phase:12『最初の感染者は学校に落ち着く』


「そう言えば、俺達がここに来る途中。追いかけて来たゾンビの群れを掃除してくれた奴がいたんだが、それは紫月ちゃんの仲間か?」


 俺は不意にここまでの経緯の中で気になった事柄について質問してみる。俺達を助けるようにゾンビの群れ共の前に立ち塞がってくれた奴。ソイツの素性がまだハッキリしてなかった。無駄なモヤモヤをいつまでも抱えているのは不本意だからな。


「はい! その通りです! 私が配置しておいた配下のゾンビの一人から報告が届いたので間違いないですよ!!」


 とにかく元気に、ハッキリとした口調で彼女は肯定する。


「そうか、それはありがとうな」


 別に俺と凛だけでも恐らくどうにか出来ていたが、助けられたのは事実。覚悟すべき犠牲が出なかったのは僥倖。つけ上がらさせそうで怖いが、お礼を言っておく。


「いえいえ! 滅相もございません!!」


 恐縮しながらも、彼女は隠しきれない恍惚を、笑みに十全に含ませ浮かべた。整った顔が綺麗に不気味に歪んでおり、その様は狂気染みて、少し恐ろしく感じたのは悟られるべきではない真実。話を変える。


「そう言えば紫月ちゃんは何でここにいるんだ?」


 そう、よく考えてみればおかしな話だ。女子高生には到底見えない自称殺し屋な彼女がいるには、ここは到底場違いな場所だと言える。そんな異物混入も良い所の現状。どう説明したものか。


「実は私、仁さまと別れた後もコッソリ付けてたんです」


 説明を求めた矢先、初っ端から衝撃のカミングアウト。なに、俺って本当にストーキングされてたの?


「ふーん、それで?」


 ストーカー発言に頓着しない態度を装いながら、話を前に進める。


「そしたらですね。えっと誰でしたっけ? 女子高生と出会ったじゃないですか。あのー……」

「あぁ、美咲ちゃんか」

「そうそう美咲ちゃん! 彼女と出会って、会話をしてる所までは陰ながら見守っていたんですよ! それなのにいきなり仁さまが走り出すから……見失ってしまったんですよ」


 しょんぼり肩を落とす。あの時の話か。


 俺が美咲ちゃんと出会い、そして彼女を助けた。その頃には既にゾンビだった紫月ちゃんが追い付けない、俺の全力とは。人では考えられない速度が出ていたのだろう。それにより、疑問が浮かぶ。でも……それは、今はいいだろう。


「仁さま。私が必死に呼んだのに、振り向きもしてくれないんですから! 傷ついたんですよ!!」


 それはすまなかったと、謝るのが正解なのか。知ったことではないと、突き放すのが正解なのか。悩んだが、結局は無難に沈黙を選んだ。


 自我を失った女子高生の叫びかと思ったあれが、紫月ちゃんの声だったと分かり、現実に幻滅したのはこの際どうでもいいと割り切ろう。

 時間差でロマンを消し炭にされたのは腹が立つけど……言っても仕方ない。


「で、なんとなくその後の流れが想像出来たが、あえて聞こう。このままだと、ここにいる事の説明にはなっていない」


 俺は問う。因みに予想では、美咲ちゃんの制服を見て、もしかしたら、ここ光風学園に来るかもと踏んで待ち伏せしてたとかだろう。ここなら生き残ってる人がいる可能性も高い。眷属を増やすにもうってつけな場所だとか、一石二鳥みたいに考えたとも。


