第25話『人が創りし 少女 』


―――――――……………………

―――――………………

―――…………

――……



ドサッ!!




 布地の重いものが落ちる音――それが、牢屋の中に響き渡る。



「いててて…… ――ッ?!」



 墓守人が、ベッドから落ちたのだ。彼は半ば、現実と夢の狭間をさまよいつつ、周囲に目を配り、自分の居場所を確認する――紛れもなく、ここは現実だった。



「嘘だろ夢かよ……。あー、頭ん中ほじくられて、ついにおかしくなったのか?」



 夢の中では現実感満載でも、いざ目を覚ますと『そんな馬鹿な』と思うことは多々ある。墓守人もまた、自分の見た夢を振り返り、「なんちゅう辻褄の合わない、デタラメな夢だ……」とボヤく。同時に自分の深層心理に振れる形となり、気恥ずかしさから左手で顔を覆った。



「やれやれ……この歳で友人渇望症候群? これじゃまるで、思春期の子供じゃないか」



 誰にも聞こえないようボソリといった独り言。しかしジェイクの耳にノイズとして届いてしまう。



「墓守人、どうした?」



「あ、いや……なんでもない。質の悪い夢を見ちまっただけだ」



「なんだそりゃ?」



 その二人の会話に水を差すかの如く、監視房付近から、ブザー音が鳴り響く。それは何者かがやって来ることを意味していた。



「――墓守人!」



 ジェイクは声のボリュームを限界まで落として叫ぶ。その鬼気迫る声に、墓守人も身構え、来訪者の登場を待つ。死刑執行――いや、報復という名の私刑執行の時が訪れたかもしれないのだ。


 二人は耳を澄ます。聞こえるのは靴の音だけだ。まるで死刑宣告のカウントダウンのように、コツ、コツ、コツ、と少しづつ音が大きくなる。



――そして、 その人物が姿を現す。




 ピンク色のツインテールを揺らし、牢屋の前へ優雅に登場する。そして開口一番でこんなことを訪ねたのだ。嫌味なく、天真爛漫な口調で、




「やっほー☆ おじさんたち、元気してるぅ~☆」




 彼らの緊張感を無限に切り削ぐ、場違いな少女の声が響き渡った。






           ◇




――クロームセキュリティ社 宇宙基地 幹部用 社員食堂



 豪華な装飾が施された社員食堂。まるでホテルかリゾート地であるかのようだ。――しかし違う。ここは文字通り、宇宙への架け橋を維持するための基地。不釣り合いなこの設備も、会社の上流階級――幹部のご機嫌をとるのに必要不可欠なものだった。


 クロームセキュリティ社を束ねる御歴々。彼らのために用意された食堂――しかし、それを利用しているのは他社の――それも、人ではない模造品だった。




「ねぇねぇ! これとかすごく美味しいよ!」


「え~しょっぱくって不味いかなぁ~」


「それに脂っこいよぉ~」


「人はこういうの好みなのよ。だいたい、体に悪いものは美味しいと感じるんんだから」


「人間の体って、ほんと意味不明よね。不健康なものが美味しく感じるなんて。アップデートでなんとかならないのかしら?」


「ハハハッ! あるわけないじゃん!」




 そして少女たちは、創造主の不便さを嗤った。


 まるでボディペイントのように、極限まで薄い特殊スーツ――、メカニカルな模様が印象的なボディスーツに身を包み、少女たちは食事を楽しんでいる。



 その食堂に、墓守人とジェイクが足を踏み入る。彼らは食堂の内装と不釣り合いな、SFコスチュームに彩られた少女に目を奪われる。



 墓守人とジェイクの存在に気づいた少女たち。彼女たちは食事を中断し、二人の元に歩み寄る。



「あ! きたきた!」


「へぇ~ 歳くってるけど、まだまだイケるじゃない」


「え? どっち? まさか右の?!」


「左よね? まさか右なの!」


「ええ~ッ! ないない、賞味期限過ぎてるわよ お腹壊すわよ?」


「あんたはショタばっか食ってるから年中下痢ピーしてんのよ」


「ハァ? 年中? こちとら製造されて二年三ヶ月と五日。そっちは三年二ヶ月と七日じゃない。 年中って言うけど、そこまでうちら歳喰ってないし。あとショタに目覚めたのは七ヶ月前だし」




