……すごく、美味しそうです
熟成竜肉のTボーンステーキ、マンイーターとスライムのゼリー寄せ、薬草サラダ、クラーケンの特大イカリング、アビス海のカルパッチョ、リヴァイアサンのムニエル、フライドシームルグ、グリフォンの照り焼き……。
リムや魔物たちによって運ばれる料理が、大広間の長テーブルに所狭しと並べられていく。いつもと変わらぬ姿に戻ったルイーナが目を輝かせ、身を乗り出した。
「素晴らしいっ! なんと豪勢な食卓なのだ! これほどの絶景は見たことがない……どの料理も、実に美味そうではないかっ! のう、勇者の娘よ?」
「……そうですね」
応じるグレイスのテンションは低い。深々と溜め息を吐き、
「はあ。なぜ、わたしは魔王と……自分が倒しにきたはずの相手と、ごはんを食べようとしているのでしょうか。謎です。理解不能です。わたしは何をしてるんでしょう……精霊王さま、すみません」
などと小さな声でぼやくと、鞘に納めた神剣を見る。
「……はは。まあいいじゃねえか、グレイス。殺し合うより平和的だろ?」
「あ。シイガさん……」
魔王と二人で部屋に残され、心細げに身を縮こまらせていたグレイスが、安堵の表情を浮かべた。シイガは尋ねる。
「どうだ? 料理を待っている間、お互い少しは打ち解けられたかよ」
「え? あ、いや……それは、ええっと……あははは。そ、そうですね? さ、最初に比べれば――」
「おい、シイガ」
ぎこちない笑みで答えるグレイスに、ルイーナが割り込んだ。
「こやつ、ちっともコミュニケーションが取れんぞ? はい、いいえ、そうですね……しか言いよらん! 我の質問に答えるばかりで自分から話そうとはせぬし、どもるし、やたらと挙動不審だ。どうなっておる?」
「…………まあ、緊張してんだろ」
「あうう」
グレイスは真っ赤になってうつむき、すがるように神剣を抱きしめている。
「だ、だって……仕方がないじゃないですか。あ、相手は魔族の女王ですよ? 戦って倒すならまだしも、普通にお話しするなんて……うう。人見知りのぼっちには、難易度高すぎるんですよ。な、なんで一人にしちゃうんですか、シイガさん……ひどいです。わたしがどれだけ長いこと、気まずい時間を過ごしたか……ううう。あ、あんまりですよお、シイガさああん……」
「お、おう。すまん」
涙ぐむグレイスに、シイガは後頭部を掻いた。
仲直りしてもらおうと気を利かせたつもりなのだが、逆効果だったらしい。リムではなく、グレイスに料理を手伝わせてやるべきだったと悔やむ。
「え、ええっと……まあ、あれだ。料理の準備は大体済んだから、俺も一緒に食わせてもらうわ。待たせてごめんな?」
シイガは謝り、マタンゴのアヒージョをテーブルに置くと、グレイスの前に座った。グレイスとルイーナ、シイガがちょうど三角形になる位置取りだ。
グレイスがホッと胸を撫で下ろす。
――そのとき。
「はいはいは~い! メインディッシュの到着だよんっ!」
フリルつきの黒いエプロンを身につけたリムが、配下の魔物たちを引き連れ、部屋にやってきた。
リザードマンとグレーターデーモン、首なしの騎士が三匹がかりで押しているのは、大広間の扉をかろうじて通り抜けられるほど巨大な銀色のカート。黒竜すら、そのまま載せて運べそうな手押し車の上に――
「む。なんだ、あれは?」
「クロッシュっていう料理蓋だよ。あの中に、今夜の『主役』が隠れてる」
「主役? す、すごい大きさですけど……」
圧倒的な存在感で鎮座している釣鐘型の金属蓋を見て、ルイーナたちが目を見張る。
リムが額の汗をぬぐった。
「ふい~。盛りつけ、大変だったよ。だけどそのぶん、綺麗に出来たんじゃないかな!ねえねえシイガお兄ちゃん、リムがお披露目しちゃってもいい?」
「おう。頼んだぜ」
「頼まれましたあっ!」
リムが元気良く返事して飛びあがり、料理蓋の取っ手をつかむ。それからコホンッと一つ咳払いをし、
「レディース・エーンド・ジェントルメーン! 大変長らくお待たせいたしましたあっ!こちらが、今夜のメインディッシュくん……《ロック鳥の丸焼き》で~っす・」
――バッ! と、蓋を取り去った。
「シロちゃあああああああぁ――――ん!?」
次の瞬間、グレイスが絶叫。こんがり狐色に焼けた肉塊を見て、目玉が飛び出さんばかりに驚く。
ルイーナが不思議そうにした。
「ぬ? なんだ、どうした勇者の娘よ」
「どうしたもこうしたもありませんっ!」
腰を浮かせて立ちあがり、グレイスがわめく。
「あれ、シロちゃんじゃないですか、シロちゃんっ! わたしのことを背中に乗せて、ここまで運んできてくれた……魔物であるにもかかわらず温厚で、白いふさふさの羽毛が気持ち良くって、つぶらな瞳が愛くるしかった……そ、それなのに……ああっ!」
グレイスが顔を覆った。
「なんということでしょう! あんな、変わり果てた姿に……」
「美味そうよなあ?」
「…………。ま、魔王……ルイーナ……イル、エンデエエエ……っ!」
指の間から魔王をにらみ、グレイスが歯ぎしりする。燃えるような憎悪の瞳で神剣を抜き、そのまま斬りかかろうとした。
