第4話 火星ドック

 一


 シンポシオンの図書館には膨大な書籍が収蔵されている。電子化されたデータも存在するが、紙の本を陳列した図書館は映画館と同様に社交場として機能するように設置されていた。もちろん現在は利用者がほとんどいない為、巨大な空間は静まり返っていた。

 この場所を頻繁に利用しているのはタラだけだった。天井まである書架の前に置いた脚立に乗って、分厚い本を引っ張り出している。「失われた時を求めて」というタイトルを満足げに眺めると、大事そうに胸に抱えて脚立を降りた。

 おかっぱ頭を左右に揺らして、フンフンと鼻歌を歌いながら図書館内を歩いていると、壁際の端末の前に座っているイオリの背中が見えた。

「なに見てんの?」

 タラはイオリの背後に立つと、端末を覗き込みながら訊いた。

「……この船の設計図」

 イオリは端末のモニタに映し出されたシンポシオンのデータを、真剣な面持ちで眺めていた。

「……ふーん」

 タラは興味津々な様子で、顔をイオリの肩にくっつけるようにしてモニタを凝視した。イオリはそれに気づくと、やっとモニタから目を離した。

「いや、ちょっと興味が湧いてさ。この船の事、もっと知っておいたほうがいいかなと思って」

「へー。……いいね」

 タラがにこりと笑うと、イオリも笑顔になり、

「だろ!」

 と元気に答えた。

 イオリが再び端末に向き直ると、タラも姿勢を元に戻し、そのままじっと観察を続けた。

 静かな図書館の中は、モニタの発する光でそこだけ明るく光っている。

「ところでさ」

 イオリが姿勢を変えずに話を切り出した。

「なに?」

「火星に行く事が決まったらしいね」

「そうだね。修理しなくちゃいけないからね」

「楽しみだなぁ。あそこのアイスクリームうめえんだ」

「僕はたこ焼きの方が好きかな」

「あれも、うめえよな!」

 イオリは想像しただけでヨダレを垂らした。この船では砂糖は貴重品なので、みんな甘味に飢えていた。しかし、タラはあまり浮かない顔をしていた。

「……ホントはあんまり行きたくないんだけどね」

「あー、男が苦手だもんな。でもお前、男臭い映画大好きじゃん」

「見てるぶんには好きなんだけどね。媚を売らなきゃいけないのが苦手」

「堅っ苦しく考える事ないだろ。友達みたいに接してればいいんだよ」

「……それも苦手」

「そーだろーな。まあ、向こう行ったら俺の後ろにくっついてろよ」

「……そうする」

「まだ三ヶ月も先の話だぜ。今からそんなこと悩んでもしょうがないだろ」

 イオリは両手を頭の後ろで組んで、タラを見上げた。

「大丈夫。ちょっと安心した」

 タラは少しだけ和らいだ表情になった。

「そりゃよかった」

 そう言うとイオリは前に向き直り、タラは静かにその場を離れた。


 二


 船内の一室では会議が開かれていた。中華料理店にあるようなターンテーブルに、マーゴ、ナンディ、ジェナ、ラーラ、イローナ、メイリンが輪になって向かい合い座っている。各自の前にコーヒーが置かれ、それぞれが持ち寄った補給品リストがターンテーブルで集められた。ラーラがそれを綺麗にまとめると、隣のマーゴに手渡す。

