phase:13『最初の感染者は敵に奇襲する』
「はあぁぁぁあ」
間抜けな声が漏れ出した。思っていた3倍、この学校は広かった。これほどの施設、一介の学校に必要か? そう疑いたくなるような設備。おおよそ、全ての部活動が出来るだろう。文科系、運動系。その両方が。
進学校なのか、専門的な事を学べる学校なのか、線引きして欲しい。農業、工業、商業、体育、家政、芸術、看護、語学。全てを網羅している。いくらなんでもあり得ないだろ。もう、ここで教育の全工程を行えば良いじゃないか。
各地に学校を設ける必要性を完全に奪っている。
それでも、かなり過大評価に見積り、考えていたおかげで予想の3倍程度の動きで済んだ訳だ。因みに俺達がいたのは学校の中枢に位置する棟だった。それ以外にも、ここら一体は全部学校の私有地らしい。まるで学園と名付けられた都市のようだ。
こんな常識の範疇を超えた存在を把握してないとは、いくらなんでも浮世離れし過ぎだ。俺の記憶からここに関する物が消えている。そう断定して間違いないだろう。理由は不明だ。
「美咲ちゃんは体育科だったわけだね」
休憩として、彼女の教室で机に腰掛けて教卓の前に立つ美咲ちゃんに話し掛ける。
「えぇ、そうですよ。自慢ではないですが、これでも、かなり優秀な方だったんです」
今じゃなんの役にも立たない経歴ですけど。なんて、卑下する。確かに俺も思った事だが、それでもあの時とは話が違う。こんなある意味で凄い学校、その中でトップクラスとは十分異常だ。
誇って良いと思う。胸は張れないだろうが。
学生気分で手に持ったパンにかじりつき咀嚼する。昼食時なんて当に過ぎている。この学校が広かったせいでな。
空きっ腹に供給されたパンを詰め込むのは作業に等しい。倹約を理由に砂糖を多く使われた菓子パンを食べてるが、元々パンがそこまで好きじゃない俺からすると、甘いはずなのに味気はない。
「そんな仏頂面で食べてたら、美味しいものも美味しくなくなりますよ」
美咲ちゃんは自分でも分かるほど酷い顔をした俺を見てそう言った。
「俺は元よりこんな顔なんだよ」
なんて軽口を叩きながら口内にあったパンを飲み込み、次を運ぶ。
この空間には俺と美咲ちゃんの二人。別に彼女にならどんな対応をしても良いだろう。信頼関係からではなく、直感。そして、これまでの傾向。なんだかんだ、俺には恩義やら、信頼やらを置いてくれてるようだから。下手な事をしなければ大丈夫だろ。
かんなちゃんは凛と一緒に周囲の探索。凛に関しては心配事は何もない。
かんなちゃんは……正直考えが読めない。子供らしく深い内容を考えてないから読めないとかならまだ分かる。でも、彼女は違うのだ。悟られないように、いつも集中してる。きっと、不意に生まれた隙なんかも、彼女の計算なのだ。なんて、思ってしまうほどの腕前なんだ。
この時も紫月ちゃんの眷属達は指示に従いせっせと働いている。紫月ちゃんの眷属って事は、つまり俺の眷属であるのだが。面倒なのは彼女に任せた。喜んで引き受けるのだから、別に構わないだろ?
