第3話 最初の戦闘(後編)
一
じりじりと時間が経過していく中、シンポシオンのブリッジでは苛立ちが募っていった。
マーゴは頭を掻き毟りながら、うろうろと歩き回っている。
「機関室の空気はどれくらい持ちそうなんだ?」
「……二時間ってとこかな」
頭に血が上って赤くなっているマーゴの質問に、血の気の引いた顔のジェナが答えた。
「ヘゲモニコンは何を考えているんだ。我々を守るのがAIの仕事じゃないのか?」
マーゴの疑問にナンディが口を開いた。
「犠牲者が増える可能性が高いと判断しているんだろう。時限爆弾がまだ残ってるかもしれないし、敵が戻ってくるかもしれない。船外活動中の我々に何かあったら、AIには守れない」
内心の推し量れない無表情な顔でナンディが冷静に分析した。
「イオリを助ければ誰も死なずに済むだろ」
「私もマーゴと同じ意見だが、ヘゲモニコンは違う。AIは我々を守るようにプログラムされてはいるが、我々一人ひとりに愛着があるわけではない。合理的に優先順位を判断し、最大の効果を上げるように決断している」
「優先順位か……。だが、我々にはイオリを助けることが最優先だ」
マーゴはイライラと歯ぎしりをした。
「その通りだな。だがどうする? 何か策はあるか?」
ナンディがみんなの顔を見回すと、ラーラが右手を小さくあげた。
「通風口を通って隔壁を迂回できるのでは?」
「ダメだな。間違いなくテイザーガンで撃たれるだろう」
ナンディが即座に否定する。
重苦しい沈黙がブリッジを包んだ。
そこへ、イローナが息急き切って駆けつけた。
「おう、イローナ。みんなは大丈夫か?」
マーゴが訊いた。
「はい、誰も怪我はありません。こちらの事は心配しないでください。それより状況はどうなっていますか? まだ攻撃は続きそうですか?」
イローナは口元に手をやり不安げに尋ねた。
「多分な。まだ警戒は必要だ。イローナもセーフルームに戻ってくれ。君に怪我をされたくない」
マーゴが優しい声で言った。
「イオリは? 大丈夫なのですか?」
心配げなイローナにマーゴは口ごもった。ナンディがそれを横目で見て口を開いた。
「イオリは孤立した機関室で危険な状態にある。ヘゲモニコンの妨害で救助することができない。いまその対策を協議している」
「ナンディ!」
マーゴが睨みつけるがナンディは意に介さない。
「知恵を出すのは一人でも多い方がいい」
ナンディはマーゴの叱責に冷静に答えた。
「お父様が? どうしてそんなことを……」
「我々を危険にさらすことを恐れている。そのために、イオリを見捨てるつもりだ」
「ああ、お父様……」
イローナは両手のひらを頰に当て、困惑した表情を浮かべた。
「これで分かったろう。あれは“教授”の魂なんかじゃない。ただのプログラムなんだ」
ジェナが冷たく言い放つと、イローナがキッと睨み返した。
「私がお父様を説得します!」
イローナは胸に手を当てて声を張り上げた。
「えっ!?」
マーゴは驚いて声を上げる。
「根気よく話せばきっと分かってくれるはずです。どこに行けばいいですか?」
イローナは毅然とした態度で胸を張った。マーゴは顎に手を当てて考えを巡らせる。
「……そうだな、C17のエアロック前の隔壁で呼びかけて見てくれるか。何か起こるかもしれない」
「わかりました。任せてください。必ず説得してみせます」
そう言うと、イローナは足早に出ていった。
「おいおい」
ジェナが呆れてマーゴを見た。
「対話型のAIじゃないんだ。これは上手くいかないだろう」
ナンディも冷静に言い放った。
「だが、声は認識できるんだろう? なら、ヘゲモニコンの思考に情報を付け足していく事は、できるんじゃないだろうか?」
マーゴは真剣な眼差しでナンディと目を合わせた。
「優先順位を変えさせる?」
「そうだ」
マーゴは腕を組み、下を向いて考え込んだ。そして、何かを思いついた様子で顔を上げ笑顔になった。
「いいこと思いついた。ラーラ、一緒に来てくれ」
