魔者 ~The New Generations~

@2nomaetsunashi

プロローグ

1

 この世界は《気(フレン)》と《魔素(マナ)》、そして《種子(スペルマタ)》によって構成されている。

 《フレン》は生命体が発散するエネルギーのようなものであり、《マナ》は自然界に遍在するエネルギーのようなものである。

 《フレン》も《マナ》も、言葉や紋様を介して初めて知覚することができる。

 体内から湧き出る《フレン》を物質化させ、鎧のように纏ったり手足の如く扱ったりするのが《気功術》であり、《マナ》に働きかけることで、望む現象を引き起こすのが《魔術》である。

 一方、《スペルマタ》はどれ一つとして同じものがない、無限に微小な物体の構成要素のことである。

 《スペルマタ》は《ヌース》の働きによってそのあり方を秩序づけられ、規定される。

 《ヌース》によって秩序を与えられ、規定された《スペルマタ》の集合体を《全体(シュンパン)》と呼ぶ。

 水は《シュンパン》であり、水を構成する三つの粒が《スぺルマタ》である。


 オセウスが研究室の棚の整理をしていたら、学生時代に読んだ本の覚書が出てきた。

 オセウスの記憶が確かならば、本は古代先進文明崩壊後、暗黒時代に書かれたと推定されるものであった。千年以上前の本ということになる。本の表紙に描かれている紋様が、保存魔術として機能していたため、本は全くといっていいほど劣化していなかったことを、オセウスは思い出す。

 しかし、本は《クレタスの悲劇》の折、書庫が戦火に巻き込まれて焼失してしまった。

 ――《クレタスの悲劇》。

 これは被征服者側であるクレタス人による呼称であり、征服者側であるノルマネア人による呼称は《クレタス人の叛乱》。

 十三年前、、和平条約を無視して突如、ノルマネア帝国がクレタス王国に攻め入ってきたことで始まった戦争を指す。

 突然の出来事であったため、王国軍の対応が遅れ、帝国軍は破竹の勢いでクレタス王国の奥深くまで侵攻、両陣営の最初の大規模衝突は、クレタス王国首都ザークロスの衛星都市グルーニアで起こった。

 王国軍は衛星都市グルーニアにて大敗。戦場は衛星都市グルーニアから首都ザークロスに移り、野戦から攻城戦に移行した。

 このとき、クレタス王国の命運はすでに決してしまったといえる。

 城壁、城門での必死の防衛も空しく、一ヶ月後、ついに王国軍は帝国軍による首都ザークロス内部への侵入を許してしまい、市街戦へ移行した。

 この戦争で軍人民間人問わず数多くのクレタス人が殺害された。

また、国王であったオセウスの父と、姉の夫であり次期国王と目されていた義兄が戦死し、さらに、母は自害し、姉はオセウスの眼前で殺され、クレタス王国は滅亡を迎えた。

 王族のうち、城の一室でびくびくと震えていることしかできなかったオセウスと、姉夫婦の娘で当時まだ二歳であった姪のアンナだけは生き残ったが、周辺諸国に対する見せしめとして生かされたに過ぎない。

 帝国に逆らい滅びた国の元王族の成れの果て。

 オセウスは利き腕であった右腕を切り落とされ、居城を追い出され、ザークロスからも追い出された。そして、兵役の義務として、敗戦国の王族ではなくただの一兵卒として、三度戦争に駆り出された。

 同胞の死を何度も見た。僕自身、死の淵に立ったこともあった。涙は枯れ、流れでた同胞の血で川ができた。

 オセウスだけではない。

 クレタス王国はノルマネア帝国第三属州と名前を変え、クレタス人はノルマネア帝国の圧政のもと、今でも不遇の日々を送っている。

 重税でパンを食することすら能わず、飢餓に苦しみながら隣人が死ぬ。兵役で最前線に放り込まれ、傷の痛みに苦しみながら戦友が死ぬ。

 オセウスはただ傍観することしかできなかった。

 暗雲が立ち込め、陰鬱な死の影がクレタス人を包み込む。一方で、ノルマネア人には輝かしい太陽の光が降り注ぐ。

 けれども、まもなく立場は逆転する。

 《魔者》。

 オセウスの十三年間の努力の結晶、復讐心の行きついた先。

 《魔者》とは何か?

 いずれ分かる、いやでも分かる。クレタス人の犠牲とノルマネア人の多大なる戦死者を以てして理解することになる。

 《気功術》も《魔術》もろくに扱えぬ弱小民族として蔑まれてきたクレタス人。

 《魔者》の力はそんなクレタス人にとって、強力な武器となり、希望となる。

 最初に攻撃を仕掛けてきたのは帝国である。だから、今度はこちら側から攻め入るのだ。

 同胞の死を看取るのもこれが最後となるだろう。子供たちが飢餓で苦しむこともなくなるだろう。

 皆にはそう説明している。

 オセウスはあらためて覚書を見返した。

 この覚書では、《ヌース》の意味が全くもって理解できないので、備忘録としての用をなしていない。

 しかし、これを書き残してから十五年ほどたった今、ようやく《ヌース》の意味に一つの答えを与えるに足る成果を出すことができた、とオセウスは考える。

 オセウスは覚書をポケットにしまって、書庫から退室した。

 子どもたち各々の課題の進捗状況を確認しに行かなければならないからだ。

 オセウスは十三年前の《クレタスの悲劇》で寄る辺を失った孤児を五人引き取っていて、さらに、二年前、門前に捨て置かれていた双子の赤子を引き取り、彼らにオセウス自身と姪のアンナを加えて、九人という大所帯で一つ屋根の下に暮らしている。

 オセウスは黙々と廊下を歩く。

 居間に足を運んでみると、幼女二人が盤上遊戯を終え、後片付けに入っていた。 お片付けをちゃんとしていてえらいね、と声をかけ、居間を出る。

 台所では、食事当番の少女が朝食の準備に取り掛かろうとしていた。

 書庫に行き、部屋の外からアンナに声をかけてみるが、返事がない。今日も無視されてしまった。

 庭に行くと、少年二人と少女一人が稽古の合間の休憩に入っていた。オセウスが庭に姿を現すと、慌てて稽古を再開した。

 合わせて七人。オセウスを含めて八人。

 一人足りない。

「やれやれ」

 残る一人の居場所は見当がついている。

「仕方がないな」

 オセウスは少し遠くに立っている山の方角に向かってため息を吐いた。

 ウォルス。

 稽古をさぼって、山で一人物思いに耽っている子どもの名前だ。

 可愛いアンナの彼氏面をしており、ウォルスの名を口に出すことはおろか心の中で呼ぶことさえも嫌なので、普段、オセウスはウォルスを君または彼と呼んでいる。

 ウォルスはクレタス人の中でも、東方の民族の血を濃く受け継ぐ者に典型的な特徴を有している。

 黒髪黒目で、肌色は柴染に濃褐色を混ぜたような感じである。今は夏の初めなので、盛夏が近づくにつれて肌色はさらに黒くなっていくことだろう。

 東方の民族が有するもう一つの特徴として、《気功術》や《魔術》との相性が悪いとされるクレタス人の中でも、特に相性の悪さが際立っていることが挙げられる。

 努力に見合った結果が出ないと最初から分かりきっている。だから、修行に身が入らない。不貞腐れてしまう。ウォルスの心の叫びが聞こえてくる。

(でもね、君、そんな不条理を僕が放っておくわけがないだろう。僕は誰よりも弱いことを自覚し、誰よりも世界を呪った。そして、《魔者》は誕生した。君は今、僕と同じ状況にある。だからこそ、僕は《魔者》を、君に授ける)

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