 そんな部下の雑談に、リーダーである少女が、ピンク色のツインテールを揺らしつつ、こう言った。



「まったく失礼な子たちね。AIとチューリングテストさせるわよ」



 そのセリフがかなりツボだったらしく、少女たちは「不毛」「無意味」と腹を抱えて笑う。端から見れば、高級料理店でSFコスプレしている少女に見える光景だ。


――だが、墓守人とジェイクは一切笑うことなく、まるで敵でも見るかのような冷たい視線を注ぐ。そしてジェイクが、墓守人に向け、言葉で相槌を打った。



「墓守人。まさかコイツら――」


「悪いニュースは続くな。ああ間違いない。アークセルサイトカンパニー社の、最新鋭ガイノイド……」


「トワイライト アクア……」



 ジェイクは忌々しげに、これからの戦場の主役の名を口にした。小さく、ボソリと。しかし少女を束ねるリーダー、ツインテールの少女が、彼のセリフを逃さなかった。


「はーい! 大☆正☆解♪ 旧式のAIに終止符を打ち、人類に代わる新たな戦場の立役者!! 汎用AIの『トワイライト アクア』でぇ~す☆」



 『キャピるん♥』という擬音が似合うウィンクを披露する少女。そんなリーダーの動作が合図だったように、仲間たちは彼女の後ろに陣取り、グラビアアイドルのような決めポーズをとる。まるでカメラマンに集合写真を撮るよう促すかのように……。


 無論、ここにカメラマンはいない。彼女たちは墓守人とジェイクのためだけに、ポーズをとったのだ。




 墓守人は内心、心から冷え切り、ある種の罪悪感すら感じていた。




 彼女たちはAIをいうカテゴリーを逸脱し、あまりに少女すぎたからだ。


 完璧にまで美しく、可憐で、人を魅了する愛嬌。


 男が望む至高の可愛さを追求した存在――まさに偶像アイドルそのもの。


 人々が熱狂し、渇望した新たな救世主であり、戦場に羽ばたく英雄像しゅじんこう



 もはや戦場に人類の居場所なし。



 墓守人や既存のパイロットが、もはや『不要の存在である』。その社会的思想の代弁が、具現化したかのように……。



 墓守人やジェイクは、国家という存在があった頃から、世界のために戦って来た――その結果が、今、目の前で微笑んでいる。





 その汚れなき純粋な笑顔は、まるで、底知れぬ悪意に満ちた笑み――……いや、嘲笑うみ。どこか不穏なものに見えてしまう。




『お前たちが結果を残せなかった。奮闘の果て、世界は疲弊し、企業が潤い、その企業もまた、翡翠の侵略者との戦いを金儲けに利用している――その歪な世界を創ったのは、他でもない、軍人である君たちだ。翡翠の侵略者との戦いに勝利していれば、彼女たちも産まれてはこなかった』




――被害妄想。


 そんな考えが頭が過るが、事実、世界はその被害妄想の通りなのだ。

 

 とくに、翡翠の侵略者を葬る切り札を護衛し、それを守れなかった墓守人。彼の自責の念たるや、想像に難くない。





 あの戦いは、

 

 多くの仲間の死は、



 国さえも失ったあの戦いの意味は、



 今まで流した涙の意味は、いったい、なんだったのか?




 少女たちの残酷なまでに優しい笑み。二人は悲しく、まるで怒りを覚えるかのように目を細めた。


 その鋭い眼光に、リーダーは気を利かす。フレンドリーファイアのことを、根に持っていると思ったのだ。



「ごめんなさい。最初に謝るべきだったわね。え~と、旧型のホーネットに乗ってたのは……あなた、よね?」




 そういって、彼女は墓守人の前に立ち、こう言った。



「撃墜を免れたとはいえ、誤射したのはこのアイドルグループを預かるリーダー、ドゥーエ。この私の責任です。受けた傷による医療費、そして精神ケアと喪失した機体の賠償。すべて我が社で負担します。ご安心を。それと――」


