勇者じゃねえし、救世主でもねえ……
「はーい、それじゃあ切り分けてくよお!」
デュラハンから受け取った剣をぶんぶんと振り、リムが高らかに宣言した。
まず刃を入れるのは、ももの付け根だ。深く切り込む必要はなく、ある程度まで切れ目を入れれば、剥がれるように関節部分まで外れてくれる。
切りたてほやほやのもも肉を、魔物たちが協力して取り皿に載せ、えっちらおっちらテーブルへ運んだ。
「お、大きいですねえ……」
自分の前にでんっと置かれた骨つき肉の迫力に、グレイスが気おされる。大きく息を吸い込んで、うっとりとした。
「……すはあああ。いい香りです」
「十数種類の薬草と香辛料、オリーブオイルで味つけしてあるからな。でかすぎて窯に入らなかったから、空間魔法と火炎魔法を駆使して丸焼きにした。中はふっくら、外はパリパリに仕上がってるはずだぜ? 薬草ソルトはお好みで」
「は、はい……」
グレイスが唾を呑み、もも肉を凝視する。
――ぐぎゅおおおおおおおおおんっ!
「あひゃあ!?」
刹那、部屋に突如として咆哮めいた轟音が響いた。丸焼きの解体ショーを眺めていたルイーナが「ぬおおっ!?」とビビる。
「な、なんだ! どこぞに竜でもおるのか!?」
「グレイスの腹の中だな」
「ううう。す、すみません……」
グレイスが耳まで真っ赤になってうつむく。ルイーナが目をしばたたいた。
「腹の中に、竜?」
「そうだよ。人はお前ら魔族と違って、食わなきゃ死んじまうからな……長いこと食わねえと、腹に棲んでる竜が暴れて、胃袋を喰い破られちまうんだ」
「なんだと!? それは大変だっ!」
シイガの与太を真に受けたルイーナが、慌てた様子でグレイスに言う。
「勇者よ、早く食べるのだ。我に遠慮する必要はない……冷めぬうちにほれ、がぶっといけい。がぶっと!」
「……あ、はい。そ、そうですね? では――」
グレイスは特にツッコむことなくうなずくと、ナイフとフォークを手に取り、しばし硬直。ためらってから、
「い……いただきますっ!」
食器を放り、素手で骨つきのもも肉をつかみあげるや、大胆にかぶりついた。
――パリッ! と音が聞こえてきそうな具合に狐色の皮が裂け、肉汁を弾けさせつ
つ白いふかふかの肉がほぐれる。
「ん~~~~っ!」
グレイスの顔が崩れた。身をよじらせて悶絶し、至福の表情を浮かべる。
「お、おいひい……美味しいですよお、シロちゃあああん♡ パリパリの香ばしい皮と柔らかいお肉、薬草と香辛料が利いてるスパイシーな皮に、あっさりとした甘いお肉のハーモニーが……はううう、美味しすぎますシイガさあああん♡」
「そいつは良かった」
体全体で悦びを表現するグレイスに、シイガも思わず笑顔になった。
「やっと、約束が果たせたな?」
「――ふえ? や、約束……ですか?」
大口を開け、いざ二口目に取りかかろうとしていたグレイスが、かぶりつくのを中断しながら訊き返す。
「いや、初めて会った別れ際にさ……約束したろ。『今度会ったら、唐揚げより美味いもん食べさせてやる』って」
「ぁ……覚えていてくれたんですね」
「おう。この前、ヴルートで会ったときにはいい食材が見つからなくて、ごちそうしそびれちまったけどなあ」
「あ、いえ。あのときは、わたしも先を急いでましたし……シイガさんが思わせぶりなことを言うから、気分的にそれどころでは――」
「ん?」
「な、なんでもありませんっ!」
怒ったように吐き捨てて、グレイスがもも肉に食いついた。
『思わせぶりなこと』というのは、あれか。シイガがグレイスを『好き』だと口走ったことだろうか……と、まあルイーナをかばったときの反応で実は薄々グレイスの想いに勘づいているシイガだったが、敢えて気づかないふりを続ける。なぜなら――
「おお、来た来たっ! 待っておったぞ!」
響いた声に顔を向ければ、切り分けられた手羽がルイーナの元に運ばれ、ででんっと置かれるところだった。
ルイーナは早くもよだれを垂らし、揉み手をしながら、