そう言うとマーゴは出口に向かって歩き出し、慌ててラーラがその後を追った。
二
イローナはエアロックの手前に立ちはだかる隔壁に辿り着いた。威圧感のある分厚い鋼鉄の扉を、胸の前で手を組み祈るように見上げた。
天井からぶら下がっている二つのカメラが、イローナに焦点を合わせて監視している。カメラには電気ショックを与えるテイザーガンが内蔵され、照準を彼女に合わせていた。
「お父様、お願いです。開けてください。イオリの命を救ってください。あの子は私たちの大切な仲間なんです。私はイオリが生まれた時からずっと見て来ました。あの子の人生は、私の一部でもあるのです。あの子がいなくなってしまう事には、耐えられそうもありません。分かってください、お父様。これがお父様の思いやりから出たご決断だと言う事は、よく分かっているつもりです。私たちみんなを守りたいお気持ちは、十分に理解しています。それでもお父様、私は自分の命よりもイオリの命が大事です。あの子が助かるなら、私はどうなっても構いません。だからお父様、ここを開けてください……」
扉は開く様子もなかった。
イローナの必死の訴えが、ヘゲモニコンに届いているのかどうかは分からなかった。無機質なカメラのレンズが、じっと見つめているだけだった。
それでもイローナは、微動だにしない頑丈な壁に向かって辛抱強く説得を続けた。
三
マーゴとラーラは作業員の控え室にいた。ここには船外活動用の宇宙服や、護身用の武器などが一通り揃っている。
マーゴは壁に架けられた不恰好な宇宙服を下ろしてテーブルの上に置いた。ロッカーを開けて、宇宙服用のインナーを無造作に取り出し、同様にテーブルの上に放り投げる。救命道具一式が入ったバックパックを一式を引っ張り出すと、中身を確認した。そして、おもむろに服を脱ぎ下着姿になった。
ラーラはその様子を黙って見つめていたが、意外と胸があるのに気づいて「へー」と感嘆の声を漏らした。
「なに?」
マーゴは全身タイツ状のインナーを着ながら訊いた。
「いえ別に」
ラーラは澄まし顔で答えた。
分厚い宇宙服を着込むと、マーゴの素晴らしいプロポーションは見えなくなった。ヘルメットを小脇に抱えて立ち上がる。
棚の上の拳銃を手に取り、銃弾が装填されているのを確認すると、ラーラに手渡した。
そして、ラーラの頭を自分に引き寄せて耳打ちした。
「いいか、向こうに着いたらイローナの頭に銃を突きつけろ」
「ええっ!」
さすがに冷静なラーラも驚いた。
「ヘゲモニコンを騙す。撃つふりをするだけでいいんだ。ちゃんとトリガーに指をかけとけよ。じゃないと騙しきれない」
「わ、分かりました」
ラーラは手のひらの上の拳銃を、じっと見つめた。
「緊張するな。なんとかなるさ」
マーゴはそう言って明るい笑顔を作ると、バックパックを肩に担いだ。
四
隔壁の前では、イローナが虚しい説得を続けていた。壁をバンバンと叩いて、開けるようにお願いを続けている。
そこへマーゴとラーラが到着した。宇宙服姿でのしのしと不恰好に歩くマーゴの後ろを、ラーラが緊張した面持ちでついてくる。
「様子はどうだ、イローナ」
マーゴが明るい調子で呼びかけると、必死の形相のイローナが振り返った。
「……ダメです。……開けてもらえません」
イローナは敗北感を滲ませた憔悴しきった顔で答えた。
「そうか、分かった。後は任せてくれ」
そう言って、ラーラに目配せする。
「はいっ!」
ラーラはイローナに飛びかかると、首に左腕を回して、右手の拳銃を頭に押し付けた。
驚いたイローナが一瞬抵抗するが、
「お願い、協力して」
とラーラに耳打ちされ大人しくなる。
ヘゲモニコンのテイザーガンが一斉にラーラに照準を合わせた。
「この状態でラーラを撃てば、指の筋肉が収縮して自動的に引き金が引かれる。イローナは死ぬぞ」
マーゴが声を張り上げて警告する。テイザーガンは迷うように首を振った。カメラから光線が発せられ、拳銃をスキャンし始める。薬室に弾が込められているのを確認しているようだった。