敵の拠点。それが分からないと動けない。闇雲に行動するのは愚策。万全の準備で向かわないとな。
パンを食べ終え、保健室に仮眠を取りに向かう俺は、ニヤリと不敵に笑った。頬が上がってしまうのを、どうしても抑えられなかった……
これから待ち受けているであろう甘美な死の香りに誘われて、死神は蜃気楼のように揺れる。
保健室のベッドに横たわり目を瞑る。寝過ぎると体が鈍る。ほどほどに、丁度良い所を探す。
仰向けで意識を別の場所に飛ばした。目覚めるのは2時間後の話だった。
「──誰だ?」
ホラー映画とかだと視聴者をドキッとさせる演出。目を瞑ってた奴の目がいきなり開く。俺は部屋に誰かが入ってきたのを気配で悟り、目が覚め、意識が覚醒した。
立ち眩みなど起こさず素早く体を起こして、扉の方に目をやる。
見たことのない女の子だった。それは恐らく紫月ちゃんの眷属の一人だろう。
「俺を呼びに来たのか?」
訪ねると彼女は首を一回縦に振った。それは肯定の意思を伝えるものだ。
「そうか、紫月ちゃん達は何処にいる?」
ジェスチャーでついてこいと言われた気がした。俺は脱いで傍らに置いていた上着を羽織り、歩き出してる彼女の後を追った。
──着いたのは俺達が最初に招かれた部屋。どうやら、集合する時はこの部屋を使うらしい。一応記憶の片隅にメモしておく。
「で、呼ばれてやって来たが、何事だ?」
部屋の中には紫月ちゃんた美咲ちゃん、かんなちゃんと凛の四人が揃い踏みだった。
俺が知ってる限りでマトモに意思の疎通が取れる四人。頭の中身、構造は度外視。
「今回、話があるのは私です」
手を挙げて宣言したのは、俺をここに誘った張本人。紫月ちゃんだ。
「ほう」
いつまでも入り口で突っ立ってても非生産的なので、椅子にドカッと腰掛ける。ふんぞり返るって表現の方が正しいような体勢だ。
「で、その用件は? 手短に頼むぞ」
偉そうに促す。このくらい尊大じゃないと統率が乱れる。愚か者になる気はないが、ここの管理者としての態度もそれ相応に見せ付けるのも大切。力関係をしっかりしておかないと、下克上なんて古くさい事になったら、無駄に戦力が減る。
どんな状況であったとしても、所詮人間はヒエラルキーの中で生活していくのだ。支配が嫌なら、トップに君臨しろ。そんな実力主義な腐った世の中は変わらないな。
「分かりました」
ヒエラルキーの中。底辺の滞在を良しとする人が四人。良しとしない人が……俺。バランスは取れている。明確に、確実に形は作られ始めている。
「私が調査に派遣していた眷属の一人との通信が途絶えました。恐らくその方面に敵がいると見て間違いないと思います」
「陽動の可能性は?」
「その可能性は極めて低いと思います」
「根拠は?」
「今までの傾向からして、敵があまり頭の回らない相手だと言う事は分かってます。今回通信が途絶えた眷属は綺麗な女性でした。性欲にかまけて短絡的に襲ったのだと推測出来ます」
最低だな。自分を棚に上げて思う。棚からぼた餅よろしく、落ちない事を祈ろう。
それにしても随分と自信ありげな物言いだな。
「もしかして、経験があるのか……」
「はい。これまでにも何度か、何人か襲われています」
一度上手くいって味をしめたか。馬鹿の一つ覚え。まるで獣だな。いや、獣の方がもうちっと頭が良いぞ。
敵を脳内で
「つまり、そろそろうざったいと」
「正直言うとそうですね」
正直なのは良いことだ。遠からず戦わないといけない相手。早々に潰しておくに越したことはない。
最初からそのつもりだった訳なのだが。
「どこら辺で消息が分からなくなったのか、位置は掴めてるんだよな」
「それは勿論です」
「なら、案内は任せる。今夜闇に紛れて奇襲する。そのまま叩き潰すのを最終目標とする。美咲ちゃん、かんなちゃん、凛の三人はここで待機な。拠点をもぬけの殻にする訳にはいかないからな」
夜中の電撃戦。機動力を重視すれば少数精鋭は当たり前。さらに、力量を踏まえると、俺と紫月ちゃんが妥当。足手まといを増やしても、お荷物なだけだからな。
「異論は認めない。分かったら各自で考え行動。解散!」
俺は手を大きく一回鳴らし締め括る。指示は簡潔に。安全面をしっかり考慮した結果の決定だ。異論などないだろう。
俺は立ち上がり、真っ先に部屋から退出した。すると、後ろから誰かが追ってきた。
「仁さま」
この声は紫月ちゃん。立ち止まり振り返る。
「なんだ?」
表情を変えず呼び掛けに答える。続きを待つ。だが、異様に長い溜めをつくり、彼女は口を開いた。
「なんで、私を選んでくれたのですか?」
それは、もしかしなくても、さっきの話。俺が攻め込む時の相棒に選んだ件だ。
「だってお前殺し屋だろ? どれ程の物か分からないけど期待には値するだろ? それだけだよ」
もしもの時、情が一番なく、最も簡単に切り捨てれるだろうから。なんて、そんな本音は言わない。言う必要がない。
「そ、そんな……」