「よくもっ! よくも、シロちゃんを……やはり、あなたは魔王です! 滅ぼすべき、絶対悪ですっ! 和解の席でわざわざ仲間を殺して料理させ、食べさせるだなんて……そんな悪虐、赦せるものですか! 死ねええええええっ!」
「待てグレイス、早まるな!」
「いいえ! 止めても無駄です、シイガさんっ! わたしは、魔王を……シロちゃんを殺したこの蛮族を、決して赦さな――」
「違うっ! あの鳥を殺したのは、ルイーナじゃねえ」
「え?」
グレイスの動きが止まる。金色の目が、ルイーナからシイガへと移された。
「……まさか」
「シロちゃんを殺したのは、グレイス……」
しっかりと目を見つめ返して、シイガは告げた。
「お前だよ」
「…………。え、わたし?」
シイガが殺したとでも思っていたのだろうか。グレイスが自分のことを指さし、首を傾げる。シイガは事情を説明してやった。
「ああ。俺とグレイスが戦ってるとき、光の刃を放ちまくってただろ? たぶんあれに巻き込まれたんだよ。俺が今夜の料理に使えそうな魔物を探して城をうろついてたら、首をちょん切られた白い鳥の死体が大広間のすぐ近く、屋根の端に引っかかってるのを発見したんだ」
「……っ!?」
グレイスが口を押さえる。ガタガタ震え、かぶりを振った。
「そ、そんな……嘘……嘘、です……」
「嘘じゃないよー?」
顔面蒼白のグレイスに、リムが追い打ちをかけるように言う。
「リムも見たもん。死体のちょっと上の方に、グレイスちんの魔法で出来た穴があってさー。ちょうどそこから転がり落ちて、屋根に足が引っかかってるみたいな感じだったよ? ピクピク痙攣してて、超グロかった」
「生命力が強いんだろうな。おかげで鮮度は抜群だったし、斬られた首がうまい具合に下を向いててくれたから血抜きもされてて――」
「ああああああああっ!」
グレイスが耳をふさいで、テーブルに突っ伏した。神剣がからんっと落ちる。両手で頭を抱え込み、
「わ、わたしは……わたしは、なんということを……ああ、そうでした! シロちゃんには余計な邪魔が入らぬようにと、部屋の周囲を見張らせていて……なのに、なのにい……ああああっ! 何やってるんですかあ、わたしのバカああああああ!」
髪を掻きむしるグレイス。ルイーナがおかしそうに笑った。
「ふははははは! 悪虐なる蛮族は貴様の方であったようだな、勇者の娘よ? よもや味方の刃で果てるとは、奴も思っていなかったであろう」
「ううううう……」
グレイスが面をあげる。瑠璃色の目に涙を浮かべ、
「と、取り返しのつかないことをしてしまいました……魔物とはいえ、仲間は仲間……愚かなる『仲間殺し』の罪人に残された道は、もう自害しかっ――」
シイガは、拾いあげた神剣の切っ先を自ら喉に押し当てはじめるグレイスを、慌てて止めた。
「待て待てやめろ、早まるなっ! 仕方ねえだろ。事故だ、事故! 別に悪気があって殺ったわけではねえんだし、誰もお前を責めたりしねえよ」
「シ、シイガさん……」
シイガの説得を受け、グレイスが自決を思い留まる。
ルイーナも同調してくれた。
「うむうむ、そうだぞ勇者の娘よ。誰もお前を責めはせん。むしろ讃えるべきだろう。かように素晴らしいメインディッシュを用意してくれたのだから」
「……好きでしたんじゃありませんけど?」
はげます魔王にジト目を注いで、グレイスがうなだれる。蜂蜜色の髪はボサボサで、瞳は生気を失っていた。溜め息を吐く。
「はあ。本当に、何をしているんでしょう、わたしは……邪悪な魔王を討伐し、世界に光をもたらすはずだったのに。そして平和になった世界で愛する人との誓いを果たし、結ばれ、世界中から祝福されて、末永く幸せに……ふふ。うふふふふ……」
「グレイス」
「……はい。なんですか、シイガさん?」
虚空を見つめてぶつぶつ呟いていたグレイスが、空虚な目を向けてきた。そんな彼女を元気づけるよう、シイガは力強い声で命じる。
「食べろ」
「……何をです?」
「シロちゃんを、だよ」
こんがり焼けたロック鳥の丸焼き、野菜と一緒に皿に盛られた『シロちゃん』を指で示して、シイガは言った。
「奪った命は責任を持っていただけ。それが唯一の贖罪だ」
「贖罪……」
グレイスが繰り返す。シイガはうなずき、
「ああ。謝罪と感謝を込めて味わい、噛みしめるんだ。そうすりゃあ、少しはあいつも報われるだろ。それに――」
そこでいったん言葉を止めると、優しげな目で丸焼きを眺めた。
「魔王と勇者が和解して、平和を祝す宴の主役になれるんだ……シロちゃんも、きっと誇らしげに思ってくれてるんじゃねえかな? ほら、見ろよグレイス……あの堂々たる晴れ姿! 立派なものじゃねえか」
「…………」
促され、丸焼きを見たグレイスの瞳に光が灯る。
「シロちゃん……」
碧く澄んだ双眸から涙が一筋こぼれ落ち、きらめきながら頬を伝った。
「そうですね」
まぶしそうに目を細めると、グレイスは感じ入った声で呟く。
「……すごく、美味しそうです」
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