第5話 死と星の探究者
元神戸市役所。
そこにはラテラテラ教の支部があった。
俺とノラは元市役所の裏側のビルから双眼鏡で確認している。見えているのは窓の向こうの風景。デスクやら書類なんかが置かれている。
だが殆どの『救世兵』は見当たらなかった。どうやら多くの『救世兵』が出払っているらしい。
もぬけの殻に近い状態だった。
俺はカガミとの相談を終えた後、どうすればいいのか余計に分からなくなった。俺が指名手配犯になるし、話が大きすぎるしで、俺としてはアクションのしようがなかったのだ。
そこで闇医者のネクタルに情報を求めた。ネクタルの医院では実はかなりの情報が集まりやすい。変わった
そしてそこで二つのある事実が判明した。
一つは今日、異常な数の『救世兵』がいる理由だ。リュベルリが神戸にいる理由にも繋がるのだが、この神戸で一つのあるイベントが開催されるらしい。
イベントと言ってしまえば楽しい出来事のように聞こえるが、そんな軽いモノではない。
今日から三日の降霊祭。その中間である明日に、処刑が行われるのだ。
処刑されるのはリュカヌ、モーリー、サルサール。
世界の三大悪党だ。実のところ『救世兵』は秘密裏にこの三人を捕まえていた。情報を公開していなかっただけだそうだ。
この情報を公開しないのには理由があった。
まず世界の三大悪党が非常にカリスマ性を持っている為だ。ある種、神だと考えている人間もいる。もちろん犯罪者にとっての神だ。
この三人はその人生で三桁に上る殺人をやってのけた。判明していないモノをいれるともっと跳ね上がるだろう。そんな彼らを心酔している人間がいるのだ。それらの連中に情報を公開してはいけない。だから捕獲の情報は秘匿された。この人間達のせいで暴動が起こる可能性があっただから。
だから昨日の内に密かに輸送された三人を警護する為にリュベルリ率いる一流の『救世兵』がこの神戸に大量にいたのだ。多分、情報の
ただ明日には情報が公開されるのでは、というのがネクタルの得た情報だった。世界の三大悪党を処刑するとなればラテラテラ教への求心力というのは今以上になる。確固たる権力をさらに固める為に必要な事なのだろう。
だが、俺達がカガミがら得た情報。マントレリジューズ・ラテラテラが現体制を崩壊させようとする動きと矛盾している。この辺りは何故そんな事が起こるのか、全くわかっていない状態だった。
そして二つ目の情報が、俺達がこのビルにいる理由だった。
「しかし、あれじゃの、カガミも指名手配とはラテラテラ教も酷い事をするのぅ」
ノラが俺の後ろで面倒臭そうに呟いていた。多分、後ろのデスクにでも座っているのだろう。
これはネクタルからの情報ではなかった。ラテラテラ教がニュースで大々的に正体不明の少女を指名手配にしたのだ。リュミエールが関係していた。リュベルリを
実際のところ正体不明の少女の中にリュミエールが入っているという事を彼らは知らなかったらしいが、俺の整理番号から割り出したらしい。
こうしてカガミも命を狙われる存在となった。
「お前もサボってないで、ちゃんとやれよ」
「嫌じゃ。何の変化もないでわないか。それに儂は反対じゃと言ったろう。さっさとカガミをラテラテラ教に引き渡せば良いのではないか」
「まだ言ってるのか」
この情報を得て、ノラはラテラテラ教にカガミを引き渡すべきだと主張した。俺の命が狙われている中、さらにカガミを守る事は容易ではない。
だがそれは下策中の下策だと俺は思う。
俺がすべき事はまず、カガミの中からリュミエールを抜き出し、俺がカガミを殺す気などなかったと証明する事だ。そうすれば誤解は解けなくても釈明する機会くらいは与えられる。そうする事でしか、俺の無実を主張する事ができないと思うのだ。
だがこのリュミエールを抜き出すというのが最大の困難だった。そもそも降霊祭のある三日間が終われば、『人間サンプル』の中から魂を抜き出す事になる。だから抜き出す事自体はできるのだろう。しかしそんな技術を持っているのは、ネクタル曰く、ラテラテラ教だけだという。それも星六つのラテラテラ教の最高議会の人間か、星七つの現教皇。そのどちらかだ。
だが正面からの接触はできない。
