闇魔術を完全に滅ぼすべく幾度となく魔王軍と激突しました。しかし兵士の実戦経験不足や高官の暗殺事件、何より圧倒的力を持つ死体兵士など様々な要因が重なり各地で連戦連敗、遂には我がカラルコムを残し、他の大都市は全て陥落してしまいました。
当時の皇帝、ビグマルグ3世...私の父は残存戦力を大陸中から集う一方、とある伝説の物語に登場する『勇者』という存在に目をつけます。この伝説は勇者が巨大で邪悪なる竜を打ち倒す物語で民衆にも広く知られています。我々王家の秘蔵図書室にもあるのですが、原本なのか普通の物語にはない一言を言って締めくくられています。「大陸に危機迫る時、勇者を呼べ。勇者を信じ、勇者に縋れ。さすれば勇者は応えるであろう」
神などは一切信じなかった先代王がこんな伝説さえもあてにしようとしたのですから、当時どれほど切羽詰まった状況だったのかが推測できます。
秘蔵図書室にある数千冊の本を一冊一冊読み漁り勇者を呼ぶ方法を探し出します。そしてついに発見されて勇者様を呼ぶことに成功しました。それが当時18歳の初代勇者様です。初代勇者様は最初は戸惑いつつも、なんとかカラルコム周辺の敵を撃破、様々な仲間を引き連れられ大都市を占領した魔王軍を破竹の勢いで撃破され大陸中の魔王軍を打ち滅ぼしました。しかしここで終わることはなく、北の小島、魔王軍本拠地に勇者軍として乗り込み魔王軍との最終決戦の末殲滅することに成功、勇者様は全大陸中から英雄として称えられました。
そして今現在、勇者様を呼んだ理由は他でもありません。魔王軍と戦っていただきたいのです。殲滅したはずの魔王軍は一ヶ月ほど前にこの大陸に乗り込み芸都エブルルスを占領。他の大都市にも侵攻作戦を展開しています。今度もまたあの死体兵士を連れてこの大陸に再び悪夢を見させようとしています。どうか、大陸の人民を救っていただきたい」
勇者の対義語は魔王みたいなものかもしれない。予想通り敵は魔王のようだ。
今の所なんとなく、全体の7割は理解できたというところか、今回が二回目の侵略。虐げられてきた恨みを晴らすべく再びこの地に乗り込んできたわけか。
そして気になるのが初代勇者の存在。この世界と僕のいた世界との時間の流れが同じかどうかはわからないがこの世界の15年前には僕と同じようにこの世界に勇者として呼ばれた人物がいるのだ。気にならないはずがない。しかも世界を救っている。正直その人に今回も頼んだ方が早いと思うのだが。
まだ初代勇者らしき人物も見てない。王と一緒にいてもおかしくないような気もする。ということは...恐る恐る聞いてみる。
「初代勇者は...今どこに」
王はやや伏せ目にする。
「初代勇者様は世界をお救いになった後幻のように消えてしまいました。姿を見たものはいません」
やはりここにはいないか、薄々感じていたが的中して嬉しい事ではない。
それにしても消えてしまったとは。もしかしたら勇者として呼ばれた身、勇者の役目を果たしたので元の世界に戻れた、そんな可能性もある。
それなら僕にとっても悪いことではない。帰れるものなら今すぐにでも帰りたい。しかしこの世界に留まる選択をして、この大陸のどこかへ消えてしまった。この可能性もないわけではない。真相を確かめる。
「初代勇者はこの世界から消えてしまったのですか?」
「わかりません、ただある日急にいなくなってしまいました。」
唐突なら前者の方が可能性として高いと推測、そうなると僕が元の世界に戻るにはただ一つ
勇者として魔王を倒す
これだけなのだ。
確定的情報ではない、あくまで推測。だから他にも考えてみるが...。
「えっと魔王を、倒す...以外」
言葉が詰まる、いろいろ思考してみたが結論魔王を倒す他ない。勇者として呼ばれたのに「勇者やりません」と怖くて言えない、どんな反応を返されるか予測できなくて尚怖い。しかし、僕に倒せるかどうか...。またあの夢を思い出す、夢なのにここまで引きずるのはあのリアルさ故なのかもしれない。
「勇者様、急に理解しようとされなくて大丈夫です。それと先代勇者様も今この世界におられる可能性もありますが、勇者様が今の勇者様です。」
少々困惑していた僕にローウェンは声で寄り添ってくれる。ありがとうと一言伝え、覚悟を決める。改まって背筋を伸ばしている王は、再度確認を始めた。
「改めて勇者様にお願いします。どうか世界をお救いください。」
初代勇者が何者かはわからないが、僕と同じ18歳の青年なのだ。僕にもできないわけがない。
「世界を救えるかわかりませんが、僕でよければ」
「...決断、ありがとうございます!」
「勇者様!ありがとうございます!」
深々と頭をさげる2人、がやはり下げられるのは落ち着かなかった。僕は2人に頭を上げるよう促した。
「勇者様、早速ですが勇者の儀を!」
「勇者の儀?」
ぴんとこない、なにをするのだろうか。
ローウェンはこちらを向いてその内容をゆっくりと説明してくれた。あぁ、なるほど。別段難しいことではないな。聴き終えると早速儀を開始した。
「我が...勇者!このたいり..大陸から悪を消し去り、この大陸にうま、住まう人民全てを魔の手から救うことをここに誓う!」
玉座に座る王に向かい、高らかに宣言する。玉座は数段の小さな階段の上にあるのでやや見上げる形となった。王は僕の宣誓を聞き終えると満足気な顔をする。よかったのかな?今ので。少々噛んでしまったり言い間違えたりしたが王が特に不満そうでないので大丈夫か。
「勇者様、次に剣先を高く天に突き刺すように高々と掲げてください」
ローウェンは横から小声で指示をしてくれる。えっと剣は、と。腰に目を落として手をまわすが、空つかみ、ベルトに手が当たる。
....あ、服に着替えてそのあとの靴の流れで完全に剣のこと忘れていた。
「勇者様!申し訳ありません!ただいま持ってきます!」
気づいてくれたローウェンは言葉を残してすぐさまこの部屋を出て行った。それを見送った後ゆっくりと王の方を見る。これは儀式、こんなことあっていいのだろうか?神聖なるものがドタバタとしてしまって怒っているのではないだろうか。
「くっくっくっ...」
心配は無用だった、口元を押さえ、肩を小刻みに震わせている。絶対に笑いを抑えている。
いいのかこれで?
勇者 行く 紫苑 @tokiyomi
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