第2話 最初の戦闘(前編)

 一


 宇宙船シンポシオンは木星の衛星イオの公転軌道の内側を、約一日で周回していた。船の下には黄土色の木星の大気が、底なし沼のように横たわっている。木星からは膨大な量の放射線が放出されていて、船の外に出ることは死を意味していた。たとえ宇宙服を着ていても、一歩外に出れば即死である。シンポシオンは、そんな地獄のような環境を隠れ蓑にして身を守っていた。


 ブリッジにはいつもマーゴ、ジェナ、ナンディ、ラーラがいる。大抵は手持ち無沙汰で退屈しているが、今日はそれぞれ自分の持ち場について忙しそうにしていた。

 操舵席に座っているナンディは、コンソールを操作して航路の計算をしている。基本的に操舵はここで行い、ブリッジの中央にある舵輪はただの飾りである。

 ジェナはエンジンの様子をモニタして調整をしていた。

「いけそうかな?」

 マーゴがジェナの肩越しにモニタを覗き込みながら訊いた。

「大丈夫そうだね」

 ジェナは振り返らずに返事をする。

「ナンディは?」

 マーゴはナンディの方に顔を向けて声を張った。

「問題ない」

 ナンディが静かに答えた。

「よし、じゃあ試験航海を始める。目標、木星の二〇〇万キロ上空衛星軌道。メインエンジン点火!」

 マーゴの号令で巨大な船がゆっくりと加速を始めた。船の進路が変わり、木星が下方に沈み視界から消えていく。エンジンが唸りを上げ速度が次第に上昇していった。

「メインエンジン全開!」

「了解っ!」

 威勢のいい掛け声と共にさらに加速し、木星からぐんぐん遠ざかる。前方に見えていたエウロパが、あっという間に後方へ消えていった。

「んー……」

 エンジンの様子をモニタしているジェナが不満気な声を漏らした。

「どうした?」

 マーゴが顎に手を当ててモニタを覗き込む。

「エンジンの出力が七十パーセントから上がらないねえ。なんだか調子が悪そうだ」

「ふーん……」

 グラフ表示されたエンジンの出力が、息苦しそうにフラフラと揺れている様子がモニタに映し出されていた。

「まずいね」

「そうだね」

 マーゴとジェナが呑気に言った。

「エンジンの整備、した方が良さそうかな?」

「した方がいいと思うよ」

「今までしたことあったっけ?」

「ないと思う」

「一回も?」

「一回も」

 二人は顔を見合わせて「アハハハ」と他人事のように笑った。

「笑い事じゃないだろう」

 ナンディがボソリとひとりごちた。


「メインエンジン停止」

 マーゴが静かに告げ、シンポシオンは慣性航行に移行した。

「しゃあねえなぁ、ちょっと機関室の様子見てくるわ」

 マーゴは頭を掻いてため息をつきながら言った。

「お一人で行かれますか?」

 それまで黙って立っていたラーラが口を開いた。

「ん、とりあえず見てみて、それからどうするか考えるよ」

「イオリが機械に詳しいようですから、助手として連れて行かれてはどうでしょう?」

 それを聞いてマーゴは笑顔になった。

「ああ、そっか。じゃあそうしてみる」

「では、船内放送で呼び出します」

「いや、直接呼びにいくよ。どうせ部屋にいるんだろし」

 そう言うと、マーゴは振り返らずに手を振ってブリッジを出て行った。


 二


 イオリはヘッドセットを付けてVRゲームで遊んでいた。コントローラを剣のように構えて激しく振り回す。何やら巨大なモンスターと闘っている様子だった。

 剣を大きく振りかぶって足を一歩踏み出した瞬間、脱ぎ散らかした自分の服で滑って盛大に尻餅をついた。

「イテテテ……」

 腰をさすりながら立ち上がろうとした時、インターホンが鳴った。

『おーい、イオリ。いるかー?』

 壁のスピーカーからマーゴの声が響く。「なんだ、珍しいな」

 イオリはヘッドセットを頭の上へずらして呟いた。


 ドアを開けるとマーゴが笑顔で立っていた。

「なに?」

 イオリはドアノブを掴んだまま、だるそうな声を出す。

「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

 マーゴはそう言って、桃の缶詰を手渡した。

「おおっ!」

 普段甘いものを食べていないので、イオリは驚いて缶詰に目が釘付けになった。ひったくるように缶詰を受け取ると、しげしげと眺める。

「桃缶……」

 言うが早いか缶詰の蓋を取り、指を突っ込んで素手で食べ始めた。

「うめえ……」

 イオリは涙を流さんばかりに感動した。

「とっときのやつさ。まあ、ゆっくり食ってくれよ」

 マーゴはドアにもたれながら、桃缶を貪り食うイオリを嬉しそうに見つめた。

「で、お願いって何?」

 イオリはシロップを全て飲み干すと、満足した様子で訊いた。

「この船のエンジンの調子が悪いんだよ。私じゃあんまよく分からないから、イオリに手伝ってもらいたいんだ」

「いいよ」

 イオリはあっさりと快諾した。

「つっても、俺もよく分からないけどね」

「私よりはマシだよ。じゃあ先に行ってるから、機関室まで来てくれ」

 そう言ってマーゴは出て行った。


 三


 機関室の中で、マーゴは巨大なエンジンを見上げていた。五十年間誰も入らなかった室内は、そこらじゅう塵と埃にまみれていた。エンジンも真っ黒に薄汚れている。マーゴはそれらを途方に暮れながら眺めていた。

 そこへイオリが到着した。どこから調達したのか、シンポシオンのマークが胸に付いた作業用のツナギを着ている。頭の上にはVRヘッドセットを装着したままだ。特に役に立つとは思えないが気に入ったらしい。