ラーラは脂汗を流しながら目をカッと見開いている。トリガーにかけた指が小刻みに震えた。
「よーし、いい子だ。分かってくれたみたいだな。さて、ちょっと話をしようか」
そう言うと、カメラがマーゴに焦点を合わせた。
「我々はイオリを助けたい。その為にはこの扉を開けてもらう必要があるわけだが、どうもお前はそれが気に入らないらしい。犠牲者を少なくしたいというお前の判断はよく分かるよ。我々が安全なら死ぬのは一人で済むからな。そこでだ。もしお前が扉を開けなかった場合、イローナを殺すことにした」
マーゴはにべもなく言い放った。
「ひっ!」
と、イローナが悲鳴をあげる。
「扉を開けなかった場合、イオリとイローナの二人が死ぬ事になる。このまま扉を開けなければ、確実にイオリは死ぬだろう。その時は必ずイローナを殺すつもりだ。だがもっといい方法がある。我々とお前の両方にとってメリットのあるやり方だ。この扉を開けろ。そうすれば誰も死なずに済む。万が一失敗した場合でも、死ぬのは私とイオリの二人だ。つまり、開けても開けなくても二人死ぬ。だが、救助に成功すれば誰も死なないかもしれない。どっちが得かは、頭のいいお前なら分かるはずだ」
マーゴはそこまで言ってから言葉を切って深呼吸した。カメラを見つめ反応をじっと窺うが動きはない。
重苦しい時間が流れる。全員が身じろぎもせず扉が開くのを待った。
だが、扉は一向に開く気配がなかった。
「十……、九……」
マーゴが突然カウンドダウンを開始した。
「えええええええっ!!」
ラーラとイローナが同時に悲鳴を上げた。
「八……、七……」
ラーラとイローナの足がガクガクと震えだし、滝のように汗が流れた。
「六……、五……」
カウントダウンを続けるマーゴの額にも汗が流れる。
その時、モーターの駆動音がした。
固く閉ざされていた開かずの扉が、重厚な音を立ててゆっくりと上に開いていく。
「やった、開いた!」
マーゴは上昇していく隔壁を歓喜の声を上げて見上げた。やり遂げた実感に、体の力が抜けていく。
ラーラはもう気絶寸前だった。扉が開いた事で緊張が解け、ホッとして銃のトリガーから指を離してしまう。その瞬間をヘゲモニコンは見逃さなかった。
テイザーガンが発射され、ラーラの背中に突き刺さった。身体中に電流が走り、彼女は「ぎゃっ」と悲鳴を上げて床に倒れる。
「ラーラ!」
マーゴが叫ぶと同時に、隔壁が再び降り始めた。
「しまった!」
マーゴは慌てて隔壁に向かって走り始めた。重たい宇宙服を着ている為、思うように動けない。次第に狭まっていく扉の隙間に向かって突進する。マーゴに向けてテイザーガンが発射されるが、分厚い宇宙服に阻まれて効果がない。
「危ない!」
イローナがマーゴを引き止めようと走り出した。隙間はもう一メートルもなかった。
マーゴはバックパックを隙間に投げ入れ、勢いをつけて床に転がると、扉の向こうへ滑り込んだ。
マーゴに向かって手を伸ばしたイローナは、足がもつれて転んでしまった。そのままヘッドスライディングの形で滑っていく。
マーゴが隔壁を通り過ぎた後にイローナが滑り込んで来たが、ちょうど隔壁の真下で勢いが消え止まってしまった。
イローナの身体の上に重い鉄の扉が落ちた。
「きゃあああ!」
イローナの絶叫が響き渡り、ドンという重たい音が空気を揺るがした。
静寂が訪れた。
マーゴは倒れたままゆっくりと後ろを振り返った。
「イローナ!」
マーゴは顔面蒼白になって叫んだ。
「はい、……大丈夫です」
イローナは消え入りそうな小さな声で返事をした。
隔壁はイローナの細いウエストの数ミリ上で止まっていた。
マーゴはゆっくり立ち上がると、イローナのもとに走った。
「怪我はないか」
膝をついて上からイローナの顔を覗き込む。
「はい」
ショックが冷めぬ様子で弱々しく答えた。
「悪かったな。大変なことに巻き込んでしまって」
「いいえ、お役に立てたなら嬉しいです」
