某SNSのアカウント凍結マニュアル

「新人くん。じゃあいまから、仕事の方法教えるから。はいマニュアル」

「どうも。アカウントの凍結って難しそうですね」

「簡単だよ。全部マニュアル通りにやればいいから。マニュアルは分量が多いけど、わからなければ逐一読んで確認すればいいし、覚える必要はない」

「そうですか。なになに、アカウントを凍結するにはまず、通報されたアカウントのメッセージを読むと……」

「まず、リストの先頭をクリックして……なんて書いてある?」

「『このくそ野郎、死ね!』ですね」

「マニュアルの後ろに禁止ワードのリストがあるだろう? 死ねはリストに入っているから、このアカウントは凍結する。赤いボタンをクリックして」

「こうやって……あっ、アカウント凍結されましたね」

「じゃあ順番にやってみようか。しばらく見てるから」

「はい。次は……『馬鹿だろお前』ですか。馬鹿はリストに……ありますね。凍結」

「いいぞ、その調子」

「次のこれは……あぁ酷いな。『デブは地上から失せろ。馬鹿は死ね』と。デブも失せろもリストにありますね。凍結っと。次……『精神障害者だろお前』か。これは……あれ」

「どうした?」

「リストにないですね。精神障害者って」

「そうだな。じゃあ凍結しなくていい」

「でも、いいんですか?」

「何がだ?」

「これ、差別発言ですよね。しちゃいけないって利用規約に書いてある。利用規約は新人研修のときに暗記させられましたよ」

「かもな。でもリストにないなら凍結しないのがルールだ」

「差別発言でも?」

「差別する意図があったかどうかはわからないだろう? 言葉は文脈でいろいろな意味になる。だからリストを使って丁寧に凍結する必要があるんだ」

「そうか……じゃあ次は……『差別野郎は黙ってろ』。あっ、差別野郎はリストにありますね。じゃあ凍結か……」

「だんだんわかってきたな」

「まぁ……『とっとと氏ね』か。リストにないけど……でもこれ」

「なんだ?」

「『氏ね』って、要するに『死ね』ってことですよね。『死ね』のほうはリストにありますけど」

「『氏ね』の方はないだろ? じゃあ凍結はしない」

「同じ意味なのにですか?」

「まぁな。隠語や言いかえをどこまで凍結対象にするかは人によって判断が割れてしまうだろう? そういうことになると不公平だ。だからリストに入っているものは凍結で、入っていないものは凍結しない。これを徹底するのが大事だ」

「そうですか……えっと、じゃあこの『SHINEカス』も凍結しない?」

「そうだな。いいぞ。呑み込みが早い」

「はぁ……おっと、これは酷い。『在日は犯罪者。全員日本から出ていけ』か。でもリストには……ない。凍結しない」

「よし、次だ」

「『差別するなよヘイトブタが。お前が黙れ』です。えっと……『ヘイトブタ』がリストにありますね。凍結。結構変な言葉も入ってるんですね」

「差別は見逃せないからな」

「『氏ね』は入ってないのに……次はえっと……『作家の億田がまた差別発言。韓国人を全員殺せとは酷すぎる!』だそうです」

「『殺せ』はリストに入ってるな。凍結だ」

「ちょっと待ってください。『殺せ』ってこの人の発言じゃないですよね。億田って人の発言であって」

「かもな。でもリストに入ってる単語だ。いいか、判断が分かれるとまずいんだ。リストに入ってるかどうかだけ見るのが大切だ」

「うーん、まぁ、そうですか……じゃあ凍結で。次は『バカが話しかけてくるな』か。これも凍結」

「ちょっと待った。それはリストに入ってないぞ」

「え? でもさっき『馬鹿』は凍結に……」

「よく見ろ。漢字の『馬鹿』は入ってるけど、カタカナの『バカ』は入ってないだろ」

「でも、同じ意味ですよ。『氏ね』みたいな隠語でもないですし」

「リストを徹底するんだ」

「はぁ……次は『エロい。素直に射精です』キモイなこいつ。でもリストに入ってないからスルー。あっ、おんなじこと考えてる人いるな。『キモイぞオタク。セクハラやめろ』と。リストには……『キモイ』があるな。へぇ、『キモい』も『きもい』もある。『バカ』はないのにな……」

「そろそろわかってきたか? じゃあ次を最後にしよう」

「はい。『韓国人は全員犯罪者だ! 全員殺せ!』……うん? どっかで見たぞ? あっこれ作家の億田の。元のメッセージも通報されたのか。『殺せ』はリストにあるから、凍結っと」

「いやちょっと待て。それは凍結しちゃだめだ」

「どうしてです? 単語は確かにリストにありますけど……」

「最後のページを見ろ。そこになんて書いてある?」

「『ここに列記したアカウントはサービス全体の売り上げにかかわるので絶対に凍結しないこと』?」

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