4日目

第45話 特別な誰か

 修学旅行、最終日。

 俺と桜川はいつも通りに起床し、お互い特に会話をすることもなく、最後の朝食に向かった。

 他の連中には、昨夜のパーティーのことでやいのやいのと言われたが、そんなことは全て右から左に流れていった。

 正直どんな会話をしたのかすら、はっきりと覚えがない。

 その後は部屋に戻って、片付けや掃除と荷物の準備。

 行きはほとんどが空港まで持ってきていたが、帰りは全員が別送となった。

 今朝の天気は雨。

 高崎先生によれば、飛行機は今のところ通常運航だという。


「こんな天気だし、空港までは一応モノレールで何とかなるし、そもそも出発まで半日あるから自由行動です。ただし、那覇空港の出発ロビーには12時半までに着くようにしてください。あそうそう、遅れたら帰りのチケットは自力でどうにかしてね? 以上!」


 最後は無論冗談であるが。

 スーツケースをロビー前で預けたら、それぞれでホテルを出る。

 国際通りへ向かう者もいれば、カメラを提げてモノレールに直行する鉄研の連中もいる。


「ねぇ、水谷」


 誰かに声をかけられたと思ったら、松波だった。


「ん、どうした」

「アンタはどっか行く予定あるの?」

「特にねえな。また国際通りいってブラブラすんのもだるいし、かと言って空港に何時間もいるのも暇だし」

「ふーん、そう。あれ、まこぴーは一緒じゃないの?」

「別にいいだろう、今日くらい」

「まあねぇ、行きも帰りもイチャつかれたら2、3人くらいテロリストになりそうだしねぇ」


 物騒過ぎて笑えない冗談はやめろ。

 松波は何を思ったのか、俺に耳打ちをしてきた。


「何かあったの? というか、なんかあったでしょ」

「別に何もねぇよ」

「……もしかして、告白とか?」

「んなわけあるか」

「汗噴いて声震わせて、アンタ嘘つくの下手くそねぇ。良かったね聞いたのがアタシで」


 悪かったな、嘘つくのが下手くそで。


「で、どう返したの……なんて、質問する必要もないわね」


 松波は続ける。


「おおかたイエスともノーとも言わなかったんでしょ。ある意味アンタらしいといえばらしい……のかな?」

「悪いが、ノーコメントだ」

「それが遠回しな肯定だって気づきなさいよ、全くもう」


 苦笑いされても困るんだが。


「分かってるとは思うけど、サイテーの回答よ、それ。……でも、アンタの気持ちも分からなくはないわね」


 俺は何も返すことなく、黙って聞き続けた。


「女の子が……まこぴーは男子だけどまあいいや、勇気出して告白してきたんだから、その場ではっきり伝えるくらいのことやらなきゃ誠意にはならないのよ。でも、アンタは『うわべだけのことを言って傷つけたくない』とか何とかって思ったんでしょ。でも結局は、1番傷つけることになったかもしれない結果を選んだ。ここまではもうどうすることもできない。誰にもね」

「ああ……」

「けど、まだやり直せる。そのチャンスはアンタが持ってる。そうでしょ? 違う?」

「多分、そうだろうな」


 だからこそ、桜川は「待ってる」と言ってくれたのだろう。

 ちゃんと俺が答えを出せるように、時間をくれた。

 ……だが。

 そんな都合のいい考えをして、許されるのだろうか。


「変な心配してんじゃないわよ、バカイト」

「バカイトとは何だ」

「バカはバカでしょ、この恋愛コンサルタントの松波様がありがたい説法してんだからさ」

「誰が恋愛コンサルタントだ」

「とにかく、ちゃんと答えは返さなきゃ、ダメだからね? またまこぴー泣かせたら、今度はアタシが殴りにいくんで。覚悟してなさいよ」

「何だそれ」

「何でも良いの! とにかく、向き合えるうちにちゃんと向き合って、さっさと答えを出しなさい。時間は待ってくれないんだから」

「ああ、分かったよ」










 帰りの飛行機の時間になり、東京へ戻ってからも、ずっと同じことばかりを考えていた。

 それでも、明確な答えは出ないままだった。

 そして俺は、桜川に返事をすることなく。




 1年以上の時が、過ぎ去っていった——。

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