第4話 新猫王アレン……そして――

 そこはきっちりと整理整頓され、掃除の行き届いた綺麗な部屋でした。

 窓際には大きな机があり、その上には赤い羽ペンとインクが、そしてワインのボトルとグラスが置かれています。壁際には本棚があり、兵法書から文学書、歴史書やガーデニングの本なども置かれています。

 ベッドには皺ひとつない真っ白なシーツが敷かれていて、その脇に大きなクローゼットがありました。


「この中かな?」


 ヨハンはクローゼットの扉を両手で引き開けました。するとそこには王冠と、赤い色をしたマントが綺麗に畳まれて置かれていました。


「あっ、これだ!」


 ヨハンはマントを手に取りそして羽織ると、次は王冠に手を伸ばしそれを取り上げました。

 すると――


「ん? ……手紙?」


 王冠の下には、肉球で判を押された白い手紙が置いてありました。


「父さんのかな? ……読んで、いいのかな」


 ヨハンは、王冠の下に静かに添えられていた手紙を拾い上げると、そっと開きました。



 ――アレンへ――


 この手紙を読んでいるという事は、お前が王国に戻ってきたということだろう。

 いや戻ってきていないのだとしても、そう願いこの手紙を記す。

 そして、私はもうこの世にはいないということでもある。


 お前とエリーゼが共に行方不明になった時、私はどうしていいのか分からなくなった。

 私はお前たちを探し続けた……しかし見つからなかった。

 それでも探し続けたが、私は程なくして病に倒れた。医者が言うには、不治の病らしい……長くはないそうだ。


 ……アレン、執事のロビンを大切にしてやってくれ。あいつはよくやってくれている。世話になった。

 それと王宮に住まう者たち、民、友達……全てに感謝の気持ちを忘れるな。


 そして、よい王様になってほしい。お前ならきっとなれるはずだ。

 私とエリーゼの、自慢の息子なのだからな。


 頑張れ! アレン。


 父として、お前とあまり接してやれなかった私を、どうか許してほしい。


 ……さらばだ……我が愛しのエリーゼ、そしてアレン。


 ――ルガールより――



 その手紙には所々、涙で滲んだ痕がありました。


「……父さん……」


 ヨハンは何故だか涙が溢れてきました。

 あまり記憶にない父なのに。


「……父さん、僕が父さんの意思を継ぐよ」


 ヨハンは、手紙に押された肉球判子に手を添えながら言いました。

 するとそこへ、候補者らに王子が帰ってきたこと、そして選挙の取り止めを伝え終えたロビンが、部屋へと入ってきました。


「アレン様、皆が納得してくれました」

「そっか……ありがとう、じぃ」

「どうなされたのですか?」


 そう聞かれたヨハンは、手紙をロビンに手渡しました。

 ロビンは渡された手紙を開いて、中を読み進めます。


「そうですか、ルガール様が……」


 ロビンの目にはうっすらと涙が浮かんでいます。


「アレン様なら、きっと立派な王になれますよ。わたくしもそう思います。……きっとエリーゼ様もそう仰られるに違いない」


 と、ロビンは涙を拭いながら言いました。


「うん、がんばるよ! ……そうだ、アッチの世界のおじいさんとおばあさんに挨拶したいんだけど……」

「アレン様、それは残念ながら出来ません。王になったら、もうアチラの世界へは行けないのです」

「そんな! ……でも、仕方ないよね……二人にお礼、言いたかったな……」

「アレン様、皆が待っています。玉座の間へと行きましょう」


 ヨハンは残念に思いながらも、決意を新たに玉座の間へとその足を進めました。

 長い廊下の途中、ヨハンはおじいさんとおばあさんと暮らしていた日々を思い出していました。


(――おじいさんに拾われたのは、そう、大雪の日だったなぁ。たぶん歩き疲れて倒れたんだろうか。気付いたら僕は、暖炉の前で寝かされていた。そして、おばあさんが僕にスープを作ってくれたんだ。最初は熱くてビックリしたけど、本当に美味しかった。……本当に、優しくて、温かい人たちだったなぁ。僕はこの恩を、決して忘れない……)


