デザート代わりのエピローグ
今日のメニューはなんなのだ、シイガよ?
かくして。《魔王》ルイーナ・イルエンデは料理の素晴らしさを知ることで改心し、世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし。
「――なんて。やはり、そんなにうまくはいきませんよねえ」
はあっと溜め息を吐き、グレイスが厨房の作業台に身を投げ出した。シイガは丸底鍋を振り、レバーを炒めながら訊く。
「だめだったのか?」
「……だめってわけではありませんけど」
グレイスは丸椅子に腰かけ、作業台に頬をぴったりくっつけたまま、
「魔王は心を入れ替えたのでもう大丈夫だと思います――ってお伝えしても、なかなか信じてもらえないんですよね。元々倒す予定だったのに話が違うと激怒されたり、投資した額を返せと請求されたり、わたしが魔王を倒さないのなら自国の兵で攻め入るなどと息巻かれたり……もう、とにかく大変で。頭が痛くなりますよ……はあ」
「……お疲れ。まあ、そりゃそうだろうなあ」
皆が皆、ルイーナみたくチョロい奴でもあるまいし。
勇者と魔王が和解してから、およそ一月。あの後、グレイスには大陸各地を奔走し、各国にこの度の顛末と事情を説明して回ってもらっていた。
しかし、結果は予想通りというか……。
魔王が本当に改心したのか疑問視する声が多く、魔王とその配下たちが行ったことに対する人々の怒りや憎悪も深いため、すんなり受け入れられるものではないようだ。
とはいえ――
「下手に魔王を刺激して、また侵攻を再開されてはたまらないということで、どの国もひとまず『余計な手出しをしない』ことだけは約束してくださいました」
「へえ? 充分じゃねえか」
「ただ」
グレイスが体を起こす。
「条件があります」
「条件?」
「……はい。それは『わたしがそばで魔王を見張り、危険と判断したらすぐさま報告、あるいは抹殺する』というものです。つまり――」
「シイガっ!」
と、そのとき。厨房の扉が開き、露出狂じみた痴女――もとい、この城の主であるルイーナが、ずかずかと踏み込んできた。
「料理はまだできぬのか!? 我は待ちわび……む?」
ルイーナはシイガの元へ歩み寄ろうとしたところで、ふと来客の存在に気がつくと、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「おおっ、グレイスではないか! ふふ、久しぶりだな」
グレイスが「どうも」とあいさつをした。
「お久しぶりです、魔王ルイーナ」
「魔王はいらぬ」
「ル、ルイーナさん?」
「うむうむ」
満足そうにうなずいて、ルイーナがグレイスの背をぺしぺし叩く。一方のグレイスは迷惑そうというか、魔王との距離感がつかめず戸惑っている様子だ。
そんなグレイスの元を離れて、ルイーナがずかずかと近づいてきた。シイガの手元をのぞき込み、尋ねる。
「今日のメニューはなんなのだ、シイガよ?」
「《竜レバーのからし炒め》だ。黒竜じゃなくて、翼竜のな?」
「ほほうっ!」
ルイーナが舌舐めずりした。料理によだれを垂らされてはたまらないので、シイガはさり気なく丸底鍋の位置をずらして、問いかけた。
「調子はどうだよ? うまくいってるか」
ルイーナが「うむっ!」と答える。晴れ晴れとした表情だった。
「作業自体は順調だ。まずは西のベシャメラ大陸を中心に、配下の者と協力しながら、荒れた大地を耕しておる」
「そうか」
シイガは鍋にニラやもやし、刻んだマンドラゴラなどを加えて炒め合わせつつ、
「大変だろうけど、頑張れよ。お前らが世界を良くすればするほど、採れる食材の質も良くなってくんだからな?」
「ああ、わかっておるとも。美味い料理を愉しむためだ。全力でこの世界を復興させてみせよう!」
拳を握り、ルイーナが張り切る。
グレイスが各国を駆けずり回っている間、ルイーナは自らが荒らし、蹂躙した世界の復興と再建に取り組んでいた。
ルイーナ自身は相変わらず『料理』のことしか頭にないみたいだが、その提案をしたシイガには別の思惑もある。
ルイーナたちが積極的に世界を復興していくことで、この世界や人々との関係を改善していければいいと思うのだ。少しずつでも、着実に。
「我ら魔族や魔物がひとところに集まっているのを見て、恐れおののく者も多いが……まあ、最初は仕方あるまい。その点、リムは達者よな。あっという間に現地の雄どもを魅了し、手なずけてしまったそうだ」
「あの妖女、まさか魔法を使ってるんじゃねえだろうなあ……」
