魔物栽培 × 女神の勇者
女神の勇者とゲスご一行様! 奇跡の魔物食事会!
その日、彼らは霧と共に現れた。
「なんだあれ?」
畑いじりをしていたオレは、森の奥から漂う霧に目を奪われる。
オレが住んでいるボロ屋は、見晴らしの良い小高い丘にあって、その東の方角には深い森が広がっていた。
その奥に、見たことのない霧が立ち込めている。
「ああ、珍しいわね。あれ帰らずの霧よ」
「帰らずの霧?」
「そう、あの森の奥でたまに発生する現象よ。最低でも二、三日にはああして続くわ。で、その間に森に入った連中のほとんどが帰らなくなるの。だからあれが発生した際には森に入らないのが冒険者の鉄則よ」
へえー、そんな危ない現象があったのか。
あとでスィとかに森に遊びに行かないよう注意しないとな。
そんな心配をよそに、しばらくすると森の方から何かの声が聞こえてきた。
「……本当にこちらの方であっているのですか?」
「そうは言うが、立ち止まるよりは行動した方がいいだろう」
「僕はシンイチの直感を信じるよ」
「あっ、見てください! 霧が晴れてきたみたいです!」
霧の奥から複数の人影が見え、しばらくすると森の入口に、男女四人の姿が現れた。
「っと、どうにか霧からは抜けられたみたいだけど、ここはどのあたりなんだ? セレスさん」
「……わかりません。どうにも私達の知る大陸とは異なる場所のようですが」
「僕もいろんな場所を旅してきたけれど、こんな場所初めて見るかも」
「リノ達、やっぱり迷子になったんでしょうか……」
そこには、褐色の肌に長い耳を持つメイド服を着た女性と、赤い髪にそれと似合う真っ赤なマフラーを身にまとった冒険者風の少女と、その少女よりもさらに一回り幼い感じの黒髪に可愛らしいドレスをまとった少女がいた。
皆、初めて見る顔ぶれだ。褐色の肌にエルフの耳を持つ種族なんて、この世界に来て初めて見た。
が、中でもオレが一番驚いたのは、その三人の中心にいた人物。
唯一の男性であり、その少年が身にまとっていた服、それは、ほとんど装飾が施されていない黒色の地味な服だ。異世界ではむしろ目立ちすぎるその衣装がなんなのか、オレはよく知っていた。
この異世界に転移する前に何度となく着ていた日本人であれば誰もが知る超有名服、その名も学生服であった。
「あ、お兄さん! あそこに誰かいるみたいですよ!」
「お、本当だな。丁度いいや、ここがどこなのか聞いて……」
黒髪の少女の声に引かれ、その少年がオレの方を振り向くと、お互いに息を呑むのがわかった。
なぜなら、オレの出で立ちもTシャツにジーパンという、異世界ではありえない服だったからだ。
「「ひょっとしてアンタ――!」」
まるで鏡写しのように驚くオレ達を余所に、リリィと、少年の周囲にいた女性達が不思議そうに顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
「そうか。ここって別の異世界なのか。けど、まさか同じ境遇の人に会えるとは思ってもみなかった」
「オレの方も、こっちに転移してから初めて同郷の仲間に出会えたよー。いやー、やっぱ嬉しいなー! シンイチ君だっけ?」
「シンイチでいいですよ。キョウジさんの方が年上なんでしょう?」
「キョウでいいよ。こっちに来てからずっとそう呼ばれてるし」
「それじゃあ、遠慮なく。キョウ」
和気藹々と話すオレ達を見て、この場に集まった女性陣は未だキョトンとした表情をしていた。
それもそのはず。今目の前で繰り広げられているのは文字通りの異世界トーク。
日本がどうの、どこの生まれだの、どこに住んでただの、そんな異世界の単語バリバリであった。
しかし一方で、シンイチの仲間であるアリアンと呼ばれる少女は別のことに驚いていたようだ。