「よしよし、それでは我もいただかせてもらうぞ、シロよ……はぐっ!」
手づかみで巨大な手羽にかぶりつく。そのまま顎を引っ張れば、肉の繊維がべろんっとまとめて骨から剥がれた。
「……っ!?」
驚きつつも上を向き、子供の腕くらいある乳白色の肉を、あむあむと咀嚼していく。口の周りを肉汁でベタベタにして、ルイーナが吼えた。
「美味あああぁ――――い!」
ナプキンで口元を拭き、
「うみゃああああああぁ――――い!」
「二度も叫ぶなよ」
「黙れ。貴様の料理が美味すぎるのだ、バカ者め!」
呆れるシイガを罵倒(?)して、ルイーナが手羽に噛みつく。はぐはぐと肉を食み、時々喉につまらせかけながら、すさまじいペースで平らげていった。
「ふい~」
骨をからんっと皿に投げ出し、ルイーナがお腹を撫でる。
「美味いのう♡ こんな料理が毎日食べられるのなら、戦争などせんでも良いわい……ふふふ。シイガ、貴様は最高だっ!」
「はは。ありがとよ」
称賛してくるルイーナに笑って応え、シイガはぼそっと呟いた。
「……まあ、この状況じゃ選べねえわな」
どうやら、ルイーナはシイガの料理だけでなくシイガ個人に対しても、好意を抱いてきているらしい。口では否定しているものの、さすがにこれだけわかりやすければなんとなく察するし、伝わってくる。
だから、シイガは――
「むふふふふ。モテる男は辛いねえ~、シイガお兄ちゃん?」
「……っ!?」
ふいに耳元でささやかれ、シイガはドキリとさせられる。リムが胸肉の載った大皿をテーブルに置き、意地悪く笑った。
「魔王さまとグレイスちん……せっかく丸く収まりそうなのに、お兄ちゃんがどっちか選んじゃったら、全部『おじゃん』になっちゃうかもしれないもんねえ~?」
「お、お前……」
「んふふ。だからさ、シイガお兄ちゃん――」
リムがシイガの隣に座る。スライスされた胸肉を皿に取り、それでも充分大きな肉をナイフとフォークで一口大に切ってから、
「間を取って、リムにしちゃおう? あたしなら、魔王さまとグレイスちんの仲もそこまでこじれないと思うし! はい、あーん……」
「リム!?」
ルイーナが食事を中断して立ちあがり、怒鳴った。
「貴様、シイガに何をしておるか! 抜けがけするなど赦さんぞっ!」
「そ、そうですよっ! 何シイガさんにくっついてるんです、あなたあああ!?」
グレイスもテーブルに手を叩きつけ、腰を浮かせて声を荒げる。
シイガは、じとりとリムをにらんだ。
「…………おい?」
余計なことするんじゃねえよ。シイガに非難の眼差しを向けられ、リムが「てへっ」と舌を出す。
「怒らせちゃった。やっぱ、あたしは引っ込んどくね~?」
フォークを下げて自分の口に胸肉を放り込むと、大人しく席を離れた。その際、
「――お兄ちゃん。リムは『愛人』でもいいよ♡」
などと耳打ちしていったのは、聞かなかったことにしておく。ルイーナが「ふんっ」と鼻を鳴らし、椅子にどかっと腰を下ろした。
「やれやれ。まったく、奴の好色ぶりには困ったものだ。隙あらば、すぐ誘惑しおる! 我も、うかうかしておれぬなあ」
「うう。シイガさん……やはり、おモテになるんですね? これはわたしも、のんび
り構えていられないです」
グレイスも椅子に座るや、鼻息荒く拳を握る。ルイーナとグレイスが「ん?」と互いの顔を見合わせ、表情をくもらせた。
「貴様……」
「あなた……」
「おい、お前らあ!」
なんだか、不穏な――視線の間で火花が散らされる寸前のような雰囲気だったので、シイガは声を張りあげて、
「丸焼き以外も食ってみろよっ! 冷めちまうぞ?」
そう勧めると、胸肉が載った木皿に炒め物を取り分けた。
「おーい。ほら、お前らも!」
ロック鳥の丸焼きを解体し、せっせと盛りつけている魔物たちにも呼びかける。
「せっかくだから、一緒に食おうぜ。少し作りすぎちまったからさ……なあ、構わないだろ魔王さま?」
「うむ、構わぬぞ。我は器が大きいゆえなっ!」
「……グレイスは?」
「え? まあ、構いませんけど――」
「わーい、やったあ!」
