phase:14『最初の感染者は周辺の支配者になる』

「簡潔に説明しますと、ゾンビとなる要因の根幹に近いものほど知性を保ち、筋力等も大幅に増幅します。仁さまの手によってゾンビになった私はこの通り自我もありますし、力も強大です。私の手によってゾンビとなった凛は少し人間性が希薄でしょう?」

「なるほど。感染源の大元から離れるほど弱くなる、と。って事はつまり、俺が積極的に眷族を増やすのが一番だと?」

「はい、そうなりますね……ですが……」

「ですが?」

「いえ、やっぱりなんでもありません」


 言いかけて止められると気になる。大した内容じゃないにしても。それが人間のさがってやつだ。だから俺は再度問う。


「良いから言ってみな。怒ったり、笑ったりしないから」


 この会話の流れで俺が大きく感情を揺り動かされるような話題を出されたら、それはそれで驚く訳だが。

 紫月ちゃんは何故か体をモジモジされながら、恥ずかしげに口を開いた。


「私の特別がこれ以上減るのは、ちょっとかなり嫌だな。って。そう考えてしまっただけです…………」


 思考。紫月ちゃんの特別とは。俺との関係性の話かな。俺の眷族第一号ではあるけど、俺が直々に眷族へ変えたのは紫月ちゃんを含めて3人。これ以上人数が増えてしまうと、自分の特別が奪われてしまう。俺の関心が薄れてしまうかもしれない。独占欲、か?


「フフッ」

「あ、仁さま笑いましたね! 笑わないって、自分で言っておきながら!!」

「ごめんごめん。なんか意外な答えだったものだから。可愛らしい所も有るんだなって思ったら、つい」

「か、可愛らしい……?」


 反芻するように俺の言葉を噛み締め、理解と同時に湯気が出るほど顔を真っ赤にする。耳や首まで、まるで茹で上がった蛸のようだ。


「もう、仁さま。ご冗談も程々にしてくださいね。でないと私本気にしてしまいますよ……?」


 彼女の気持ちは出会った時から察している。隠しもしないしな。

 しかし、それは困る。ここで男女の仲に発展させるつもりなど毛頭ない。なので冗談っぽく誤魔化しておく。


「この辺りにいるゾンビが弱い理由は分かった。ありがとうな」

「感謝など必要ありませんよ。私は仁さまの所有物ですから」


 まだ赤みの抜けてない頬で、恭しく礼をする。そんな彼女に視線だけを送り思考する。


 分かってはいたが、相手が相当なマヌケなのが露呈したな。何故なら、ゾンビ化の仕組みを理解していない可能性が高いからだ。

 まだ、マヌケを装いこちらを油断させているなどの可能性がなくなった訳ではないが、それは極めて低いだろう。


 ただでさえ、戦力には限りがある。常識的に考えてゾンビになってから生殖行為が可能とは思えない。それなのに態々、知能のない雑魚ゾンビを量産する必要がない。


「仁さま、着きました。ここです」


 目の前にあるのは大きな工場だった。この中に俺達に仇なす者がいるのか。


「よし。相手は雑魚という認識から改める必要はないが、一応気を引き締めていこう」


 ホルスターから銃を抜き、片手に持つ。ふぅ、と一回大きく息を吐く。気合いを入れつつ、殺気は殺す。


「はぁ……」


 横で艷っぽい吐息が聞こえた。


「なんだ?」


 思わずそちらに目を向けた。先程、照れていた時より紅潮した顔で紫月ちゃんが俺を見ていた。


「いえ、なんでもありません。ごめんなさい」


 一瞬、身の危険を感じたがこの際気にしない事にしよう。再度、気合いを入れ直す。


「入るか」


 建物内に足を踏み入れた。電気は生きているらしく、中は明るい。警戒して周囲を見渡すがゾンビの姿はない。


 足音をさせないよう、静かに移動する。奥へと進む。すると、微かに声が聞こえ始めた。そちらへ向かう。段々と声が大きくなる。次第に内容も分かりはじめる。


 そして後悔した。理由は簡単だ。聞こえてきた内容が酷いものだったから。


 骨の折れる音。嗜虐心のこもった男の声。それと首を絞められた時に出る呻き声と、パンパンと激しく腰をぶつける音が聞こえてきたのだ。


 見なくとも何が行われているのか察せれた。どうやら、拐われた女性ゾンビがちょうど弄ばれている現場に来てしまったらしい。


 仕切りの板越しに様子を窺う。案の定、裸の男が女性に覆い被さり組み伏していた。その後頭部が見える。


 気絶させ、なにか情報を聞き出せたらなどと考えていたが、もうやめた。この状況でもうハッキリした。隠すことを止めた殺気にも気付かない、正真正銘のマヌケ。コイツが俺や紫月ちゃんより情報を持っているとは到底思えない。


「もう死んどけよ」


 銃声が鳴り響いた。男の後頭部を撃ち抜いた。ドサッと重々しげに名も知らぬ男は倒れた。


「紫月ちゃん。女性を助けてあげな」

「はい」


 煙草に火をつける。胸くその悪さを煙と一緒に外へ出す。このイライラは抱えていてもしょうがないものだ。早めに処理するに限る。


「俺は先に出とくが、大丈夫だよな?」

「おまかせください。ここの始末は全て私がやっておきます」

「あぁ、頼んだ」


 この夜を境に、ここら一帯の支配者は完全に俺となった。


 星空と冬の空気に溶けて消えていく煙を、やけに鮮明に覚えている。


 この辺りの支配者。それで良かった事と言えば、煙草が切れる心配がなくなった。くらいのものだ……

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俺だけが襲われない街 クー @coo_caff2000

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