しかし何としても最高議会の人間とコンタクトを取りたい。
だから神戸市役所を監視しているのだ。
ネクタルから市役所に星六つの人間が最低一人はいるとの情報は貰った。もちろん警備は異常だろう。しかしその中で一人だけでもいいから話が出来れば、何とかなるかもしれないのだ。
「そりゃ言いたくもなるわい。儂にとって大事なのは、あの娘っ子ではない。お主じゃ」
「それは男からすると恋愛感情として聞きたい言葉だな」
「言うて欲しいか?」
「いや、いい」
元市役所を観察していても、星六つに制服を確認できない。どころかまずラテラテラ教徒がいない、と思えるくらいにどの窓にも人の気配がなかった。
「それにのぅ、儂はあの娘っ子の反応が気に食わんかった。儂らが、娘っ子を助ける為に市役所に行くと言ったら、なんじゃ、あの、『あ、はぁ』という何とも要領を得ん回答は! 普通はのぅ、自分がどうなるのか気にするモノじゃろ!」
確かに俺もその反応は気になった。
俺達はカガミが四八時間以内に死ぬとも、指名手配になったとも伝えていない。しかしだからと言って、自分がどうなるのか気になるモノだ。
なのに彼女は、自分は関係ないのだとばかりにアッサリと納得してしまった。まるでトラブルが起きているのに素知らぬふりをして歩く、道行く通行人のようだったのだ。
「という事で、儂は手伝わん。もし手伝うとすれば、支部に突入する時だけじゃ」
ノラの言葉を無視して、俺はまだ市役所を監視している。
だがラテラテラ教の人間も、『救世兵』も一人も双眼鏡に映らない。
もう一時間はここでこうしている。
これは異常事態なんじゃないか、そんな風に思えた。『救世兵』の手が足りないのだろう事は容易にわかる。俺とカガミの捜索。三大悪党の警護。この二つで手一杯だろう。
しかし支部に一人もいないというのは、流石にあり得ないんじゃないのか?
俺はノラに振り向いた。
やはりデスクに座っている。ネクタル所有の空きビルだが、昔はどこかの企業が入っていたのだろう。備品はそのままだった。
「お前、今、建物に突入する時は手伝うって言ったよな?」
「うむ。言ったが、無理じゃろ? ほぼ本拠地に乗り込むようなもんじゃし」
「いや、よく考えたら、指名手配は俺とカガミだけなんだよな?」
「おい、お主。儂は見に行かんぞ」
「条件は?」
「見にいかんと言っておろう」
「なら、これはどうだ? お前もし、プリンを食べたいと思った時、いついかなる時でも瞬時にコンビニに行って買ってこよう」
「うむ、乗った」
ノラはその言葉を発した瞬間、まるで走り去るようにビルの階段を降りていった。ちなみにエレベーターは存在している。
俺は一応ながら監視を続ける。
何か気付く事があればと、ズラッと並ぶ窓一つ一つに視線を泳がせた。
同時に、暗い自分の中のわだかまりのようなモノが胃から浮上してきた。
――カガミを見捨てる事が、下策中の下策?
――自分の無実を証明する為にカガミを見捨てない?
自分でもよくそんな言い訳が思い浮かんだモノだ。
多分、自分の中で自分の気持ちを肯定したかったのだろう。
俺の胸中にはまだリュミエールの言葉がトゲのように刺さっている。
笑ってしまいたくなる。子供かと。
だが事実として何もやり遂げられなかった俺は、心底中途半端なのだ。
俺がそんな事をジッと考えていると、エレベーターがチンッと鳴った。
誰だろうか?
ノラにしては早すぎる。
俺は窓から目を離す。エレベーターの方に視界をやった。
ノラだった。
しかしやはり早すぎる。一体コイツは何を見てきたのだ?
「お前ちゃんと見てきのか?」
俺がそう問うと、ノラは、一応のぅ、と返した。妙に歯切れが悪い。
何なんだろうか?
「どのくらいの人数か目途がつきそうだったか?」
「いや、数は間違いなくゼロじゃ。誰もおらん。隅々まで見てないがそれは分かる。人間は誰もおらんかった」
「いや、隅々まで見てないならゼロかどうかは分からないだろう」
「言うたじゃろ、隅々まで見なくとも分かる、と」
ノラは何を言っている?
隅々まで調べなくとも人数が分かる事なんてあり得ない。ここから見えないだけでゼロだけは絶対にあり得ないと思っていた。
ちょっと待て。今、ノラは何て言った?