 ドゥーエは仲間の一人に目配せする。そして顎で「こっちに来なさい」と命令する。


 現れたのは、シニオンヘアが印象的な、いかにも気弱そうな女の子だった。



「ご負担でなければ……この娘を、進呈します」



 二人は「おい嘘だろ!」という瞳で喫驚し、その視線をドゥーエに向けた。しかし彼女は真剣であり、ジョークの類ではなかった。



「私の命令を無視し、独断で攻撃を行った罪です。廃棄処分するにしても、金がかかりますし」



「廃棄って、おい。待ってくれ――」



「名前はトーレ。トーレ・ディチ。3日前に新規起動した、新品ホヤホヤのガイノイド!」そしてドゥーエは、耳寄りな情報をこっそり教えるように、墓守人に耳打ちする。「あ、中古品じゃないんですよ?」



「だから待ってくれ。考えてみろ。俺たちが、その彼女を他の企業に横流しするかもしれないだろ」



「ジャンクヤード666は、非干渉地帯。企業に属していない非市民とはいえ、そこまでバカではないでしょう? では、仮に売るとしましょう。他の企業から見れば、その人物はどう見えます? よほどのコネクションがない限り、アークセルサイトカンパニー社の回し者にしか見えません。または、スパイを正面ロビーから堂々と送りつける、無駄にまわりくどい自殺志願者。あなたは……そこまで人生に悲観しているのかしら?」



 ドゥーエは贈呈品である、かつての部下の背中を押し、墓守人の前に立たせた。そして悪魔の誘惑のように、



「なら! もっと人生を謳歌しなくちゃ☆ そのために、我々ガイノイドは開発されたのよ。男の理想の具現化。生きた生身の女性よりも、遥かに優れたパートナー。昼はメイドとして夜は……ウフフ、言わなくても分かりますよね?」



 彼女はそう言いながら、仲間の体をなぞる。細長い指で、鼠径部から胸の膨らみに

かけて、まるで皮膚の柔らかさを披露するかのように……。



 だが墓守人の目に、ドゥーエやトワイライトアクアの娘たちは見えていなかった。


 彼の目に映るのは、彼女だけだったのだ。



「ご厚意には感謝する。だが俺にはもう優秀な生徒がいるんでね。こちとら相棒一人で手一杯よ」



「相棒?」



「この基地に着陸したF-4。グレイヴ化されたファントム。その機に乗ってたやつのことさ。さぁ、彼女に合わせてほしい。こちとら、飯おごる約束してるんでな」



 それを聞いたトワイライトアクアの面々は、不思議そうな顔で目配せする。リーダーであるドゥーエも例外ではない。



 墓守人は嫌な予感に襲われる。てっきり茶化されるかと思っていたが、返ってきたリアクションが、戸惑いだった。彼もまた内心動揺しつつ、質問を投げかける。



「どうした? 俺たち同様、この施設で囚われているんだろ?」



 その問いに、ドゥーエは言葉を詰まらせつつ説明する。それはとても不可解で、墓守人と会えば、その疑問が解けると思っていたからだ。




「えーと……。あのF-4には、誰も乗っていなかったのよ」


「なに?! そんなはずない。俺は彼女と話したんだぞ!」



 ドゥーエは彼の言葉を無視し、自身が目にした事実を並べ立てる。



「それどころじゃないわ。あの機体を調べてみたけど、プログラム自体が存在していないの。コンソール内のデータをチェックしたけど、消した痕跡すらない。信じられないけど、UAVだとしても、であのF-4はソフトウェアのない、空っぽの状態で飛行していたのよ」



 その事実に、墓守人は言葉を失った。



 F-4は通称ファントムと呼ばれている。もちろんそれは相性で、軽快かつ俊敏な飛行――機体性能を讃えたもの。実態なきゴーストのように、ミサイルや機銃に当たらないようにと、ある種のげんを担いだものだ。



 しかし、墓守人が直面しているのは違う。


 本物の亡霊……実態なきなにか、、、が、彼の背に、心に、そして埋葬したはずの思い出に、重くのしかかっていたのだ。


 彼は眼の前の現実から目を逸らすように、窓を見た。


 滑走路を一望できるその場所から、今まさに弾薬を装填し、整備中の機体が確認できる。



 ジェイクの乗っていたSu-37や、トワイライトアクアが搭乗していたドラケン型の戦闘機が、墓守人の目に映った。




 しかし彼の目を釘付けにしたのは、セイバーシルフ――彼女が乗っていたはずの、F-4グレイヴ ファントム。



 墓守人はその機体を見つめながら、忽然と消えてしまった彼女に、想いを馳せるのだった。



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