秘密基地

だらけネコ

秘密基地

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ

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ぽつりと、上から水滴が落ちてくる。

何気なく外を見ると太陽がのぞく中、音のない、細やかな雨が降っている。

そばにある田にある稲に水滴がついては落ち、ついてはオチを繰り返している。

外の様子を何気なく見ながらゆっくりと、ゆっくりと深く、深く息をする。

夏はとっくに過ぎ去り、秋となり、冬が近づいているこの日。薄いワイシャツの上から軽く腕を擦る。

どれだけ擦っても冷たいのは気のせいか。水のしみ込んだスニーカーをぼんやりと眺める。






ぎぃ…と軋むような音がして暗い室内に窓以外からの明かりが差し込む。


「やーっと、見つけた」


少女はそう言って苦笑しながら少しずつ、俺に近づいてくる。

体育座りをして小さくなっている俺の横へ、彼女も同じように座る。


「…何の用だよ。つか、こっちくんな。うっとうしい。」


「幼馴染のお姉ちゃんにそんな口きいていいと思っているわけー?」


彼女は笑いながら俺に話しかける。


「アンタ、落ち込んだらここに来る癖まだあったのねー。おかげで探しやすかった」


優し気なその笑みが、今の俺にはどうしようもなく、哀しくて。


「で、今日はどうしてここにいるの?」


「関係ないだろ。お前には」

そう吐き捨てて、膝に顔を埋める。


「あの子と喧嘩したらしいね」


「……」


知ってんじゃん。やっぱり


「懐かしいね。昔、三人で一緒にここで秘密基地を作った。小さくて、でも私たちにとっては宝物だった。じいちゃんたちには呆れられたけど。」


そう、宝物だった。この場所は。

当時小学1年生だった俺とアイツと、2つ年上のこいつで作った秘密基地。近所のじいちゃんの持っている田のそばにあるこの小屋は当時すでに使われていなくて、俺たちはそこでいろんなことをした。


当時はやっていたカードゲーム。嫌々やった宿題。持ち込んだお菓子。

・・・・でもその痕跡ももうここには残っていない。


あれからもう14年、俺達はもう20歳になった。隣に座っているこいつはもう22歳。俺たちは大学生。こいつは立派な社会人だ。




「アンタはさ、どうしてその場所に行きたいの?」


「…夢だったから。」


「そっか…。」


秘密基地で夢見た正義の味方。昔から、そんな存在に憧れていた。


「親には感謝している。私立の大学に通わせてもらっていることも、色々な特別講座を受けさせてくれていることも。だけど、あっちに行って…なりたい。あっちは規模も大きいし、何よりもやりたいことがある。」


「こっちじゃ…できない?今通っている専門に関係した会社とかも、ダメ?」


「…ずっと考えていた道だから。やっぱりこれじゃないとだめだ。だけど、これを親に話したら反対されて…。」

「たまたま家に来ていたあの子にも反対されて喧嘩した。」



続けられた言葉に小さく頷く。

先ほどから落ちてくる水滴のせいか、その部分から少しずつ冷えていく。


「みんな心配なんだよ。アンタが一人暮らしできるかー、とか。こっちにいてくれたほうが安心するー、とか。」


「俺の気持ちはどうなるんだよ。」


強く、息を吐き出す。


「心配されているってのは分かっている。でも、俺の気持ちは?ずっとずっと憧れていたのに、やっとそれに手が届くかもしれないのに、俺の思いは無視かよ!?」


勢いに任せて立ち上がる。あの頃は届かなかった天井に届きそうだ。


「…そうだね。一番大切なのは、アンタの気持ちだ。アンタが後悔しないって言うなら私も応援する。」


「姉ちゃん…」


彼女はクスリと笑って立ち上がる。


「久しぶりだね、アンタにそう呼ばれるの。」


少しだけ、目線が低い彼女を見下ろす。あの時は見上げていた彼女、でも、もう変わってしまった。


「行こう。きっと理解してもらえるよ。…いや、理解してもらうまで何度でも何度でも説得し続ければいいんだよ。」





昔から憧れていた姉ちゃんは今でも頼もしくて。

昔から喧嘩ばかりしていてアイツは今でもお節介な奴で。





姉ちゃんの後を追いかけて小屋を出る。頭をぶつけないように外に出るとふと思い出した。落ち込んで姉ちゃんに腕を引かれたとき、いつも袖を濡らしているのを見られていたこと。


彼女は笑いながら振り返る。


「アンタ、また泣いていたの?」


「ちげぇよ、さっきの雨で濡れたんだろ。」


「ウソ、寂しかったんでしょ?」


「だから、ちげぇって!!」


昔と変わらない軽口を叩きながら少しだけ痛い目元を擦る。振り返ると、今も変わらない秘密基地。


14年たった。俺たちはずいぶん変わってしまった。

きっとこれからもっと変わってしまうだろう。



それが少しだけ悲しくて、俺は少しだけ濡れた袖を見つめた。



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秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ

わが衣手は 露にぬれつつ


(秋の田の傍にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れてゆくばかりだ。)

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