 マーゴは要望書にさらっと目を通して呆れた表情になった。

「なんだなんだ、相変わらず食い物ばっかりだな」

「そらそうよ。一番の楽しみだからね」

 メイリンが白い歯を見せて笑う。

「ようやく本物のコーヒーが飲めるな」

 ナンディが代用コーヒーのカップに不味そうに口を付けながら言った。

「『新作映画千本、興行収入の悪かった物を中心に』ってなんだこりゃ。これタラだな。好きだね、あいつも」

 マーゴはリストをパラパラとめくりながら感想を述べる。

「これは? 『最新の機械工学データ』って誰これ?」

 意外そうな顔でイローナに訊いた。

「イオリですね。あれ以来、船に興味湧いたみたいですよ」

「ふーん、そりゃ頼もしい。私らの苦手分野だったからな」

 マーゴは満足げな笑顔を浮かべた。

「頭打ってバカが治ったな」

 メイリンが白い歯をむき出して笑う。

「メイリン、イオリの悪口はやめてください」

 イローナが真剣に抗議するとメイリンは、

「冗談、冗談」

 と言って苦笑いした。

「いい機会ですので、イオリには機関室の担当になってもらいましょう」

 ラーラがメイリンの軽口にニコリともせずに言った。

「そうだな。本人がやりたがってるなら、そうしてもらうと助かる」

「他の人たちにも、何かしら仕事を与えた方が、いいのではありませんか?」

 ラーラの提案にマーゴはあまり乗り気でない様子だ。

「その必要はないんじゃないか。無理に仕事作る事はないよ」

「皆が公平に仕事を分担しないと、何かあった時に困る事になると思いますが」

 珍しくラーラが食い下がって主張を続ける。

「一理あるな」

 ナンディが頷きながら同意した。

「そん時はそん時さ。なんとかなるよ」

 マーゴは他人事のように言った。

「無責任な……」

 ラーラは非難の言葉を口にしたが、それ以上の追求をやめた。

「もうちょっと定期的に補給に行ってくれると嬉しいんだけどね」

 ジェナが横目でマーゴをじっと見つめる。

「しょうがないだろ。火星だって危険な場所なんだぞ。いつ連合の攻撃があるか、わからないんだからな」

 マーゴは口を尖らせてリストを乱雑にまとめると、ターンテーブルの上に置いてジェナの前に回した。

「ジェナ、こいつを火星に送信しておいてくれ。十年分くらいな」

「へいへい。まあ、半分も貰えないだろうけどね」

 ジェナは紙束をひょいと拾い上げると自分のブリーフケースに放り込んだ。

「あと、破損の原因は岩石の衝突だと連絡しておけ。攻撃があったことは秘密にしておきたい」

「了解ですよ」

「今回は喧嘩をするなよ」

 ナンディが腕組みしてマーゴを睨んだ。

「わかってるよ。でも約束はできないな。向こうの出方次第だ」

「一緒に行ってやろうか」

「いや、一人でいい。心配すんなって」

 マーゴはそう言うと、ナンディを安心させるように笑顔を作った。

 二人のやりとりを眺めていたジェナが身を乗り出した。

「ところでさ、あの服また着るのか?」

「当然です。シンポシオンの制服ですから。外部の人と会う時は制服着用と決めたはずです」

 ラーラが事務的に答えた。

「だって、あれ客室乗務員の制服だろ。なんか変じゃね?」

「なんだお前、嫌だったのか?」

 ナンディがからかうように口元に笑みを浮かべて言った。

「いや、あたしはいいんだよ。お前がさ……」

 ジェナはわざとらしく心配そうな顔をして、隣に座っているナンディの大柄な体を眺めた。

「言ってろ。向こうじゃ、私はかなりモテるんだぞ」

 ナンディは勝ち誇ったような笑みで答えた。

「戦友だもんな……」

 マーゴがしんみりとした口調で呟いた。

「ああ、そうだな」

 ナンディが頷いた。

「もう五十年も前の事なのに、みんなよく覚えててくれるよ。……というより、あの頃の事が一番鮮明に覚えてるかもな。あいつらがいたから今の我々がある。地球から逃げ出してここまで来れたのも、あいつらのおかげだから」


 マーゴは遠い目をして過去の思い出に浸った。それは、マーゴの心に癒えない傷を植え付けた記憶であったが、今となっては懐かしくさえ思えた。


 三


 それから三ヶ月が経過し、火星ドックへ入港する日がやってきた。

 ドックは火星の衛星軌道上にあって、シンポシオンやゴルギアスの修理に使われていた。元々は地球圏にあったドックであるが、彼らが脱出した際にゴルギアスによって占拠され、より安全な火星圏に移された。これにより地球は貴重な宇宙ドックを失って、宇宙開発事業から大幅に後退することを余儀なくされた。人類最初の宇宙観光船であるシンポシオンと、最初の宇宙戦艦であるゴルギアスが彼らに乗っ取られた後、地球は大型宇宙船建造の拠点を失った。新たなドックを建造しようとする試みは常にゴルギアスの妨害を受け、未だ成功していない。事実上、宇宙はゴルギアスによって支配されていた。


 シンポシオン号が火星の夜側から接近していくと、わずかに顔を出した太陽に照らされた火星の地平線が、赤く輝いて見えた。

 ブリッジに勢ぞろいした乗員は、その光景にすっかり見とれてしまった。

「綺麗……」

 とルミが感嘆の声を漏らす。

 船長服のマーゴ以外は全員、シンポシオンの制服に着替えていた。クリーム色の膝丈ワンピースで、胸にはシンポシオンのマークが付いている。

 太陽の外側に、小さい点になって火星ドックが見える。通信席のジェナが大型モニタに拡大画像を映し出した。

「だいぶデカくなってるな」

 マーゴは目を見開いて驚いた。前回補給に来た時よりも、ドックの規模が明らかに大きくなっていた。

「戦況が安定して来ているのかもしれないな。我々にとっては嬉しいことだ」

 ナンディが操舵席からモニタを眺めながら言った。

 その時、ブリッジにピンッと短い電子音がした。

「ドックからのビーコンを受信した。船のコントロールを自動に切り替える」

 ナンディは自動航行のスイッチを入れると操舵席から立ち上がる。

 それを聞いたラーラが、前に進み出て振り返った。

「後一時間ほどで入港です。それまでに各自身だしなみを整えるように。イオリ、マライカ、髪を梳かしてきなさい」

 ラーラが全員を見回して身なりをチェックする。

「別にいいじゃん……」

 イオリがボサボサの前髪をいじりながら不平を言った。

「いけません。さあ、行って」

 ラーラは追い払うように手を振って、二人を部屋に戻らせた。イオリがブツブツ言いながらブリッジを後にし、マライカがスカートを両手で摘んでヒラヒラさせながら後に続いた。

