第5話こんな僕でも
滑らかな曲線を描く箪笥の取っ手を引っ張り中のものをみる。引っ張った時、あまりにも軽かったのでもしやと思っていたがやはり中はすっからかん。
がっかりで肩を落とす。なんだここ何もないじゃないか。これだけ箪笥や引き出しがあるなら何か入っていると思ったが、これは期待はずれだ。何もない引き出しを元に戻す。かれこれどれくらい経過しただろうか?僅かながら空腹を感じ、馬小屋で目覚めてからかなりの時間がたったことを腹時計でそれなりに認識していた。
目覚めて剣の文字を見て以降は特に何もしていない。部屋を不用意に出歩くのも如何と思いこの部屋で待つことにした。絵の横にある大きな窓ガラスから景色が見えると思い近寄ってみたが透明ではなく加工されぼんやりとしか見えなかったが、暖かな日の光だけが歪むことなくストレートに降り注いできたので窓にもたれながらプチ日向ぼっこをした。暖かな日の光を堪能してからはベッドに座って待っていたが来る気配がない。ぼーっとしていた時、部屋の箪笥が目に入る、そうだ、部屋中の箪笥を開けてみようかな。これだけあれば何か面白いものが見つかるかもしれない、小さなトレジャーハンターとなって部屋に置かれた宝の山にハンティングしてみた。
しかし客室なのか箪笥や物入れなどには一切物はなく、綺麗に掃除された引戸と何度もこんにちはする結果となり、かなり期待はずれな結果に終わった。
RPGの勇者もこんな感じなのかな?王宮とかで並べられた瓶を割って何も出なかったらがっくりするものなのか。そう思うならこんな感じなのかな。
時間を潰そうにもこれ以上することなんてない、携帯もないというか手持ちの物が何もない。
かといって枕を投げてみたり広い部屋なので側転してみたりこう人の家でするべきではない非常識なことは思いつく。
「もう一眠りするかな」
ふらふらとベッドに向かう、寝れなくともゴロゴロしてるだけでも時間は潰せるかもしれない。
ベッドの前まで来る、こう正面から見ると本当に大きいな。枕も頭三つ分はあるんじゃないか?
思いっきりダイブ、ばすんとベッドは衝撃を受け止めてくれた。芋虫のように体を這わせて枕の方へ行くと顔を枕に埋めた。息ができなくて苦しい、それと同時に変わった匂いが顔を覆う。臭くはないけ嗅いだことのない匂い。何か匂いでもつけているのか、似ているものを挙げるならならば柑橘系といった具合か、そんな匂いを漂わせる。
体がそろそろ限界のようで枕から顔を離して酸素を取り込む。吸ってー、吐いてー、吸ってー。いつもより空気がおいしい気がするので、また吸ってー。吐いてー。吸ってー。
....やっぱりこれは夢じゃない。苦しくなる、匂いもする。これが夢なものか、馬小屋の時のあの感触から夢じゃないことは薄々気づいていたがやっぱりこうしてみると夢である方が不自然なことも多い。
夢の中で夢を見た、その夢もまたとんでもないリアルさがあったなんてよくよく考えればおかしい。五感が既に夢であることを馬小屋で否定していた。あとは自分の気持ちなのだ、これをどう捉えるか、だ。
「僕は...勇者なんだな」
よくわからないけどこの世界では勇者。けど僕が勇者なんて夢じゃないと成立しないと思う。
「こんなのが勇者か」
夢の中でも情けなく負けてしまった。現代のもやしっ子代表みたいなものなのに。
どうなるのかな、この先。
もしも、夢じゃなかったらこの先僕はどうなるのだろうか?魔王を倒すために危険なダンジョンやアジトに進んでいってそこで敵と戦闘になるのだろう、あの化け物に襲われた時のように。夢を思い出した時体が瞬間的に縮こまる。
たった一撃だった。この世界の化け物のタックル一撃で動けなくなる。僕にとってはされど一撃、完全な致命傷だった。かといってあれを避ける瞬発力もない。あのままだったら完全に死んでいた。
全くもってダメだ。こんなのが勇者なんて。
ふとドアの方から乾いた音がする。誰かノックしたらしい。
「勇者様!起きてられますか?」
聞き覚えのある声、金髪青年君の声だった。
夢じゃない可能性があるなら誠意ある接し方でいこう、心にそう決めた。もう既に馬小屋で思いっきりタメ口で話していて手遅れな感じもあるけど。
「起きてますよ」
返事に答えるとドアの開く音がして中に青年が入ってくる。
先ほどの貴族服同様の膝あたりまで伸びる紺色のスーツ、前のボタンを留めていないので下の白色のシャツが生えている。下は膝下あたりまでしかない紺色の半ズボン。襟はきっちりと首が完全に隠れるまでたっている。
ベッドから降りて青年の方に近づく。僕の元気そうな様子に安堵の表情を浮かべていた。
