第6話 dog or cat

「サンダルの履き心地はいかがですか?」

サンダルに足を通すと、先ほどの靴よりも冷たさを感じる。素足に直接だとやはり冷たいか。

持ってきてもらった濃い黄土色のサンダルは草履のような形ではなく靴底から皮製の半円が五つ伸びている。そこに足を通して、そのあとは足の甲の金具でベルトを締める要領で一つずつ半円小さくしてサイズを合わせるタイプのサンダルだった。ゴム草履をイメージしていた僕にとっては思っていたものとは少し違った。しかしこれならサンダルとはいえ歩きやすそうだ、

足首の金具から伸びた紐を引っ張り最後の調整をする。サイズは問題なしか。

試しに軽く跳ねてみる。違和感などは感じない、寧ろぴったりと足に馴染みつつ、適度な開放感が心地よく、皮の柔らかさが足全体を優しく包んでいる。この半円サンダルの方が普段のスニーカーよりも履きやすいと思ってしまうほどに。

「思ってたよりも、しっかりしてるんだね」

「それはよかったです」

一通り着てみたがなんとも奇妙な格好だ。春先とは言わないが秋頃の服装でもない長袖長ズボンにサンダルスタイル。いつどんな時にこんな風に着ることになるのか?想像がつかない。

辛うじて想像できるのは冬間近に冷蔵庫に何もなく仕方なしに近くのコンビニに駆け込む時こんな格好をしていそうだ。

「とても凛々しいですよ、勇者様」

目を輝かせて言ってくれるが僕は凛々しい要素をどこからも感じられない。顔もだらしないこの全身から一体どこを見てそんなことを言ったのか。

「さてお着替えも済んだことですので、行きましょうか」

「...あぁ、王様のところか」

当初の目的を忘れていた。この部屋だけでもで色々とありすぎてすっかり記憶から抜け落ちていた。

王様かぁ...ということはそこで正式に勇者と認められることになるわけか。王様って本当に大事。

「では向いましょうか、玉座へ。」

ローウェンはいきなり僕の手を掴む、困惑する僕を尻目に握ったままドアを開けて廊下を歩く。

「えっとなんで手を?」

「迷子にはさせません」

させません、この言い切りからとてもつよい意志を感じる。着替えの時もそうだったけどどこか子供扱いされているようだ。顔もローウェンの方が童顔だし身長だって僕の方が高い、むしろ僕がローウェンを子供扱いする方が絵としても納得のいくものになるのではないか?

ビジュアル的なものが第一に浮かぶ、だってこの状況恥ずかしいから。子供扱いは本当に恥ずかしい。まるで何も出来ない子みたいじゃないか。確かにこの世界ではまだ何も出来ないけど、一応歳だって離れていないんだし。

悶々として、それから葛藤。これを言うべきか否か。こちらを思ってやってもらっているので言いにくい。周りから見てちっぽけな悩み、けど本人にとっては重大なこと。くだらないことに頭を働かせて無駄なエネルギーの消費だと言われても、頭は止まらないだろう。考えて考えた結果

「ごめん、1人で歩けるよ」

握られた手を振り払い少し距離をとる。ローウェンは戸惑いの顔を一瞬見せたが理解したのか優しく微笑んだ。

「すいません。配慮が足りませんでしたね」

きっとローウェンだったらそんな顔をするだろう。予想していたがその通りだ。そう思って言うのを躊躇った、やっぱり僕の気持ちを察して優しく謝ると。接した時間は長くはないがこれくらいのことは読める。こうなると何が起こるかというと気まずい空気が流れる、かと思ったが。

「そういえば私と歳も同じそうに見えますが、勇者様は何歳でなのでしょうか?」

ぐいっと一気に近寄ってきたものだからそれに合わせて後退する。距離が近い、と小声で伝えるとローウェンもすいません、とそう言いながら一歩後ろに下がった。

「18歳だよ、ローウェンと同じ」

「おお!同い年!久しぶりに同い年の方とお話できました。」

目の前のローウェンは地元同じみたいなノリで嬉しがっているが同い年って割といるもんじゃないかな?

「そんなに珍しい?同い年」

「帝都カラルコム騎士団の指揮官の任を授かって以来、周りの方が年上ばかりの環境だったので。」

「それって何年ぐらい?」

「2年ほど、でしょうか?副団長さんや周りの方がどうも僕と歳が離れていて部下なのに敬語になってしまいます。トップの存在なのに威厳がないのが悩みですかね」

ははは、と乾いた笑い。先ほどのサンダルの命令が敬語なのも歳が離れた部下への彼なりの配慮というわけか。威厳がないと言ったが既に声が出来上がっている。声だけが威厳あるのが悩みとか出されても形から入れば徐々に出来上がるんじゃないかな?

「ローウェンは威厳あると思うよ」

「ありがとうございます。」

一礼、からの直立。

「僭越ながら、勇者様に質問よろしいですか?」

「答えられる範囲なら」

急で驚いたがなんだろうか?ドキドキする。名前とかかな?そういえば名乗ってなかったし。質問だけだが人に関心を持ってもらえるのが僅かながら嬉しい。

「犬派ですか?猫派ですか?」

「え?」

予想斜め上だった。楽しい会話で和ませようとしてくれてるのかと最初に思ったがそれにしてもチョイスが謎だ。

「えっと、なぜ急に」

「やはり必要なことなので」

必要なこと?大事なことなのだろうか?