「マーゴ、あなたもです」

「えっ、私もか?」

 マーゴが驚いて振り返った。目深にかぶった船長帽の下から、ボサボサの赤い髪がはみ出している。

「当然です。みんなに示しがつかないでしょう」

 ラーラが呆れたように言って、ため息をついた。

「しゃあねえなあ……」

 マーゴは背中を丸めて渋々とブリッジから出て行った。


 四


 シンポシオンは火星ドックに入港した。隣の桟橋にはゴルギアスが係留されている。大きさはシンポシオンの半分くらいだが、戦艦だけあって威風堂々とした威容を感じさせた。客船であるシンポシオンの華麗な姿と対照的に、無骨で無機質だった。少し離れた場所には、建造中と思しき船が見える。

 桟橋にドッキングを終えると、全員デッキの待合室に集まって連絡艇の到着を待った。火星ドックから小型の連絡艇がゆっくりとやってくるのが見える。

 デッキ内に連絡艇が横腹を見せて停止すると、連絡通路を接続した。

「じゃあ、行こうかぁ」

 マーゴはいつもの乱雑な短髪を綺麗にセットして、やる気のなさそうな声で号令をかけた。スーツケースを引きずって、十二人全員が二列縦隊になって細い連絡通路に入った。

 連絡艇の入り口では、きちんと折り目のついたスーツを着た男が立っていた。マーゴと同色の赤毛で、顔立ちもどことなく似ていた。

「やぁ久しぶりだね、マーゴ」

 男は満面の笑みで両手を広げ、歓迎の挨拶をした。

「久しぶりだな、アーニー」

 マーゴは穏やかな笑みを作って答えた。

「みんなも元気そうで嬉しいよ」

 アーニーと呼ばれた男はマーゴの後ろにいる全員の顔を見渡して言った。

「お前も息災のようだな」

 ナンディも友好的な笑顔で答える。

「ナンディ、会えて嬉しいよ。ヴォイドたちも首を長くして待ってるぞ」

 アーニーはナンディの手を取り、固く握り締めた。

「ところでアーニー、その格好はどうしたんだ? 随分垢抜けたじゃないか」

 マーゴが不思議そうに訊く。

「こっちにも色々事情があるのさ。さあ、こんな所で立ち話もなんだ。中に入ってくれ」

 アーニーは人懐こそうにウィンクをして、みんなを中に招き入れた。


 全員がシートに座り終えると、連絡艇は火星ドック内部へと向かった。

 マーゴは天窓に迫ってくる巨大なドックを見上げて感嘆の息を漏らした。

「ドックの規模がかなり大きくなってるじゃないか。よくこれだけの資材を集められたな」

 アーニーは得意げな表情になって、素直に感心するマーゴの顔を見た。

「ふふ、火星や小惑星には豊富な資源が眠っている。それを活用しない手はないだろ。もはやヴォイドたちはただの兵士ではない。彼らに教育を施し、未来を見据えて様々な計画を進めているんだ。我々はもう略奪はやめたよ。開発と貿易によって資源を手に入れる。ここはその足がかりとなるのさ。新しい国家誕生のな」

「国家!?」

 マーゴは目を丸くして驚いた。

「そう、宇宙国家アストランディアだ」

 アーニーは腕を組んで鼻息荒く宣言した。

「はぁ〜……」

 マーゴはただただ言葉もなく感心するだけだった。


 連絡艇がドック内部に入ると、背後の隔壁が降りて宇宙空間から遮断された。搭乗口に連絡艇が横付けされ、内部が与圧されると、複数の男たちが飛び出してきて整列した。

 揃いの軍服を着たその男たちは、一様に体格が良く、マーゴたちよりふた回りほど大きい。皆同じ顔をしていてナンディに似ていたが、彼女の褐色の肌とは異なり青白い人間味のない肌の色をしていた。額に刻まれた数字の刺青が軍帽の下から覗いている。

 彼等たちがヴォイドである。実験体であるナンディと同じ遺伝子を使って量産された兵士だ。彼等もまた、マーゴたちと一緒に地球から逃げ出した仲間だった。

 アーニーを先頭に連絡艇から降りると、マーゴたちは精一杯愛想を振りまきながら、ヴォイドたちの列に向かった。ヴォイドたちも笑顔で迎えると、全員のスーツケースを受け取った。

