49 名無しと立場


人体実験とはつまり、人の体を使って実験したということだ。

禁呪がどうこうというのはよく分からないが、恐らくこの世界で使用してはいけない魔法を使用したということだろう。

目の前の男が言った言葉に、身に覚えがない以前に引っかかるところがあった。


「禁呪……行使罪?」


珍しく眉を潜めたキャロルが呟く様に言った。

私含めた全員が同じ違和感を持っている様だった。


「今あなたが言った罪状は彼女には当てはまりませんよ」

「当てはまらない?」


アルの言葉に聖剣は僅かに首を傾げる。


「なぜなら」

「彼女が魔法を使用できないからですね」


アルが言い終わるより先に、カルカンは「そんなことは知っています」とその言葉を切り捨てた。

「え、そうなの?」と聖剣はカルカンを見るが、彼はそれを無視して続けた。


「知って私を捕まえにきたんですか?」

「ナナシは魔法が使えないんだぞ、禁呪も何もないじゃないか」

「ええ、正確には禁呪を使ったのは協力者です」

「え?」


自分の耳を疑った。

人体実験の協力も法に触れる様な魔法の協力もした覚えがない。

何の話だかもう訳が分からなくなってきた。


「さっきから言っていることが無茶苦茶だぞ」

「無茶苦茶? そうでしょうか」

「ねぇカルカン殿、なんか僕だけ置いてきぼりにされてません?」

「ではこう言うのはどうでしょう」

「カルカン殿、僕の声聞こえてます?」

「今しがた、貴方の奴隷と聖剣殿が争っていた様ですが……これは国家反逆罪に相当する……かもしれませんね?」


ヒュッと思わず喉が引きつる様な声が出た。

これは圧倒的にこちらが不利。

何しろ相手は国の権力という後ろ盾があるのだ、これ以上はこちらがじわじわと追い詰められていくだけな気がする。


「貴方は聡いと聞いています。お分かりでしょうが、今ここで逃げれば罪を認めた様なもの……何も私達は今直ぐ貴方をどうこうしようとは思っていません」


本格的に脅しにきた。

このままだと自分だけでなく私の逃亡を手助けした三人も危ない。

それどころかギルドのみんなも、最悪ギルドそのものが不利な立場に犯される可能性がある。

恐らく、恐らく本当にこれは女の勘でしかないのだがこの目の前のカルカンという男は嘘は言っていない様に思える。

今ここで私が王都に連行されたとして、直ぐに逮捕・裁判・処刑とはならないだろう……先のことはわからないが。

それなら私は、なるべく被害が少なくなる可能性のある方にかけるべきだ。


「……わかりました」


肩に手を置かれ、私は少し振り向く。

アルが心配そうなそれでいて強い意志を宿した目で私を見ていた。

アルも三人のリーダーだ、覚悟を決めるべき場面が幾度かあったのだろう。

判断を委ねられる立場の人間として、アルは今私の背中を押してくれているのがわかり「大丈夫」と私も真っ直ぐその目を見つめ返し、カルカンの方を向く。


「一緒に行きます」


カルカンは「……よろしい」と言うと背を向けて歩き出す。

それと同時に私達を拘束していた魔法が解ける。

私は黙ってその後ろをついて行こうとして、足を止めた。


「あの、すみません」

「なんです?」


私は今まで大人しくしていたノラに近づき、なるべくそっと手に触れた。

手に血が触れるが、気にならない。


「止血したいので包帯とかもらえますか」

「勿論、移動の馬車の中で治療しましょう」


今度こそ後ろをついて行き、ギルドの外出るとすでに移動用の馬車が来ていた。

私達が移動する時に使うものとは違う、しっかりとした作りの馬車に思わず息を飲む。

私は今度こそ覚悟を決め、その馬車に足を踏み入れた。

目指すはファランドール王国の王都だ。


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名無しは記憶喪失の奴隷と旅に出る。 葉渡純 @nomarohu

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