もしかしてこの世界には犬派と猫派の派閥闘争でもあるのだろうか?犬猫の魅力を血で語り合う光景は想像するだけでもはやギャグだ。...まさかこの世界はそんなつまらないことに終止符をうつために勇者を呼んだのではないか?!

頭を横に振る、流石にそれは考えすぎか。

「何に必要なの?」

「やはり人には好き嫌いがありますので」

部屋に動物でも置いてくれるのかな?なんて考える。質問に答えるなら、犬か猫...そうだな。昔友達が飼っていた犬が僕に結構懐いて、戯れてた思い出があるから。

「犬かな」

「わかりました」

ローウェンのありがとうございました、からの一礼。やはり無駄がない。...犬と猫か、せっかくなのでこちらからも聞いてみるか。

「ローウェンはどっちなの?」

「命令したりするのが得意なタイプじゃないんですよね。」

そうなると自由気ままな印象のある...

「猫派?」

「そもそも一緒にいるのも落ち着かないんですよ。」

「根本から苦手なタイプか」

「そうなりますね」

たわいもない雑談かと思っていたが少し引っかかる、がそれ以上深くは考えなかった。ローウェンが前を向いて歩き出したのでその少し後ろを同じ歩幅でついていった。



現代文の教科書の詩人が「分け入っても分け入っても山」なんて俳句を作っていたのを不意に思い出す。山の中分け入ってもそれは山だろ、なんて突っ込んだ記憶があるし、そもそも季語もないものをなぜ俳句と言ったのか。だけどもインパクトはあったのかこうやってキッカケさえあれば思い出せる。俳句ならざるモノ、だったからこそ記憶に残るものだったのだろう。

ところでなぜこの俳句を思い出したか、キッカケはこの城の内部のせいだ。

「ここ、前も通らなかった?」

「いえ、初めてですよ」

壁や天井は汚れを見つける方が難しいくらい真っ白で、通路の真ん中には真っ赤なカーペットが敷かれている。脇には寝ていた部屋と同じドアが何個も並んでいた。これがいつまでも続いた。階段を登っても見える廊下はこの廊下。そこを進んで階段を登ってもまたこの廊下。所々に大きな花が飾られた花瓶や油絵や水彩画など綺麗な絵が飾られたり、半袖半ズボンのラフな服装で壁を雑巾らしき布で磨いている人を見かけたが基本的にこの廊下。分け入っても分け入っても綺麗な廊下。

「いつ、つくの?」

「このお城は縦に長いですから、お疲れかと思いますが後3階登ります」

嘘だろ、既に15階は登ったぞ。いや、16、17かな?

現代人ならこの回数絶対エレベーターを使用する。ご丁寧に階段、なんて選択肢を取るのはダイエット中の人か健康志向全開の人だ、それか閉所恐怖症。

歩いているとはいえこれほどの階段を登れば自然と息切れする。足の上げ下げは時として走るよりも足の疲労を感じる。要は疲れた。

「着きました、勇者様」

最後の階段を登りきる。疲れからかふーっと大きく息を漏らしてしまう。しかし不思議なのはお疲れ様です。というローウェンの一言と笑顔の二つだけで自然と疲れが吹き飛んでしまったこと。

眼前にはこれまでの廊下とは違い白い壁が行き場を遮っていたがよく見ると同じ色の扉が一つだけ存在し、鎧を着た男2人がそれを挟むように立っていた。ドアも白いのか、ドアノブまで白だったらこれはわからなかったな。

「帝都カラルコム騎士団団長、ローウェン=ローダンセです。」

ローウェンは右の扉の兵士の前まで行き、威厳声で話し始めた。

「団長、お疲れ様です。」

2人の兵士もまたローウェンと歳は離れていそうだ。若くても20は超えていて、年上であるのは明白だ。この2人だけなので断定はできないが、確かに優しい性格なら敬語で話したくなるのも納得かもしれない。

「勇者様の件で、王への面会を求めます」

「その件については話しは伺っています、どうぞ中へ。」

兵士は2人で扉を引いた。かなり丈夫に作られているのか重々しい音を鳴らしていた。そして見えた景色。

廊下の赤いカーペットが一直線に敷いていて、その先には椅子があった。玉座、とすぐにわかる異様さを放つそれに堂々と腰掛ける人物。

「おお!あなたが勇者様ですか!お待ちしておりました。」

意外なことに想像の−30歳くらい若いハリのある声。その人物は少しずつ近づいてくる。こちらもその距離を詰める。白の服に身を包み風格の違いを見せつける堂々とした立ち振る舞い。

「お連れしました。王」

「ご苦労」

相対した時、その大きさと力強さを一層感じた。

頭一個分身長が高く体格もとてもがっちりしている。長袖長ズボンの格好なので見えないが筋肉は隆々だと確信している。

その全身から溢れる「王様」が神々しい光までもが見えるようにさせた....いや、これは物理的に見えている。頭から。

「帝都カラルコム王、ビグマルグ4世です」

目の前の王、ビグマルグ4世は綺麗な頭だった

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