第9話 怖いですけど、でもいつかは初めてを乗り越えなくちゃいけないんですよね。
かつて、ヴァリアンツの起こした次元振動炉暴走テロにより、渋谷駅は半分が爆発に飲み込まれた。
次元振動炉は、幾層にも連なる多次元宇宙のひずみをエネルギー源として利用する。
振動炉が暴走すると、次元震動が発生、あたかも地震のように、震源地となった空間を破壊してしまうのだ。
結果、破壊されたのは町並みだけでなく、時間の流れも崩壊した。
過去と未来が交錯した空間に入った物体は、微粒子レベルから破壊される。
生物は入ることのできない時間流汚染区域と化したのであった。
が、それも一年が過ぎ、時間流の混乱はおさまりつつあった。
同時に、立ち入り禁止区域と化した渋谷駅周辺に、社会から逃れた人や、潜伏しているヴァリアンツが住み着き始めた。
簡単に行き来できないよう、区画を囲む鉄条網を超えて、侵入しているのだ。
彼らは、時間流汚染による死と隣り合わせの恐怖とともに、かろうじてその日、その時だけの命をつないでいる。
今、ピアリッジたちは渋谷スラム街の境界に立っていた。
すでに時刻は21:00。
あたりは闇に包まれていた。
「つい一時間前、講演会から帰宅する途中のエリシャとルカが襲撃された。
ヴァリアンツと思しき敵にだ。
防犯カメラ映像を追跡した結果、立ち入り禁止地域に逃げ込んだことが確認された。
キミたちには、そのヴァリアンツを探してもらいたい」
トビヒトの言葉に、三人のピアリッジは驚愕した。
「それってマジかよ?
いきなりそんなヤバいこと、ウチらができるわけねーだろ?
学芸会のマネゴトしか、したことねーんだぜ?」
真っ先に反論するミカル。
それを、サラが制した。
「とにかくやってみよう。
あたしたちだって、ひととおりの戦闘訓練は受けてるし、特訓だってしたじゃない。
相手がヴァリアンツだって、やられるとは思えないよ」
「オメーはノー天気だな!
今のウチらなんか、しょせんシロートじゃねーか。
まだ経験値ってのが、ゼンゼン足りてねーだろ」
「……行きましょう。
わたしは、ヴァリアンツと……地球の敵と戦うためにピアリッジになったんです。
お二人は、どうなんですか?」
「いきなり、何言ってんだ、マナセ。
現実は、オメーの好きなアニメじゃねーんだぞ?
ガチの殺し合いが、怖くないのかよ?」
「怖いですけど、でもいつかは初めてを乗り越えなくちゃいけないんですよね。
わたし、覚悟を決めました」
「ほ~ら、ほら、どう?
マナセだって、やる気になってるじゃないの。
ビビってるのは、ミカル、あなただけ」
「そんなんじゃねーよ!
ただ、もっとヨユーのある時にしてくれよ。
こんな急に、ヴァリアンツだとか、本当に安全なのかよ?」
三人の会話に、トビヒトが割り込む。
「悪いが、ヴァリアンツの対処が、ピアリッジの仕事だ。
我々も極力きみたちをバックアップするから、信じてくれ。
渋谷スラム街に突入するのは、キミたちだけじゃない。
周囲をわが社の警備員固めるから、キミたちが一番安全だ。
なにより、キミたちはピアリッジじゃないか。
力だって強いし、体も頑丈だ。
自信を持て!」
サラが答える。
「あたしたちの実力をみてください!
早く一人前になって、普通の人たちを守れるようにならないとって、いつも思っていたんです」
何か言おうとするミカルに、サラは真剣なまなざしを向けた。
「あたしたちピアリッジでしょう?
一緒にがんばろうよ!
お願い!」
ミカルはしかめ面でうなずいた。
***
トビヒトの言う通り、ピアリッジの周辺を、PMScに所属する武装警備員、十名が警備していた。
警備員と言っても、元は自衛官、警官など、銃器の扱いに習熟している者たちばかりである。
PMSc取締役のコネで、警備員たちには自衛隊の銃器が提供されていた。
先行して渋谷スラム街に潜入、偵察している斥候から、連絡が入る。
無線に乗ったノイズ交じりの声が聞こえた。
『こちら、斥候隊。
対象、一名を発見。
ヴァリアンツと思われる。
場所はCルートの第三ポイント。
本隊、どうぞ』
「こちら本隊。
進路はどうか?」
『対象は徒歩にて、Cルートの安全領域に沿って奥へ進んでいる模様。
数分後、第四ポイントに到達すると思われる。』
「了解。
本隊は第三ポイントへと向かう。
斥候隊は、その場で待機」
『斥候隊、了解』
トビヒトがピアリッジたちに言う。
「進むぞ、いいね」
「了解です!」
サラが答える。
緊張の面持ちで、ピアリッジと警備員は渋谷スラム街の奥へと進んだ。
第三ポイントへ到達した一行が見たのは、斥候隊の死体だった。
いずれも体を二つにされている。
空気が張り詰めた。
「そこにいる!」
悲鳴に近い警備員の声とともに、銃器が火を噴いた。
複数のアサルトライフルが吠える。
暗闇を曳光弾が貫き、まばゆい火線が走った。
異様なうなり声が間近に聞こえる。
黒い影が、膨れ上がり、警備員とピアリッジたちの前に立ちはだかった。
すさまじい銃弾の暴風をまともに食らいながら、黒い異形は倒れなかった。
猛獣のような咆哮が轟く。
強靭な腕が、警備員たちをひと薙ぎした。
生暖かい液体が、ピアリッジたちの頭上に降り注ぐ。
生臭いにおいが、立ち込めた。
紙きれのように人間の肉体を引き裂き、おびただしい銃弾を微風のごとく受け流す、まがまがしい怪物。
ヴァリアンツが、ついにピアリッジの前に、その獰猛な姿を現したのだった。
いつわりのピアリッジ 明日見が丘KY @tomorrow_hill
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