「お、いいなそれ」

 マーゴが褒めるとイオリは「へへっ」と自慢げに照れた。

 イオリが埃まみれの床を歩くと、綺麗に足跡が付いた。

「酷いな、こりゃ」

 自分の部屋のことを棚に上げ、機関室の汚れっぷりを酷評する。

「今まで放ったらかしだったんだよ。整備以前の問題だな。まずは掃除しなきゃなあ」

「よく今まで問題起きなかったね」

 イオリは呆れながら周囲を見渡した。制御用のコンソールを見つけると、そちらへ歩いていく。

「使えんのかな、これ」

 腰にぶら下げたタオルを手に取ると、積もった埃を拭いてパネルを綺麗にする。電源のスイッチに触れると、微かに起動音がしてパネルが明るく輝いた。

「動いた」

「お、でかしたぞ」

 マーゴが足早にやって来て覗き込んだ。

「メンテナンスはある程度自動化されてると思うんだけど……」

 イオリはメニュー画面を見ながら言った。

「あった」

 見つけ出したメンテナンスモードを起動させると、巨大なエンジンからガコッと大きな音がした。

「おおっ」

 マーゴが驚いて振り返ると、エンジンを覆っていたカバーが外れて羽を広げるように開いていく。

 その途端、真っ黒な煙が噴き出して来て、二人はまともに被ってしまった。

「……」

 お互いススだらけになって、無言で見つめ合う。二人はケホケホと咳き込みながら、頭のススを払い落とした。

「これでよく動いてたね……」

「まったくだ……」

 天井からアームが何本も降りて来て、エンジンの中に触手を突っ込んだ。

「ほら、これでなんとかなりそうじゃない?」

 イオリが得意げな笑顔になる。

「大したもんだ」

 マーゴは感心た様子で自動化された整備作業を見守った。

 作業用のアームがエンジンのパーツを取り外して、さらに内部がむき出しになっていく。

「いやあ、イオリがいて助かったよ」

 マーゴはホッと胸を撫で下ろした。

「なんもしてないけどね」

 イオリが謙遜する。


 その時、ブリッジと直通の電話が鳴った。マーゴは壁にかかっている受話器を取り、埃を払うと耳に当てた。

「おお、こっちは順調だぞ。え? そうか、すぐ行く」

 受話器を置くとイオリに顔を向ける。

「あとは任せちゃっても大丈夫か?」

「いいよ。面白そうだから暫くここにいたいし」

「分かった。ブリッジにいるからなんかあったら連絡してくれ。じゃあ、よろしくねぇ」

 そう言ってマーゴは立ち去った。


 四


「よう、どうした?」

 顔だけ洗って綺麗にしたマーゴがブリッジに戻ると、三人が緊張した面持ちで待っていた。

「お客さんだ」

 ナンディがニコリともせずに言った。

「ゴルギアスの連絡艇か?」

「違うねえ。トランスポンダーの応答がない」

 通信席に座ったジェナが、レーダーが解析した船籍不明艦船のデータを腕組みしながら見つめている。

「デブリの可能性は?」

「ない。進路を変えてみたがピッタリついてきている。こっちのレーザーの射程範囲外にいるから手が出せないな」

 ナンディが忌々しそうに口を歪めて言った。

