『オレオ』は今もそこにある
結城藍人
『オレオ』は今もそこにある
私は最初カクヨムには全く興味が無かった。天下の大KADOKAWAが新しい小説投稿サイトを始めるからといって、それが何だというのか。
確かに、KADOKAWA系列の出版社からの書籍化を夢見るワナビは凄い勢いで食いついていたし、先行する最大手小説投稿サイト「小説家になろう」(以下「なろう」と略記)が、ほぼ「異世界転生俺Tueee!」系の作品しか読まれなくなりつつある状況で、それ以外の傾向の作品を書いている作者達は、より多彩な傾向の作品が読まれる場になるのではないかと期待していた。
しかし、私はどちらにも興味はなかった。そりゃあ自作を書籍化するのは、作者なら誰だって夢見ることではある。だけど、そのために新しいサイトに行くほど渇望しているわけじゃあない。コンテストあたりに適当に応募しておいて、万一にでも通ったらラッキー、程度のものだ。
そして、当時私が「なろう」で書いていた作品は(いや、実は今でも連載中だが)、「異世界転生俺Tueee!」物だった。それでも全然大ヒットにはつながっていない(とはいえ、ブックマーク300弱は取れたのだから底辺とも言えない)のだから、新しいサイトに行ったって受けるはずがない。
そんな私がカクヨムに登録するきっかけは、ふたつあった。
ひとつは『ジャンキージャンクガンズ~鉄想機譚~』の連載開始。私がこよなく愛する『ナイツ&マジック』の作者様の新連載と聞いて、何を置いても読みたくなったからだ。
もうひとつは、私が「なろう」で交流している作者様が活動報告でカクヨムについて愚痴っていた内容に興味を持ったからだ。いわく「カクヨムは終わった」。わずか三文字の小説(とも呼べないようなシロモノ)がランキング上位にいるなんていう状況は、まともな小説投稿サイトではないというのである。
それを読んで、逆に興味を持った私はカクヨムに登録して、さっそくその三文字しかないという作品を見てみた。
その名は『オレオ』。
作品タイトルも、サブタイトルも、本文も、その三文字「オレオ」のみ。キャッチコピーは、そのまま同名のクッキーのキャッチコピー「ビター&スイートのすてきなおいしさ」そのまま。
それを見て、私はゲラゲラ笑った。
なるほど、これは応援したくなる。
そのときは、その程度にしか思わなかった。
だが、その後、事態は急加速していく。
カクヨム開始当初から望まれていたランキングシステムの実装。
それは、先行する「なろう」のランキングシステムの欠点を補うシステムになるはずだった。
「なろう」のランキングシステムは単純だ。読者がブックマークした数と、評価として付けたポイントの足し算である。それが多い方が上に行く。シンプル極まりなく、それゆえに不正もまた
特にポイントを付ける不正は、のちに『相互クラスタ』と呼ばれる大規模組織の存在が発覚するように、「なろう」に横行していたのである。
カクヨムのランキングシステムは、それを解消するはずだった。そのキモとなるのがページビュー(以下PVと略記)閲覧時間カウントシステムである。ただ★を付けるだけではランキングの上がりはよくないのだ。きちんと、その小説の文字数に見合う閲覧時間のあるPVがなければ、ランキングが上がらないのだ。
ただし、これは運営から公式に発表されたわけではない。ユーザーが解析した結果、このようなシステムではないか、と推測されたものである。推測ではあるが確度は高いと思われる。なぜなら、これは「なろう」で横行している相互ポイント融通や、複数アカウントによる不正なポイント付与を、ある程度防げるからだ。
少なくとも、このランキングシステムを導入した運営側の意図は、こうであったのだろうと思われる。
しかし、現実は斜め上の方向に行ってしまった。
ランキングが、完全に短編有利になってしまったのである。
当然であろう。短編なら、閲覧に必要な時間は短い。短時間の閲覧に★が付いただけで、ランキングを上げる条件を満たしてしまうのだ。
これが、本来書籍化を目指している作者層にとって巨大な不満と鬱屈になった。彼らは、書籍化を目指しているからには、当然のように長編を書いている。それが、書籍化のための最初の関門であるランキングにおいて、短編より不利に扱われているのだ。
その怨念と怨嗟は、カクヨム運営への不満となって現れた。ランキングシステムの問題を追及したエッセイが雨後の
そんな中に出てきたのが『オレオ』だった。
最初は、イロモノとして冷笑していたユーザーたちだったが、やがて、その巨大な可能性に気付く。
ほんの少しの閲覧時間しか要しない三文字しかない本文。つまり、これに★を与えればランキングの上位に行く。
かくして、『オレオ』はカクヨムのランキングシステムへの、ひいてはカクヨム運営への不満の象徴となった。
それは、雪崩現象だった。大勢が『オレオ』に★を与え、ランキングを駆け上がらせた。
どう考えても「SF」というジャンルに当てはまらない作品。しかし、それが「SF」部門のトップを取ってしまったのである。
カクヨムのランキングシステムや、運営に不満を持つユーザーは快哉を叫んだ。さほど不満はなくとも、面白いと思った野次馬ユーザーも、この怪挙を楽しんだ。