「申し訳ありません、私が勇者様の事を考えずに先走って」
そう言って手を胸に添えて45度くらい頭をさげる。この世界でも頭をさげることが謝罪を意味するのか、異世界の文化もまるっきり違う、ということもないことにすこし安心した。
「いえいえ、こちらが勝手に酔ってしまっただけなので、もう大丈夫ですよ」
「それは良かったです!....それと、あの、急に丁寧な言葉遣いになられましたね」
不思議そうに聞いてくる。「夢の中だから何してもいいと思っていたからですよ」なんて言えるわけがない。
「いやまぁ、あれですかね?まず勇者として言葉遣いから綺麗にしていかなくてはな、と思って」
あははは、と笑う。口から出たのはもはや誤魔化しではなかった。何を言ってるんだ自分は、飲み込み早。と自分に突っ込んだ。変に疑われなければいいがと思ったが心配は無用だった。
「勇者としての自覚がでましたか!勇者様!ローウェン感激の至りです!」
青年は例の向日葵のように満開の笑顔。なんとも眩しい。とりあえず誤魔化せたことに胸をなでおろす。ところで最後のローウェン、これが名前なのだろうか?
「それは良かったです...えっと、ローウェンさんでいいのかな?」
「申し訳ありません!紹介が遅れてました!」
軍人のように素早く直立不動になる。その身のこなしに訓練されている印象を受ける。そこから右腕を胸の前で水平にして深々とお辞儀した。
「名前はローウェン・ローダンセ、不束者ながら帝都カラルコム騎士団の隊長を勤めています。歳は18歳です」
先ほどの柔らかい声色から一転、はっきりとした力強い声。これが彼の本当の姿なのかもしれない。騎士としての彼。18歳ながら団長、団長がどれほど重く大変な役職かはわからないが、きっととてつもない苦労と努力の賜物なんだろう。
「おわかりいただけたでしょうか?」
「あぁ、はい大丈夫です」
また声色が変わりいつもの中性的な柔らかい声に戻る。ぱっとテレビのチャンネルのように態度が一変するのはやはり騎士の訓練の成果なのだろうか。
「勇者様は敬語でなくとも大丈夫です、あとそこにあります服とズボンは勇者様の物です」
なんとなくそんな気はしていた。机の前に移動して服とズボンを手に取る。着ている半ズボンと短パンも夢のせいか汗でぐっしょり濡れているので着替えるにはちょうどいいかもしれない。
「1人で脱げますか?お手伝い必要ですか?」
「あ、大丈夫」
敬語を忘れて素で返した。まさかこの歳になって同じ歳の人に脱衣を手伝ってもらうのはごめんだ。でもローウェンみたいな顔立ちの良い子に手伝ってもらえるのは、ある意味ご褒美なのかもしれない。僕にはそんな趣味はないが。
シャツを手に取ってみる。いつも着ているものよりは微妙にゴワゴワしていて硬い印象を受ける。たが着る分には大した問題ではなさそうだ。
ズボンの方もジーパンをより厚手にした感じだが動きにくいわけでもなさそうでここにある衣類に関しては問題なかった。問題があるとすればこれかな。机から視点を下げる
「靴、か」
気づかなかったが机の下には膝下あたりまである皮の靴も置かれていた。見るからに普段とは違う質量と高級感を漂わせている。
現状靴がないのでこれを履くしかない、仕方ない。ゆっくり足を入れていく。
靴底に足裏がつく。いつの間に測ったのかは知らないがサイズはピッタリ。しかし普段軽いメッシュの靴を履いている僕からすれば足に小さい重りがついているようで、とても走り回ったりできそうになかった。
「靴が合わないでしょうか?」
ローウェンは靴を履いたまま首を捻っている僕を見て察してくれた。
「サイズは合うんですけど、どうも皮の靴は苦手で...」
「そうですか...それならもうひとつあることはあるのですが...」
そこから言葉を濁すローウェン。どうして濁してしまうか、恐る恐る聞いてみた。
「なんですか?」
「勇者様がお望みなら持ってきますが、サンダルです」
「サンダル?」
夏に海とかプールに行く時に履くあれか、楽に履けて靴下もいらないから今もコンビニ行く時とかなどには重宝させてもらっている。
正直楽に履けるのでサンダルの方が面倒臭がり人間的には好みなのだが、どうして憚れたのだろうか。自分なりに脳を働かせて考えてみるに多分客に勧めるには少々ラフすぎると思ったからじゃないだろうか。それなりに的を得ていそうなのでほくそ笑む、自己満足。僕は気にしないけど。
「別にいいですよ、サンダルで。寧ろそっちの方が好きですかね」
「わかりました、ただいま持ってきさせます。」
持ってこさせる?誰かに頼むのだろうか?