「ほいよ、お嬢ちゃん達。こいつは『お茶』と呼ばれる、こっちのキョウの兄ちゃん特有の飲み物だ。遠慮せず飲みな」
「ど、どうも」
空を浮かぶ謎のカボチャ。植物型の魔物であるジャック・オー・ランタンのジャックから差し出された『お茶』なる飲み物が入ったコップを受け取ったアリアンは少し呆然としていた。
「この世界の魔物って、人を襲わないんだ……」
その呟きがよく聞こえなかったのか、隣に座っていたリノちゃんと呼ばれる少女が小首をかしげた。
「どうかしたんですか? アリアンお姉さん」
「あ、ううん、なんでもないよ」
どうやらアリアンはこの世界の魔物が人間を襲わず、あまつさえ人間の言葉を喋っていることに驚いている様子だ。
まあ、同じファンタジー世界の住人とはいえ、世界が異なればそこにいる魔物の定義も変わってくるのだろう。
しかし、シンイチに関しては、小屋の中に入った際、マンドラゴラのドラちゃんやワイバーンのバーンなど、そうした魔物を見た際、軽く驚いた様子を見せたが、それだけであった。
想像ではあるが、このシンイチという少年はかなり肝が据わっているのではないだろうか。
そんなことを思っていると、シンイチや他のメンバーが先程配られた『お茶』をすすり――その瞬間、全員の表情が激変した。
「! なんだこれ! マジでお茶じゃねーか! すげえ!!」
最初に反応してくれたのはシンイチ。
手に持つコップの中にある緑色の液体をマジマジと見つめ、すぐさまオレに問い詰める。
「これマジでキョウが作ったの?」
「ああ、まあな」
「原子構想変換の魔法とかじゃなく?」
原子……なんだって?
よくわからないが、オレが畑で栽培したものから取った葉っぱから作ったものだと説明すると一応は納得してくれたようだ。
しかし、シンイチ以外の残り三人のリアクションはオレの想像を超えていた。
「美味しい……少し苦味があるけれど、それがスッキリした後味になってる……」
「なんですか、この飲み物は……。この世界にはこんなものが存在するのですか……?」
「リノ、こんな美味しいお水を飲んだら、もう向こうのお水を飲めなくなるです……」
文字通り天にも登るような表情で女性陣三人がコップを握ったまま、弛緩しきった表情で息を吐いている。
「な、なあ、あれって大丈夫なの?」
「ああ、まあ、いつものことだから気にしなくていいよ」
さすがに心配になってシンイチに耳打ちするものの、シンイチは平然としていた。
「オレのいた異世界って、食い物関係が壊滅的でさ。いや、食えないことはないんだけど、なんつーの、ほら。いわゆる中世の食べ物っていうか。どの料理も発展途上で……」
「ああ……」
確かに普通に考えれば、中世の世界観を持つ異世界は、その食事のレベルも文明と同じく遅れているものだ。
特に料理など、オレ達が地球で食べていたものに比べれば、遥かに劣悪なのが普通だろう。
それを考えれば、オレが差し出した『お茶』の味は大層衝撃的であろう。
「いや、しかし、これマジでお茶だな。ここ最近ずっと口にしてなかったら、久しぶりに飲むとやっぱ美味いなー」
一方で同郷の生まれであるシンイチは、当然と言えば当然だが、やはりお茶の味を知っているようで、懐かしそうに飲んでいた。
その様子を見ていると、この味が恋しくて四苦八苦してお茶を作ったことを思い出し、なんだか無性に嬉しくなる。
「それはそうと、シンイチ……だったけ? あなた達って、どうしてこの世界に来たの?」
ずっと気になっていたのか、感動しながらお茶を飲む四人にリリィが尋ねる。
それはオレも気になるところであり、シンイチからの回答を待っていたが。
「あー、それがー」
「別に来たくて来たわけではありません。城へ帰る途中、急に謎の霧に覆われ、その中を歩いている内にここにたどり着いたというわけです」
問いかけに答えたのは、シンイチの仲間のひとりであるダークエルフのメイドさん、セレスと名乗った女性であった。