実は、私自身もそれを楽しんでいた野次馬ユーザーのうちのひとりである。そして『オレオ』に触発されて、二文字小説なんぞを書いてみたりもした。一応、タイトルとあらすじで振ったネタで、中国史を知っているなら、たった二文字でも笑えるオチにはしたつもりだったのだが、残念ながらひとりにしか受けなかった。
しかし、この『オレオ』の怪挙は、『真面目』にランキング入りや書籍化を目指しているユーザーにとっては我慢のならないおふざけであった。
第一回カクヨムWeb小説コンテストにおいては、読者選考はカクヨムのランキングシステムそのものが用いられていた。つまり、ランキング上位に入らなければコンテストで審査してもらえないのである。その一角を、あのようなふざけた作品が占めていていいはずがない。
『真面目』なユーザーの怒りと突き上げは、運営を動かした。
ある日、突如として『オレオ』はランキングから消えた。のちの解析によれば、三百文字以下の作品をランキングから一律除外するという措置が取られたらしいという。私の二文字小説も、永遠にランキングには載らない存在となってしまった。
だが、その措置は、今度は『オレオ』を支持していたユーザーの怒りを買った。そして、今度こそ『オレオ』は本当に反カクヨム運営の象徴になった。
三百文字以上の『オレオ』を書き連ねただけのオレオフォロワーが大量に投稿された。「オレオが消えた」ことをネタにした作品も次々に発表され、★を取っていった。
しかし、それだけだった。『オレオ』は二度とランキングには戻ってこなかった。やがてオレオフォロワーの動きも沈静化し、第一回カクヨムWeb小説コンテストのSF部門は、無難に『横浜駅SF』が受賞して、書籍化された。
そのことに失望して、多くのユーザーがカクヨムを去った。
ただの野次馬のひとりにすぎなかった私も、この『詰まらない』結果によってカクヨムに興味を失い、ただ『ジャンキージャンクガンズ』を読むためだけにログインする毎日を送っていた。
そんな私が再びカクヨムに興味をもったのは、「なろう」で交流を持つようになったユーザーうみ様と、その盟友相良壱様が、カクヨムを楽しんでいるのを見たからである。
初期のカクヨムは、むしろユーザー同士の相互交流をさせないようなシステムだった。感想を書くには、一方的なレビューしか使えず、返信もできなかった。
だが、私が興味を失っている間に改良されたシステムによって、カクヨムはユーザー同士の相互交流がむしろ活発に行えるようになっていた。「なろう」よりもサーバー能力に余裕があるため、いくらでもコメントの書き込みができる「近況ノート」。そして各話ごとに「応援」ができるボタンと、書き込めるし返信もできる「応援コメント」。それらのシステム改良によって、ユーザー同士が交流を楽しめるSNSとしての機能が大幅に強化されていたのである。
ただ、カクヨムに戻ってきた私ではあったが、どうしても運営への不信というものはぬぐえなかった。それは『オレオ』が一方的に消されたこと、さらに言えば、その前にランキングを席巻していた、ろくごまるに様の『カドカワ 富士見と独占契約したけど本が出ないハートフル
そのあたりの不信からすると、相良壱様のカクヨム運営に対するポジティブさは、どこか違和感を感じるものだった。
だが、カクヨムも一周年をむかえ、あらためてあの『オレオ』騒動を振り返ってみたときに、気付いたことがあったのだ。
それは『オレオ』は「なろう」では絶対に書けない作品だ、ということだ。投稿のための最低文字数規定があるからである。私の二文字小説も「なろう」では絶対に投稿できない。
そして、カクヨム運営は『オレオ』を封じるのに「投稿最低文字数」の設定も可能だったのだ。むしろ、そうしてもおかしくなかった。「なろう」という先行サイトの前例があるのである。
だが、カクヨム運営はそうはしなかった。いろいろな不都合があるにせよ、1文字からでも投稿できるという創作の自由をなくそうとはしなかったのだ。
そして、もうひとつ。『カドカワ 富士見と独占契約したけど本が出ないハートフル
ただ、ランキングに出ないだけ。
そして、この両者は、別にランキングに載ることも、書籍化されることも目的にはしていないのである。前者は、契約不履行についての不満を世に訴えれば目的は達成される。そして、実際にその目的は達成され、契約した電子書籍は販売された。
『オレオ』の目的は、わからない。作者様が何も表明していないからだ。だが、あの三文字が書籍化を目指しているということは、常識的に考えてもあり得ない。
確かに『オレオ』は追放された。だが、処刑はされなかったのだ。
今でも「オレオ」で検索すれば発見できるのである。
カクヨムの片隅で、『オレオ』は今も1220の★を輝かせている。
『オレオ』は今もそこにあるのだ。
そのことに気付いたとき、私の中にあったカクヨム運営への不信は消え去っていた。
だから、今、心から言おう。
「カクヨム運営さん、一年間お疲れさまでした。あちらを立てればこちらが立たないようなトラブルに、頭を抱え、みんなで会議をして、ああしたらどうだろう、こうしたらどうだろうと散々苦慮されたことでしょう。一年間、ほんとうにありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
と。
『オレオ』は今もそこにある 結城藍人 @aito-yu-ki
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