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 どうしてだろう。

 アタシは、なぜかあの泉雄貴が「ロックン・ロール・スター」の歌詞を写していたことが気になった。そのせいで、アタシはウォークマンで『モーニング・グローリー』と『タイム・フライズ…1994-2009』をヘビロテするようになってた。オアシスはそれしか持ってなかったから。

 それにときおり彼がノートを開いてるのを盗み見るようになっていた。ノートに書かれた詞。それは確かに見間違いなんかじゃなかった。ある日には「ライラ」、またある日には「モーニング・グローリー」、「ホワットエヴァー」、「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」、「ソングバード」、「アイム・アウタ・タイム」とたしかにオアシスの詞が写されていた。

 またある時は、日本語の詞も書かれていた。その曲が何かは分からなかったけど、ノートの上にはタイトルのように『イカロス』だとか『シスターズ・ルーム』だとかいうように名前が付されていた。

 どうして彼が気になるの?

 それをアタシなりに分析してみたけど、納得のいく答えは出なかった。でも、しいて挙げるなら、中学のときのアタシを思い出させるからだと思う。 

 高校デビューってワケじゃないけど、アタシは転校してからというものの、無駄にツッパることをやめた。学校に反抗して、ロックンロールをしようなんて、そんなこと考えなくなった。本当はやりたかったハズなんだけど、もうそんなことを一緒にやる仲間は、どこにもいないから。だからアタシ、もうフツーの高校生になってた。エレンを苦しめたフツー。真哉がぶち壊そうとしてたフツー。アタシとクリスとで刃向かったフツー……。

 いま、アタシはそれだった。フツーの女子高生だった。たまに友達と隣町まで買い物行ったりとか。クッソツマンナイ恋愛映画見たりとか。物の試しに軽音部の男とデートしてみて、すっかりゲンナリしちゃったりとか。ホント、つい最近まで嫌っていた人種に成り下がっていた。

 だから、気になったんだと思う。そういうフツーの波みたいなモノに、一人だけ我関せずって雰囲気で立ち尽くしてる彼が。教室を流れるスクールカーストとかフツーって水の中、ぽつんと岩が一つ立ちすくんでいる。苔むして、異彩な雰囲気を放ったそれが。

 アタシもかつてそんな岩の一つ。いや、流れに逆らう魚の一匹だったけど、今は違う。だから、気になったんだと思う。


 アタシと音楽の微妙な恋愛関係は続いている。アタシは音楽を振ったはずなのに、まだ好きの気持ちをズルズル引きずってる。だから、たまにライブハウスなんかに来たりもする。

 ある土曜のことだった。半日授業が終わって家に帰ってから、アタシは着替えて隣町まで出かけた。

 その日のアタシは、赤と黒のミニスカートに、ニルヴァーナのTシャツ。その上にパーカーという格好だった。首には愛用のヘッドフォンをかけて、髪には青いエクステをつけた。どうしてか、今日は髪を伸ばしたい気分だった。昔の、あのころを感じたかったんだと思う。本当に音楽が楽しかった時を。

 そうして電車に乗って、夕方には隣町まで着いた。そのあいだ、アタシのウォークマンはずっと『モーニング・グローリー』を流していた。アタシがオアシスをここまで聴き入るのは、かなり久々なことだった。

 ライブハウス・オーバーチュアー。そこがアタシの目的地。序曲オーバーチュアーの名を冠したこの店は、繁華街の一角にある。この辺じゃ名の知れたライブハウスで、ここからメジャーデビューを果たしたバンドも何組かある。

 アタシの目的は、ここで開催されるバンドコンテスト。実は、アタシの好きな『サフラゲット・シティ』ってバンドが、ここでトリをつとめることになっていた。アタシは今日、それを見るためにここへ来た。

 五時半に開場して、アタシが着いたのがだいたい四十五分ごろ。そのころにはもうだいぶ人が集まっていた。開演は六時だし、そろそろ盛り上がってきてもいいころ。

 アタシは奥の席に陣取って、一人ドリンクを飲んでいた。ていっても、まだ未成年だから、コーラなんだけど。

 しばらくして開演。トップバッターは『時速六〇マイル』ってバンドだった。ポップって感じで、爽やかな雰囲気。下手くそじゃないけど、アタシの好きな音楽じゃなかった。

 それから次に『コミュ力欠乏症候群』とかいうバンドが登場。年のいったメンバーが多くて、アニソンのカバーとかやってた。ギターはうまかったから、まあ比較的見てられた。

 そして三組目の登場。

「続いての登場は、『シスターズ・ルーム』だ!」

 って、支配人が叫んだ。

 アタシ、その瞬間に頭のなかでいろんなモノがつながり合うのを感じた。それは回路がようやくつながって、一つの電球にエネルギーを流し込むような。ひらめきの電球がパッとついたような。運命のパズルが最後のピースを得たような感覚だった。

