第26話『ドロイドの蜂起』
宇宙航空基地は、企業にとって機密情報の宝庫だ。
覗かれたくないというのが本音であり、本来なら、他の企業の者が許可なく踏み入ることはできない。例えガイノイドであっても……。
しかし現状は異なる。緊急時とはいえ、他社の――それもライバルである強豪企業が、基地内で羽根を伸ばしている。トワイライト・アクアが、まるで自分の基地かのように堂々と居座っているのだ。
クロームセキュリティ社はなぜそれを拒否しなかったのか?
そもそも『出て行け』と発言権限がある者がいないからだ。
この基地を動かす責任者兼頭脳――会社の重役は、都市で足止め状態。都市の通信網も破壊されたのだろう。誰にも連絡がとれず音信不通。電話すら繋がらない有様だ。
この宇宙基地は、孤立していたのだ。
――では重役たちがいる都市はどうなったのか?
翡翠の侵略者によって戦場と化した大都市。そこにいる者は、皆平等に黙示録の目撃者となった。
全世界に惨劇が中継され、株価は記録的な大暴落。
そしてヒエラルキー最下位の市民こと、使い捨て労働者が暴動を起こしていた。
――無理もない。
朝昼晩。サービス残業に有給なし。逆らうことのない使い捨ての駒だからと、酷使に酷使を重ねた結果である。彼らの堪忍袋の尾が切れ、ここぞとばかりに報復に出たのだ。
翡翠の侵略者の攻撃によって都市機能は消滅。本社は半壊し、工場ラインも火の海だ。もはやこの企業に明日はない。身を削って貯めたお金も、企業が崩壊した今となっては、水泡に帰した。成長というバブルは弾けたのだ。
どうせ倒産して露頭に迷うのなら、積年の恨みを晴らして死のう。
失うモノのない者ほど、恐ろしいものはない。そしてまた、恨みの原動力は人の想像を遥かに超えるものだ。特に最下層労働者にとって、上からの圧力に逆らうことができず。常に虐げられてきた。憎悪すら生ぬるい感情が沸き立っているのは、容易に想像できよう。
一方、中官職の人間は、都市のライフラインの復旧や、火災、治安維持、他企業への救援要求など、雪崩のように舞い込む対応に追われていた。中には、もはやここまでと家族そろって命を絶つ者や、労働者に殺される前にと、ビルから飛び降りる者もまでいた。
上流階級はもっと悲惨だ。中間管理職の部下に対応を任せ、我先に逃げ出したまでは良かった。――しかし幸運とは、長続きしないものである。最下層市民の団体に運悪く鉢合わせ、つまりこの世でもっとも出逢いたくない相手に、車の周囲を取り囲まれてしまったのだ。
金を持つ者は強い。金を積めば積むほど、あらゆる労働者を屈服させる魔性の力を持つ。しかし治安のない世界で、それも憎悪で動く相手となると話が違ってくる。
金に限らず、数を味方につけたものは強い。
暴徒と化した最下層労働者を、護衛がなんとかして払いのけようとする。だが、数十人の護衛が、数千人単位の暴徒に敵うはずがなかった。かつて贅を極めた貴族こと上流階級の役員たちは、生きたサンドバックに再就職してしまう。
労働し、賃金を得るためのコミュニティ。
そこに理想はなく、あるのは互いにどう儲けるかしかない。
客を消費者と見下し、同じ会社の労働者を使い捨ての駒としか見えなくなった者たち。もしも逆の道筋を辿っていれば、この結末もまた、違ったかもしれない。
立体映像のイルミネーションが美しい、クロームセキュリティ社の大都市。かつての栄華と繁栄は過去のものとなり、今や溜まりに溜まったツケを精算する地獄と化す。
そしてその光景は全国に放映されていた。アークセルサイトカンパニー社のUAVは初め、各企業の無人報道ヘリがこのスクープを物にせんと、飛び交う。そして下界の惨状を全国のリビングや端末機器へとお届けしている。
クロームセキュリティ社の宇宙基地。セキュリティゲート警備室で、ネット中継を眺める警備員がいた。
――クロームセキュリティ社 宇宙基地 セキュリティゲート
「うわひっでぇな。都市のほうは地獄だよ地獄。あーもうメチャクチャだよ。え?! 嘘だろ! うちの重役たち車で引きづられてるじゃん! グロいグロいグロすぎる!! かー! 世も末だね~」
警備員は自社のことにも関わらず、まるで他人事のように仲間に語りかける。これが現実にも関わらず、まるでアニメかドラマを見ているように……。
話しかけられた仲間はそれでころではなかった。
「ああどうしよぉ……金が! 俺の貯蓄が消えていく!! 年金が……老後はどうやって暮せばいいんだ!!」
タブレット携帯で誰かと連絡を取ろうとしている。必死に、しきりに何度も。
「頼む……電話に出てくれよぉ……出ろ出ろ出ろ……出ろよクソっ!!!」