「お久しぶりです、姐さん」

 ヴォイドたちは口々に挨拶した。マーゴとナンディは笑顔で気さくに返事を返す。少し緊張気味のシンポシオンのメンバーが続いた。

 長い通路に入ると、アーニーが振り返った。

「今日は歓迎パーティーを用意してるから楽しんでいってくれ。美味しい料理もたっぷり用意しておいたぞ」

 それを聞いて一同「おおっ」とどよめいた。

「そんなに気を使わなくてもいいのに」

 マーゴが殊勝なことを言った。

「水臭いこと言うなよ。みんな今日を楽しみしてたんだ。ヴォイドたちがどうしてもやると言って聞かなかったんだよ」

「ありがたいことだな」

 ナンディは嬉しそうに頷いた。


 大きなエレベータの前に辿り着くと、アーニーは振り返って両手を広げた。

「さあ、このエレベータを降りた先だ」

 そう言って再び背中を見せると、扉を開けた。

「さあ、乗ってくれ」

 そう言って脇に避けると、中に入るように促した。

「アーニー」

 マーゴが真剣な表情でアーニーを見つめた。

「ん? ……先に話を済ませておくか?」

 アーニーがマーゴの意図を察して答えた。

「その方がいい」

「わかった」

 アーニーは頷いた。ナンディが二人のやりとりを心配そうに見つめる。

「みなさん、申し訳ないが私とマーゴは先に済ませておかなければならないことがある。ご案内できるのここまでだ。無礼をお許しいただきたい。後ほどまたお会いしましょう」

 と言って、マーゴと二人残って外からエレベータの扉を閉めた。


 五


 マーゴは応接室に案内された。帽子掛けがあるのを見つけ、そこに船長帽を掛けると、綺麗にセットされた髪が現れた。七三分けにされたショートヘアは、マーゴをより凛々しく見せていた。室内は豪華な調度品が整えられており、正装の二人にふさわしい威厳を与えていた。

 二人がソファに向かい合って座ると、タキシードを着たヴォイドが現れて、紅茶とケーキをテーブルに置いた。

 マーゴはティーカップを口元に運ぶと、

「美味い」

 と思わず声が出た。

「本物だからな。ここではいつでも本物が手に入る。ケーキも美味いぞ」

 アーニーはソファに深々と座り、得意げになった。

「ずいぶん本格的だが、地球からの来客でもあるのか?」

「貿易をしてるからな。企業の重役たちを招待してるのさ。ここは国家になるんだ。そのうち、同盟国の閣僚たちも招待することになるだろう。それを考えると、まだまだ十分ではないね」

 マーゴはケーキをパクつきながら話を聞いた。

「これも美味えな」

「ふん、会談は明日にした方が良かったんじゃないのか?」

 アーニーは半ば呆れたように言った。

「いや、聞いてるよ。続けてくれ」

 マーゴがあっという間にケーキを平らげてしまったので、アーニーはヴォイドにクッキーを持って来させた。

「ヴォイドを地球のレストランで修行させたんだ。今では一流の腕前だぞ」

「そりゃ凄いな」

 マーゴは素直に感心した。

「君のところは未だにロボットに食事を作らせてるんだろ。ここなら生活に不自由することはないし、豪華な料理も毎日食える。木星から離れてこっちへ来い」

 マーゴはクッキーを頬張り舌鼓を打って、

「国家って言ったが、移民を入れるのか?」

 と言って、アーニーの言葉には答えず話題を変えた。

「いや、移民は受け入れない。あくまで国家は体裁だ。しかし今のままでは、我々はただの武装集団にすぎない。連合の敵対国を軍事支援する事で生き延びてきたが、このままではいずれ自滅することは目に見えている。だが、国家となれば扱いは変わってくる。戦争はいずれ終わる。その時、国家としての体裁が整っていなければ、我々は見捨てられる。実際、宇宙国家建設の噂が広まって、連合加盟国の企業ですら裏から接触してきているんだ」

 アーニーの言葉が熱を帯びてきた。

「君も見ただろう、建造中の船を。あれは地球資本の観光船だ。シンポシオンよりはだいぶ小さいが、火星航路には十分だ」

「あれは軍艦じゃなかったのか」

 マーゴは驚いて目を見開いた。

「軍艦は既に三隻建造している。今は地球圏で頑張ってもらってるよ。制宙権を確保した上で、観光事業を開始する」

「たいしたもんだ。それを全部一人でやったのか」

「一人ではない。ヴォイドたちがいたからできたことだ」

「お前のそういうところは、好感が持てるな」

 マーゴは顔を上げ、微笑してアーニーを見つめた。

「今更お世辞か? よしてくれ」

 アーニーはまんざらでもなさそうな表情で答えた。

「……未来か。そんなこと考えたこともなかったな」

 マーゴはティーカップをテーブルに戻し、初めて手の動きを止めた。

「それでは駄目だ。先を見通してより良い環境を作ること目指さなければ、いずれ破滅が訪れる。たとえ我々が不老不死の身であったとしても、生きられる場所がなくなれば死んでしまうんだ」

