第4話 自己領域

 自己領域とは、自分が自分として生きていくために必要な、存在や物を自分自身であると認識する精神システム(=「精神の生存本能」の集合体)のことです。


 人間は、人間として生きていくためにも、自分として生きていくためにも、自分の肉体の外に存在する、たくさんのものを必要としています。

 そしてそれが心が傷つくほどに必要不可欠なものであれば、精神上で自分自身と認識しても不思議ではないということです。


 ですが、個々の人間がそのことを意識して行動することはまれです。


 消防士や警察官が命がけで災害や犯罪に立ち向かっていく行為や、溺れている子供を助けようとする親の行為、自身を犠牲にしてでも最愛の人を守ろうとする行為は理屈ではありません。

 必死な思いだけがあると思われます。

 ですが、言葉に出来ない彼らの無意識のレベルで、自己領域という精神システムが機能していると推測することは出来ます。人間はまったく無関心な物事に対して行動することはできませんから。


 彼らは見ず知らずの他人のために命をかけているのではなく、様々な不幸によって傷つくかもしれない自分自身の心を守るために動いているのかもしれないということです。


 ある意味、全ての人間は自分自身のために動いていると言えるかもしれません。それでも人間の行為が利己主義や個人主義だけに収束することがないのは、自己領域内に他者、他物を取り込めるからです。

 そして一部のものは自分の命よりも大切なものとして扱うことが出来る。これは人間的な言葉で言えば、愛です。


 人間が普通に行っている、愛するという行為や、自己領域の中には、他者に関心を持たせるだけでなく、人間を社会から遊離させないようにする作用もあるのです。他人を愛し、自己領域の中に取り込むことで、人間は他者を自分自身として認識し、他人の立場になって考えることが出来るようになります。自分しかいない世界では持ち得ない、奇跡的な視点です。



 逆に、自己領域や愛といった精神システムが無い場合どうなるのか?

 別の言い方をすれば、自己領域の中に他者も他物もなく、自分一人しか居なかった場合どうなるのか?

 自己領域の中に自分以外のものが何も無いというのは、自分以外の何が壊れようと、何が死のうと、心は傷つかない状態であるということです。

 自分以外のものに関心が持てない。あらゆるものが居ても居なくてもいい、というのであれば、自分以外のものが存在する意味がなくなります。すべてが幻になってしまう。それは夢の中にいるようなもので、現実からの遊離に他なりません。

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精神の生存本能 ~こころのしくみ、こどものしくみ、いじめのしくみ~ 武宮 史樹 @takeshiro

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