マスキング・マスタング・ソルジャー・ベイビー

罰点荒巛

赤ちゃん戦争 Goodby stork Goodby





そこは寝室だった。

ずらりと川の字に並んだ真っ白なベッドとその脇にくっついている真っ黒な機械群はバーコードか、それともピアノの鍵盤か。

三次元幾何学図形を複雑に組み合わせたかたち-無重力空間で積み木をしたらそうなるかもしれない-をした戦術潜水艦の船内。ホテルの一室にしては水平方向に細長すぎる室内、その床からぼくは現れた。

それに続けて他の十数名の人間たちが床面から現れる出てくる。

減圧症を防ぐ錠剤を口に放り込んでいるベンジャミン。

階下からのエレベーターは直接、個人指定された場所に到着するため船内で迷うことはそうそうなかった。




五年前、彼等は海底二万マイルから出現した。

怪人たちはほとんどが異形頭であり、人間よりも強靭な肉体と運動能力を優れていた。また未知の言語を使用しており、彼等は人類殺戮を遊戯としている節がある。研究によれば、彼等の細胞からは他の生物の変異した遺伝子が見つかり、その中にはヒトのゲノムも一部も含まれていたことが明らかになった。学者たちは彼等の正体をヒト型のエイリアンだと公式発表していて、多くの人々もそれを信じているが、ほとんどが嘘っぱちだ。

ぼくは知っている。

彼らが元は人間であるということを。

彼らは仮面を被った、かつての同胞たちであることを。

だが、もうこの掃討作戦は佳境に差し掛かっている。この後に及んで、ぼくたちが人間同士で殺しあっていたと言う事実を露呈させても手遅れだ。

最後の最後までその事実を知っているのが、唯一現場でぼくだけだとしたら全くお笑い種だ。少なからず、この部屋にいる全員は気づいているはずだ。

そして、特にこのマスクを開発した連中が知らないわけがなかった。

マニピュレータが仮面をぼくの顔にあてがう。

仮面は、ぼくたちに見るべき現実を見せ、ぼくたちに見なくていい現実を見せない。

マスクを嵌めることによって、戦士たちは憑依トランス状態に入る。

彼等と同じように。

いつもの自分ではない、その時だけは別の自分が降りてくる。

彼等と同じように。

ぼくならざる人格ぼくが、本来のぼくという自己を覆い隠してまう。

彼等と同じように。

マスクはキメラ水棲生物の強化遺伝子コードが含有されており、それが人体に送信され、人間強化プロトコルに入移行した。

〈soft:Leviathan〉のインストールが完了しました。

数分で、ぼくの身体はみるみるうちに水中の環境に御誂え向きの姿へと変貌した。まるで人魚だ。

それと同時に、殺戮者としてのぼくが目を覚ます。

この人格の同居から生まれる葛藤に耐えられるものでなくてはこの仕事は務まらない。

戦闘適応マスキング中のぼくには一抹の逡巡も躊躇もない。

というより、引き金を絞るのは無意識下で活動するもう一人のぼくであるため、ぼくは眠っているも同然だ。

ぐうすか眠ってる間に、いつの間にか任務は終了している。

もう一人のぼくは何処までも冷酷非道だけれど、ぼくにとっては他人事だ。

相手が仮面をつけた人間だとしても構いやしない。

ぼくはぼくの身体と精神を有料で軍に貸し与えているだけ。

ぼくはベッドの上に寝転がるようにして、フォルムが揺籠のような棺桶のような寝台カタパルトに身体を預けた。

「はじめまして。きょうの添い寝仲間のお二人」

「劉だ、よろしく」

「リアよ」

「よろしくお二人さん」

ほんとうの彼等と顔合わせできるのは任務開始のわずかな時間だけ。そのあとは、みんな我を忘れてしまう。

「今日はジョークを言う気分じゃないな。マジな話をさせてくれ。もし、もしもだ、彼等の仮面が外れたらどうする」

「どうするもこうするも、わたしたちも仮面を被ってるじゃない。彼等と同じように」

「じゃあ、ぼくらと彼等の仮面が同時に外れたら…」

「…そんなのありえない」

「そのときはそのときだ。嘘偽りのない真の決闘に身を投じるしかないさ」

ぼくは2人の口論をそう言っていなしてから、もう一度口をつぐみ天井を見上げる。

「殺す」ということは非人間的な状況だ。獣にもできるし、その進化の先に人間を位置づけるなら、人間もやろうものならできるだろう。

しかしながら、「戦う」という状況は人間にしかできない。

自らの意志で無力化するという行為は、最も人間らしい。

ぼくらはそう言った人間らしい振る舞いができるように、倫理的ノイズに悩まされない冷静さを保てるように心ににも仮面をする。

自然人格から戦略的人造人格への責任転嫁。

つまりは自分が殺したのではなく、仮面の人格が殺したことにすること。

ではいったい、ぼくらがやっていることは「殺す」ことなのか「戦う」ことなのか。

「諸君、無駄なことは考えるなよ。怪人たちの闊歩する今、そう言った疑念は命取りになる。いついかなる時でも自分を信じろ」

そうだ、信じなくてらならない。

ぼくが目醒めた時に、もう一人のぼくが彼等を根絶やしにしていることを信じなくてはならない。

枕元からオルゴールアレンジのクレイジートレインが流れてきた。

この音楽がこのぼくに安楽を与え、もう1人のぼくを奮い立たせてくれる。

「さあ、おやすみの時間だ、ベイビー」

海水が流れ込み、ベッドルームは熱帯魚を飼っている水槽のように水で満杯になった。

とはいっても、魚の代役はぼくたちが演じるのだけど。

ハッチが開き、ぼくは水の中へと放たれる。

ひとときの夢の中へ。

深い深い眠りの淵の中へ。

これから現実に棲まう多くの怪人たちが骸になるだろうが、ぼくはすこしも気に留めなかった。

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マスキング・マスタング・ソルジャー・ベイビー 罰点荒巛 @Sakikake7171

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