「あのような現象は初めてでしたが、森から発生した霧が別世界に漏れて繋がったと考えるのが自然でしょう」
なるほど、こういう頭のいいメイドさんが近くにいると物事の理解が早くて助かるな。
「それなら、もう一度あの森に入れば、元の世界に戻れるんじゃないの? あの森の霧は最低でもあと二、三日は発生したままだから」
セレスさんの台詞を受け継ぐように、リリィがそう説明する。
確かに。理屈ではそれで四人は元の世界に戻れるはず。
ボロ屋の窓から森の方を眺めるが、霧は依然として立ち込めていた。
「どうする? 今すぐ帰るようなら引き止めはしないけど、もう少しいるならご馳走でもと思っていたんだけど」
「ご馳走!」
オレのその一言に思わず反応したのは、派手なドレスを着た可憐な少女リノちゃんであった。
彼女は叫んでしまったことが恥ずかしかったのか、すぐさま顔を赤くし、そそくさとシンイチの背後に隠れる。
「……申し出は嬉しいのですが、いつあの霧が消えるとも限りません。今すぐに出発するのが賢明な判断かと思います」
一方でメイドのセレスさんは咳払いをしながら、そう断りをいれる。
彼女にとっては、ここにいるメンバーを無事元の世界に連れ戻すことが、最優先事項のようであった。
「え、でも折角、こんな珍しい世界に来れたんだし、それにこのお茶もすごく美味しかったし……」
「ご馳走……」
しかし、アリアンと呼ばれる少女と、リノちゃんは後ろ髪を引かれる様子で、すでに空っぽとなったコップの底を見つめていた。
「お気持ちはわかりますが、あまり長居するのもご迷惑です。私達がいては間取りも狭くなるでしょうし」
「うぐぅ……」
セレスさんの言うことはもっともであり、結構ギュウギュウであった。
しかし、このまま何も渡さず帰すのも寂しいので、オレは奥に保管していた食材をいくつか取り出し、シンイチ達に向けて放り投げる。
「まあ、せめて、これくらいは食べて行ってくれよ」
渡したのは黄色に染まった果実。それを見てシンイチを始めとした皆が訝しむが、その瑞々しい外見とほのかに匂う甘い香りに誘われて、一斉に口をつける四人。
次の瞬間、四人の顔に浮かんだのは蕩けるような至福の表情であった。
「なにこれ、すごく美味しい……!」
「口の中にいっぱい甘さが広がります……」
「いつかのシンイチ様が変換した果実……? いえ、それよりも美味しい」
女性陣三人は、そのまま必死に果実を貪っていた。一方のシンイチも驚きながらも、その味にあたりをつける。
「これってもしかして……トマトか!? けど、地球のやつよりも美味しい……?」
「ああ、うちで育ててるキラープラントって魔物から取った果実だよ。さっきのお茶も実はウィードリーフって魔物の草から作ったやつなんだけどさ」
「魔物から作ってたのか!?」
オレのその発言には、さすがのシンイチも驚いた様子だ。そりゃ魔物を食べる発想ってなかなかないよな。
一方のアリアンも「嘘、これ魔物の果実なの!? ……でも、美味しい」と驚きつつも、手に握る果実を味わっていた。
「この世界の魔物は、こんな美味しいものを実らせるのですか?」
「えー、そんな、羨ましいですー! リノ達のいる魔界の食べ物は全部美味しくないのに、この世界の魔物さんずるいですー!」
リノちゃんとセレスさんも驚いた様子で叫ぶ。
ひとまずオレはお土産として、いくつかキラープラントの実を風呂敷に包んでセレスさんに渡すが、なぜか彼女はそのまま立ち上がる様子がなかった。
「えっと、あの、セレスさん。お帰りになるのでは?」
「何をおっしゃっているのですか。まだあなたからのご馳走を頂いておりません。折角ご用意下さるというのに、それを食べずに帰るなど失礼ですからね」
この人、さっきと言ってることが180度変わった!?