「アレン様、この扉の向こうが玉座の間です」


 ロビンに話しかけられ気付いたら、もう玉座の間のすぐそこまで来ていました。


 ――ザワザワザワザワ。


 扉の向こうからは、ざわめきが聞こえてきます。


「じぃ、僕はもう迷わない。行こう!」

「はい」


 ロビンが勢いよくその扉を開けると、ヨハンは玉座へと堂々と歩いていきました。


『っ!! ……ヨハン!?』


 その場にいたリリーとモゥは、さすがに驚きを隠せないようです。


「おいリリー、なんでヨハンがあんな格好してるんだ?」

「知らないわよ。……って、まさか、行方不明だった王子って、ヨハンのことだったの!?」

「なにぃ~~!! ……ヨハンが王子!? ……って事は次の王様はヨハンなのか!」


 二人は、まさか自分たちが候補者として連れてきたヨハンが、王位継承権を持つ唯一の王子だとは知りもしませんでした。


「オホン! 皆様お静かに……このお方が、前猫王様ルガール様とそのお妃エリーゼ様のご子息で、新猫王のアレン様である。アレン様、一言どうぞ」

「皆さん初めまして、アレンです。まず、今日ここへお集まりいただいた候補者および推薦者の方々に、お詫びを申し上げます、ご足労をおかけしてすみませんでした。僕は父の意思を継ぎ、この王国の王となることを決めました。まだまだ未熟者ですが、みなさんどうぞよろしくお願いします」


 ヨハンは丁寧に頭を下げました。


「おいリリー、アレンってのがヨハンの本名らしいぞ! ……俺たちどっちで呼べばいいんだ?」

「アレンが本名なんだから、アレンでいいんじゃない?」


 二人の会話を聞いていたヨハンは言いました。


「そうだ、僕の大切な友人を皆さんに紹介したいと思います。……リリー、モゥ、こっちに来て!」


 二人は顔を見合わせると、ヨハンのいる玉座へと歩いていきました。


「まさかヨハンが王子だったなんて思いもしなかったわ」

「……まあ俺はなんとなく分かってたけどな……」

「嘘つきなさい、牛猫!」


 モゥの頭に、リリーの見事な猫パンチが決まりました。


「あははっ! やっぱり二人は面白いね! ……皆さん、僕に言葉を教えてくれて、仲良くしてくれたリリーとモゥです。……二人とも、これからもよろしく!」


 ヨハンは二人を大衆に紹介します。


「こちらこそ、アレン様」


 そう言ってリリーは頭を下げました。それを見たヨハンは首を横に振ります。


「リリー、僕たちは友達なんだよ。今まで通りに接してくれると嬉しいんだけど……」

「分かったわ、アレン!」


 リリーはにっこりと微笑みました。


「俺は最初からそのつもりだぜアレン、よろしくな!」

「うん、二人とも、よろしく!」


 程なくして、拍手が沸き起こりました。みんながヨハンを認めてくれたのです。

 こうして無事、王位継承を果たしたヨハン……。


 それから数日後――。

 ヨハンは、母エリーゼが大好きだった庭を散歩していると――


「アレーン! 俺そろそろアッチに帰るわ~!」


 と、突然走ってきたモゥは言いました。


「そっか、でもまたコッチに来るよね?」

「ああ、また一週間くらいしたら来るからよ」

「よかった……。あっ、そうだ、ちょっと待ってて」


 そう言ってヨハンは、何かを思い出したかのように急いで自室へと走っていきました。


 ――数分後――


「モゥ、この手紙をあるお家に届けてほしいんだ……はい、これ地図」


 ヨハンはモゥに手紙と地図を渡しました。


「貸し、一つだからな、アレン」


 モゥは悪戯そうな笑みを浮かべています。


「今度、マタタビケーキをご馳走するよ」

「おっ! 話が分かるじゃねえか! 安心しろ、ちゃんと届けてやるから。じゃあまたな、アレン!」

「うん、またね!」


 ヨハンはモゥに手を振って見送りました。

 ヨハンは辺りを見渡します。

 父と母が、共同で作り上げた小さなガーデン。鮮やかな花たちが、まるで寄り添うように、互いを尊重し合う様に咲き誇っていました。

 空を見上げると、キラキラと光る太陽が、今日も猫の王国を照らしています。ヨハンはしばらくの間、ゆっくりと流れる雲を眺めていました。



 ――その頃モゥは――


「ん~っと、ここが小川の橋だろ? んで、そこから北東? ……北どっちだ?」


 方角が分からなくなったモゥは、耳を澄まして風の声を聞きました。


 ――ヒュゥゥゥゥ――


「なるほど、北はあっちか……サンキュー。……ってことは北東はあっちだな!」


 方角を確認したモゥは再び歩き出しました。しばらく歩くと、ログハウス風のお家が見えてきました。


「ここがアレンが住んでた家か……俺の家の方がデカいけど、確かにあったかそうな家だな」


 モゥは、木で出来たポストの中に手紙を入れると、ジャンプをして玄関のベルを鳴らし、走って逃げました。


「ん? ……誰じゃろうか」


 おじいさんは暖炉の前に置かれた木組みの椅子から立ち上がると、玄関へと歩いていきました。

 そして玄関のドアを開けてみると……そこには誰もいませんでした。

 しかし、いつもなら閉まっているはずのポストが開いていたことを、不思議に思ったおじいさんは中を覗いてみると、手紙が入っていました。

 その手紙をポストから取り出すと、おじいさんは家の中へと戻っていきました。


「ばあさん、珍しいことに手紙が入っとったよ」

「おやまぁ、誰からだろうね?」


 その手紙をよく見てみると、外には肉球の判が押されていました。


「(……ん? この肉球は……まさかな……)」


 おじいさんはなにか気付いたようです。


「ばあさん、開けるぞ」


 そう言っておじいさんは手紙の封を切りました。



 ――おじいさん、おばあさんへ――


 おじいさん、おばあさん、僕がいなくなったことを心配しているかもと思い……そして、お礼をしたかったので手紙を書きました。


 僕は今、猫の王国にいます。そこで王様になりました。


 幼い頃、あの寒い冬の日に、僕を拾って育ててくれて、ありがとうございました。

 僕をここまで立派に育ててくれて、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。

 おじいさん、おばあさん、お身体に気をつけて、これからも二人仲良く幸せに暮らしてください。


 僕はもう帰ることは出来ませんが、お二人の事は、決して忘れません。


 本当にありがとう。


 そして、さようなら。


 ――ヨハンより――



 手紙を読み終えたおじいさんは驚きました。


「ばあさん! ヨハンからの手紙だ」

「何を言ってるんだいじいさん。ヨハンは確かに賢い猫だったけどねぇ、猫が手紙を書けるわけないだろうに……誰かが書いたんだろうさね」

「でもばあさん、これはヨハンだよ。ヨハンと書いてある……」


 ぶつくさと呟くおじいさんに、分かった分かったと言わんばかりに頷くと、おばあさんは編み物を始めました。


「(……この肉球は間違いなくヨハンのものなんじゃ……。そうかヨハン、お前は元気でやっているんだね、安心したよ。頑張るんだよヨハン、わしはずっと、お前を大切に思っているからね)」


 気が付くと封筒の中には、沢山のマタタビが入っていました。



 ――それから――


 そんなこんなで、猫の王国の王様となったヨハン。

 王になってからしばらくした後、ヨハンは友達であり、秘書官だったリリーと結婚しました。

 二人は幸せに暮らし、ヨハンは良い王様として頑張っているようです。


 ……リリーに頭は上がりませんが……二人はとっても仲良し。


 モゥはというと……。

 たまに遊びに来ては、厨房で料理を食い荒らし、リリーに怒られ、喧嘩をしてはヨハンに止められ仲直り。


 みんないつもと変わらない……。



 ――ここは、そんな猫たちの王国――

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猫の妖精 ~ケット・シーの王国~ 黒猫時計 @kuroneko-clock

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