 シンポシオンには航路上の障害物を破壊する目的のレーザー砲が十門備わっているが、戦闘用ではないため高性能ではない。

「木星から離れた途端にこれか」

 マーゴは顎に手を当てて考え込んだ。

「ジェナ、緊急周波数で呼びかけろ。ナンディ、照明弾を撃ってくれ」

「了解」

 二人が手際よく指示を実行する。救難信号が発信され、船の後部から十字形に光球が撃ち出された。

 緊迫した時間が流れる。

「反応なし」

 ジェナが冷静に告げた。

「うーん、何が目的だ。偵察かな」

 マーゴは後ろに首を回してラーラを見た。

「ラーラはどう思う?」

「目的が何であれ、連合の船でしょうから逃げた方が得策かと」

「私もそう思うんだが、残念ながらメインエンジンは只今絶賛整備中だ」

「では、このまま相手の出方を待つと?」

「うーん……」

 マーゴが考えあぐねていると、ナンディが口を開いた。

「ここで待ち伏せしていたということは、木星の磁気圏に耐性がないんだろう。時間はかかるが、木星に進路をとってスイングバイで加速して逃げよう」

「下手に動くと攻撃されるかもしれないぞ」

「他に方法があるのか?」

 ナンディが鋭い眼光で睨みつけ、マーゴは腕組みをして脂汗をかいた。

 その時、ジェナが振り返って叫んだ。

「目標に熱源! なんか撃ってきた!」

「何っ!?」

「これは、……ミサイルかな。一発だけだ。着弾まで五分」

「ミサイル一発? それならこの船のレーザー砲でも簡単に撃ち落とせそうだ。何を考えているんだ?」

 マーゴはジェナの肩越しにコンソールを覗き込みながら呟いた。

「自動迎撃システム起動。ミサイルをロックした」

 ジェナが状況を逐一報告する。全員が固唾を飲んで成り行きを見守った。

 シンポシオン後部の小型レーザー砲から一条の光が伸び、ミサイルの弾頭を正確に射抜いた。青い閃光が走り、周囲が輝きに包まれる。

「やったか!」

 マーゴが右手の拳を握りしめ叫んだ。

「目標破壊。爆発四散した」

 破壊されたミサイルから無数の光が飛び出し周囲に散らばった。その光が消え去ることなく、船に向かって飛び続ける。

 自動迎撃システムがその光を次々とロックオンして撃ち落とし始める。

「あれ? 違うな。分裂した! 熱源多数、こっちに向かって飛んでくる!」

「クラスター爆弾か!」

 ナンディが絶叫した。

 レーザー砲が一斉に火を吹き、小型爆弾を撃ち落とし続ける。

「近い!」

 マーゴの瞳孔が全開になり、額に脂汗が流れる。

 地鳴りのような音がして、ブリッジがわずかに揺れた。ラーラが「キャッ」と悲鳴をあげる。

「至近距離で爆発。被害状況確認中」

 ジェナは船内モニタをチェックする。

「被害は大したことなさそうだ。爆発で破片がぶつかったが外壁には異常なし。各機関は正常に稼動中。頑丈な船で助かったな」

 ジェナはホッとして胸を撫で下ろした。

 マーゴは両手の拳を握りしめ歯ぎしりをした。

「あんの野郎ぉ……。あったま来た!」

 怒りに打ち震え、押し殺した声で唸る。

「うわっ、マーゴがキレた!」

 ジェナが驚いて振り返った。

「ナンディ、急制動をかけろ。あいつのアホ面を拝みたい」

