物理法則 × 魔物栽培

俺たちは異世界で浮遊するかぼちゃに出会ったらもう冷静さを失う


「幹人、幹人、やばいやばい、……やばいのがいる」

「え、もしかしてあの熊? 一つ目熊?」


 兄貴分であり学校の先輩でもある中久喜照治の言葉に、大山高専機械科三年・雨ケ谷幹人は手元の杖を思わずぎゅっと握りしめた。


 幹人と照治が歩いているのは、自分たち大山高専ロボ研部のガレージがなぜか転移したあの森の中である。改めて何か発見はないものかと探索に来たのだ。


「……いや、熊じゃない。熊よりもある意味で遙かにやばい」

「マジかよ……どこ?」


 幹人たちはこの異世界に来て、危険な相手とは何度か戦っている。高ランクの巨大な蜥蜴型魔物・フォスキアとやり合ったのはつい一昨日の事。魔物の恐ろしさにも多少は慣れてきたと言えば慣れてきた。


 しかし、元々が生まれも育ちも平和な現代日本、心臓は未だに鼓動を速くする。照治の言葉に幹人は身体を強張らせながら彼の視線の先を追った。


 手に握るこの魔導杖があれば、一つ目熊だって倒せるはず。だが、それ以上の脅威となればどうだ? そんな魔物が出るという話はザザからも聞かなかったし、冒険者協会でも言われなかったが――。


「…………~~っ!」

「やばい、だろ?」

「…………や、ばいっ!」


 なんだ、あれ。

 思わず吐き出した幹人のそんな言葉は震えている。


「うわ、…………うわうわうわやばいやばいやっばい!」


 それは恐怖に、ではない。興奮に、だ。

 視界の中、木々の隙間。フワフワと浮くその物体には手足がない。手足というか、常識がないと言ってもいいだろう。


 浮遊するかぼちゃ、である。オレンジ色をしたその身体には、くり抜いた穴という形で目と口らしきものが存在する。大きさは人の両手に一抱えほど、キョロキョロと周りを伺うように身体を回旋させている。

 空中を漂うその姿には、誰かが糸で吊って操っているようにも見えない自由さがあった。

 今のところは百点満点、文句なしのウルトラ面白生物である。


「…………」

「…………」


 無言、もはや想話すら交わさない。一瞬だけ視線を合わせ、幹人と照治は別れて静かに移動、浮遊するかぼちゃを二人で挟む位置へ着いて草の中に身を隠す。


「……しゃらああああああ!」

「つっかまえたあああああ!」


 しばしタイミングを窺って、照治が飛び出した。幹人もほぼ同時にかぼちゃの前に躍り出て、兄貴分と二人、オレンジの身体を抱きしめるように押さえる。


「……うわあああ何だ何だ!?」

「うわああああ喋ったアアアアアアアアアア! 幹人! おい幹人!」

「聞こえた聞こえた! ひいいええええええええ!」


 興奮で気絶しそうだ。喋った、喋ったのだ、かぼちゃが口を効いた。全体的に意味がわからない。


「な、なんだよ? 兄ちゃん達、何なんだ? オレに何の用だ?」

「何なんだ、はこっちの台詞じゃああああああい! そして用なら山ほどあるわ! 生物にしちゃアイコニック過ぎるだろその身体ァ!」

「て、照兄、照兄、口、口、口! 口が! 口元見た!? この子の口元見た!? モゴモゴ動いてんの!」


 幹人の注目は、まず謎かぼちゃの口元に行っている。言葉を発している彼の口は、しっかりと動いているのだ。しかも、パペット的にパーツがズレる形で稼動してるのではない、トゥーンアニメのキャラクターのように口の形がグニグニと変わっている。


