作品群:エヴェレットの風見鶏

tojouma

Prologue:結末から始まる物語 2017/4/7公開

Prologue:結末から始まる物語 ①

時の記憶はパーティカルに纏まり淡く七色に輝いている。

フラクタルのように広がりながら、空間を捻じ曲げながらその先へと紡ぎだされ続ける。

枝葉を伸ばすように伸びるさまは、可能性を信じ先へと歩み続ける者を記す為なのだろうか。

幾星霜の、いや、無限に近い時の流れで絶えず止まる事は無かった。

初めから居た者であっても同じ事を語るであろうが、さりとてその意味を知る者は居ない。

だが、ここに私を含めて数多の者達が居るという事は担う物があるからだ。


この世界は、幾つもの名前を付けられ知的生命体を魅了し続けている。

何かの気まぐれで、ここへ降り立つ者も少なくはなく、何人たりともそれを拒まない。

辿り着いた者は、色褪せた思い出に彩りと追伸を書き記し、朧気な未来を見せては手を伸ばし歩み続けようとする。

ナビゲーターは、パーティクルから紡ぎだした記憶を本へとまとめあげる。

魅せられた者は、朽ちた後に永遠の役務と引き換えてパーティクルと語らう日々を過ごす。

それが、この”アウター”だ。


マリカイもその中の一人である。


笑って泣いて怒っていたあの日々が、美しいままに終わるのなら。

縋る思いはそれを追えず、伸ばすその手で誰も救えなかったのだから。

何もかもが過ぎ去り、静けさだけがただ虚しく残るのならば、切り取った1ページを胸にしまい込もうと。

綺麗な思い出だけでを抱き続けて、時は500年を過ぎようとした頃だった。


マリカイは一つの役務を終え、懐にしまっていた追憶のパーティクルを感じ取り、

擦り切れてボロボロになった魂を浸すよかように、美しき記憶の中に溶けていた頃だった。

一つの訃報が舞い込んだ。


「”彼女”がしんじゃいました! 」


悪夢から逃れるように、うつつへと引き戻されたマリカイの前に立っていたのは、

ピンクのワンピースを着て小さな革製のポシェットをぶら下げた、5歳程の小ささの幼い女の子だった。

オパールと琥珀色のオッドアイを見開き涙を溜め、腰まである亜麻色の髪は傷んだように空気を含みボサボサになっていた。

それを見てハッとするマリカイであったが、彼女と同じ時を短い期間ではあるが共に生きた。

なればこその、魂が導き出すヒューリスティックがそこにはある。


「エレナ、人を悲しませる嘘は言ってはいけないよ。」


マリカイは、エレナの頭に手を載せ父親のように諭した。

すると、エレナは首を横に振りながら、


「うそじゃないよ。”彼女”のワールダーがすぐにつたえなさいっていったもん。だから、いそいできたんだよ。」


エレナは、そんな事をする子ではないとマリカイは分かってはいた。

生まれて間もなくこちらの世界へ来てしまった。

ようやく一人歩き出来るだけの主観を手に入れられて、マリカイを父のように慕う部下なのだから。

だとするならば、嘘と真実の間には、何が存在するのだろうか。

切り取られた断片であるならば、全ては可能性の海に溶けて消える。

ヤキモキしたそんな思いが、マリカイの心をザワザワと揺らし始めた。


「なら、ワールダーからパーティクルを受け取っているはずだ。見せてくれないか? 」


エレナは、ポシェットの中からパーティクルラベルが貼られた瓶を取り出す。

そこに入っていたものは、封印されたパーティクルだった。


「これだよ。すぐによんでっていってた。」

「エレナ、ありがとう。」


頭を撫でながら瓶を受け取ると、エレナは笑みを浮かべて喜んだ。


「これがはじめてのおつかいなの? 」

「ああ、そうだ。上出来だよ。それじゃあ、読むから少し待っててね。」

「うん、わかった。」


パーティクルラベルがマリカイに訴え始める。


―重要秘匿事項に付き、ラベルが暗号化されています。閲覧権限は、レーサー及びのミグラトリーに限られます。


これは、志向性音声だ。ラベルや瓶は、指定した持ち主に確実に渡るように必ず語りかけてくる。


―承認が完了しました。ヒューマンレーサー・ミグラトリー・ナンバー45番・マリカイ。権限者です、ラベルを読み上げます。

―[緊急・極秘]オペレーション・ヴェルトハイマーにおいて緊急事態が発生しました。

―瓶の保持者は、今のオペレーションを中断しすぐにマリカイへ届けてください。

―認証が完了しました。名宛人です。開封にはスピリットキーが必要です。


マリカイは、焦る気持ちを抑えてコルクの上に指を置く。

スピリットキーはその魂の形が鍵になっており、その人物しか開けられない仕組みになっている。


―スピリットキーを認証しました。封を解除します。


コルクはマリカイの指を押し抜けるように瓶から外れた。

中に漂っていたパーティクルが、親指に吸い寄せされそのまま消えていく。

そして、意識はパーティクルに向けられ追憶が始まる。


マリカイの視界は揺らいでいく。

黙って見ていたエレナが不安げに寄ってくるが、意識の方向に抗えず感じるがままだ。


―主観時間と客観時間は違うんだよ。すぐに戻ってくるさ。


そう、言い宥めたかったが、まどろみの縁を伝うように、夢へと落ちるように意識が吸い込まれていった。

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