 アーニーの熱弁を、マーゴは冷静な表情で聞き続ける。

「ところで、今ヴォイドは何人くらいだ?」

 話題をそらされて、アーニーの上気した顔が真顔に戻った。

「あ? うん、三百人くらいだな」

「そうか、だいぶ減ったな」

「仕方あるまい。戦争は継続中だからな。我々は子孫を残せないし、新たなクローン製造も我々の理念に反する。死ぬことはあっても、増えることはないんだ。だからこそ、戦争を一日も早く終わらせなければいけない」

「終わりそうなのか?」

「終わるさ。反連合の同盟国が今以上に支配地域を拡大すれば、必ず和平の動きが出てくる」

「そう上手くいくかな?」

「いくさ。それを信じるのが政治だ」

「そして失敗を繰り返すのが政治だろ」

 マーゴの冷たい言葉に、前のめりになっていたアーニーはすっかり我に返って、ソファに深々と腰を沈めて腕組みをした。

「お前は悲観的すぎる」

 アーニーは落ち着いた声で批判した。

「双子なのにな。不思議なもんだよ」

 マーゴは微笑しながら穏やかに言った。

 淀んだ空気が室内に充満した。マーゴがティーカップを皿に置く音だけが響いた。

「まあいいさ」

 アーニーは気を取り直すと、再び前のめりになって、

「エウロパで塩が取れるだろ?」

 と、別の話題を切り出した。

「まあな。あそこのおかげで水と塩には不自由してないよ」

「あれを持ってきてくれないか」

「は? 塩が足りないのか?」

「違うよ、ブランドさ。『エウロパの塩』の名前で売り出すんだ。人気が出るぞ」

 アーニーはすっかり商売人の顔になって身を乗り出した。

「運び屋をやれってのか」

「それくらい協力してくれてもいいだろ。国家建設には金がかかるんだぞ」

「あんまり、木星から離れたくないんだがな」

 乗り気ではなさそうなマーゴの様子を見て、アーニーは必死に説得を試みる。

「ここから木星までの航路は安全だろ。敵の攻撃はなかったはずだ。なんなら受け渡しは小惑星帯の外側でもいい。木星圏で自由に航行できる船はシンポシオンしかないんだよ。頼む。この通りだ」

 アーニーは手を合わせて懇願した。マーゴはその姿を冷ややかに見つめる。

「この間、カリスト軌道の外側で敵の攻撃を受けた」

 マーゴの告白にアーニーは雷に打たれたように固まった。

「なん、だと?」

「それで修理に来たんだ。一発撃っただけで逃げてったから、大したことなくてすんだけどな」

「……そうか。もっと早く教えてほしかったな」

 アーニーは両手を膝に置くと、俯いた。

「言わないつもりだったんだよ。心配させたくなかったからな。こっちの護衛に人員を割くような余力はないだろ」

 アーニーは上目遣いでマーゴを睨んだ。

「最近、連合はデータリンク衛星をあちこちに打ち上げ始めた。AIで制御された衛星と無人攻撃機との相互通信で、機動力のある攻撃を仕掛けてきている。……そうか、木星まで範囲を広げてきているのか」

 アーニーは悔しそうに歯噛みをした。

「あれは無人機だったのか。厄介なのか?」

「無人攻撃機は地上から打ち上げられる程度の大きさだ。一機だけなら大したことはない。だが、今はまだ実験段階だろう。いずれは本格的に数を揃えて攻撃してくるのは間違いない」

「対策は?」

「打ち上げの監視強化はしているし、データリンク衛星は見つけ次第破壊している。だが十分ではないな」

「この火星ドックも、攻撃される危険性があるってことだな。状況はあまり良くないってことか」

「今はな」

 マーゴはそれだけ確認すると、深々とソファに腰掛け、背もたれに片腕を預けた。

「お互い隠し事はなしにしたいもんだね」

 マーゴは皮肉っぽく言ってニヤリと笑った。

「からかうのはよせ。ここまで知った以上は、衛星の破壊に協力してくれるんだろうな」

 アーニーは鋭い目つきで見据えた。

「それは引き受けよう。木星圏に関しては哨戒を強化することにする。その程度ならうちの船でもできそうだしな。こっちの安全保障に関わることだから他人事じゃない。その代わり、レーザー砲を最新式のものに強化してもらいたい。うちのは射程が短すぎるんだよ」

「それはおやすい御用だ。元々こっちはそのつもりで用意してある。修理と点検の期間を含めても予定通り一ヶ月で終わるだろう」

 マーゴはそれを聞いて、ホッとしてため息をついた。

「それは良かった。よろしく頼むぞ」

「とにかく、今日はこっちの考えを聞いてもらえただけでも良かった。状況が好転したら連絡するから、その時は協力してもらうぞ」

「それはどうかな。お前はタヌキだからな。肝心なことはなかなか教えてくれない」

「それはお前だ」

 二人は顔を見合わせると、互いにフッフッフッと不敵に笑った。


 六


 歓迎パーティーは火星ドック最上階の展望ラウンジで行われていた。周囲を取り巻く窓から火星が美しく見える。ここも、来客をもてなす目的で新設された場所だ。大人数を収容できるよにかなり大きめに作られている。