感激で、涙を瞼の中に溜める紫月ちゃん。これには少しギョッとする。俺の言葉の何処に、そんな表情になる要素が含まれていたのか。他人のツボはよく分からない。
「そうですか、分かりました! 不肖、嶋村紫月。仁さまの期待に応えられるように全身全霊、頑張らせていただきます!!」
暑苦しいな。変なスイッチを入れてしまったようだ。こんな調子で大丈夫だろうか。気合いが空回りしないと良いけど。
俺は溜め息つき、適当にあしらってから、保健室に戻った。あの空間は俺の定位置になりそうな予感がする──
保健室に落としていたライターを拾い上げ、外に出た。軽く一服してから、再び戻る。
銃の調整をして、万全を期す。時間になったら、夕食を腹に入れる。満腹になると動きが鈍る。腹八分目。もしくはそれより下。その程度腹を満たして、紫月ちゃんと合流。
道案内は彼女に任せ、俺は車の運転を担当する運びとなった。うん、嫌いじゃない。
予備の弾薬や食料を詰めこみ、移動を開始した。
車に乗り込んだ、俺と紫月ちゃんは拾遺に注意を払いながら、会話をする。
「紫月ちゃんは素手なのか?」
これは自分が戦闘に用いる得物の話である。俺は徐々に馴染んできた銃を持ってるが、彼女は手ぶらだ。これと言って武器になりそうな物を持っている様子はない。
「いえ、いつもは毒物や狙撃用のライフル等を使ってるのですが、どれも今はないですから」
「なるほど」
一応、一通り武術の心得などもあるようだ。それは戦ったら楽しそうだな。なんて、無意味に不気味な殺気を全身から少し放出する。
「仁さま、お抑えください。近くの者に影響が出ます。もしかしたら気付かれるかもしれません」
ケロッとした顔で何言ってるんだが、そう思ったが口には出さない。本来の武器を使えない、短刀を持っただけの女など、俺からしたら敵ではない。なんて驕りを披露しながら、左折する。
煙草に火を付けて、窓を開ける。一回煙を吸って、外に吐き出す。灰も窓の外に落とした。
「はぁ。で、どの辺りなんだ?」
「その曲がり角を右です」
俺は紫月ちゃんのナビに従い右折する。どうやら、目的地はもう少し先らしい。目的の場所に接近したら、車を降りて、徒歩で行動する。
そっちの方が、発見率はさがるのだと。当たり前か。
この後も、指示に従い車を走らせた。何故か煙草の消費ペースが無駄に上がった。
「──ここら辺で降りますか?」
「あぁ、そうだな」
俺は同意して、停車させる。エンジン音が消えて不気味なほど静かになる。俺と紫月ちゃんの息遣いが聞こえるくらいだ。
……そこだけ切り取ると、無駄に官能的な表現だな。なんて、馬鹿馬鹿しい思考に流される。
「こっそりと潜入だからな。何があっても五月蝿くするなよ」
俺は紫月ちゃんにそう伝える。夜目が利くようになってる俺は彼女が頷いたのが見えた。
ここで少々蛇足なのだが、どうやら夜目が利くのは俺と凛だけのようなのだ。これにも何らかの理由があるのだろうけど、それが何なのかは分からない。
そんな訳で暗闇からの奇襲は俺の専売特許になりそうだ。
昼間と変わらず、普通に周囲を見渡せれる俺より、強い存在は確認できてない。
なんて、思考していると、ゾンビが現れる。俺は音もなく、ソイツに近付き息の根を止める。雰囲気でなんとなく分かった。
このゾンビは俺の敵だと。これも能力か。俺と言う人間に起因した能力だと思うけどな……
ゾンビになったからと言っても、個体によって特徴が現れるのは研究が必要そうだな。首に刺したナイフを引き抜きながら、悪い笑みを浮かべる。寒空に白い息が溶け込んだ。
「仁さま。あまりお一人で先々進まないでください。はぐれてしまいます」
そう言う彼女は俺の後ろにピッタリ張り付いている。流石生粋のストーカー。闇の中でも着いてこれるんだな。なんて、変な所に感心する。
「そうも言ってられない。バレちゃ奇襲じゃない。これからペース上げるぞ」
俺は出てくるゾンビを片っ端から掃討し、前へと進む。
そうしていく内に1つの疑問を抱いた。それは……
「ここらのゾンビ弱くないか?」
そう、圧倒的に弱いのだ。拍子抜けするほどに弱い。凛は例外としても、うちの奴等はどれもスペックは総じて高い。それなのに、ここらの奴は抵抗も殆どなく、サクサク倒される。なにやら嫌な予感がしてならない。
「眷属の仕組みをまだ把握できてないのかも知れませんね」
彼女ははぐれないように俺の服の裾を持ち、言った。
「眷属の、仕組み?」
初耳な言葉に小首を傾げる。
「あれ? もしかして仁さまも知らないのですか?」
そりゃあ、積極的に眷属を増やそうだなんてしてないし。まず、自分がゾンビだなんて思いもしなかったわけで。知るよしもないよね。
「でしたら、私が説明しますね」
彼女はそう言うと、眷属のシステムについて懇切丁寧に解説し始めた。俺は静かに耳を傾けた──
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