 シスターズ・ルーム。

 そのバンドが現れたとき、アタシは驚かざるを得なかった。

 ギタリストの女性はは、ヴィンテージもののエピフォン・カジノを構えてやってきた。きれいって言うか、かわいらしいって感じの女性。ゆるくパーマがかった焦茶色の髪を揺らし、彼女はステージへ。学生服を来ていたけど、もう少し大人な雰囲気がした。

 ギタリストと対になって現れたのは、ベーシストの長身の女性。クリスと同じリッケンバッカーを持ってたから、アタシびっくりした。背が高くて、寡黙な感じで。並ぶとビートルズみたいだけど、でもザ・フーのジョン・エントウィッスルにも見えた。

 そしてドラマーは男性だった。ツンツンの茶髪で、どこか真哉を思わせた。でも、見かけの荒々しさの一方でちょっと礼儀正しそうな雰囲気もあった。

 で、問題はボーカルだった。

 学生服を身にまとったバンド。その一番前に立っていたのは、なにを隠そうあの泉雄貴だったのだ。彼はウチの高校の制服を着て、マイクの前に立っていた。

 アタシは驚きを隠せなかった。ウソでしょ? 彼がバンドを? しかもボーカル? 

 薄々感づいてた。でも、わかったときの驚きに変わりはなかった。

「どうも初めまして、シスターズ・ルームです。早速ですが、まずはオアシスからこの曲を」

 ギタリストの女性が優しく告げる。

 そして次の瞬間、ボーカルとともに曲が始まった。

 「アイム・アウタ・タイム」

 オアシスの一曲から、そのバンドの演奏は始まった。


 それから彼らの演奏はオリジナル曲に続いた。「イカロス」と「シスターズ・ルーム」と名付けられたその曲は、まるでオアシスのコピー。でも、アタシは不思議とその曲に惹きつけられていた。

 「イカロス」は「ロックン・ロール・スター」とか「ロール・ウィズ・イット」、「モーニング・グローリー」みたいなギターサウンドの効いたノリのいい曲。「シスターズ・ルーム」は、フルアコの暖かい旋律が奏でる優しい曲だった。

 どうしてだろう。第一軽音部のオリジナル曲を聴いたとき、アタシは何にも感じなかったのに。だけどアタシ、彼らの曲を聴くと泣きそうになった。

 どうして? 泉君の姿が昔のアタシとかぶるから?

 そうかもしれない。でも、それだけじゃない。彼らが、なんだか心底楽しそうに弾いてるから。だからアタシ、泣きたくなったんだ。


 それからアタシは、お目当てのサフラゲット・シティまで見続けたんだけど、頭の中はシスターズ・ルーム一色だった。コンテストの優勝もサフラゲット・シティだったのに、アタシはそれより彼のことが気になって仕方なかった。

 コンテストが終わり、オーバーチュアーは少しだけ静かになった。店内にはBGMとしてザ・フーの『ロックオペラ・トミー』が流れている。曲はちょうど「アンダーチュアー」だった。

 なんとなく、アタシにもわかってきていた。

 いままでウジウジしていた自分。吹っ切れずにいたアタシ。運命に翻弄されて、失望してたアタシ。

 ねえ、聞いて、奏純。アンタは、自分のやりたいことがしたくて、バンドを組んだんでしょ? 我慢してらんない性格だから、自分で行動を起こしたんでしょ? 南奏純っていう人間は、いつだってそういう存在だった。自分の好きと、周りの好きを巻き込んで、行動していくのがアンタだった。でも、いまのアンタはなに? そんなんで真哉たちに顔向けできるの? どうして動き出さないの?

 ――どうして動き出さないの?

 二年前もそうだった。

 あのとき、アタシはギターを壊せなかった。

 真哉に最後まで思いを伝えられなかった。

 誰にもサヨナラを言えずに出て行ってしまった。

 アタシは、曲だけをみんなに残して、自殺したんだ。

 ――もう、それは繰り返さない。

 思い立ったが吉日っていうけど、アタシはそれは正しいと思う。少なくとも、かつてのアタシならそう言うと思う。

 アタシの足は自然と彼の方向に向いていた。泉雄貴。彼と話したい。彼とバンドの話をしたい。もう一度音楽をしたい。アタシ、もう一度音楽をやりたい。

 南奏純って言うレコードは、まだB面に入ったばかり。そうでしょ?

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ストレイ・キトゥンズ 機乃遙 @jehuty1120

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