ううむ、異世界人の食べ物への執着は恐るべし。
ちなみに隣ではシンイチが苦笑いを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「ほい、こいつがうちの畑で採れたジャック・オー・ランタンのスープに、デビルキャロットとマンドラゴラの花添え、コカトリスのキラープラントソースかけに、焼きエントタケだ。遠慮せず食べてくれ」
「ふわあぁぁぁぁ!」
テーブルに並べられた料理を前に、目を輝かせるアリアン、リノちゃん、セレスさん。
シンイチも驚くというよりも、感心した様子で出された料理を見ている。
「マジですごいな。これ本当に全部魔物を調理したのか?」
「ああ、正真正銘、全部うちで採れた魔物だよ」
シンイチからの問いかけに、オレは親指をグッと立てる。
一方、ご馳走を前に我慢できないと言った様子のリノちゃんがシンイチの袖を引っ張り出す。
「シンイチお兄さん、早く食べましょう!」
「ああ、そうだな」
席に座り、全員が位置についたのを見計らい、オレとシンイチは目を合わせる。せっかくなので地球流の食事の挨拶をするのだ。
示し合わせたように両手を合わせ、その言葉を口にする。
「それじゃあ」
「いただきまーす!」
リリィやアリアン、セレスさんなどはキョトンとした顔をしていたが、リノちゃんが「お兄さん、それってなんですか?」と問いかけると。
「俺の元いた世界での食事をする前の挨拶だよ」
とシンイチが答え、それを聞いたリノちゃんが笑顔で真似をする。
「それじゃあ、リノも! いただきま~す!」
元気よくそう口にすると他のメンバーも顔を見合わせて、笑みを浮かべながら両手を合わせる。
「「「いただきま~す!!」」」
久しぶりに聞く大合唱に、オレは小学生時代の給食の時間を思い出す。
が、今目の前に置いた料理の味は、その時の給食よりも遥かに上だと自負出来る。
「!! う、う、う……!!」
一口。
目の前に置かれた黄色いソースが万遍なくかかったチキンを口に入れた瞬間、アリアンの表情がなんとも言えないものに変わり、その口からはまるで嗚咽のような声が漏れ、次いで喜びに満ちた声が広がる。
「お、美味しい~~~!」
まさに天にも昇るような表情で、口に広がる味を必死に噛み締めていた。
そして、それはリノちゃんやセレスさん達も同様だった。
「こんなに美味しい食べ物がたくさんある世界なんて……ここはひょっとして異世界じゃなくって、楽園でしょうか……」
「…………」
相変わらずリノちゃんは恍惚とした表情のまま、うっとりとしている。
隣に座っているセレスさんは口の中に広がる味を一瞬たりとも逃すまいと目を閉じて、瞑想のように集中していた。よく見ると目尻には涙さえ見えた。
さすがにここまでのリアクションをされると逆にこっちが焦ってくる。
「いや、でもこれ、マジで美味い! 異世界どころか、地球にいた頃に食べたものと比べてもダントツだ!」
「そう言ってもらえると、オレも嬉しいよ」
その賞賛には素直に嬉しくなる。
折角なので食事をしながら、シンイチの異世界転移のいきさつでも聞いてみることにした。
「ああ、それが勇者を倒すために呼ばれてな」
「勇者? 勇者ってあの勇者?」
「そうそう、しかも、呼んだのがこっちのリノちゃんの父親の魔王でさ。飛び切りの親バカ。呼んだ理由も娘に美味しものを食べさせるためだぜ」
「そんな理由で!? しかも、そっちのリノちゃんって魔王の娘なの!?」
思わず大声で突っ込みを入れてしまった。それまでモグモグと料理を食べていたリノちゃんは頬を膨らませたまま、こちらを不思議そうに見つめる。
あ、なんでもないから、そのまま食べてていいよ。とジェスチャーをすると、パンパンの頬にさらに料理を詰め込み始める。その様は、まるでリスのようだった。
確かに、こんなに可愛い娘がいれば魔王が親バカになるのも分かる気はする。
