バレンタインから一ヶ月が経ちました
告井 凪
バレンタインから一ヶ月が経ちました
バレンタインから一ヶ月が経ちました。
あっと言う間だった、なんて言う人がいるかもしれませんが、私、
ことの発端はもちろんバレンタインデー。
「好きです。私と付き合ってください!」
捻りもなにもない直球な告白と共に、あの人にチョコレートを渡したのです。
あの人は受け取ってくれましたが、驚いて呆然としていました。
それもそのはず。
あの人とは同じクラスですが、二言三言しか話したことがありません。
正直私のことを認識していたかどうかも……いえ、さすがにそれはないと思うのですが。
とにかく特別仲がいいわけでもない女の子から、告白をされるなんて思ってもみなかったでしょうし、戸惑ってしまうのも当たり前ですよね。
だから私はこう言いました。
「答えは、今じゃなくていいです」
「……わかりました」
あの人は一言そう呟いて、頷いてくれました。
正直な感想を申しますと……あの人の反応はまったくわかりませんでした!
まともに顔を見ることが出来なかったから、というのもあります。
でもやっぱり、反応薄くないですか?
驚いてしまって言葉が出なかったんだとは思います。だけどリアクションがなさ過ぎて不安になりました。
告白はともかくとして、バレンタインにチョコレートです。もう少し嬉しそうに受け取って欲しかったです。
もっとも、そんなことをあの人に言うのは酷というものです。
だって、それが。
杉崎君は、とっても真面目な人です。
予習復習はきちんとしているみたいだし、宿題なんて忘れたことはありません。周りの男子たちがよく見せてもらっているのを見かけます。
杉崎君は少しだけ困った顔をします。たぶん本当は、自分でやった方がいいと言いたいんだと思います。でも彼は寡黙で優しいから、黙って宿題を見せてあげています。
女子の間でも、杉崎君は上手く利用されている、なんて言われています。
そういう面がまったくないとは言い切れませんが、少し違うのかなと、思うときがあります。
宿題を見せてもらった男子が、杉崎君にジュースを奢っているのを見たことがあります。そんなとき杉崎君はとても嬉しそうに笑うのです。奢った方の男子も良い笑顔でした。
ああいうのを見せられてしまうと、利用の一言で済ませてしまうことはできないのではないか、と思ってしまうのです。
私はこの頃から少しずつ、杉崎君のことが気になり始めていました。
杉崎君は真面目だけど、それだけではないようです。
パイナップルとペンとリンゴのあのギャグが大流行した時、当然教室では男子がよく真似をしていました。
みんながそれで盛り上がっている時に、私は見てしまったのです。
筆箱から取り出した、シャーペンと消しゴム。その消しゴムが……リンゴとパイナップルの形をしていたのを!
どこで見付けてきたのでしょうか、その消しゴム。
ですが彼はそれを男子に見せることなく、筆箱にしまってしまいました。
わかる、わかりますよ杉崎君。
恥ずかしくなったんですよね? 笑ってもらえるか不安になったんですよね?
