●久しぶり
「はぁ、まさかそんなことになってたなんて……〈渇き〉について教育不足だったか」
久々に俺たちの様子を見に青の国へやってきたアルセイド姐さんは、俺たちの近況を聞くなりがっくりとうなだれてしまった。
「まさか神殿つっぱねるなんてね……。二人とも、わりと日常的に組み手をやるみたいだったし、そこまで〈渇き〉に悩むなんて思ってなかった」
と、申し訳なさそうに言うアル姐さんに
「いいんですよ気にしなくて。そいつが馬鹿なだけだから」
と答えたのは、ほうきを片手に部屋を掃いて回っている小鈴だった。一応、姐さんをもてなす邪魔にならないようにと、今はリビング以外の部屋や通路の掃除をしている。
――ここは間違いなく俺の暮らしている部屋……なのだが、今日は姐さんと小鈴がいるせいで華があるというか、ちょっと居心地が悪い。ていうか、なんで小鈴が気まぐれを起こして部屋掃除に押しかけてきた日と姐さんがふらりと立ち寄ってくれた日が重なるんだ!?
(まあ、半分は自業自得なんだけどよ……)
〈渇き〉で荒れてた時に色々やらかしたまま、ほとんど放置していた俺の部屋の散らかりようを前々から気にしていた小鈴は、今日ついにこうして片付けに来てしまったのだった。そんな小鈴の姿を見て、姐さんは頬をほころばせていた。
「でもまあ色々あっても元に戻ったならなによりだよ。やっぱり絆なのかねえ」
「あいつとは腐れ縁っすからね」
「それもあるだろうけどさ……どうなの、エンゲージとしては」
エンゲージ。それは少し前に姐さんから軽く聞かされていた、この世界のルールの一つだ。胸の《ハート》で運命づけられている異性で、姐さんと兄貴もその縁で結ばれたんだそうだ。そしてエンゲージ相手との結魂なる儀式は、〈渇き〉を無くすためのほぼ唯一の手段でもあるらしいが……。
「……いや、特別なことはなにも」
俺はかぶりを振っていた。正直に言えば、「よく分からない」のだ。とにかくエンゲージと出会うと強い直感めいた感情が起こるらしいのだが、あいつと再会してからは色々なことがありすぎて、そんな感覚があったのかもよく覚えていない。
「むう。長く一緒にいすぎたせいで『特別な感覚』が麻痺してるって感じかな……もう確定っぽいと思うんだけどねえ」
どうも姐さんは俺と小鈴をくっつけたいらしい。そりゃあ、運命の相手がこんだけ近い人間だったら色々な意味で楽ではあるだろうけどさ。
「あはは、俺たちじゃ姐さんと兄貴みたいなパートナーにはなれませんって」
「んー、そういう縁は人と比べるもんじゃないんだけどねえ」
と、姐さんは小さく苦笑した。
「さて、と。けっこう長居しちゃったし、そろそろ行くね。城にも寄らなきゃいけないんで」
そう言って姐さんは椅子から立ち上がった。
「あ、こっちこそ引き止めてすみませんでした」
「いいってこと。ま、これからも二人仲良くやんなさいよ~」
姐さんはそう言い残し、ひらひらと手を振るとさっさと部屋を出て行ってしまった。
さて、姐さんのもてなしは済んだし、今度は小鈴の片付け作業を手伝ってやらないとな――
▲▼▲▼▲
俺が手伝いに加わっても、結局大掃除は夕方までかかってしまった。
それでもなんとか一仕事終えて、俺たちは二人で夕食をとることにした。掃除のほうは、ほとんど小鈴がやっていたので、自然と飯を作るのは俺の役割になっていた。
「しっかし、大牙の作るごはんはシンプルすぎるというか、ワンパターンだよね」
なんて言いながらも、小鈴のその声色に不満そうな様子はなく、もくもくと米と焼き肉を口に運んでいる。しかし仮面の前で食べ物が消える光景は、やっぱりどこか奇妙で慣れることができそうにない。
「悪いか。凝ったもんなんて作れねーんだよ」
俺の言葉の内容が伝わっているのかいないのか、小鈴は俺の反論におもしろそうに笑った。
――もはや『あの時』と違って、俺たちは気楽に話しながら食事ができるまでに戻っていた。……というか、あの時だけが色々と重なって最悪の事態に転がっちまったというだけの話なのだが。
(本当、今思い返せば馬鹿らしいぜ)
神殿制度や〈渇き〉なんていう体質が嫌になったところで、こいつを遠ざける理由なんて一つもなかったはずなのに。どうしてわざわざあんなことをしでかしてしまったんだか。
「ねえ、大牙」
不意に、小鈴が食事を食べる手を止めて声をかけてきた。
「なんかさ、周りの人たちみんながみんな、私たちが『エンゲージじゃないか』って、くっつけようとしてきてるよね」
「……だな」
小鈴も同じようなことを考えていたらしい。というか「みんな」ということは、アル姐さん以外にも似たようなことを言われたのか。
「それでさ…………」
小鈴は言葉を途切れさせ、しばらく黙った。そして
「こうなったら本当のエンゲージ探し出して、決めつけてきた奴らに『ざまーみろ』って言ってやろう!」
なんてしょーもないことを言い放ったのだった。……が。
「でもまあ私はとにかく、あんたはエンゲージさえいれば〈渇き〉が無くなるかもしれないんでしょ? じゃあ早く探さなきゃ」
少しうつむいてそう続けた小鈴の声は、なぜか焦りのようなものを含んでいるように聞こえた。
だから俺は、
「バーカ。俺のことなのに、なにお前が焦ってるんだよ」
なにか無駄に小難しい方向に考えているのであろう小鈴の額を軽く小突いてやったのだった。
「……ごめん。一人で盛り上がりすぎたね」
「分かりゃいいんだよ。ったくお前も一人で突っ走りすぎだっての」
俺の言わんとしていることは一応届いた、らしい。
「――?」
小鈴の額から拳を引いた時、俺はその顔……というか仮面の変化に気付いた。
ごくわずかだが、その額に一筋のヒビが走っていたのだ。
(お、オイオイ、そんなに強く殴ってねーぞ?)
と、一瞬慌ててしまったが、よく考えたら日々の訓練や討伐なんかで仮面がもろくなっていたのかもしれない。それに姐さんいわく、あれは魔法じみた制約を生み出している面倒くさい仮面だ。万が一壊れても特に害は無いだろう。
「どうしたの、大牙?」
「いや、なんでもねえよ」
俺は適当にそうはぐらかすと、何事もなかったかのように食事を再開した。
それからは、本当にいつも通りの食事の時間だった。
小鈴がなにかしらの話を用意してくれて、俺はそれに簡単な相づちをうつ。俺がたまに話をすると、小鈴も内容が伝わらずとも大体の雰囲気を感じ取り、適切なリアクションを返してくれる。
夕食を終え、小鈴が自分の部屋へと帰っていくその瞬間まで――本当に久しぶりに、平凡で心地よい時間が流れていたのだった。
仮面少女とオオカミの森 にゅーとろん @miturugi
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