「それでシンイチは勇者を倒したのか?」
「倒したっていうか、俺の呼ばれた異世界の勇者って不死身なんだよね」
「不死身?」
「そう。ゲームとかでよくあるだろう。倒しても復活するアレ。アレがリアルにある世界」
「マジ?」
「マジマジ」
「そんなのどうやって倒したんだ?」
「まあ、倒すって言うか……」
ひと呼吸置いた後、それまで見せたことのない悪い顔というよりもゲスな顔を浮かべシンイチは断言する。
「心を折るってやつだよ」
「心を折る……」
なにやら意味深な台詞で、妙に気になる。
話すと長くなるとのことで、あとで詳しく教えてもらうことにした。
「そういうキョウはなんでこの異世界に?」
「いやー、オレの場合、呼ばれたっていうかなんていうか。けどまあ、この世界の女神様にあることを頼まれててさー」
「へえー、どんな?」
「いわゆる世界救済なんだけど、そのために障害がいてさ」
「というと?」
「勇者」
「勇者? 勇者って言うとあの勇者?」
「その勇者」
一瞬の沈黙の後、どちらからともなく吹き出す。
「そっかー、俺達なんだか共通点多いなー」
「オレもそう思ったよ」
偶然とは言え、勇者を相手に異世界生活をしている者同士。
それにシンイチの周りには、いわゆる魔族の仲間がいるようで、内一人は魔王の娘と来たもんだ。
ここまで来るとなんだか他人とは思えなくなってくる。
お互い、これまでどんなことがあったのか苦労話や、活躍などに花を咲かせ、久しぶりに楽しい会話をした。
そして、それはオレだけではなかったようだ。
「ねえ、あなた。格好から見るにもしかして、冒険者?」
「え、僕? 僕はその、冒険者って言うか、勇者っていうか」
「へえ、あなた勇者なの? その歳で勇者なんて、すごい活躍したってことかしら?」
「そんなこと全然ないよ! 僕が勇者になったのは偶然っていうか、本当に僕自身は何もしてなくって……」
リリィが、同じ冒険者のような格好をしたアリアンに話しかけていた。
最初はアリアンの方がやや緊張した面持ちだったが、気さくに話しかけてくるリリィに、次第に心を開くように会話に花を咲かせ始める。
「え、じゃあ、アリアンって今まで一人で冒険していたの?」
「うん、けど今はシンイチや皆がいて、毎日が楽しいって言うか。嬉しい感じで」
ご飯のおかげもあるのだろうか、幸せそうな顔をしながら語る二人の姿に思わず微笑ましくなってしまう。
それはシンイチも同じだったようで、笑いながら話してるアリアンを見て、嬉しそうにしている。
「あいつ、同世代の友達とかいなかったみたいだし、ここに来て良かったかもな」
「そうなのか? 見る限り、あの子、人当たりすごく良さそうだけど」
「ああ。まあ、あいつにも色々あってな」
そう呟くシンイチに対し、オレは深く言及するのはやめておくことにした。
人それぞれ事情というものもあるしな
「まあ、リリィの奴は一見勝気そうに見えるけど、ああ見えて結構面倒見がいいからな。そっちのアリアンとはひょっとしたら相性いいのかもな」
「かもしれないな」
そして、一方で料理に夢中だったリノちゃんのところに、オレの娘でもあるスィが近づくのが見えた。
「すぃ~」
恐らくこの中で一番自分に近い年齢、というか体格の少女が気になったのだろう。
スィの視線に気づいたリノちゃんが手を止めて、口に運ぼうとしたコカトリスの肉を見つめながら、隣に座るスィを見つめる。
「あの、よかったら一緒に食べますか?」
「すぃ~!」
喜びの声をあげて、そのままリノちゃんの差し出した肉を頬張るスィ。
そんなスィの動作を微笑ましそうに見つめながら、リノちゃんが自己紹介を行う。
「あの、私、リノって言います。あなたのお名前はなんて言うのですか?」
「すぃ~!」
「そうですか、スィちゃんって言うんですか。いいお名前ですね!」
「すぃ~!」
スィと会話が成立している!?
思わず突っ込みを入れそうになったが、なにやら二人にしか分からないシンパシーのようなものを感じ、黙っておくことにした。
その後、見た目も近いためか、スィとリノちゃんはすぐさま仲良くなり、二人は代わる代わる料理を口に運びながら笑い合っていた。
そんな二人のやり取りをオレやシンイチだけでなく、リノちゃんの隣にいたセレスさんも暖かい瞳で見守っていた。
「そういえば、キョウ。あの子も魔物なのか? 他と違って人型みたいだけど?」
シンイチからの問い掛けにオレはしばし悩んだあと、正直に答えることにした。
「ああ、実はあの子、他の魔物とはちょっと違って特別な存在で」
「というと?」
「実はあの子、魔王の子供なんだ」
「……マジ?」
「マジマジ」
本来ならば秘匿情報なのだが、なぜかオレはシンイチにならば話ともよいと判断した。それを聞いたシンイチは僅かに吹き出すが、すぐさま納得したように頷く。
「そっかそっか。俺らって本当に共通点が多いな」
「オレもそう思ったよ」
そうしてオレ達は、古くからの友人のように語り合い、その日の食事は普段と同じはずなのに、それ以上に美味しく感じられたのだった。
◇ ◇ ◇
「それでは、私達はこれにてお暇させて頂きます」
「ああ、四人とも気をつけて」
翌日、シンイチ達は例の霧が立ち込める森の入口へと向かい、見送りに来たオレ達にお礼の言葉を述べていた。
「あの、色々話してくれてありがとうございました! すごく楽しかったです、リリィさん」
「こちらこそ、新鮮な話をいくつも話してくれてありがとう。向こうに帰っても、元気でね、アリアン」
「はい!」
アリアンとリリィは昨日の会話からすっかり仲良くなったみたいで、帰り際はアリアンの方から差し出した手をリリィが握り返し、それを見ていたシンイチがどこか意味深に微笑んでいた。
「昨日はリノ様がお世話になりました。その上、このようなお土産までたくさん頂き、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそスィに友達が出来て良かったよ。それよりも……」
礼を述べるセレスさんが背負った巨大な風呂敷を見て、オレは少し心配する。
その中にはジャック・オー・ランタンを始め、デビルキャロット、コカトリス、マッシュタケ、エントタケ、キラープラントとうちの畑で栽培している魔物がぎっしり詰まっている。
その大きさはセレスさんの数倍近くであり、無事に持ち帰れるのかちょっと不安になる。
「あのそれ、本当に全部持ち帰れます? なんだったら、ちょっと量を減らして――」
「ご心配なく、全てお持ち帰り致しますので」
こちらの台詞が言い終わるよりも先に、切り捨てるように断言するセレスさん。
意地でも全部持ち帰る気満々なのが伝わった。
そんなセレスさんを見ながら、シンイチが改めてオレの方へと近づく。
「それじゃあ、オレ達はこれで行くから。もう会うことはないだろうけど、会えて楽しかったぜ」
「こちらこそ、楽しかったよ」
お互いにガッシリと握手を交わし、これから歩む未来に対して、幸運を祈る。
そうして、オレとシンイチの手が離れると同時に四人は来た時と同じように霧深い森の奥へと消えていった。
一行が消えていくのを確認すると、オレとリリィは知らず笑みを零す。
シンイチの言った通り、もう会うことはないかもしれない。
けれど、この出会いはオレに取ってかけがえのない思い出であり、大切な記憶になった。
まさに運命がくれた一日限りの奇跡の食事会であった。
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