 地球から運ばれた食材で作られた豪華な料理が所狭しと並べられ、ワインやカクテルが添えられていた。

 シンポシオンの一行と、二十人ほどのヴォイドたちがパーティーを楽しんでいる。お互いが上手に混じり合って仲良く談笑してた。


 マライカとウララ、イオリの三人は、

「牛うめー!」

 と言いながら、脇目も振らずステーキにかぶりついている。イオリの後ろにはタラがピッタリくっついてたこ焼きを摘んでいた。

「いい食いっぷりだねえ。欲しければいくらでも持ってくるぞ」

 給仕をしているヴォイドが嬉しそうに声をかけた。

「おっちゃん、頼むわ。うちには鶏しかいねえからさ、なかなか食えないんだよね」

 マライカがステーキを頬張りながら答えた。

「そりゃ可哀想に。今日はじゃんじゃん食ってくれよな」

「オー!」

 と、三人がフォークを握った手を上げて声を揃えた。


 ナンディは数人のヴォイドに囲まれて談笑していた。

「出世したもんだな。お前がゴルギアスの艦長か」

 ナンディが、ひときわ体格のいいヴォイドにそう言った。

「はい。アーニーは火星ドックにいることが増えたので、私にお鉢が回ってきたのです」

「お前は昔から優秀だったもんな。納得だよ」

「ありがとうございます。姐さんの所は、お変わりありませんか?」

 このヴォイドは、無骨な風体だが非常に洗練されていて礼儀正しかった。額には57の数字が刻まれている。

「うちは相変わらずだよ。マーゴが呑気だからな。まあ、そのぶん気楽でいいんだが」

「姐さんだけでも、こっちへ戻ってきませんか?」

 57番は真剣な眼差しで言った。

「ありがたい申し出だが、あいつは私がいないと駄目なんだ」

「友情ですか。いいですね」

「と言うより、約束、かな。あいつを裏切れないんだよ」

 ナンディはグラスを見つめて、柔らかく微笑した。

「素晴らしい。人間関係とは、そうであって欲しいものだと常々思っています」

「本当にお前は成長したんだな」

「私だけではありません。ゴルギアスの乗員全員がそうです。成長しなければ、ここまで生き残ることはできませんでした」

 57番が周囲のヴォイドたちに目をやると、全員が頷いた。知性を感じさせるその目には、自信が漲っていた。

「うちのガキどもに、お前たちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね」

 ナンディは大げさに呆れた素振りをすると、料理を食い散らかしている一画を見つめて、ため息をついた。ヴォイドたちも一斉にそちらを見る。

「いや、あれはあれでいいんじゃないでしょうか。か、可愛いし……」

 130番のヴォイドが頬を赤らめて感想を漏らす。

「可愛いで生きて行けりゃいいんだけどね」

 ナンディは目を細めて複雑な表情をした。

「それがマーゴ姐さんのやり方なのでしょう。それでこの過酷な世界を生き延びてこられたのだから、立派な事だと思います」

 57番が至極真面目に言った。

「まあ、そうだな。あいつは何故か、ああいうのが好きなんだよな」

「ところで、今日はマーゴ姐さんはお見えにならないのですか?」

「ああ、あいつは今頃アーニーと喧嘩してるんじゃないかな。そのうち二人とも不機嫌な面を引っさげて現れると思うぞ」

 ナンディはニヤリと笑った。

「あの二人を見てるとハラハラします。もっと仲良くしてくれるといいんですが」

「考え方がまるきり違うからな。でも、結構似てるところもあるんだ。二人共、厄介ごとは自分で引き受けるし、他人には親切だ」

「模範的ですね」

 ナンディと57番は、まだ現れぬ二人の事を考えながら、入り口の扉を見つめた。


 エストレーリャとルミは、イローナの両脇にぴったりくっ付いている。エストレーリャは腕に猫のアントンを抱えていた。彼女たちは三人のヴォイドと向かい合って談笑している。

「本当にあの頃は大変だったですわね」

 イローナが上品に微笑しながら言った。

「特にイローナさんは苦労されたでしょう。一人でエストレーリャちゃんを育てたんだから」

 256番のヴォイドが快活な声で言った。

「皆さんに比べたら、大したことはありませんわ。でも、子育てなんてよく解らなかったから、色々困りましたわ。それでも、みんなが子守をしてくれて、だいぶ楽だったんですよ。特にこの子が遊び相手になってくれたから、助かりましたわ」