隔壁が再び開き始めた。ゆっくりと鉄の扉が上昇していく。
イローナは体を反転させ仰向けになった。胸の上で両手を組んで、天井を見上げる。
「よかった。それじゃあ念のため、もう暫くここで横になっててもらえるか?」
マーゴはホッとして明るい声で言った。
「分かりました」
イローナはまっすぐ上を見つめたまま答えて、
「お父様」
と、呟いた。
マーゴは、カエルのように伸びているラーラと、横たわって祈りを捧げているイローナを残してエアロックへと向かった。
五
マーゴはエアロックの重たいハンドルを回して扉を開け、中に入ってしっかり閉めた。宇宙服の気圧をチェックすると、エアロック内の空気を抜いた。真空状態になると重力が消失し、体がふわりと浮き上がる。
外壁の扉を開けると、目の前に星空が広がった。遠くに木星の衛星カリストが浮かんで見える。
後ろ向きになって慎重に船外へ泳ぎ出し、宇宙服の右腕に内蔵されたケーブルを射出した。細いカーボンファイバーケーブルの先端に付いたマグネットが壁面に吸着し、船とマーゴを結ぶ命綱となる。左腕のケーブルを射出すると、先端を遠くの壁面に固定し、右腕のケーブルを外して収納した。こうして、スパイダーマンのように船外を移動していく。
時限爆弾によって開いた巨大な穴に辿り着き、中を覗き込む。内部は完全に破壊され、修復は不可能そうだった。
それから、壁面に両足を着けて思いっきり蹴り、船体から遠ざかる。ケーブルが限界まで伸びきると、ガクンと体が揺れて止まった。
ヘルメットに内蔵された磁気センサーを作動させ、付近の船体の状況をチェックすると、三カ所に反応があった。時限爆弾だ。
マーゴは場所を確認するとケーブルを手繰り寄せて船に近づき、爆弾処理に向かう。
一つ目の時限爆弾に辿り着くと、両手をかけて力任せに引っ張った。足を踏ん張って歯を食いしばり、顔面が茹でダコのように真っ赤になる。しかし、爆弾はピクリとも動かない。
マーゴは諦めて荒い息を吐くと、船体に体を固定して爆弾の側面を思いっきり蹴りつけた。すると、爆弾がわずかにズレた。光明を見いだすと気力が漲り、一気呵成にガンガンと蹴り続けた。
爆弾は船体から外れ、クルクルと回転しながら宇宙空間に消えていった。
一息つくと、気を取り直して他の爆弾へ向かう。同様のやり方で全ての爆弾の処理を終えた。
マーゴはホッとため息をついて、爆弾が消えていった空間を茫然と眺め続けた。
気を取り直すと、機関室のエアロックへ向かう。外壁のハンドルを回して中に入ると、気圧を調節して機関室に飛び込んだ。内部に損傷はない様子で、見違えるほど綺麗になっていた。清掃ロボットが数台、仰向けになってもがいているのが見える。
「イオリ!」
ヘルメットを脱いで、静まり返っている室内で大声で呼びかけるが、返事は返ってこない。宇宙服姿でドタドタと走り回り、イオリの姿を探した。
壁際で倒れているイオリの姿を見つけると、駆け寄って胸に耳を当てた。心臓の鼓動を確認すると、バックパックを下ろして中から救命袋を取り出す。分厚い寝袋のような救命袋の中にイオリの体を押し込むと、袋を閉じて小型の酸素ボンベを接続した。
壁から外れてぶら下がっている受話器を手に取ると、ブリッジに連絡を入れる。
「上手くいった。今機関室だ。イオリの生存を確認した。あと、船体に張り付いてた爆弾も全て処理した。これから戻るから、担架を用意しておいてくれ。あとメイリンを医務室で待機させておけ。え? ……いいってば、そんな話は。あとでゆっくり褒めてくれ。……ああ、よろしく」
マーゴは受話器を置くと、イオリの入った救命袋を肩に担ぎ上げた。
六
イオリは医務室のベッドの上で目を覚ました。真っ白な天井と蛍光灯が視界に入る。横に目をやると枕元にイローナが座っていた。
「あら、お目覚めね」
イローナが優しく微笑んだ。
イオリが上半身を起こそうと力を入れると、身体中に痛みを感じる。
「痛ててて……」
「ダメよ、寝てなきゃ」
イローナがイオリの肩に手を当てて、やんわりと押し戻した。
「どうしてこんな所に……」
イオリは再び枕に頭を預けると呟いた。
「機関室で倒れていたところを、マーゴに助けてもらったのよ」
「機関室? 俺はなんでそんな場所にいたんだろう?」
「覚えてないの?」
イローナは驚いてイオリの顔を見つめた。
「外傷性健忘かな?」
メイリンが近づいてきて、明るい声で言った。
「MRIの結果は問題ないよ。短期記憶が欠落してるみたいだけど、まあそのうち思い出すっしょ」
そう言ってメイリンはカラカラと笑った。
「何があったの?」
「後でゆっくり話すわ。今はお休みなさい」
イローナの言葉に、イオリは口をつぐんで天井を見上げた。そして目を閉じ、再び眠りについた。
七
マーゴはお気に入りの展望室で星空を見上げていた。疲れ切った頭で、今日一日のことを反芻していた。かつてはこうした異常事態は日常であったが、何年も平和な日々が続いていく中で、すっかり感覚が鈍っていたことを実感していた。頭も体も、すでに働くこと拒否していた。ただ茫然と広大な空間を見つめた。
背後のエレベータが開き、ラーラがやってきた。
「敵は戻ってくる様子はありません。警戒を解除しますか?」
「うん、そうだな。もういいだろう」
マーゴは振り返らずに、気のない返事をした。
「イオリの怪我は大したことなさそうです。もうしばらく医務室で寝かせてから、部屋に返すと言っています。……それと私は、肩こりが治りました」
ラーラがそう報告をすると、マーゴは初めてラーラの方に顔を向けた。
「今日は悪かったな。大変な役目を押し付けてしまって」
「いいえ、あなたのしたことに比べれば大したことはありません。でも、ちょっと驚きました」
「迫真の演技だったろ」
マーゴはニヤリと笑った。
「あの時は、本当に撃たなければならないのかと錯覚してしまいました」
「でも撃たないだろ。ヘゲモニコンにはそれが分からないんだよなあ。五十年も付き合ってるのに、あいつは私たちのことを何も知らないんだ」
「今後もこのような事態が続くようだと、困りますね」
「うん、でもしょうがない。なんとか切り抜けていくしかないよ」
マーゴは終始穏やかな口調だった。再び前に向き直り、展望ドームの外に視線を戻す。ラーラはそんなマーゴの顔をじっと見つめた。
ラーラはゆっくり歩を進めると、マーゴの隣に立ち、並んで同じ姿勢をとった。
「何か見えますか?」
「いや、何も見えない。それがいいんだ」
二人は暫く沈黙して、瞬くことのない星空を眺め続けた。シンポシオンが僅かに進路を変え、星空がプラネタリウムのように回転した。
「こうして遠い宇宙を見ていると、私たちの存在がちっぽけで無意味なものに思えてきますね」
ラーラが珍しく感傷的な言葉を口にした。
「……意味とか無意味とか、そういうものじゃないさ」
「どういうことです?」
「意味っていうのは、人の関わりの中にだけあるものなんだよ。人間が意味を見いだすのは、手が届くものだけさ。人の手が届かない宇宙は、ただそこにあるがままにあるんだ。それが宇宙と我々の関係さ。でも、それは全ての存在に言える事だ。意味も無意味もない。ただそこにあるんだ」
「私たちは、あるがままの存在?」
「そうさ。我々がどこへ向かってるかなんて、考えてもしょうがない。それは決して手が届かない、遠い未来の話なんだ。でも、手が届くものには意味を見いだすことができる。ラーラは私にとって、とても意味のある存在だよ」
マーゴがそう言うと、ラーラはドキッとして顔を赤らめた。
「この船のみんながそうさ。私にとってみんな意味のある大切な存在だ。それでいいんじゃないかな」
マーゴが白い歯を見せて笑うと、ラーラはつられて微笑んだ。
「そうですね」
二人は再び押し黙ると、美しい星空に目を奪われてただ見つめ続けた。
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