「口元? いや、あまり注目していなかった……おいおい、なんかちょっと、もっと喋ってみてくれ、なあ頼むよ、なあ!」

「な、何だよ、ほんと何なんだよ……ここはどこなんだ? 兄ちゃんとリリィ嬢はどこに行ったんだ……?」

「おわああああああああなんだそれ! 何がどうなってんだそれえええええ!」


 叫んで照治は躊躇なく、かぼちゃの口の中へ自分の右手を突っ込んだ。


「むごおおおお!?」

「お、おお……おおお…………動いてる、動いてる…………そして中がちょっとあったかい……」

「え、あったかいの!? ていうか、中! 中はどうなってんの!? 何か入ってる!?」


 幹人の問いに、照治はさらに謎かぼちゃへ入れる手をさらに奥を突き込んだ。そして中でどうやら動かしている。


「…………どう、かな? あ、こら! 暴れるな!」

「むごっ、もごっ、むぐおおおおお!」


 謎かぼちゃがその全身を激しくシェイクさせ、文字通り、照治の魔の手からがむしゃらに逃れた。


「ああ抜けちまった! おいこら! 大人しくしてなきゃ駄目だろうが何してるんだ! まったく!」

「何してるって、そ、それはオレの台詞じゃないのかい……?」

「…………ん、言われてみればなるほど、それは確かにその通りかもしれん」


 謎かぼちゃの言葉には完全な理がある。身勝手な行動に出ているのはどう見てもこちらだ。

 うんうんと照治は頷いてから、彼に問いかけた。


「そちらの言い分が正しい。なあ君、名前とかあるのか?」

「オレか? オレはジャック・オー・ランタンのジャックだけど……」

「うーんこの上ないくらいシンプルなネーミングだなあ、俺は決して嫌いではない」

「そうかい、だがもう勘弁してくれ……! オレは行くぜ……!」


 スイーっと空中を滑るように移動して、ジャックはどこかへ逃げていこうとするがもちろん幹人も照治もそれを許すわけにはいかない。


「まぁてえええい!」

「うわあ!?」


 照治が叫びながらジャックに飛びつく。見事そのオレンジの身体を抱え、スライディングするように地面へ着地。顔面から行ったので割と痛そうである。


「だ、大丈夫かい?」


 飛びつかれたジャックは心配そうな声を上げてくれている。やはり善性に満ちている。


「……なあ、ジャック、改めてだが、君は浮遊するという形で移動するんだよな」

「え、まあ、そうだけど……」

「ほお、走破性が高くて結構な事だ。見る限り、鳥の飛行とは明確に異なる……魔法のある世界ならではと言うべきか。生物が主たる移動方式としてそれを採用しているという事実は俺を興奮させてやまない」


 ジャックを掴んだまま起き上がる照治の顔には土が着いているが、彼にはそれを気にするそぶりはない。そんな事は今、どうでもいいのだろう。


「浮遊のメリットは大きい。ジャック、お前は凄いぞ!」

「オレには兄ちゃん達が何を言ってるのか全然わからないから、褒められてもなあ……」

「そうか? いやいや本当に凄いんだよお前は」


 ポコポコポコポコと、照治はその手でジャックの身体を悪戯に軽く叩いていて、中々小気味の良い音が森には響き渡っている。


「そう言えばジャック、ちょっと話題は変わるんだが、……こうしてこちらと受け答えをする君のその知性、意識、主観というのは、一体どこに格納されているんだ?」

「どこって、そりゃあ……よくわかんないけど、身体の中さ。きっとそうだろう?」


「身体の中。俺の確認した限りでは、物体的には何かがみっちり詰まっているわけでもない身体の中に君はいるのか?」

「そう言われてもなぁ~……」


「君を君たらしめているものは何だ? 逆に言えば、何を失うと君は君でなくなる?」

「え、ええ……ええと」


 ややこしくなってきた問いにジャックの回答は鈍っていくが、照治の口は止まらない。


「例えばだ、なあジャック、身体が一つであるという事実を失うとどうだ? 君の身体を真っ二つに分断して上ジャックと下ジャックに分けたら、君の意識はどちらに残る? あるいは残らない? もしかすると、……増える?」

「ふ、増えないだろう……。あの、ちょっと怖いぜ……なんでそんな怖い話を……」


「もちろん試さん。だが、考える必要はないか? 君は君をもっと考えるべきじゃないか? 君はかぼちゃなのか? それとも――何もないようにも思えるかぼちゃの中にいる何かなのか?」