 イローナはそう言って、アントンの頭を撫でた。

 「ホントに大きくなったよね、エストレーリャちゃん。初めて会った時はまだ赤ん坊だったのに」

 481番が目を細めて嬉しそうにエストレーリャを見る。

「ここに来るたびにその話をするのね。私はもう大人なんだから、そろそろやめて欲しいわ」

 エストレーリャが不愉快そうに口を歪めた。

「ごめんごめん」

 481番は頭を掻いて謝った。

「私も時々、混乱してしまうんですよ。つい子供扱いしてしまって。みんなに勉強を教えたりしましたけど、今では私より物知りなんですよ」

「へえ、先生やってたんですか。ルミちゃんも教えてもらってたの?」

 ルミは444番にいきなり話しかけられて、ビクッと体を震わせて縮こまった。

「……は、はい。……今でも……先生って……呼んでます……」

 消え入りそうな声を、かろうじて絞り出す。

「そりゃ凄いなあ」

 ヴォイドたちがしきりに感心してると、アントンがエストレーリャの腕から飛び降りて駆け出した。

「あ、こら!」

 エストレーリャが後を追って走り出した。


 アントンは、メイリンとジェナがヴォイドたちとゲラゲラ笑い合っている前を走り抜ける。

「待ちなさい!」

 と、エストレーリャが追いかける。アントンは、壁際で一人座っているヴォイドの前で止まった。6と額に刻印されたそのヴォイドは、足元で見上げる猫に気づいて笑顔になった。

「やあ、アントン。久しぶりだね」

 6番が手を伸ばすと、アントンは膝の上に飛び乗った。

「アントンを知っているの?」

 追いついてきたエストレーリャは、6番の前に立つと、そう訊いた。

「ああ、昔世話してたことがあったんだよ。覚えててくれて嬉しいよ」

 6番はそう言ってアントンの頭を撫でた。

「あなたはどうしてこんな所で一人でいるの? みんなと話さないの?」

 エストレーリャは不思議そうに訊いた。

「いやあ、俺はみんなが楽しそうにしてるのを見てるのが、好きなんだ」

 6番は優しそうな微笑を浮かべて答えた。

「ふーん、変な人ね。でもダメよ、こういう時はみんなと楽しまなきゃ」

「いいんだよ。気にしないでおくれ、エストレーリャ」

「私のことも知ってるのね」

「そりゃあ知ってる。ここの全員が知ってるさ」

「私はあなたのことを知らないわ。それって不公平じゃない? あなたのことを教えてよ」

 そう言われて6番は照れて頭を掻いた。

「いやあ、俺のことなんか知っても、しょうがないさ」

「それは知ってみなきゃ分からないでしょう。じゃあ質問するわね。あなたはみんなから何と呼ばれてるの? あだ名はある?」

「……俺は、ドークと呼ばれてるよ」

 6番は戸惑いながら返事をする。エストレーリャはそんな彼の姿をじっと見据えた。

「よろしくね、ドーク」

 そう言って、エストレーリャは手を差し出した。ドークは彼女の小さな手を優しく握り返した。

「あ、座るかい?」

 ドークは近くにあった椅子を引き寄せると、座るように勧めた。

「ありがとう」

 エストレーリャは初めて笑顔になって言った。椅子にちょこんと座ると、彼女はドークを見上げた。

「あなたは地球に行ったことがあるの?」

「あるよ、最初は地球に住んでたからね。君だって、地球生まれなんだよ。覚えてないだろうけど」

「そうね、覚えてないわ。物心ついた時には船に乗ってたから。だから、すごく憧れてるの。とても美しい所なんでしょ」

 エストレーリャは目を輝かせた。

「どうかな。戦争ばかりしていたから、綺麗な所は見たことがないんだよ。でも、空から眺める地球は綺麗だね。どんなものでもそうなんだと思うよ。遠くから眺めてる時が、一番綺麗だ」

「詩人なのね。知ってるわよ。『富士山に、登らない馬鹿、二度登る馬鹿』って事でしょ。昔の人は賢かったわね。でもね、私は近づかなければ分からない美しさもあると思うの」

「うん、そうだね。それはそうだ」

 ドークは、膝の上で欠伸をしているアントンを大きな手で柔らかく撫でながら同意した。

「あー、一度行ってみたいわ」

 エストレーリャは、宙に浮いている足をぶらぶらさせながら天井を見上げた。

「行けるよ。戦争が終われば」

「終わりそうなの?」

「アーニーが終わらせようと頑張ってるよ。俺たちはそれを信じてるんだ」

「ふーん、終わるといいわね」

 エストレーリャがドークの顔をまじまじと見つめると、彼はどぎまぎして赤くなった。


 その時、歓声と拍手が巻き起こった。会談を終えたマーゴとアーニーが、入り口の扉から入ってきたのだ。二人ともにこやか笑ってみんなと挨拶を交わした。


「うまく行ったらしいな」

 遠巻きに眺めているナンディが、話し合いが平穏に終わった事を察知して、意外そうな顔をした。

「案ずるより産むが易しですね」

 57番が真面目くさった顔で頷いた。


 マーゴはヴォイドたちから怒涛のような歓迎の挨拶を受けたが、余裕の笑顔で対応した。一通り終えると、ラーラが歩み寄ってきた。

「お疲れ様です。うまく行ったようですね」

「まあね。でも、ちょっと話しておかなければならないことが出来た。明日、ナンディとジェナを私の部屋に呼んでくれないか。四人で話したいことがある」

「深刻な問題ですか?」

「詳しいことは明日話すよ。まあ、今日はパーティを楽しもうぜ」

 マーゴはそう言って、白い歯を見せて笑った。


 七


 火星ドック滞在中に割り当てられた部屋は、ホテル並みの豪華さだった。特にマーゴの部屋はスイートルーム並みで、壁いっぱいのガラス窓から見える火星が絵画のように美しい。