「了解」

 ナンディが嬉しそうに返事をした。

 船首のバーニアが噴射され、速度がじわりと落ちていった。後方の敵船との距離が少しづつ狭まっていく。

「百八十度回頭」

「了解」

 側面の姿勢制御用バーニアで船首を敵に向けた。お互い目視で視認できそうな距離で相対する。マーゴはブリッジの窓からわずかに見える、その小さな点を睨みつけた。

 ゆっくりと距離が縮まっていったが、レーザー砲の射程範囲に届きそうなところで敵船が動いた。

「やっこさんも回頭。逃げるみたいだ」

「臆病者め」

 怒りが収まらないマーゴは地団駄を踏んで悔しがった。

 

「そのまま遠ざかっていく。戻ってきそうもないな」

 ジェナは安心して、腕を頭の後ろで組んで伸びをした。

 ナンディは操舵席から立ち上がって、マーゴに近寄っていった。

「ひとまず、お疲れさん」

 と、ねぎらいの言葉をかける。

「どう思う? 戻ってくるかな?」

「わざわざ木星くんだりまで攻撃しにきたんだ。ミサイル一発で終わりということは考えにくい。間違いなく、また来るな」

「そうだな。警戒態勢は続けよう」

 マーゴは気を落ち着けて、ゆっくりと深呼吸した。

「ラーラ、全員に避難命令を出してくれ」

「わかりました」

 ラーラは壁に設置された避難指示のボタンを押した。

――お客様にお知らせいたします。本船は、船内にて軽微な異常を検知しました。安全のため、指定された避難場所で待機するようお願いいたします。係員の指示に従って、落ち着いて行動してください。繰り返します。本船は、船内にて……――

 冷静な声のアナウンスが流れる中、機関室と直通の電話が鳴り、マーゴは受話器を取った。

「おお、わりいわりい。イオリは大丈夫か? ……そりゃよかった。……いや、ちょっと攻撃された。……うん、もう大丈夫だが、念のためイオリも避難してくれ。……ん、そうか。悪いな。じゃあ、頼むわ。……うんうん、よろしく」

 マーゴは受話器を置いた。

「エンジンの整備はもうすぐ終わるそうだ。イオリは終わるまで機関室に残る」


 ブリッジの入口に、イローナが真っ青な顔で走ってきた。

「何があったの? さっきの揺れはなんですか?」

「連合の攻撃がありました。被害は大したことありませんが、また攻撃される可能性がありますので避難してください」

 ラーラが冷静に対応する。

「まあ、大変。困ったわ。私に何かできることはあるかしら?」

 イローナは口に手を当てて、困惑した表情を浮かべた。

「では、イローナに避難誘導をしていただきたいのですが、お願いできますか?」

「わかりました。みんなのことは任せてください。何かあったら連絡しますね」

「よろしくお願いします。それと、イオリはこちらの仕事を手伝ってもらってます。心配しないでください」

 イローナが張り切って出ていくと、ラーラは「フゥ」とため息をついた。


 五


 避難所はブリッジの真下、船の中央にある。窓や家具類はなく、壁と一体になったソファが部屋を取り囲んでいた。室内にはタラ、メイリン、マライカ、ウララ、ルミが既に待機していた。

 そこへ、エストレーリャとアントンを連れてイローナが入ってきた。

「先生、何があったの?」

 タラが無表情な平坦な声でイローナに訊いた。

「ううん、なんでもないのよ。大したことじゃないわ。ここにいれば安全だからね」

 イローナが優しい笑顔で言った。

「先生はまだ僕らを子供扱いするんだね。だいたい想像はつくよ。連合の攻撃だね」

 タラの冷めた視線に、イローナは鼻白んで黙り込んだ。

「やっぱりそうか」

 タラはそれだけ確認すると、本を開いて読み出した。

 エストレーリャがタラをじっと見つめる。

「まだ彼らは私たちを忘れてないのね。私が生まれたばかりの頃の話なのに」

「僕らにとっては過去でも、連合にとっては生々しい現在さ。ゴルギアスは今でも地球で戦争をしている。そして僕らは、彼らの仲間なんだ」

 タラは本から目を離さずに答えた。

「あんな奴ら手を切っちまえばいいのに!」

 マライカが口を挟む。

「そんなわけにはいかないさ。ゴルギアスからの補給がなければ、僕らは生きていけない」

 タラの冷静な批評に部屋の空気は重く沈んだ。

「怖い……」

 ルミがボソリと呟いた。

 その様子を見かねたメイリンがポケットからトランプを取り出し、部屋の中央に座った。

「まあまあ、時間かかりそうだし、大富豪でもしようぜ!」

 と、よく通る声を張り上げる。

 吸い寄せられるように、タラ以外の全員がその周りに集まった。


 六


 機関室ではエンジンのメンテナンスがほぼ終わりかけていた。分解されていたパーツが元に戻され、後は最終チェックをするだけの段階だ。

 円盤型の清掃用ロボットが走り回り、床掃除をしている。床は見違えるほどピカピカになっていた。

 イオリは頭をさすりながらその様子を眺めていた。さっきの攻撃で転倒して頭を打ったらしい。船体後部の機関室は爆発に近かったため、ブリッジより揺れが大きかったのだ。

 イオリは満足そうな表情を浮かべると、受話器を取ってブリッジを呼んだ。

「もうすぐ終わるよ。……あと十分くらい。……!!!」

 その時、凄まじい爆発音がして機関室が激しく揺れた。イオリはその衝撃で倒れ、コンソールに頭をぶつけて昏倒した。


 衝撃はブリッジも激しく揺らした。

「なんだ今のは! おい、イオリ、イオリ!」

 受話器に呼びかけるが全く応答がない。

「何があった!?」

 マーゴはジェナがチェックしている船内モニタにかじりついた。

 ジェナがズレたメガネを直しながら必死に確認する。

「機関室付近で爆発。原因は、……わからない。特に攻撃された様子はない。……爆発したのは機関室前の通路。そんな所に爆発物があったとは思えないけど……」

「イオリを助けに行ってくる!」

 業を煮やしたマーゴが出て行こうとするが、

「待って待って!」

 と、ジェナが引き止めた。

「通路が破壊されたから通れないよ。隔壁で閉鎖されたから近づくこともできない。機関室には入れないよ」

 マーゴは立ち止まって振り返り、ジェナを睨みつけた。

 ナンディがゆっくり立ち上がり、

「時限爆弾……」

 と、呟いた。

「なんだと」

「おそらく、さっきの攻撃で撃ち漏らした奴が外壁に張り付いていたんだ」

「くそっ!」

 冷静なナンディと対称的に、マーゴは焦燥していた。

「機関室は無事なのか?」

 マーゴはジェナの所に戻って訊いた。

「機関室自体の損傷はなさそうだ。でも空気の濃度が少し落ちてる。どっかから空気漏れしてるかもしれない」

 ジェナは青い顔をして答える。

「なんとかして入る方法はないか?」

「エアロックから出て、外から入るしかないね。機関室にもエアロックがあるから、そこから入れる」

「一番近いのは?」

「えーと、……あれおかしいな」

「どうした?」

 マーゴはジェナの顔を覗き込んだ。

「エアロックのある区画が隔壁で閉鎖されてる」

「開いてるところは?」

「ないなあ。全部ダメだ」

 ジェナは慌ててコンソールを操作して隔壁を開けようとする。

「……ダメだ。リクエストを受け付けない。開けてくれないよ」

 ジェナは情けない顔でマーゴを見た。

「どういうことなんだ……」

 マーゴは天を仰いだ。

「ヘゲモニコンは、いま外に出るのは危険だと判断したのでしょう」

 ラーラがこわばった表情で言った。

「つまり、イオリを見捨てろと?」

 マーゴは天井にあるヘゲモニコンの監視カメラをじっと見つめた。

 ブリッジに張り詰めた空気が漲う。

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