告白してしまうと、私もクラスの中心にいるような明るい女の子たちとは少し違います。
あまり自分では認めたくないことですが、私はいわゆる平均的な女子です。
クラスの中心的女子グループに遊びに誘われることもあれば、誘われないこともあります。
特別嫌われているということはないみたいで、ホッとはしていますが、誘われない限りは中に入っていくことができない距離にいます。
たまにそれを歯がゆく感じて、なんとかきっかけを作ろうと考えるのですが、どれも実行に移せません。
杉崎君のことを本格的に気にするようになったのは、消しゴムを隠すところ見てしまったこの時です。なかなかクラスの中心に入っていくきっかけが掴めない、私自身と重ね合わせてしまったからでしょう。
杉崎君は真面目だけど、やっぱりみんなと遊びたいみたいです。
あれは秋の文化祭の後のことでした。
希望者で打ち上げに行こうという話になりました。
私はこの時はちゃんと誘って貰えたので、行くことに決まりましたが、杉崎君は誘って貰えていませんでした。
それもそのはず、行き先はカラオケです。杉崎君がカラオケに行くイメージが湧きません。
でも……それでも、杉崎君は盛り上がっているクラスのみんなのことをぼうっと眺めていました。
僅かに手を上げようとして、やっぱり下げてしまいます。
そんな杉崎君を見て思わず、私はみんなから離れて杉崎君に声をかけました。
「杉崎君も、カラオケ行きたいんですか?」
「えっ……はい」
「おぉ? マジ? なぁ、杉崎も行くって! 一人追加な!」
私の声が男子の一人に聞こえたみたいで、予約の電話を入れている別の男子に大声で伝えてくれました。
杉崎君はその男子に肩を組まれて、輪の中に入っていきます。
その時に杉崎君は小さく頭を下げてくれました。
「ありがとう」
杉崎君は笑顔でした。
この時私は気付いたのです。気になる存在だった杉崎君のことが、好きになっていることに。
彼の行動を目で追うようになりました。
真面目で、不器用だけど、みんなと仲良くなりたい。
時間はかかっても、一年近く経てばクラスの男子ともよく話すようになっていました。
よかった。本当によかった。見守っていた私は嬉しくなりました。
私は彼の頑張る姿が好きみたいです。
その頑張りが報われたから、私も嬉しかったんです。
だから私も頑張ることにしました。
バレンタインに、人生初めての手作りチョコです。
これが意外に難しかった。
手順通りに作ればいいはずなのに、一度失敗してしまいました。
慌てて材料を買い直しに走りました。
前日の夜とかに作らなくてよかったと、心の底から思いました。
想いを込めて作ったチョコレート。
私は頑張って、気持ちを伝えました。
だけど。
彼は返事をくれません。
長い長い一ヶ月が始まりました。
教室での彼は本当にいつも通りでした。仲の良くなった男子と少し話して、宿題を見せたり、ジュースを奢ってもらったり。
私とも目があったりしますが、特に普通で、動揺もなにもありません。
むしろ私が挙動不審で友だちに心配されました。
ダメならダメで言って欲しい。でも言われたら私は死んでしまうかもしれません。
……いえ本当に死んだりはしませんが、それくらいショックだという意味です。
早く答えが聞きたいけど、聞くのが怖い。毎日ずーっとそのことばかり考えていて、さすがに苦しくなってきました。
バレンタインから一ヶ月が経ちました。
ひたすら待ち続ける日々でした。
でもそれも終わりです。
ホワイトデー。私は杉崎君に呼び出されました。
「これ、バレンタインのお返しです」
「え? あ、はい……」
渡されたのは、リボンで結ばれた小さな袋でした。
どこにもお店のロゴは入っていません。
「クッキーです」
「ありがとう……ございます」
「手作りです」
「そうなんですか。…………えぇ? 手作り? 杉崎君の?」
「はい」
ま、まさか手作りクッキーのお返しが来るとは思いませんでした。
さすがに混乱してしまいます。
「ど、どうして手作りを?」
「安藤さんから手作りチョコをもらいましたし、ホワイトデーには手作りのものを渡すのがいいと、友だちに聞いたので」
「えーと……」
それはバレンタインの、女の子側の話ではないでしょうか。
ホワイトデーではそんな話聞いたことがありません。
もちろん手作りは嬉しいですけど。
「ちなみに誰から聞いたんですか?」
「正一君からです」
「ああー……」
正一君は、よく宿題を見せてあげているあの彼のことですね。彼なら適当なことを言いそうです。
真に受けてしまう杉崎君も杉崎君ですが。
「そっか。……本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
「…………」
「…………」
えっと、もしかしてそれだけでしょうか。
まさかとは思いますが、告白したこと忘れているなんて、ないですよね?
確認した方がいいんでしょうか? でもなんて聞けばいいんでしょうか?
「あの、杉崎君――」
「――それが返事と言うことで、お願いします」
「……はい?」
台詞が被ってしまって聞き取れなかったわけではありません。きちんと聞こえていました。
この手作りクッキーが返事。
……面食らってしまった私に非はないと思うのです。
告白の返事、ということなんでしょうか?