「…………お、オレは」


「なあ、ジャック。君の言うジャック・オー・ランタンとは何だ? それは、どこにいる何を指す概念だ? 君はそれを、本当にわかっているのか? 俺が今こうして……」


 ぐいっと、照治はジャックの身体に空いた目の形をした穴を覗き込んで言う。


「視線を結んでいるのは、一体誰なんだ? ジャック、君が言う君の中の君は、ジャック・オー・ランタンのジャック……それで間違いないのか? ……本当に?」

「…………いや、オレは」


 ジャックの声が少し震えて、照治はそのタイミングで安心させるように言った。


「確かめよう、ジャック。確認しよう、ジャック。大丈夫だ、君は一人じゃない。俺たちのところに来れば、俺たちは君が君を知る手助けが出来る」

「おれが、おれを、しる……」


「そう。俺たちは、一緒に答えを探す仲間になれる」

「…………なか、ま」


 上手い。傍で見守る幹人は内心、そう舌を巻く。

 不安を引き出し希望を見せて、誘いの手を差し出すまでの流れに淀みがない。


「さあ、ジャック。一言で良いんだ、そう、『コンゴトモヨロシク』と言ってくれ」


 中久喜照治、ジャック・オー・ランタンを仲魔にする気満々の男であった。彼はメガ○ンシリーズのファンである。


「コ、コ、……コンゴ、トモ、」


 照治の勢いに流されて、ジャックがそう返しそうになった時だ。




「そこまでよ」




 幹人の背後から響く、少女の声。そしてピタリと幹人の首に何かが当たっている。冷たくて、鋭い気がする。


「ジャックを放しなさい。でないと、怪我するわよ」


 振り返る事の出来ない幹人の視界の中、照治が頷いてオレンジ色の身体を解放した。


「に、兄ちゃん! リリィ嬢!」


 我に帰ったような様子でジャックは照治のもとから飛んでいく。


「おいジャック、いきなり居なくなるなよ、心配するだろ?」

「いきなり居なくなったのは兄ちゃんとリリィ嬢の方だぜ」


 聞き慣れない男性の声とジャックのそんな会話が後ろで聞こえる中、幹人の首から冷たい感触が離れた。

 ここでようやく、振り返る事が出来た。慌てて身体ごと後ろを向けば、そこには二人の人間がいた。


 一人は、警戒した表情で剣の切っ先をこちらへ向ける少女。金色の髪をサイドテールにまとめた、小柄な可愛らしい女の子だ。騎士のような印象も受ける衣装に身を包んでいる。

 こちらの首に当てられていたのは彼女の剣だろう。首元に手を当てて確認すると切れてはいないようだった。幸運というより、手心を加えてもらったという事のように思う。

 もう一人は、黒髪の青年だった。歳の頃はこちらとあまり変わらなさそうだろうか。顔つきも親しみのあるアジア的に見える。人の良さそうな、困ったような表情だ。大きめの布袋を手に抱えている。