警備員はヒステリック気味になっている相棒に、根拠なき気休めの楽観論を口にする。
「大丈夫だって。会社がなくなったって死ぬわけじゃない。銀行が死んで無一文になったんなら、また一から稼げばいい」
「貯蓄がなくなっただけじゃない! 株価の大暴落でロスカット喰らったんだ!!」
「ふーん。お前、自社株買ってたんだ」
「この会社は将来有望だった! 宇宙産業にまで手を出す新進気鋭だぞ!!」
「まさか全額ぶっこんだわけじゃないよな?」
「ぶっこんださ! だって儲かるって話だったんだ!」
「あちゃ~。それは自己破産できねぇな」
「だから焦っているんだよ! だからぁ!」
相棒は顔を歪ませ、目に涙を浮かべながら、なにかに取り憑かれたようにタブレット携帯を操作し始める。そして呪文のように「だいじょうぶ……だいじょうぶ……」としきりに何度も呟く。不安で潰れそうな心を守ろうとしていたのだ。
その時、テレビから爆発音が鳴り響く。その音に反応し、二人は視線を向ける。ディスプレイモニターには、火の手が上がる高層マンション――その巨城が倒壊する光景が映し出されていた。
その光景に警備員は歓声を上げた。
「うぉ! すっげぇ……あれ高層マンションの『ホワイトマウンテン』じゃん! かー! ローン払ってる奴はご愁傷様」
まるでハプニング映像集をみている子供だ。その惨劇に「すげぇ! すげぇ!」と手を叩いて笑った。
一方の相棒はモニターを凝視しながら、この世の終わりを垣間見たかのようにかすれた声で「あははは」と笑い出す。その妙なリアクションに、警備員は問いかけた。
「ん? どうした?」
「あの高層マンション……俺も入居してたんだぁ……」
「うっそマジで! そりゃ災難だったなぁ~」
相棒は生気が抜けたように虚ろな目で、力なく肩を落とす。その際、手にしていたタブレット携帯を床に落としてしまう。
警備員はかがみ、相棒が落とした携帯を拾い上げようとした。
「おい携帯を落としたぞ。買ったばかりの最新モデルなんだろ?」
「もう疲れた……ごめん、
「え?
警備員が質問を投げかけようとした刹那、銃声が鳴り響く。
相棒が銃をこめかみに押し付け、自ら命を絶ったのだ。
「うお?! クソっ!! マジかよコイツ死にやがった! 最悪だこの野郎ぉ! 仕事増やしてんじゃねぇよ! お前……ぐえぇ……制服にちょっと血飛沫ついたじゃねぇか!!」
彼は相方を気遣うことも、弔うことすらしない。それどころか、亡骸に罵声を投げかけた。そして手近にあったタオルで血を拭い、まるで汚いものを拭うかのように執拗に、ゴシゴシと何度も拭く。
そして床に転がる死体に向けて、説教をたれ始める。
「あのなぁ。死ぬのは自己責任だからいいけど、せめて俺のいないところで死んでくれよ! なに? 俺のこと友達かなにかと思ったわけ? バカが! 俺とあんたは勤務シフトが同じの同僚。ただの暇つぶしの話し相手! あと表向きはクロームセキュリティ社の社員だけど――俺は! 他社に雇われたスパイなんだよ!!」
警備員は荒くなった息を整え、熱気を逃がすためシャツの台衿ボタンを外す。そして相棒の骸にしゃがみこみ、今となっては不要のアドバイスを吐き捨てた。
「あとなぁ。お前がやってた株もバーチャルコインも、企業と金融街のハイエナが作り出したお遊び。お前みたいな貧乏人から、金を巻き上げるマネーシステムだ! 手を出した時点で負け。そもそも投資や賭け事に手を出すなら、リスク分散ぐらい考えろ! 全財産つぎこむなバカ!」
制服を汚された仕返し。気が済んだ警備員は再び椅子に座り、机に足を乗っける。本来ならこのような振る舞いは許されないが、もはやこの会社は終わりなのだ。もはや素行に気を使う必要はない。
あとは宇宙航空関連の資料を、自社に送信すれば任務終了。晴れて、この役職ともおさらばできる。その安心感から警備員は「ふぅ~」とため息を吐いた。
「自分で言うものあれだが、俺は凄腕のハッカーなんだ。こんな警備員なんてクソな仕事、誰が好き好んでやるかよ」
そしてモニターに映る惨状に向け、ビールで乾杯する。近くにあった小型冷蔵庫を足で閉めた。そして缶ビールの蓋をカシュ!と開け、自分に乾杯した。
「にしても翡翠の侵略者様様だな。あんたのおかげで、この混乱に乗じて機密データがっぽり盗み出せたぜ。追加報酬ましまし。これで俺は勝ち組の仲間入りよ!」
勝利の祝杯に酔いしれるため、勤務中にも関わらずビールを一気飲みしようとする。――しかし、ここで思わぬ邪魔が入った。
セキュリティゲートのアラームが鳴ったのだ。
ビィ! ビィ! ビィ! ビィ! ビィ!
