廃墟と呼ぶにはせつなすぎて
鯨杜リリス
硬貨
100円を入れると前後に動くメリーゴーランドの馬たちが、フロアの隅にたくさん詰まれている。
馬は単騎で遊べて小回りがきく。寄せられたそれらには張り紙が取り付けられていて、それぞれ「引取先:Wショッピングセンター」「廃棄」など、運命を告げる言葉が容赦なく書き込まれていた。
ピンク色の目を潤ませた、つやつやした素材の動物たちは、一体どれだけの子供達を乗せてきたのだろうか。背中の彩色はつややかに薄れ、愛しい使い込みは何も語らずにただそこにある。
もうすぐ取り壊されるここは、もう食べ物も生活雑貨も売っていない。
いつもうどんやカツ丼を提供していた食堂も、つい先程営業を終えた。
いくつもの別れを経験して来た。
少しずつ、故郷の街が幼い頃の記憶と違っていく姿は哀しく恐ろしい。
あの頃の記憶は夢であったかもしれない。いつしかそう感じてしまうかもしれないからだ。時間は夢の細胞たりえる。
「ここはもう住処にはならないから」
「近くにカラオケ店がある。そこに避難することにしよう」
「道路を渡るのが問題だ」
話しているのは、ネズミ。
昔からこの施設に住んでいる一族だ。するするとよく逃げ、隠れるテクニックはさすが人間の店で生き残るだけのことはある。
「外は鳥がいる。虫も増えるがリスクが高い」
これは、蜘蛛。
「土で眠っているさなぎたちはあきらめるしかないな」
ああ、助けられないものもある。
「さようなら、いままで美味しいごはんをありがとうございました」
食堂からは人間の子供の声。会する生き物たちはみな、思い思いに惜別を。今日が最後だから。
改装を繰り返し中途半端なトイレ。
古いレジスター。
階段のワックスのこそげた灰色。
点滅する蛍光灯。
すべて去っていく。
たてものは夢だったろうか。
近所の民家の台所の奥からいつか、この店のロゴ入りのレジ袋が出て来て、「ああ、あったね、なつかしい」と思われる事ができれば、それは果たして思い出なのか夢なのか、どうして区別がつくだろう。
君はどうだ。
夢だろうか。
その土地にはいま何があるだろうか。
蜘蛛の遺伝子は、ねずみの家系は、
君の体は、レジスターの緯度と経度を覚えているか。
100円を持っているなら、
今度の休みは行ってみないか。きっと、2番目に古いショッピングセンターだ。
がちゃりと馬の首筋に、鉄のコイン投入口に、きっと、
「大きくなったね」と声が、
それは、夢かい?
きっと、握りしめているんだよ。その硬貨は世界を結んでくれる、鍵だから。
廃墟と呼ぶにはせつなすぎて 鯨杜リリス @yumiyomituduri
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