「ごめんな、こいつ、一応うちの仲間なんだ」


 青年はそんな事を言って、すぐに少女がその後を継ぐ。


「あんた達、何なの? ジャックに何してたわけ? 明らかに怪しい雰囲気だったわよね……?」

「危害を加えるつもりはなかった。誓おう、本当の事だ」


 立ち上がった照治が堂々とした声音で言う。


「ただ、やや強引なアプローチが多かったかもしれない。その点は陳謝させて頂きたい」

「って言ってるけど、ジャック、この人たちと何してたんだ?」


 青年が自身の後ろに隠れるようにしているジャックに問いかける。


「なんか色々、よくわかんない事を……だが安心してくれ、オレは食われるなら兄ちゃんと決めているぜ。遠慮せずにどうだい」

「誰がお前みたいながっつり自我のあるかぼちゃを食うか」

「え、ジャック君、何、食べられたいの……? その人に食べられたいの……?」


 あまりに興味深いというか、常軌を逸した会話についつい幹人は口を挟んでしまう。

 そんなこちらに、青年は苦笑い。


「ああ、俺が育てた魔物だからかな、こいつはずっとこんな事を言っててさ。俺にそのつもりはないんだけど……」

「……育てた? それは、小さな頃に仲間にしたって事ですか?」

「いや、そうじゃなくて、栽培したんだ」


 思わず照治と顔を見合わせる。

 何を言ってるんだ、この人。


「キョウ、だからね、普通の事じゃないのよ。魔物栽培だなんていうのは」


 こちらの反応を見た金髪の少女が、呆れたように黒髪の青年へ言う。


「でもさあ、俺はリリィみたいに戦えないからなあ」


 キョウと呼ばれた青年は力みのない口調で笑いながら言う。なんとなく大らかな雰囲気がある。彼に照治が問いかけた。


「……すまん、もう少し聞かせて欲しいんだが…………その、栽培というのは」

「ほら、さっきも言ったけど食料となる魔物を倒すのって大変じゃないですか。俺は戦いとかと無縁な平和なとこで育ったもんだから全然そういうの出来なくて。どうしよっかなあって思ってたら偶然、野菜の種みたいなのを手に入れて。じゃあ自分で野菜を育てようって、それを畑に植えまして……あ、野菜って言ってもわかんないんだっけか……」


 キョウという名らしい青年は独り言のようにして、なぜかそんな事を言った。

 野菜という言葉がわからないわけがないのだが、どういう事だろうか。こちらがそれを問う前に彼は話を続けた。


「まあとにかく、そしたら実ったのが魔物で。いやあびっくりした」

「びっくりした、じゃないわよ。アンタあの時、私が助けなかったらどうするつもりだったわけ?」

「結果オーライ結果オーライ。もちろん感謝してるよ」


 キョウの言葉はとにかく気楽だ。神経質さのない大人物感がひしひしと伝わってくる。


「ええと、何だ、何から聞いたらいいんだ……? それで、キョウさん? は、もしかしてそれからその魔物栽培を続けてるって事ですか……?」

「ああ、うん。だってそれが一番じゃん。一から自分で魔物を栽培してさ、それで自給自足していきゃあいいでしょ。彼女……リリィにも協力してもらってね、とりあえず色々育ててるんだよ。面白いぜ」


 幹人の問いにキョウはそう答えて、傍らの金髪少女・リリィは肩をすくめているが、その表情には彼への親しみが透ける。

 そして幹人と照治はと言えば、んんんんんん……とうなり声を上げ。



「「…………――クリエイティイイイイイブッ!! アンド!! イノベーティイイイイブッ!!」」



 揃って空に叫んだ。だってそうだろう、叫ぶほかない。


「届いた!? ねえ照兄! その発想にさあ、そのスタンスにさあ、同じ状況になったとして、届いた!?」

「正直に言おう! おそらく届かなかった! 既にあるものを組み合わせて色々やろうという考えの中だけで俺は泳いでいる! 一から魔物を作ってやろうという、一段潜った発想に、俺は届かなかったろう! いやあ!」


 ナイスクリエイティブ! ナイスイノベーティブ! 素晴らしい!

 照治と二人、幹人は賞賛の声と共に心からの拍手を贈る。贈らせて欲しいのだ、これは敬意である。

 魔物を自分で作ってしまおうという創造的発想。小さな事に囚われず新たな試みに身を委ねようという積極的姿勢。

 世の中を変えるのは、いつだってそういった資質を持つエポックメイカーだ。


「キョウ、なんかこの人たち盛り上がってるけど……」

「なんだろう、褒められてるのかな? いやあ、照れるなあ」


 若干引いているかもしれないリリィに、相変わらず大らかなキョウである。バランスの取れたコンビだ。


「キョウさん! ちなみにキョウさんはここで何をしてるの!?」

「知ってるかどうかわからないけど、ここらへんにはエントっていう大きな樹木型の魔物がいてね、彼のところに通ってるんだ。エントの根にはきっと上質な栄養があるだろうから、マッシュタケっていうキノコ型の魔物を根元に植えさせてもらって培養してる」