壁に設置された赤いランプがせわしなく点滅している。
警備員は舌打ちしつつも、急いで監視カメラを確認した。
「誰だよこんな時に……」
モニターに映し出されたもの――それは装甲車の一団だ。車列中央には指揮通信車。そして歩兵をバックアップする
「クロームセキュリティ社のブラックタスク隊じゃないか……勘づかれたのか?」
企業直下の私兵部隊。警備員はスパイがバレたと疑ったが、それもおかしな話しだ。もし機密が漏洩したのなら、基地の電力がまっさきに落とされ、即座にシステムがロックダウンする。
そもそもスパイ確保なら、こうして堂々と門から入っているわけがない。
警備員はこの基地の特性から、瞬時に状況を把握する。
「ああそうか。重役たちを逃がすための先発護衛部隊か。クローム社のお偉いさん、この基地を使って高跳びする気だな」
警備員は安堵しつつ制服を整え、ドアを開けて外に出る。
外に人はおらず、代わりに戦闘用ドロイドが二体いた。ドロイド用試作アサルトライフル、XF-3000Aをローレディで構えている。
警備員は営業スマイルで用件を伺う。
「ブラックタスク隊の方々をお目にかかれるとは感激です! 責任者はあの通信車の中ですか? 事前通告なしの入場となりますと……」
ドロイドはガイノイドと相反し、愛想はない。
昔のSF映画なら、こういったロボットの類はセンサーやカメラ剥き出しだった。しかしテクノロジーが進んだ今、すでに現実は空想を追い越している。ドロイドの頭部はグレイヴコックピットのように完全装甲化され、センサーは目視で確認できないのだ。
無表情というよりも、フルフェイスのメット被った男と話している感じだ。
ドロイドも簡素ではあるが簡単な受け答えはできる。しかし話しかけても待機状態で動かず、相も変わらず微動だにせず直立不動だ。
警備員は仕方なく、これを指揮する責任者に会うことにした。
「あははは。えっと、では少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
やはり反応なし。警備員は指揮通信車に向かって歩き出すと、まるで彼を護衛するかのようにドロイドは随伴する。壊れていないことを確認しつつ、警備員はなぜ喋らないのか首を傾げた。
警備員は指揮通信車後方に回り込み、ドアを叩いた。
「あのー! すみません! セキュリティゲートの警備員です! 少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか!」
反応がない。不思議に思った警備員は、指揮通信車のドアを開けた。
ギィ……
中の光景を見た警備員は、自分の犯した失態と、運が尽きたことを知る。
ドロイドを指揮する責任者や通信士。その彼らは無残に首を折られ、あらぬ方向を向いていたのだ。
そして警備員もまた、彼らと同じ運命を辿る。
ドロイドが後ろに回り込み、彼の首をホールドしたのだ。
「――――ッ?!?!!」
警備員はもがき、抵抗する。
「ぐ?! うぐぅ?!! ぐっ……ん!?!――――………」
しかし人を殺すために作られたマシンに、無力な人間は敵うはずがなかった。ゴキッという命が消える音が、ゲートの入り口に響き渡る。
そして二度と動くことのなくなった警備員は、指揮通信車の中へと、価値のない荷物のように投げ入れられた。
そしてドロイドたちは、警備員がいた監視所に踏み入る。
警備員の亡骸を踏み潰しつつ制御コンソールの前に立つと、操作を開始する。まずはゲートの門を開放し、侵入者防止用の車止めを解除したのだ。
そのアナログ行為と並列して、同時にハッキングも行う。基地内の人員配置や所在、建物の内部構造や自衛火器の位置。そして想定される脱出経路――それらすべて網羅しようというのだ。
この宇宙基地は、マスドライバーや空港機能も備わっているため、敷地は広大だ。
そんな広大な基地の端で起きた、血生臭い惨劇。基地内の人々に断末魔は届かず、この悲劇を知る術はなかった。
そして、指揮する者のいない不気味な兵士たちが、ひっそりと進軍する。
ドロイドが操る装甲車や無人車輌が、エンジン音を抑え、誰にも悟られないようゆっくりと歩む。
再び、長い一日が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます