第十一話 王の言葉
城の会計は一から洗いざらい調査された。納税される税金から、城で使用される消耗品まで。金の流通を洗い出した王は深く溜息を吐いていた。しかし王たる器の者だ。それでもより詳細な証拠を集める為にオレの部下を手足のように使い、しかし最低限の探索で必要な書類を掻き集めていた。
「なんて言うか、やっぱり王様は凄い方なんだね」
「あの王があって尚、国は歪んだ。恐らく、王は既に歪みの元に見当をつけているだろうな。そうでなければ、あれ程的確に証拠確保が出来ようか」
王の指示は的確だ。そこを探れば物がある。城の中は全て把握している風だと言うのに、不逞は働かれた。つまり、その不逞の輩の見当もとっくに付いているのだ。ただその人物の首を切る為の武器を磨いている。逃れようのない証拠を突き付け、一撃で相手の反論の道を絶ち、再起不能にする為の刃を研ぐ。
それはどれ程の苦痛であろうか。己が信じていたはずの家臣が働いた不逞と、王はどんな気持ちで向き合っているのだろうか。突如現れたこんなオレの言葉を信じ、そして国の闇を目の当たりにし、しかし正義の光を絶やさぬ彼の心は何を見ているのだろうか。
所詮、この作戦が終われば罪人となるオレの知るところではないが、それでもこの王なら国を良い方へ導くことが出来るだろうと思えるから、彼は王たり得るのだ。
日が西に傾き、月の時間が訪れを迎える頃。城の中は再びパンの焼ける香りと、肉の焼ける香りに包まれた。夕食には濃い葡萄ジュースが酒の代わりに振る舞われた。サイコロ状に切られた肉が香草と共に盛られた皿、焼かれたパンが入った籠、サラダとフルーツの盛られた皿がテーブルに並ぶ。賊も王も王妃も、一緒のテーブルを囲って食事を摂る光景を目の当たりにして、感慨深さと獣の囁きがオレの胸を圧迫する。
「皆、聞いてくれるか?」
食事の途中で、テーブルの中ほどに座っていた王が席を立った。そのままで良いから聞いてくれ、と言葉を続ける。その手には空いたグラスが握られている。
「君たちは正規の手続きを踏む事を許されず、しかし私への謁見と申し立てを諦めずに決起した。その勇気と無謀さ、向こう見ずな度胸の良さを、私は目の当たりにした。君たちの勇気を此処に刻み、その無謀さを讃えよう。法が、民が許さずそれを罪だと声を揃えようとも、この国の王である私が、君たちを認め、讃えた事を、誇りに思えなどとは言わない。ただ、覚えておいて欲しい。今日と言う一日が、この国の再誕の日となるよう、私は全力で君たちの声に応えれるよう、勤める約束をしよう」
空いたグラスを掲げ、王はテーブルに着く皆へ視線をやり、そしてテーブルから離れて座っていたオレへと視線を寄越した。
恐ろしいと感じる程に力強く、正義の光を湛えた真っ直ぐな視線に、負けじと睨み返す。
「la lumo(光を)」
短く、ただその言葉には多くの念が込められていた。闇の中で産まれた神竜が一番最初に望んだもの。光を。それを望み、共にしよう。王は原初の言葉でオレたちを祝福した。
それを気取る者は多くはないが、学のない者でも王からの祝辞と祝福が相当な事であるのは分かっただろう。叫び出す者は居ないまでも、皆が食事の手を止め、拍手でそれに応えた。満足そうに笑った王は、そのままテーブルの奥へと手を伸ばし、葡萄ジュースの瓶を取って手酌した。
人を治める才とはこう言うものを指すのだろう。人心掌握に長けるのではない。彼の心からの言葉が人を動かすのだ。嘘偽りも美辞麗句や世辞でもない、心からの言葉が、人々の心を打つ。だからこの男は王なのだ。
今日何度目か分からない、この国は大丈夫だと言う安堵と、それを嘲笑う獣の声をぐっと腹の底に押し留めた。
ガーディアン・キー『魔王の話』 面屋サキチ @sakichi_O
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