「うっひゃああ引き続いて発想がいよいよヤベエや! 魔物を使って魔物を培養!」

「脳みそキメッキメだな! おいおい最高だぜ!」


 興奮する幹人に照治も続く。どうやら目の前の人の良さそうな青年は、面白ワードに事欠かない。


「……でもキョウ、ここ、ほんとにエントの樹海かしら? なんか、景色が違わない?」

「そう言えば。雰囲気変わったよな。えー、迷った? 困るな、コンテストに向けて色々試作しなきゃいけないんだけど。本番までもうあと何日もないし」


 キョウとリリィの二人は周りの様子を伺いながらそんな事を言っているようだったが、幹人と照治は興奮でそこに気を配る余裕がない。


「ジャック! 君の育て主は最高だな! 食われたがるのもわかるぜ! ……いやあすまん全然わからん! 食われたがるって何考えてんだ君は! どんな精神構造してるんだそれは種全体がそうなのかそれとも君単体がそうなのかどうなんだ!?」

「そう言われても……おわあっ」


 テンションの上がっている照治はまくし立てながらキョウの後ろに隠れているジャックのもとへとずいっと近づき、その身体をまた捕まえた。


「兄ちゃん! おい兄ちゃん助けてくれ!」

「ううーん、悪い人たちじゃなさそうだし、ちょっと付き合ってやれよジャック」

「そんなあ!」


 キョウから返ってきた言葉に嘆くジャック。お墨付きを得た照治はお構いなしに彼の身体にペタペタと触り始めている。


「キョウさんキョウさん! キョウさんのとこには他にどんな魔物がいるんですか!?」

「ええっと、そうだなあ……まずはマンドラゴラ。見た目は頭に花の咲いた女の子って感じ。大きさは……肩に乗るくらい、かな? ちょっと臆病だけど良い子だよ」

「ぴゃあああ面白い! それは! その子は! 普通に話が出来るんですか!?」

「うん、人間と変わらない感じ」

「ひええええ! 肩に乗るくらいって結構小さいよな……脳の容積足りてるのかな……?」


 通常の人間と変わらない応答が出来るというのがどの程度のものを指すのか具体的に、これは明らかにする必要が確実にあるだろう。


「他には!?」

「役に立つ糸を吐いてくれるカイコロモチと、飛竜のワイバーンの赤ちゃんと、後は……何の魔物だかわかんないんだけど、でかい卵もいるなあ」

「でかい卵!?」

「俺の腰くらいはあるかも。なんか懐いてくれてて、後ろをゴロゴロ転がって付いてくるんだ」

「……付いてくる? 後ろを? ……待って下さい、それは卵なんですよね、つまり、殻の中に入った何か?」

「そうだね」


 頷くキョウ。だがそれも相当、色々と考えなくてはならない事実だ。


「殻の中に入った状態で、外界を把握する手段をその子は持っているって事ですよね? 大分面白くないですか?」

「あー、そっか、そうだね。言われてみればそうかも」

「うーん…………最高!」


 どの角度から切り取っても脳みそが沸いてきそうな興味深さだ。


「でも最近はやっぱり、さっき言ったマッシュタケの栽培に凝ってるかな。そうそう、マッシュタケってこいつね。これは小ぶりな方なんだけど」


 キョウはそう言うと手に持つ布袋の口を開けて、人の腕ほどは背がありそうな大きなきのこを取り出した。傘は少し丸みを帯びていて、松茸にどことなく似ている。根元には小さな足が生えており、なるほど魔物という風体だ。