疑問に思った時にはすでにローウェンは行動していた。
「サンダルを持ってきてください、今すぐに」
ローウェンはドアの方へ騎士の声で命令する、敬語で命令しているので命令というには少し違和感がある。するとローウェンの声に反応してドア越しに「ハッ!」という野太い男の声が聞こえたと同時に、バタバタと走り去っていく足音がだんだんと音が小さくなっていった。
「すいません、騒がしくて」
「...いえいえ」
ドア越しに人がいたのか、先ほどのローウェンの「1人で脱げますか?」を聞かれていなければいいがと淡い期待をするが、足音がかなり小さくなるまで聞こえていた点、小音で漏れていたかもしれない。顔が少々火照るのを感じる。恥ずかしい。
「しかし改めて見ると普通の方ですね」
そう言いながら背中からぐるりと半周して僕の前まで来る。全身舐めまわされるように見られるというのはこうゆうことか、落ち着かない。
「どんな人が出てくると思ったんですか?」
少々皮肉を込めて返す。僕で悪かったなという意味を込めて、ただ反面ハズレくじを掴ませてしまったみたいで申し訳ない気持ちはないこともない、実際弱いから。
「もっと屈強で男らしい方かと」
何気なく答えてきた。予想通りの答えだがそれは裏を返せば僕が屈強でなく男らしくないと捉えることも出来る。
わかってはいる、自覚はしているけど面と向かってそれを伝えられるととても心に刺さる。軟弱で女々しい男のハートを突き刺すには十分すぎる刃だ。凹む。
「ですが良かったです」
不意に近づいて来た。少し見下ろした所にローウェンはいる。僕とローウェンの間は拳一個分くらいだろうか?なんだろう少しドキドキする。
ローウェンの顔を近くで見ると肌も透き通るように白くて綺麗で仄かにいい匂いがする。でもやはり黄色の眼が視界から消えることはなかった。目は綺麗で吸い込まれそうな奥深さがある。でも底は見ることができない。このまま吸い込まれ続けたらどうなることか、きっと抜け出せなくなる。そんな何かも分からない場所に手を入れる勇気は僕にはない。
ローウェンは少し背伸びをして僕と先ほどよりちょっとだけ顔が近くなる。数秒石のように僕らは固まっていたが3度目の向日葵スマイルを見せた。
「勇者様、優しそうですし」
ローウェンはそう言ってこちらに顔を向けたまま背伸びをやめてゆっくりと後ろに下がる。
「あと私に対しての敬語も禁止です、私はあなたの従者なんですから」
「従者?」
「それに関しては後々まとめてお話します。」
本当にわからないことばかりだ。
よくわからないけど、とりあえず僕は前を向いて歩けばいいのかな?右も左もわからないことばかりだけど、とりあえずローウェンがいて僕がいて。僕が軟弱で女々しいけど、優しそうな勇者。
「....わかりました。」
「ゆーしゃさま!」
ごめんごめんと謝りつつ改めて僕は、勇者として第一声を発した
「よろしく!ローウェン!」
これでいいのかな?
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