「いや、使っておらぬらしいぞ? あくまで『あやつ自身の魅力』だそうだ」
「……ならいいけどな」
全部伝聞なのが怪しい。今度、偵察してみよう。
などと決意するシイガから視線を外し、ルイーナがグレイスを見た。再び、歩み寄りながら訊く。
「して、グレイスよ。お前はいつまで魔王城におるのだ? 明日か、明後日か……」
「さあ。ひとまずは一年ですかね」
「そうかなるほど、一年か。一年……一年?」
ルイーナの足が止まった。グレイスは「はい」と首肯し、
「昨日開かれた『四大陸会議』で、あなたのことを監視するよう命じられましたので。最低一年、長ければ一生。ここに住み込み、目を光らせてもらいます」
「なんだと!?」
「へえ。そんな指令が出たのか」
「……はい。不本意ながら」
グレイスは『やれやれ』といった感じで首を振り、
「魔王の城で暮らすのは、あんまり気が進まないのですけど……ここには、シイガさんもいますし? 彼と毎日一緒にいられる――もとい、彼の料理が毎日食べられるというなら、住み続けるのもやぶさかではありません」
「…………」
ルイーナが顔をしかめる。小さな声で、
「ぬうう。せっかく復興の名目でリムを追い出したのに、また邪魔者が……」
「何か?」
「なんでもないわっ!」
顔を背けて腕を組み、ルイーナが吐き捨てた。グレイスが笑む。
「ありがとうございます。と、いうわけなのでシイガさん」
「おう」
グレイスが小走りに近づいてきて、ぺこりと頭を下げてきた。
「改めまして、どうぞよろしくお願いします。わたしにできることがあれば手伝いま
すので、なんでも言ってくださいね?」
「おお。まじか、助かる! 実はあの晩餐の後、ルイーナやリム以外にも『俺の料理を食いたい』って奴が増えてきててさ……人手がほしいと思ってたんだよ。とりあえず、このレバー炒めを大広間まで運んでくれるか?」
「はい、お安い御用で――」
「なるほど。これを運べば良いのだなっ!」
大皿にたっぷり五人前は盛られたレバー炒めを、グレイスが受け取ろうとした瞬間。横合いからルイーナの手が割り込んできて、ふんだくる。
グレイスが「あっ!?」と声を漏らした。
「ちょ、ちょっと! それ、わたしの仕事っ――」
「黙れグレイス。貴様の仕事は、我の監視だ。シイガの手伝いではないだろう」
「ぐっ!? そ、そうですが……」
反論を呑むグレイスに、ルイーナが勝ち誇った表情を浮かべる。
「シイガの手伝いは我がする。お前は、そんな我の様子を眺めていれば――あっ!?」
「お断りです、ルイーナさん」
盗られた料理を奪い返して、グレイスが顎を反らせた。
「わたしは確かにあなたの監視を命じられていますが、何も四六時中、見張るわけではありません。本性を見定めるのならある程度、自由に泳がせておくべきですからね……シイガさんも『人手がほしい』とおっしゃっているわけですし、あなたは復興で忙しいのですから、わたしが――」
「いいや、我だ! ここの城主は我だぞ勇者、我に従えっ!」
「いいえ、わたしは魔王の配下じゃないので従いませんっ! シイガさんのお料理は、わたしが手伝わせてもらいます!」
シイガの料理を奪い合い、魔王と勇者がにらみ合う。シイガは呆れ、
「お、お前らなあ……和解した魔王と勇者がいがみ合ってたら、世界に顔向けできないだろうが」
グレイスから料理を取り返そうとするルイーナに、レバー炒めと一緒に作っておいたテールスープを渡してやった。
――そして、言い放つ。ルイーナがシイガに施していた隷呪以上に強力で、絶対的な魔法の言葉を。
「いいか、お前ら。今度また、ケンカしてるのを見かけたら……『ごはん抜き』だぞ? 二人とも仲良くな!」
「……っ!?」
ルイーナとグレイスが、目を見開いて固まった。あっという間に消沈し、それぞれが持つ料理の器に視線を落とす。
「ご、ごはん抜き……」
「……は嫌ですね」
「う、うむ。そんなことをされたら、ショックのあまり死んでしまうぞ?」
「生きる希望を失くしますよね……」
「なら争うな」
「……はい」
「ぬう。し、仕方ないのう」
おたまを突きつけ命じる料理人に、ルイーナとグレイス――魔王と勇者が、大人しく従う。その光景は、ここ魔王城での力関係を如実に物語っていた。
――魔王城の料理人。後にその名を世界にとどろかせることとなる『最強シェフ』の伝説は、こうしてはじまったのだ。
魔王城のシェフ 黒竜のローストからはじまる異世界グルメ伝 ファミ通文庫 @famitsu
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