ルイーナが了承し、グレイスがうなずいた瞬間。リムが諸手をあげて喜び、シイガの隣に舞い戻ってきた。クラーケンのイカリングを取り、かじりつく。
「いっただっきまーっす! あむっ……あ~ん、美味ひい♡」
リムが片手でほっぺを押さえ、身もだえた。
それを見た魔物たち、リザードマンやグレーターデーモンが顔を見合わせ、おっかなびっくりテーブルにつく。
グレイスの隣には、デュラハンが座った。
「えっ!? あの、どうやって食べるんですか? 首、ありませんよね?」
「…………」
「ていうか魔物が魔物料理を食べるってこれ、共食いなのでは?」
微動だにせず固まっている首なしの騎士、テーブルのあちこちで、思い思いの料理に手や前足や触手を伸ばしはじめる魔物たち――亜人や竜やスライムを見て、グレイスが言う。シイガは苦笑し、にぎやかな食卓を眺め回した。
「まあまあ、細かいことはいいじゃねえかグレイス。こういう風に、みんなでわいわい食事するのも悪くないだろ? たまには……さ」
「ん――」
グレイスが声を詰まらせる。
「……俺、気づいたんだよ」
シイガは熟成竜肉のステーキを美味そうに頬張り、味わっているルイーナを見て目を細めると、噛みしめるように語った。
「師匠の元を離れてからは、師匠の教えに従う形で、まだ見ぬ料理や食材を求めて世界中を旅してたけど……」
修行の旅を続けていたとき、シイガは一人きりだった。
誰も見たことない食材、食べたことのない魔物、味わったことがない料理を探求することばかりに囚われており、料理を作る上で欠かせないもの、料理人として最も大切な気持ちを、忘れかけていたように思う。
それは――
「料理はただ作ればいいってもんじゃない。誰かに食べてもらって初めて『完成』するものなんだ……って」
美味しい料理を食べてもらいたい、そして相手に悦んでもらいたいという、単純だが純粋な想いだ。
「そのことを、俺は魔王に思い出させてもらったんだよ。方法はちと横暴だったが……それでも俺はあいつのおかげで、自分が知らずしらずの間に失いかけてた大事なものを取り戻せた気がしてるんだよな」
「シイガさん……」
「む? なんだシイガよ、我の顔に何かついておるのか?」
ルイーナが食事の手を止め、怪訝そうに訊いてきた。シイガは微笑み、
「左のほっぺ。ソースついてるぞ?」
「む。そうか、すまぬな」
「ルイーナ」
「ん?」
「ありがとな」
「…………。んん?」
ナプキンで頬をぬぐって、ルイーナが眉をひそめる。
「なんだ突然。意味がわからぬ」
「わからなくていいよ。料理、美味いか?」
「美味いっ!」
「……なら、それでいい」
「? 貴様がいいなら、良いのだが……」
シイガの言葉に首を傾げつつ、ルイーナが食事に戻った。リヴァイアサンのムニエルを食べ「おお、これまた実に美味いなっ!」などと無邪気に悦ぶ。
取った料理を食べることも忘れてニマニマしているシイガと一緒にルイーナを眺め、グレイスが呟いた。
「あんな表情、できるんですね……魔王のくせに」
「ああ。意外だろ?」
「……はい。もっと邪悪で、冷酷な存在だとばかり思ってましたから」
グレイスが目を伏せる。消え入りそうな声でぽつりと、
「わたしが普通に魔王を倒していたら、きっと知らずにいたんだろうな……」
ひとりごち、グレイスがもも肉をかじった。
そして、言う。
「シイガさんこそ『真の勇者』です」
「あん?」
シイガは炒め物を口に運びかけている途中で止まり、顔をしかめた。
グレイスはそんなシイガに瞳を細め、
「救世主ですよ。魔王に世界を滅ぼすことをやめさせ、この世界を救ってくれたんですから。わたしではなくシイガさんこそ、本物の――」
「よせよせ。やめろ! 勇者じゃねえし、救世主でもねえ……」
手を振り、言葉を中断させる。
げんなりとして、シイガは告げた。
「――俺は、料理人だよ。魔王城の……な」
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