「仁さまの想像通りですよ」


 まるで心を読んだように、完璧なタイミングで彼女はそう言った。それに続けるようにする説明は俺の予測と寸分違わず一致していた。


「なるほど、な」


 意外に頭は回る方なのだな。俺が思い付く範囲の事ぐらいは自ら考えて行動して貰わないと困るけど。その程度の技量もないと愚かに見積もってた訳じゃない。

 ただ、思考を読まれたような感覚に少しの驚きと、軽めの不快感を覚えただけだ。


「仁さん、ここにいたんですか! 探しましたよ!!」


 騒々しく吹き荒れる風のように、勢いよく扉を開け、突拍子もなく侵入してきたのはつい先刻首がポロリした筈の美咲ちゃんだった。


「もっと静かに入ってこれないのか」


 額に手を添えるようにしながら、これでもかと彼女が五月蝿く暑苦しい事をアピールしてみせる。


「初めまして、美咲ちゃん。私は紫月。嶋村紫月よ。一応この学校を支配してて、貴女の仲間、だよ?」

「そ、そうなんですか。名前はもう知られてるようですが、私は美咲です。こちらこそよろしくお願いします、紫月さん」

「よろよろ~! なの」


 のんびり能天気に挨拶を交わす両名。紫月ちゃんが差し出した手を、美咲ちゃんはたじろぎながら取り、下手な握手を交わす。

 紫月ちゃんの応対は年不相応で痛々しい印象を受けてしまう。外見の若々しさでなんとか打ち消してるけど。


 それにしても、美咲ちゃんには紫月ちゃんに対する敵意などは一欠片も存在しないが、その逆はと聞かれると、断じて否としか言えないな。


「紫月ちゃん。初対面の人をいきなり、ちゃん付けで呼ぶのは些か問題だと思うぞ?」

「それを仁さんが言いますか!?」


 先程まで引き吊った笑顔だった人間から野次が飛ぶ。

 俺は良いんだよ。なぜかって? それはほら、俺だからさ。なんて適当な事を言って正論を説く美咲ちゃんをはぐらかす。薮蛇過ぎて部が悪い。こんな時は話題を逸らすに限る。


「そう言えば美咲ちゃん、調子はどう?」

「調子は、と聞かれると普通に良いですけど。いつもより体が軽いくらいです」


 美咲ちゃんはどうやら、いつの間にか眠ってしまってた。なんて感覚らしい。首を飛ばされたのも一瞬で認識できないような速さだったからな。なんだかんだ生死の狭間をウロチョロして生還したなんて話。する必要ないだろう。


「そうか、よく眠れたようで良かったよ」


 罠が作動して眠ってたとか、適当な作り話で誤魔化しておいた。紫月ちゃんもかんなちゃんも即興で合わせてくれた。

 不思議そうに小首を傾げる美咲ちゃんにはかんなちゃんの相手をしてもらって。部屋から退席するように言った。


 これでここに残ったのは俺と紫月ちゃんだけ。


「二人っきりだからって変な気を起こすなよ?」

「それって大体女の人がそう言って男の人に釘を刺すんじゃないですか?」

「今は例外ってだけだな」


 彼女は向日葵の種を頬袋に詰めたハムスターのような表情をする。何がそんなに不満なのか。


「それより、さっきの話」

「それはどのお話?」

「敵対者がいるかもってやつ」


 かも、ではなく確実にいる。分かってはいるが、あまり信じたくない事柄だ。


「あぁー、それですか」


 小動物から真面目な思案顔に移行する。表情がコロコロ変わるな。長所は短所になる。現状、表情の変化が激しいやつは大方異常者だろ。こんな殺伐とした世界で笑顔にも膨れ顔にも、泣き顔にもなる。頭のネジがぶっ飛んでないとあり得ない。


「まぁ、いるでしょうね。そうじゃなきゃ面白くないですし」

「俺はその展開、望んではいない」


 なんて駄々を捏ねてる場合でもない、か。


「でも、仕方ない。割り切ろう。相手の居場所は把握してるか?」

「それが全然なんですよー」


 彼女は、アハハと楽しそうに笑う。俺からしたら全く笑えない。


「そうか。それを責める気はない。分からないものは分からないからな」


 伝える意味は多分ないが一応口に出しておく。責めるとか、そんな次元の事ではないのは誰の目にも明確だから。


「仁さまはどうなさるおつもりなのですかー?」


 間延びした口調で聞いてくる。疑問は解消してやろう。紫月ちゃんにも勿論手伝ってもらう。俺の下僕らしいし、丁度いいだろ。絶対に裏切らない手駒ってのは想像を絶するほど使いやすい。

 死ねと命令すればなんの躊躇いもなく死ぬだろう。そんな忠誠を誓う部下や配下は世界の何処を探してもそういないだろう。歴史上にも、数えるほどいたかどうか。


 精々、最大限、有効活用させてもらうさ。


「危険分子は芽の内に摘み取る。俺に仇なす可能性がある者は誰であろうと抹殺だ」

「そうでなくちゃです!!」


 嬉しそうに頬を綻ばせている。なんで彼女はここまで争いが好きなのか。それは染み付いた職業の病みたいなものか?


「仁さまも楽しそうですね~」


 彼女が俺の顔を見てニヤニヤとからかい半分にそんな事を言う。俺は慌てて口元に手をやった。どうやら、俺も笑っていたようだ。それは三日月のように、不気味につり上がった口角で、獲物を待ち望む野獣のように。


 俺の知らない俺か。思い出すのがちょっとだけ怖くなったな。

 殺し屋として活動していた俺。記憶から消えてしまった闇の部分。思い出して触れた時。自分はどう変わってしまうのか。考えた所で……答えは出ないか。


 俺は紫月ちゃんとの会話を一区切りし、部屋から退出した。




「ふぅ……」


 外の空気を吸いつつ一服。この場にはゾンビしか居なくなってしまったな。生きた人間の居ない空間。なんとなく居心地が良いな。冷たい北風を浴びながら学校の屋上で青空を眺める。もう何年前の事か。青春なんて形のない不確かな物をしてたのは。

 久しぶりの学校って場所は、磨り減った心を自然と童心へ戻してしまうな。


 煙草の灰を地面に落としながら思う。意識と行動が一致してない。学生時代、不良生徒だったら話は別だけど。


「学生として学校には通っていたんだよな」


 その記憶はある。だとしたら卒業してからか。俺が殺し屋とか、聞くからに物騒な職についたのは。てっきり幼少期から訓練されたりするものだと思っていたが……その辺り漫画や映画の観すぎなのかな?