 中央のテーブルを囲んで、マーゴ、ナンディ、ジェナ、ラーラが座っていた。

「そうか、連合は新兵器を投入してきているのか」

 ナンディは考え込むように腕組みをした。

「一応、我々の方針を確認しておく。やる事は一つ、木星圏のデータリンク衛星を潰す事だ。それ以上はしない」

 マーゴがテーブルの腕で手を組んでみんなを見回した。

「支援はしない、か。まあ当然だね。軍艦じゃないんだし」

 ジェナは頭の後ろで手を組み、気楽な口調で言った。

「簡単そうに言うが、今まで一切レーダーで捕捉できなかったんだ。おそらくステルス衛星だろう。どうやって見つける?」

 ナンディが疑問をぶつけてきた。

「居そうな場所を虱潰しに探す。それ以外ないな」

「気が遠くなりそうな話だな」

「いいじゃない、暇だし」 

 二人の会話にジェナが茶々を入れた。

「無人攻撃機はあの一機だけなら問題ない。長距離レーザー砲に換装してもらうから、攻撃される前に叩けるだろう。問題はその後だな。次が来る前に衛星を潰しておかなきゃならない。木星に戻ったら忙しくなるぞ」

 マーゴは念を押すように、みんなの顔を順番に見つめる。全員、真剣な表情で頷いた。

「その件は了解した。その後の展望はどうなんだ? ゴルギアスだけで、この問題を解決できそうなのか?」

 再びナンディが質問をする。

「さあな」

「さあな? えらく呑気だな」

 マーゴの無責任な発言に、ナンディはイラついた。

「言ったはずだ。ゴルギアスの支援はしない。つまり、我々の管轄外だ」

 マーゴは質問の論点をずらして回答する。

「上手くいかないと思ってるんだな。だからはぐらかすんだ」

 ナンディは上目遣いでマーゴを睨み据えた。

それを、マーゴは冷ややかな表情で受け止める。

「気に入らないなら、ここに残ってもらって構わない」

 マーゴの冷たい言い草に、ナンディは鼻息を荒くしたが、言い返すことはしなかった。二人の間に緊迫した空気が流れる。

 それまで黙って聞き役に徹していたラーラが、いたたまれずに口を開いた。

「ゴルギアスの立場が悪くなれば、我々にも影響が出ます。出来る範囲で協力するというのが、最善の策なのではないでしょうか?」

 マーゴは口を開かず、ギロリとラーラを睨んだ。滅多に見ないマーゴの眼光の鋭さにラーラは怯んだ。

「……申し訳ございません」

 ラーラは気圧されて小さくなって謝った。

「時々、お前という人間が分からなくなる」

 ナンディはそう言って、怒りを鎮めて息を吐き出した。

 その時、ジェナが両手のひらをポンと叩いた。

「シンポシオンのスローガンは『なるようになる』だよ。らしくていいじゃない」

 ジェナは明るい声で場を和ませようとする。

「その通りだ」

 マーゴがニヤリと笑った。

「ふん、まあいい。お前の決定には従う」

 気を落ち着けたナンディは、そう言って折れた。

「ありがとう」

 マーゴは穏やかな表情になり、優しい声で感謝の言葉を述べた。

「やめろ、気持ち悪い」

 ナンディは吐き捨てるように言ったが、苦笑しておりわだかまりは溶けていた。

「よし会議終わり!」

 マーゴが嬉しそうに立ち上がった。

「これから暫く暇だし、今日も飲むか!」

 マーゴの提案に「おう」と、ナンディとジェナが同意した。

「私は遠慮します」

 ラーラは澄まし顔で断った。


 ゴルギアスは翌日出航し、火星ドック内にはマーゴたちと少数のヴォイドだけが残った。シンポシオンの修理と改修が終わるまでの一ヶ月間、マーゴたちは火星ドックの中で過ごすことになった。シンポシオンに比べると娯楽は少なかったが、木星圏では観ることのできない地球のテレビ放送に夢中になっている内に、あっという間に時間が過ぎて行った。


 シンポシオンは、名残を惜しむヴォイドたちに見送られながら火星ドックを後にした。

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十二人の彷徨える天使 菱田空慧 @UROE

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