苦楽と共に貴方はあった
「ミゾレ班長、君は――」
「失礼させていただきます」
中央大通りへと繋がるアーケードの影にルクフツァリヒの姿が見えた。
アレがコイツと鉢合わせて面倒にならなかった試しがない。
踵を返す。
広場を横切り向かいの通りに出よう。
私を呼び止めんとして口を開いた
「すみません! 彼女、極度の対人恐怖症で……ご無礼とは重々承知の上で申し上げますが、今は時を改めていただけますと助かります」
「……君は」
「昨年度、彼女と同じ隊に所属していた第二クラス
口早に名乗るだけ名乗って後を追ってくる。
そもそも彼がここに現れたのは私にお節介を焼くため……というか、広場の先で休むよう彼に勧められて私は会場を離れたのだ。
昼食分の料理を会場からくすねてくるというので、その間に
私の何をそんなにも気に入るのかはいまだによく分からないが、どう事を運んでも最終的には好意で返してくるルクフツァリヒは
――対面のアーケードを抜けてすぐ。
右に曲がって振り返る。
「うわっ!」
真後ろに迫っていたルクフツァリヒが間抜けな声を上げた。
そうして確かに驚きながら――私に追い付くために直前まで走っていた筈のその勢いを上手く殺し切り、両手に持った大皿の料理を欠片だって落とさない辺りがこの男の侮れないところである。
――突出した反応速度とバランス感覚。
成長すればこれに相応の体格が加わるのだ。
戦闘時における鬱陶しさは類を見ないほど。
憎らしいことこの上ない。
思い出してはつい顔をしかめてしまう。
ともかく、放っておくと余計なことまで
「勝手なことを言わないで」
対する彼はきょとん顔。
何を指してのことかを理解していないのではない。
むしろ私の抱える苛立ちが、今目の前にいる自分とは無関係であることを十全に理解しているからこその反応である。
「さっきの相手に何かされた?」
「…………」
「それで俺に八つ当たり?」
何かしたのは私だし、本人と言えば本人が相手なのだから八つ当たりとも違うが説明のできる内容でもないため黙る他ない。
否定の言葉を持たない私の沈黙を肯定と受け取ったルクフツァリヒはニコリと笑みを浮かべてみせる。
クッソ! 腹立たしい!
「とりあえず座ろうか。食事を取って休んだら少しは気持ちも収まるかもしれない」
ほんの僅かながら威圧を含む――それに私が反応せざるを得ないことを知っているのだ。
彼が一歩前に進めば反射的に足を引いて距離を保つ。
過去を塗り潰すほどに繰り返し記憶に刻まれた死が、その場に留まることを否が応でも認めない。
そうやって、背後にあるベンチへと誘導されていることを私は知っているのに。
意地1つ張れず、ベンチの縁に引っ掛かる。空を掴もうと手を伸ばす。無様にも。後ろ向きに倒れ込むようにして腰掛けた。
あまりに惨め。
「ほら、今の君はこんなにも周りが見えてない」
「…………」
「落ち着いて、食事を取って、その後で、まだ気が収まっていなかったら文句だろうと愚痴だろうといくらだって聞くよ」
隣いいかな?
打って変って私を気遣う柔らかな声音に、今更な意地を子供のように張ってだんまりを決め込む。
今、口を開けば私は私の全てをさらけ出すことになるだろう。
弱く、醜い。憐れな
沈黙を肯定と受け取る彼は慎重にこちらの様子を伺いながら腰掛けた。
差し出された大皿にはパンが2品――と、パスタが1品、サラダとデザートは3品ずつ。彼は1人1皿ではなく2人で2皿の計算でいるから、これにもう一方の、肉料理を中心に盛られた大皿が加わる。
……半分以上はルクフツァリヒに食べさせよう。
本人もそのつもりだろうし。
「毒見」
不要な行為であることは確認済みだが、やらないと落ち着かないルーティン。
頼むというには我ながら尊大な一言に彼は一度は首を傾げたもののすぐにこちらの意図を汲み取って「構わないよ」と頷いた。
本当、この男は私の何をそこまで気に入って戯れに付き合うのか。
皿と手の間に挟まれたフォーク2本を抜き取る。
順番に咥えるよう指示すれば素直に従う。
内1本を自分の舌でも確認してから巻き付けたパスタを食べるように言っても同じ。
安心していいのだと言い聞かせるように彼は従順な態度を見せる。
「ルクフツァリヒ」
「うん?」
口を開いてはみたけれど言葉が続かなかった。
「……何でもない」
首を横に振る。
私の代わりに何かを言おうとした彼に次の料理を突き出せば、大人しく口に含んで黙る。
拒めば踏み入って来ないのがこの男の良いところである。
「ミゾレ」
「何」
「呼んでみただけ、なーんてね」
……まあ、踏み入って来ないだけで態度同様大人しく引き下がるかというと、そういう訳でもないのだが。
へらりと笑った相手の
「いっ!」
「……ふん」
痛みで前のめりになったルクフツァリヒの手から皿を1つ受け取って私は食事に移ることにした。
八つ当たりじゃない。
正当な仕返しである。
回復するなり毒見を名目に、まだ手を付けていない肉料理についても食べさせろと暗に催促して来た彼の口元へ仕方がないのでミートボールを運んでやりながら。
「うーん……不味くはないけど微妙」
「そう」
「これなら前にミゾレが作ってくれたやつの方が美味いなぁ」
当然のことを言う。
そのうるさい舌を黙らせるために何度、試行錯誤を繰り返させられたと思っている。
言えない言葉は、やっぱり、料理と共に呑み込む他ない。
百万回の死 探求快露店。 @yrhy
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