「ふぅ……」


 もう一度大きく煙を吸い込み、そして吐き出した。


「美咲ちゃん、戻って良かった」


 ボソリと風にかき消されるような小声で呟いた。俺の血で彼女がゾンビになるかも。推測だけで取った行動が、結果的に彼女を救った。この面子で一番マトモな思考回路を有する彼女を損失するのは痛手だった。常識もたまには必要になるからな。

 利用価値があるうちは切り捨てないさ。なくなれば容赦はしないけど。自らの利益を考えれば、俺の、あの時の行動は正解だったのだろう。


「かんなちゃんは寸なりとゾンビになる道を選んだな……」


 音の振動は風に乗って消える。


 もっと躊躇うはずの決断を、一生を決める判断を、あぁも簡単に出来るのかな? 俺は疑問にすら思う。

 彼女は天才なんだろうけど、何かそれ以外に恐ろしい物を持っている気がする。ハッキリとは分からないけど、手を打たずほっておくと後々やばそうだな。


 俺が部屋から出る直前、紫月ちゃんも言っていた。


「あの、かんなちゃんって子。気を付けた方がいいかもですねー」


 と。全く同意見だ。この案件は要検討だな。


 煙草を吸おうと口元に持っていくと、既になくなっていた。


「はぁ」


 軽くため息をつく。胸ポケットに入っている新しい煙草の箱を開封し、一本取り出し火をつける。


「山積みだな……」


 外も内も問題だらけだ。挙げるときりがない。一つずつ地道に解消していくしかない。元来、面倒くさがりな俺は恐ろしく深いため息を白い煙と共に宙へと排出した──




「──少し冷えたな」


 屋上の扉を閉めて、ついでに鍵も掛けておく。


 俺は廊下を適当にフラフラと徘徊する。内部は把握しておかないと、何か起こった時に困る。戦うにしたって、逃げるにしたってどっちだっても地の利を生かさないと勿体無い。


 紫月ちゃん。一人でせっせと仲間を増やしたんだな。廊下を徘徊するのは俺だけではない。生気を失ったゾンビがあちらこちらにいる。

 これが全部俺の味方。俺の配下か。


 頼もしいのかどうか判断に困る見た目をしている。力が強いのは知ってるが、頭がよろしくないからな。


「仁さん、かんなちゃん見ませんでした?」


 音で気付いていた。背後から近付いてきたのは美咲ちゃん。どうやら、かんなちゃんを探している様子。


「見てないが、どうかしたのか?」


「いえ、今かくれんぼをしてるんです」


 なるほど、遊んでいるだけか。なら安心だな。


「そうか、早期発見を期待してるぞ」


「仁さんも少しは手伝ってくれればいいのに」


 俺が参加したら直ぐに終わるからつまらないと思うけどな。自慢っぽいから言うのは控えておいた。それより、気になった事があったので聞いてみる。


「美咲ちゃん。ここに来る前、誰かに会えるのを嬉しく思ってるような顔をしてたけど、目的の人物には会えたのかい?」


「皆ゾンビになってるんですよ? 会えてないですよ。彼女とは……」


 美咲ちゃんが会いたかったのは女性らしい。ゾンビになったら別人。美咲ちゃんが言いたいのはそんな感じの事だろう。俺の思考に似てきたな。


 ペットと飼い主は似てくるとは聞くけど。そうなると俺が飼い主で、美咲ちゃんがペットか。女子高生を飼育するとは、世間一般から見なくとも犯罪だろうけど。関係ないね。


 てか、ペットと飼い主は似るってよりは、元々似たのを飼うだけなんだよな。実際のところ。結局は人類、皆自分が好きなのさ。どんな綺麗事を並べても、最後は自分が大事。

 元も粉もない話だな。人前で話すにはお勧めしない考えだ。


「そうか、会えるといいね」


 なんて言って美咲ちゃんと別れた。人それぞれ何かしら悩みを抱えているものだと、改めて楽天家は感じ取った。


 悩みがぎっしりで頭痛が痛いような気分になってるのは自分だと自信を持って胸を張り、諦めのため息をついた。ニコチンが欠如した訳じゃないが、もう一本煙草でも吸ってやろうか。なんて、態度悪く思考し、最終的に体調を気遣い吸わないのだった。


 この学校一周して落ち着いたら、昼食だな。


 その後はこれからに備えよう。簡易的な予定を立て、かんなちゃんを探す美咲ちゃんの声を後ろに聞きながら、足を動かし始めた。

 学校一周くらいならそう時間はかからないだろう。そう、甘く考えて──

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