遥か彼方に心は遠く。

辿り着くためにどんな道を通るのか。




何かを目指す者にとって、


それはきっと決められたものではない。




敷かれたレールの上、


どこから外れていくのか。


地を踏みしめていくのか。


闇雲に道を作っていくのか。




しかし


青春の出会いに見つけた道など、


浅くはない展望と思っていても、


安易な血路としか言えないものである。




ただ出会いを別れに終わらせること。




そんな当たり前のことが、


当たり前にできなかった。




ただ一人の男が辿り着いた。


道の果てまでの軌跡の記憶の記録。




何度も冬を越え春を迎え、


幾度の春を迎え夏が過ぎ、


密かに夏が過ぎ秋が訪れ、


再びの秋に冬を超える心を整える。




どれだけ冬を越えてきたのだろう。




これは旅だったろうか。


それは探検だったろうか。


どんな冒険だったろうか。


それとも日常だったのだろうか。




歩いた軌跡に記憶あり、


心が宿っているのだろう。




記憶の数だけ心があった。




その心は置き去りに、


新しい心を持って歩いてきた。




様々な感情を抱き、


多くを経験した心を持ち、


いつまでも未完成のままで、


ゆっくりと歩いてきたのだ。




「こんなところまで来ちまったか」




終わりかけのノートに、


書き連ねられたメモ書き、


ただの日常の一端の記録。




少し読み返すだけで、


積み重ねてきたものが、


ここまで歩んできた道が、


自分の過去が呼び起こされる。




こんなことがあった。


あんなことがあった。


そんなこともあった。




記憶の回廊は巡り、


やがて楼閣へと至るのだろう。




素晴らしく高いそれは過去にこそある。




積もり積もったメモ書きは、


高く聳えて存在を増していき、


立派な雰囲気を醸し出している。




誰しもがそれを作っている。


誰しもがそれを知っている。


誰しもがそれを持っている。


誰しもがそれを見るかもしれない。




楼閣とは、


自らの映し鏡なのだ。




積み上げたものは、


自らが歩んできた軌跡で、


自らが知ってきた過去で、


自らの感じてきた想いである。




記憶の楼閣とは、


自分そのものなのである。




きっとその楼閣には、


果てなく見えるようで、


終わりのある多くの道がある。




選ばなかった道は、


想像の果てに消え、


塵芥のように沈んでいく。




遠く遠くのその先へと来た。




のびた軌跡に膨らんだ記録。




遥か彼方、


その場所へ確かに歩んできた。




それを自らに知らせる揺るぎない証左。




遠い昔、


この場所へと至ると決めた心を残し、


進むと決めた心を持ってきた。




ときに彷徨って、


ときに戸惑って、


ときに立ち止まって、


それでも選び続けた。




そんな彼が辿り着いた春。




それは、


彼の軌跡によって作られた春なのである。








読み返していたノートを閉じる。




何事もなかったような、


そんな空気が肌を撫ぜる。




「今日はいいか」




何事があったのなら、


それは全て過去のことなのだろう。




「何も書かないの?」




見慣れた彼女が覗き込み、


置かれたペンに目を移す。




「そんな日があってもいいだろ」




何もない日だってある。


それだけの道を進んだのだから。




もう少しゆっくり歩いてもいいだろう。




彼と彼女が、


せっかく二人で迎えた春なのだから。








季節が過ぎれば、


彼らはまた道を進んでいくのだろう。




あの遥か彼方の終わりまで。


あの心を決めた始まりから。




どんな軌跡を描くのか、


それは彼らだけが決められる。




始まりの心を置き去りに、


遥か彼方を目指せる場所。




そんな場所に辿り着いた彼、


いや彼と彼女の物語に名前をつけるのなら。





遥か彼方に心は遠く。

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遥か彼方に心は遠く。 ハイレン・ガーシュエシオン @HAIREN

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