そうだとしても、どう解釈したらいいのかわかりません。
私が困った顔をしていると、さすがの杉崎君も伝わっていないことに気が付いたのか、焦り始めました。
「あ、あの。本気なら手作りがいいと教わったのですが、間違ってましたか?」
「それたぶん、女の子側……バレンタインのチョコレートの話だと思います」
「あっ……そ、そうでしたか」
「それも彼……正一君から聞いたんですか?」
「はい。どうやら間違えて解釈してしまったようです」
なんということでしょう。
これはさすがに正一君のせい……とは、言い切れない気がしてきました。
杉崎君サイドの勘違いの可能性が濃厚です。
本当にクッキーを手作りしちゃうなんて――。
「……あれ? 本気って……それはつまり」
「はい。……僕も安藤さんが好きです。お付き合いをしたいと思っています」
「あ……え……えぇっ?!」
私は杉崎君の顔を正面から見ました。
顔が真っ赤です。同時に私の頬も熱くなっていくのを感じます。
杉崎君はやっと答えてくれたのです。
私の気持ちに応えてくれたのです。
「よ、よかった……」
嬉しい気持ちと、安堵の気持ち。両方が同時に襲ってきて、私はへなへなとその場に座り込んでしまいました。
「安藤さん? 大丈夫ですか?」
「う、うん。ごめんなさい。つい、気が抜けちゃいました。この一ヶ月、ずーっと返事を気にしていましたから」
「ごめんなさい。本当はもっと早くに返事したかったんです。僕も安藤さんのことが……ずっと、気になっていて」
「ほ、本当ですか? いつからですか?」
「文化祭の時です。一度優しくされたくらいでと、思われるかもしれませんが……。あのカラオケをきっかけに、クラスのみんなと色んな話をすることができました。安藤さんのおかげです」
「そうだったんだ……」
まったく気付きませんでした。完全に私の片思いだと思っていました。
ずっと見ていたのに。どうやら私の目は節穴みたいです。
「でもそれなら、すぐに返事してくれてもよかったんですよ? 一ヶ月も待ちました」
「ごめんなさい。ホワイトデーまで一ヶ月もあったので。僕も辛かったです」
「なるほど、そうでしたか。こればっかりは仕方ないですね。…………んん?」
ホワイトデーまで一ヶ月もあった?
告白の返事にはなにも関係無い気がします。
「杉崎君。まさかとは思いますが」
「なんでしょうか」
「ホワイトデーに返事をしなきゃいけないって、思っていませんか?」
「……ホワイトデーに返事をするのが礼儀だと教わったのですが……」
「あはは……そういうことでしたか」
やっぱり。間違いありません。
杉崎君は色々と勘違いしていたようです。
正一君も教えるならきちんと勘違いのないように……と、彼を責めるのは酷でしょう。
きっと杉崎君側もすべては伝えてなくて、正一君も把握できていない状態で答えたんだと思います。
勘違いはあったけど、杉崎君は杉崎君なりに頑張って、私に返事をしてくれました。
手作りクッキー。きっと大変だったに違いありません。
見ると、杉崎君はまた慌てた様子で、
「あの、やはりなにか間違ってましたか?」
「少しだけです。問題ありませんよ」
「そうですか? ……僕はどうも世間知らずで、色んな勘違いをしてしまうようなんです。だからもし間違いがあるのなら、教えて欲しいです」
「あはは、わかりました。それじゃあ、一緒に頂いたクッキーを食べながら、お話ししましょう」
「でもそのクッキーは安藤さんに」
「いいんです。一緒に食べたいんです」
場所を移して、私はクッキーを食べながら杉崎君の勘違いを訂正してあげました。
杉崎君はすごく恥ずかしそうで、私に平謝りでしたが、私はずっと笑っていました。
長い長い一ヶ月だったけど、今となっては笑い話。
せつないせつない片思いの時間は終わったのです。
「バレンタインからの一ヶ月間。きっとこれも、いい思い出になります」
最高のホワイトデーをありがとうございました、杉崎君。
ただ……杉崎君のくれた手作りクッキー。
これだけは内心ショックでした。
だって、とても上手で美味しかったから!
自分の作ったチョコレートが恥ずかしくなりました。
いつかリベンジします。必ずです。
バレンタインから一ヶ月が経ちました 告井 凪 @nagi_schier
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