人間は?
「人間はいなかったんだよな?」
「……ふむ」
「なら、何がいたんだ?」
俺の思考が現実に追いついていかない。
ノラの言葉を待つことしかできない。
想像ができないのだ。
俺の疑問から一拍おいて、ようやくノラが答えた。
まるでノラ自身もその現実を理解できていないような、自信のない答え方だった。
「人はおらんかった。じゃが、無数の死体は転がっておった」
◇ ◇
元神戸市役所には大量の死体があった。
元々横に長いラテラテラ教の神戸支部だが、向こうに見える廊下にまで死体が転がっている。階段にもだ。この位置に大量の死体があれば、そりゃ裏側のビルからでは死体が見えない。
通りで人がいないと感じる訳だ。
通路の死体をまたぎながら進んでいく。足場が殆どない為、かなり動きにくい。その上、血が地面を濡らしているところが多い為に慎重に進む必要があった。これ以上冤罪は増やしたくない。
俺とノラはとにかく生存者を探す事にした。
ノラが言った通り、この状態で生存者がいる可能性は殆ど考えられない。それほどのインパクトがある。
だが死体を触った感じだと、まだ死からそれほど時間が経っていない。
ギリギリで生を繋いでいる人間がいるかもしれないのだ。
一応ながら、俺はネクタルから借りてきた増幅器が内蔵された日本刀に手を掛けながら進む。
死体の全てが切り傷なので人間の犯行である事は間違いないのだ。
それも多分、大剣か何かのかなりの大きい物だ。
脳裏にチラリと一人の人物が思い浮かんだが、直後に俺は否定した。
奴にはメリットがない。やる意味が感じられないのだ。
俺もノラも無言になって、廊下を進んだ。
やはりこの死体の数を見ると、ラテラテラ教が内部闘争をしているように感じられた。世界の三大悪党を捕まえて権力増大派と、何のメリットがあるかは分からないが、ラテラテラ教を崩壊させようとしている現教皇派。
この二つが争ってここまで死体が積み重ねる結果になったと思えるのだ。
証拠らしいモノは何もない。当て推量にも程があるが、現段階でここまでの大事やってのける組織が思い付かない。
「のぅ、こやつはもしかして……」
ノラが俺の袖を引っ張る。
俺が振り向くと、ノラが一人の老人を指していた。
その老人は壁にもたれ掛かるように座っている。青の制服を着ている。しかし肩から腹のよこに掛けては赤い液体がナナメにべっとりとしていた。
俺はその老人を見た事があった。見たのは三、四時間前の話だ。
教会で魂を大いなる意思から降ろしていた人間だ。制服には星が六つ入っている。つまり最高議会の人間だ。
ネクタルの言っていた最高議会の人間が一人はいるというのは、この老人の事だったのだろう。
カガミの中からリュミエールを抜くのはどうやらかなり難しくなってしまったようだ。
いや、待てよ。
この老人が死んだという事は、必ず降霊祭の最終日までに最高議会の人間が派遣されなければならない。でないと、今降霊してきている者が大いなる意思に帰れないではないか。
だがどちらにしろカガミには四八時間という縛りが付きまとう。最終日に派遣されてきたら間に合わない。やはり他の手を考える必要があるようだ。
俺が老人をジッと観察していると、老人の制服のボタンのところに何か紙のようなモノが挟まっているのを確認できた。
何だろう?
老人の制服のボタンを外して、その紙を取ってみる。
一枚のコピー用紙のような紙だ。三つ折りになっている。
開いた。
辞令。
一番初めにそう書かれていた。
「何と書かれておるのじゃ?」
ノラが横から顔を出してくる。
俺は上から下まで文章を読むと、ノラに渡してやった。
ノラは目を開いた状態で固まった。
「……これは、どういう意味じゃ?」
「さぁな。……けど、これでわかった。何で、ここの人達が殺されたのか」
「……じゃが、この内容通りなら、お主はどう動くつもりなのじゃ?」
今の俺に選択肢は殆どない。
この内容に沿うというなら、俺は今からある無理難題を成し遂げるしかないのだ。
俺の無実の証明。さらにカガミからリュミエールを引き抜く。
その全てを解決する方法はたった一つ。
リュベルリ・モロを拉致する事だった。
ここは天国だと誰もが言う 百舌鳥元紀 @takahirohujii
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