「おああ、これが……」

「マッシュタケ。その中でもこいつはエントのところで栽培してるから、俺はエントタケとも呼んでるんだ。美味いぜ、食べてみる?」

「……マジすか?」


 問い返す幹人に、「マジマジ」とキョウは爽やかだ。


「じゃ、じゃあ、是非……」

「オッケー、ちょっと待ってて」


 キョウは腰に付けているポーチのような物からナイフを取り出し、地面に置いたきのこ型魔物の身体をひと削ぎ。


「ええーっと、これでいいかな」


 近くの木から細い枝を取って、先ほど薄く剥いだエントタケの一部を刺す。


「単純に炙ろう、最初にこいつを味わうならそれが一番だ」


 そしてナイフと同様にして、彼が取り出したのは紋章の描かれた石。どうするのかと思って見ていると、石の上に小さな炎が出現した。

 どうやら火を発生させる魔道具だ。幹人の見た事のないフォルムなので、後でじっくり観察させて欲しい。


「おおお……いい匂いがする……」

「だろ?」


 右手にエントタケの刺さった枝、左手に炎を発生させる石を持ってキョウは手際よく調理を進めていく。単に炙るだけと言えばそうなのだが、手つきに慣れを感じる。


「これでいいかな。さ、食べてみてくれ」

「ありがとうございます、……いただきます!」


 枝を受け取ってから、幹人は躊躇をしなかった。間近のエントタケから立ち上る芳醇な香りがそうさせなかったのだ。

 齧りついてみると、やはり鼻に香ばしい匂いがガツンと響く。

 さらに口の中にはとろとろに煮込んだスープのように濃厚な風味が広がって、噛む歯にはそれこそ松茸と同じく繊維質な、適度にシャキシャキとした食感が返ってきて心地が良い。

 問答無用。そんな言葉が相応しいだろう、それはひどく圧倒的。加えて言うなら悦楽的な美味さである。


「……めえっちゃ美味い…………めえっちゃ美味いんすけど、これ…………」

「お、そう? そりゃ良かった」

「最高っすよ、こりゃえらいこっちゃだ……」


 たとえ美食にうるさい日本でも、十二分に通用するだろう。


「照兄! 照兄もこれ……」




「なあジャック、君の限界高度はどれくらいなんだ? 思い切り上にぶん投げられたらどうなる? 浮遊は維持出来るのか? ……リリィと言ったか、似たような女性を一人知っているんだが、君は随分腕っ節に自信がありそうだな? どうだろう、頼めないだろうか。なんなら俺ごと投げてくれていい!」

「ええ? ぶん投げるくらい別に出来るけど、いざと言う時にちゃんと受け止められるかしら」

「それならやめてくれよう……!」




「駄目だありゃ」


 照兄は相変わらずジャックに夢中だ。炙られたエントタケのたまらない香りにも気づいていないのだから、よほどである。


「盛り上がってるなあ。あの人、個性的だよね」

「チャーミーでしょう、俺は大好きなんです。て言うか、キョウさんもかなりのもんですよ。魔物栽培とか字面のインパクトがヤバすぎる」

「え、そうかなあ?」


 こちらの言葉にキョウはきょとんとしている。


「そうそう、おかげでこんな美味しいものにありつけましたけどね」

「いやあ…………でも、これだけじゃ駄目っぽくてさ、コンテストに勝つには」

「コンテスト? そういえば、そんな事ちょろっと言ってたような……」

「あれ、知らない?」


 聞いた事がない。首を傾げたこちらの様子に彼は「そっか」と頷いて説明を初めてくれる。


「食堂コンテストって言って、その名の通りここらで一番の食堂を決める大会があるんだ。ちょうど俺が今住んでる街が会場だし、出てみる予定」

「ほおー、面白そう! このエントタケなら優勝もかっさらえるんじゃ?」

「もちろんこいつも出す。だけど、出場者にどうやら手強い人が居てね。他にも何か武器がいりそうなんだ。……別の高級食材を…………いや、今からじゃ時間が足りない、手元のカードで何とかならないか……」


 考え込むキョウの顔は真剣そのものだ。どうやら遊び半分というわけではないらしい。


「キョウさんって料理が好きなんですか?」

「料理……ってか、食材を育てて食べるのが好きなのかなあ。誰かに食べてもらって、美味しいって言ってもらうのも」


 作りたい、作ったもので誰かに喜んで欲しい。そんな気持ちは幹人にもよく理解出来た。工業と農業で畑は違うが、その土壌は結構、同じだったりするのだろう。


「コンテストで名を上げて俺は魔物栽培を新たな事業として成り立たせてみせるぜ!」

「かっけえや、フロンティア精神の塊だ」

「いやあ、それほどでも……ところで、あなたは何か面白い魔物とか知りません? そういえばどこから来たんです?」

「面白い魔物……うーん。俺はブレイディアっていう、すぐ近くの街から来たんですけど」

「ブレイディア、聞いた事ないな……リリィなら知ってるかな。……ん、あれ、その服ってツナギ? へえ、こっちにもツナギって――」


 

