殺人犯の兄です。この度は弟がご迷惑をおかけして申し訳ございません。

 再生数を見たとき、瞬きを三度した。目が疲れていて、数字がぼやけて見えたのだと思った。

 だが、そうではないらしい。二桁の数字が三つにブレているのではなく、本当に再生数が六桁らしい。

 十万再生。動画投稿で食っている一流YouTuberに並び立つ数字だ。

「マジかよ……」

 何かのバグや不具合ではないかと思い、ページをリロードしたりもした。だが数字は増えることがあっても減ることはない。現実味を感じられないでいる間に、十一万再生を突破した。

 YouTubeに動画を投稿するようになって一年になる。会社の人間関係でうまくいかず、仕事も面白く感じられなかったから、清水の舞台から飛び降りるつもりでYouTuberに転身した。機材を揃え、動画を撮って投稿を始めた。だが、再生数が三桁を超えることすら稀だった。

 動画の質は悪くないはずだ。ハンバーガーを大食いしたり、大声をあげてゲームをプレイするような下品な真似はしなかった。だが、自分の作った動画は下品な投稿者の作品に全く及ばなかった。

 動画が見られないと、収益化ができない。つまり、収入が得られない。貯金はとっくになかった。

 大きな金色の盾。配信するたびに寄せられる声援とスーパーチャット。リアルイベントでの歓声。注目され、正当な評価を得られる快感。会社を辞めたときに夢見たものはひとつも手に入らなかった。

 投稿するたびに、再生数を見る。十二。五十七。百三。三十一。六。世界から無視されているようだった。

 もう限界だった。YouTuberの夢を諦め、仕事を探した方がいいと思い始めていた。諦めたくはなかったが、生活が成り立たなかった。

 だから、最後に一度だけ。一度だけ、ダメもとで花火をあげてみようと思った。どうせやめるつもりだ。炎上したらアカウントを消せばいいと。

 頭の中では、こんなことをしてもなお、三桁に達しない再生数がちらついていた。その残像をかき消すように、投稿のボタンを押す。

「殺人犯の兄です。この度は弟がご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 その結果がこれだ。

 炎上はしている。いままでの動画の再生数を集めたよりも多い数の低評価が、ひとつの動画に殺到している。それでも、高評価の数だって過去最高だった。何より、チャンネル登録者数が増えた。爆発的に。

 見られている。世界がパンクしそうなほど大量に動画があるこのサイトで、視聴者はこの動画を見ているのだ。わざわざ。

 ここにいる。この動画はちゃんとここにある。こいつらの目の前にあって、パソコンの中で流れているのだ。

 ようやく実感を持て始めたとき、全身をびりびりと電流が流れるような感覚が貫いた。初めて動画を投稿したときと同じ、広大な世界に自分自身が繋がった感触。

「死んだ女優の息子です」

 同じような動画を作り始めた。やはり再生数は桁違いだった。あっという間に拡散され、再生され、数字を叩き出していく。

 こんなに簡単だったのか。なんでいままでやらなかったのだろうか。いままでの一年間が浪費に思えた。最初からこれをやっていれば、とっくの昔に有名人になれていたのに。

「世界遺産を燃やしたのは私です」

 収益化はすんなりといかなかった。運営には投稿を何度も妨害された。せっかく投稿したものを消されることもしばしばだった。だが繰り返すうちに、運営にも消されない作り方を覚え始めていた。ありえそうなのはだめだ。どう考えてもあり得ないもの、冗談だと言い張れるところに落とし込めば削除されない可能性が高い。

「行方不明になった子供の父です」

 このような動画の合間に、いつもの動画も挟んでみた。だが、そちらは全く再生されなかった。いや、これまでより再生数が多いのは事実だ。でも足りなかった。みんなが求めてるのは、そっちじゃなかった。

「失言した大臣の息子です」

 有名になってから、日課が変わった。起きたらまずニュースを見るようになった。動画のネタに使えるものがないかを探すようになった。

「台風の妹です」

 時には荒唐無稽な動画も作ってみた。これも受けが良かった。動画制作の方針を決めるのは常に再生数だった。より多いほうへ。より多いほうへ。

「自殺したタレントの弟です」

 十五万は越えた。

「アメリカ大統領の甥です」

 二十万の壁が高い。

「逮捕された野球選手の同級生です」

 だが超えられる。

「天才子役の叔父です」

 超えて見せる。

「都知事選候補の息子です」

 絶対に。

「引退した歌手の息子です」


 電話が鳴った。姉からだった。出ると、怒りに満ちた声で怒鳴られた。正気かと。頭がどうかしたんじゃないかと。

 正気に決まっていた。狂ってはいなかった。だが、ふと考える。ささくれが指に刺さったような違和感があった。

 姉は。

 姉は……自殺したんじゃなかったか?

 そういうと、姉を名乗る電話の相手は絶句した。何を言っているんだと。本当にどうかしてしまったのかと嘆いた。

 どうかしていないはずだ。姉が死んだのは事実だ。

 電話の相手は母親と一緒にそっちへ行くと言い出した。

 ……母親も死んだはずだ。

 父はどうなんだと言い出した。兄は? ちゃんと覚えているのかと。

 もちろん覚えている。兄は人を殺して刑務所だ。父は失言をして大臣を辞めさせられて……あぁそうだ。都知事選に立候補したんだ。

 忘れるわけがない。だって、そうやって動画で言ったのだから。

 ……あれ、おかしい。

 母親は、歌手を引退したんじゃ。

 引退してから死んだのか? いや、順番がおかしい。死んだという動画を作ってから……。

 ……母親は歌手だったか? 女優じゃなかったのか。



 そもそも、自分はいったい。

 動画を見直さないと……。

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ディストピア短編集 ファスト絶望 新橋九段 @kudan9

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