エピローグ
卒業式
『琴吹高等学校 卒業式』
とうとうこの日が、来てしまった。
今まであった全てのことが、「過去の思い出」になってしまうその時が。
去年の4月、最後のクラス分けで桜川とは別れてしまい、ほとんどどころか多分1度も会話をした覚えがない。
それでも、まだ向こうはあの「約束」を、憶えてくれているのだろうか。
それ以外にも、たくさんの思いを胸に抱えながら、式場の体育館へ向かった。
******
「在校生、送辞」
桜川の後を継いで生徒会長になった……この前選挙があったからもう前職だろうか、菊池が壇に立つ。
その背中は、前よりも少し「らしく」なっていた。
「3年生の皆さん、この度はご卒業おめでとうございます。つい先日まではあいにくの天気でしたが、今日は穏やかな晴れ間となり、このめでたい日に——」
菊池には申し訳ないが、送辞の内容は途中から忘れて物思いにふけっていた。
なんだかんだとあった6年間。
後半の半分弱が恐ろしく濃ゆかったせいで、中学のときの話はなかなか思い出しづらい。
「席が隣だったから」という理由で生徒会役員にさせられたり。
任命した張本人たる、生徒会長兼クラスメイトの女子が実は男子だったり。
生徒会室でいきなり脱ぎ始めたもんだから、色々と驚かされたり。
男装すると滅茶苦茶不機嫌になったり。
都合のいい時にだけ女子アピールをしたり。
夏休みに生徒会で合宿したり。
学祭のときは……まあ、色々とあったな。
それから。
修学旅行で、告白されて。
俺はまだ、何も答えを返していない。
気がつけば、菊池の送辞が終わっていた。
――ということは、つまり。
「続きまして、卒業生答辞。卒業生代表、桜川真」
「はい」
久々に聞いたような、桜川の声。
その背中は一切の緊張を見せること無く、堂々たる風格で壇へと登った。
「校庭の桜も、つぼみに色を付け始め、春の訪れを感じるこの日、私たちは琴吹高等学校を卒業します」
おなじみの言葉から始まっていく、6年間の総決算。
勉強のことから、部活や毎年の校外学習まで。
間違いなく全員の脳裏には、種々の思い出が蘇っていることだろう。
「クラスが全力で競い合った体育大会、皆が一つになった文化祭。そのすべてが、大切な思い出です。この」
続きを述べようとした、ところで。
唐突に、桜川の声が震え出した。
「こ、の」
感極まって、声が出せなくなったらしい。
周囲からは、「頑張れ!」の声と、時折拍手が響く。
それでもなかなか、次に進めないようだった。
そして俺はというと、何かを叫びたい気持ちでいっぱいだった。
俺の席は何故か壇上ド真ん前。声をかけるにはある意味でベストポジションである。
しかしそんなことをする勇気はないし、というか悪目立ちしたくない。
内心からくる衝動を抑えようとして、静かにパイプ椅子の座面を掴んでいた。
声援は少しずつ大きくなる。
それにつれて、俺の衝動も膨れ上がっていく。
とうとう手でメガホンを作り、叫んだ。
「真ーー! 泣けーー!!!」
やっちまった、と背中で大量の発汗を感じる。
そして壇上の桜川はというと……。
いつの間にか壇にあったスタンドをひっつかみ、涙を浮かべながら俺をにらみつけていた。
大きく息を吸い、マイクに向かって叫ぶ。
「カイト君の、ばか、ばか、ばーーーーか!!」
それを聞いて、俺は。
ふっ、と胸の中がスッキリした気分になった。
「何でこんな時に言うの!? 1年もろくに話しかけてくれなかったのに!!」
「今それを暴露するところじゃねぇだろお前!?」
卒業式、しかも祝われる当事者だというのにこのざまである。
途端に、会場から笑いが沸き起こった。
「式終わったら覚悟しておいてよ!」
「それはこっちの台詞だ、バカヤロー!」
ふん、とようやく校長先生の方に向き直ると、さっきまでの涙はどこへやら、笑顔で答辞を続けた。
「この6年間の経験や思い出、ここで出会えた仲間は、宝物です。琴吹を巣立っても、この学校の卒業生であることを誇りに、これからの人生を生きていきたいと思います。令和7年3月6日、卒業生代表、桜川真」
一礼をして、万雷の拍手と共に壇を降りた。
その途中で俺と目が合い、思いっきり頬を膨らませやがったが。
可愛いかよ。
******
「カイト君」
式が終わり、帰り際に桜川が俺を呼びとめた。
「ねぇ、最後に生徒会室寄らない?」
「ああ、いいぞ」
昇降口へ向かっていた足を、生徒会室へ向ける。
部屋の鍵は、まだ開いていた。
「ここで2人になるのって、結構久しぶりだね」
「そうだな」
最初から2人きりになったのは、桜川の正体を明かされたとき以来だった、と思う。
「なあ、憶えてるか? 修学旅行の」
「覚えてるよ、だから答辞のときああ言ったんでしょ?」
「よくもまぁ、そんなところまで」
「そりゃ、覚えてるもん。だって、『忘れないで』って、約束したじゃん。待ってるって」
「そう、だったな。約束、ちゃんと果たすぜ」
改めて。
「今まで、待たせて悪かったな。本当は、ずっと考えてたんだ。いや、逃げてた時も、あったかもしれない」
俺の言葉を、桜川は辛抱強く待ってくれた。
「でも、さっきようやく答えが出せた。本当はもっと早く出せば良かったんだけどな、悪かった」
「そんなこと、ないよ」
「お前、あのとき引っぱたいたろ。あれ痛かったぞ本当に」
「そういえば、そうだったね。うん、思い出した。アレはカイト君が悪いね」
「お前よぉ」
変わり身が早すぎんだろ。
「あのときから1年、待たせたな」
「真、お前のことが好きだ」
「昔、言ったよな。お前が親父さんと喧嘩したとき。『男でも女でも、どっちでもいい』って。それは今でも変わらない。お前が好きな生き方をできるように、俺が一緒にいてやる。むしろ、一緒にいさせてくれ」
桜川は、その答えを聞き終えると。
「カイト君、ありがとう。私も、カイト君が好き」
コイツは、何故か俺と2人の時だけ女っぽい口調になるのた。
だがそこが可愛らしい。
笑顔満開の真を、俺は思いっきり強く抱き締める。
その時の笑顔は、1番輝いていた。
どちらからともなく、無意識に、唇が重なって。
恋人の味は、とても甘かった。
息が詰まりそうになったところで、体を離す。
「さてと、帰ろうぜ」
「うん」
どちらから言うまでもなく、手を繋ぐ。
校庭に出ると、ひと吹きの風が学校を駆け抜けていった。
早咲きの桜を、真っ青な大空へと舞い上げながら。
Fin.
パラディーゾ! 並木坂奈菜海 @0013
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます