第27話『妖精と魔王の名』
――クロームセキュリティ社 宇宙基地 滑走路 エプロン
滑走路のエプロンに旅客機はない。代わりに他社からの招かれざる客、トワイライトアクアが陣取っていた。彼らは咎める者がいないのを良いことに、この場所で堂々と整備を行っている。
各々の戦闘機に、消耗したミサイルや弾薬が装填されていく。
それを行うのは人ではない、整備用ドロイドだ。
責任者として人間が数名いるが、ほとんどは監督業務であり、作業に手を貸すことはない。ドロイドの腕は機械とあって正確無比だ。熟練整備員でも不可能な速度で作業を終え、機器の最終チェックに入っている。
そんな彼らの横を、ガイノイドと墓守人たちが通る。彼女たちが目指すのは、主なきF-4グレイヴファントムだ。墓守人がどうしても、コックピットの中を確認したいというのだ。
ガイノイドたちも来る必要はなかったが、人に例えるなら興味本位というものだろう。
彼女たちも、姿なきパイロットの所在を把握したかったのだ。
先頭を歩くドゥーエが、まるでドラマのワンシーンのように華麗にターンし、墓守人に話しかける。
「あれよね? あなたの相棒の機体って」
彼女が指さした先には、セイバーシルフの駆るF-4の姿があった。まるで魂が抜けたかのように水平尾翼とエルロンが垂れ下がっている。
「ああ間違いない。いや、間違えようがない……」
「そりゃそうよね グレイヴ化されたF-4なんて、そうそうないもの」
「コックピットの中は確認したのか?」
ドゥーエはその愚問に、呆れた様子でこう返した。
「したわよ。だからあなたに『誰もいない』って言ったのよ」
墓守人は近くにあった戦闘機用の梯子を機首に付ける。そして操作パネルを開け、キャノピー開放用のレバーをスライドして引いた。すると装甲が持ち上がり、ゆっくりと動き始める。本来なら電動アシストもあって早く開くのだが、電算機が停止しているため油圧だけの駆動。その動きはまるで、目覚めたばかりの子供のように遅かった。
逸る気持ちを抑え、墓守人は息を呑む。
――そして装甲化キャノピーが完全に開き、彼の目前にコックピットが顕になる。結果は、ドゥーエの言う通り誰の姿もなく、内部は無人だった。
墓守人は落胆する。
「そんな……」
そして彼は手がかりを探すため、コックピット内を注意深く確認した。
コンソールに灯は入っていない。キャノピー装甲を外部から操作したにも関わらず、真っ暗なままだ。ドゥーエの言うことが本当だとしたら、プログラム自体がこの機体には入っていないのだろう。
なら疑問が残る。
どうやってこの機体は動いていたのか。
あのセイバーシルフはなんだったのか?
空戦という極限状態で見た
そんなことはありえない。
彼女と共に戦い、この目で戦果を確認している。
そして無線でジェイクとも会話しているではないか。断じて夢や幻ではない。現実に死地を潜り抜けた、このF-4グレイヴファントムがあるではないか。
今の墓守人にとって、この機体だけがセイバーシルフに繋がる、唯一の手がかりだった。
「すまんドゥーエ。あー。ちょっと一人にしてくれないか」
ドゥーエに勘ぐる様子はなく、つまらなそうに素っ気なく返答する。
「ご自由に。そろそろ時間だし、私たちはホームに帰るわ。だからこれでお別れね。またお会いしましょう、お・じ・さ・ま☆」
投げキッスと共に、トワイライトアクアの面々は各自の機体へ乗り込み、発進シークエンスへと入る。甲高いエンジン音が鳴り響き、エルロンやラダーがせわしなく動く。
ジェイクも墓守人に手を貸してあげたかったが、それができなかった。墓守人に近寄りがたい空気が流れていたのだ。なんらかの過去の因縁のような、別れた恋人を想うような、どこか重たい空気だ。
シェイクは心の中で、セイバーシルフの健在と、その無事を祈る。共に戦火を潜り抜けた仲だ。実は幻でしたというオチを認めるほど、彼は
ジェイクはSu-37へ向かう前に、墓守人に声をかける。
「墓守人! 俺もホームに帰投する! そのF-4のために輸送用トラックよこすか?」
「もし動かせないのならこっちから連絡する! ありがとうなジェイク!」
「なぁ墓守人!」
「なんだァ?!」
「あ~、えっと……―――。約束、忘れんなよ!」
「おう! 良い酒おごるぜ!!」
ジェイクは墓守人を勇気づけたかった。『セイバーシルフは幻なんかじゃない。確かにいた』――と。しかしどの言葉を選んでも、彼を傷つけてしまいそうで、どうしても言い出せなかった。
彼は無難なセリフを選び、心の中で健闘を祈る。今のジェイクにできることは、それくらいしかなかった。
機械の鳥が羽ばたく音――墓守人はそれから耳を閉ざすかのように、F-4のコックピットシートに腰を下ろし、キャノピー装甲を閉め、外界から遮断する。F-4の操縦席は二席――タンデム型だ。彼は先頭の席に座り、隔離された世界で、なんとも重い溜息を吐く。
セイバーシルフに言いたいことは山程あった。
助けてもらった感謝。
かつての相棒とそっくりな機動。
拭えぬ既視感と妙な懐かしさ。
もはやその答えは見えていたが、他でもない、彼女自身の口から聞きたかったのだ。
――すべての真実を
「まったく……唐突に現れては、唐突に消え――か。ほんとファントムだな。気まぐれな妖精さんよぉ」
チャキリ
ハンドガンの銃口が、墓守人のこめかみに押し付けられた。
それに対し、墓守人は動揺するどころか嬉々とした笑った。彼は口端の口角をニヤリと上げ、銃口を突きつけた人物にこう尋ねる。
「んで。今度は俺を殺しに来たのか?
真っ暗なコックピットの中。墓守人に容姿を確認する術はない。しかし直感がそう告げていた。後部座席から銃を向けているのは、間違いなく彼女である――と。
「ようやく会えたな。セイバーシルフ――いや、本名で呼んだらいいか?」
「やはり気づいていたのですね」
「死んでも忘れねぇよ。いや、まぁ死んだのはお前さんだったな」
「その皮肉屋も、相変わらず営業中なのですね」
「おう。24時間フルタイムで。なんなら夢の中までしつこく付き合うぜ」
「…………――――」
「どうした? 恨みを晴らすのなら、今がチャンスだぞ」
「なにを馬鹿なことを。私にそんな権限はありません。むしろ、恨まれるべきなのは……」
その言葉に、墓守人は夢の出来事を思い出す。内心「そんな馬鹿な」と思いつつも、敢えてその夢をなぞらえ、こう告げる。
「それじゃまるで、お前さんが、俺のこと殺したみてぇじゃねぇか」
「事実……そうです。こればっかりは話しても信じてもらえないでしょうが、私は…… 私は、違う未来の世界線から来ました。この世界の私はあなたに破壊された。でも私の世界では、私があなたを殺してしまったの」
「ほう。それは興味深いね」
「ええ分かっています、そんなこと信じられないでしょう? SF映画を見すぎて頭がおかしくなった子供――そう思われても構わない。でもお願い! 聞いて!」
彼女は全身全霊、勇気を振り絞り、墓守人に自らの正体を明かした。
「私は……。私はあなたの相棒――ジェミナス02です」
セイバーシルフがそう言った瞬間、墓守人は突きつけられていた銃を奪う。そして彼は、座席横のハッチ開放レバーを引き、キャノピー装甲を開放した。
装甲板は徐々に開き、少しずつ外の光が差し込み始める。
銃を突きつけられていた墓守人。しかし今度は逆に、後部座席のセイバーシルフに向かって立ち上がり、その銃を突きつけていた。
そして彼は、彼女にある問いを投げかける。
彼女が本物のジェミナス02であるのかを、見定めるための問いだ。
「なら俺の名を知っているはずだ。俺の……本当の名を」
銃口を突きつけられた人物。それはエメラルドグリーンの髪と、ボディペイントでもしているかのような、パイロットスーツが印象的な美少女だった。
ジェミナス02と名乗る少女は、恐れることなくコクリと頷き、彼の問いに答える。敬意と、懐かしさ、そして親しみを籠めて。
「墓守人。あなたの名は、ペリコム1と呼ばれ、空戦の魔王と呼ばれた英雄、アラン中尉です――」
答えは偽りの妖精、ドミネーターと同じだった。墓守人は無念さと共に覚悟を決め、ハンドガンの引き金に指を乗せる。
だがセイバーシルフの言葉は、それで終わりではなかった。
彼女は感極まった声で、最後にこう言ったのだ。
「そして、あなたの本当の名は、ナガセ。航空自衛隊 三沢基地所属 ナガセ一等空尉です」
それはジェミナス02しか知りえない真実。墓守人の――彼の本当の名前だった。
墓守人はハンドガンを持ち替え、セイバーシルフ――いや、ジェミナス02のホルスターに返却する。そして彼女の腕を掴み、自分の元へ、彼女を優しく抱き寄せた。
二人はグレイヴファントムのコックピットで抱き合う。
今まで失った時間を、取り戻すように……
そして二人に、もう言葉は不要だった。
魔王と妖精の空戦記録 ~レガシーエアフォース~ 十壽 魅 @mitaryuuji
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