「うわあああ待った! 止めてくれえ!」



 キョウの言葉を遮って響いたのはジャックの悲鳴だ。

 見れば照治が片脇に彼を抱え、もう片方の手にこんもりと土を握っている。


「照兄、それは何をやろうとしてんの?」

「ジャックの中にギュウッギュウにものを詰めたらジャックの意識や動作には何か変化があるのだろうかと思ってしまって、確かめたい気持ちを止められないんだ……」

「なーるほど。やりたい気持ちはわかるんだけど、ジャック君の人権が尊重されてない」


 有意義な実験である事は確かだが、倫理的に問題があるだろう。


「もう、オレは嫌だああああ!」

「あっ、こら!」


 渾身のもがきを見せ、照治の腕からジャックはスポーンと抜け出て、そのまま森のどこかへと向けて飛んでいってしまう。浮遊というのはやはり走破性が高い、草も樹の根もなんのそのだ。


「ジャック! ちょっとどこ行くのよ! 待ちなさい!」

「ジャック待てって! おーい! 待て待て!」


 慌ててキョウとリリィの二人が後を追う。足場の悪い森の中とは思えないほど、リリィは軽快な身のこなしだ。続くキョウも魔物栽培の中で培ったものかどうかはわからないが、中々の健脚。


「は、速いなおい! ぐ、……うおおお、追いつけん……!」

「照兄! それとも俺たちが遅いのかなこれ!」


 幹人と照治も必死に追いかけるが、元がインドア派だ。彼らとはどんどん距離が開いていく。


「…………あれ!? どこ行った!? …………き、消えた?」


 そして、それは一瞬彼らの姿がこちらの視界の中、生い茂る草の向こうに隠れた後の事だった。照治が困惑の声を上げた。

 まるで幻だったかのように、二人と一体がもうどこにも見えないのだ。


「いやあ消えたって事はないんじゃ……、ええ、でも、…………見失うほど引き離されてたっけ?」

「いや、さすがにそこまでじゃなかったと思うんだが……」


 息が苦しくなってきた事もあり、照治と二人、足を止めて首を傾げる。

 しかし結局、その後日が落ちるまでいくら探してみても、ついに彼らの姿は見つからなかった。



      *   *   *


「ただいまあ……」

「帰ったぞお……」


 幹人と照治が疲れた身体を引き摺ってビラレッリ邸の食堂に入ると、勢揃いしていたメンバーがこちらを見て口々に遅い遅いと文句を投げてきた。

 どうやら、夕食を待たせてしまっていたらしい。


「どーしたのさアメちゃん、部長。なんかあったんすか?」


 問うてきた幹人と同学年同学科である気の合う友人・犬塚に、照治は声を張り上げて答える。


「それがな! 聞いてくれ! すげえのが居たんだ! なあ聞けよ! …………宙を浮遊するかぼちゃだ! かぼちゃだぞ! おいかぼちゃが浮いてたんだぞ!」

「しかも喋るの! そのかぼちゃ喋るの! ジャック君って言うんだけど、口がモニョモニョモニョモニョって蠢いて喋るの! すごくない!?」


 照治の言葉に幹人が続いてそう言えば、何とも言えない空気が場を包んだ。

 代表というように、やはり犬塚が口を開く。


「…………あの、アメちゃん、部長。…………二人はさ、大分疲れてるよ。喋る浮遊かぼちゃってそれ……――完全に幻覚見ちゃってるぜ」

「違うんだってイヌちゃん! 違う違う違うの! ……なんかそう言われればそんな気もしてきたけど違うんだって! うわあ自己言及だから客観的な正しさが証明出来ない……!」


 どうしたものか。この分では金髪の少女はともかく、魔物を栽培している青年の話などしようものならいよいよ正気を疑われかねない。


「信じろ! これはマジだ! ジャックは居たんだ! 本当なんだ! 俺と友達になったんだ!」

「あ、照兄、それは少なくとも一個、嘘吐いてる……」


 確実に、自分たちとジャックは友達にはなれていない。きっと悲しいすれ違いがあるままだ。

 また会えないだろうか。


 そんな風に願いながら、「ジャック……どうして俺を拒んだ……! ジャアアック…………!」などと嘆いている照治の背中を押して、とりあえず幹人は食堂のテーブルへと向かった。


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