第三話:梅爛旋風②

夕凪学園中等部の文化部部室棟。三階建てのその建物のまさに三階の隅っこに、元奇術部の部室はぽつりと存在していた。梅雲が入り口の鍵を開け、扉をがらっと開いた。部室の中は奇術部が最後に残したマジックだと言わんばかりに空っぽだった。窓を通り抜けた先には三階の高さまで成長した大きな木が見える。


「いやーお兄ちゃんに聞いていたけど本当に何もないわね。まぁいいわ、そろそろ来るはずだから」


「来るって何がだよ」


「朝霧は黙って見とけばいいのよ」


こいつはいつもそうだ。こうやって僕に対して高圧的なのだ。きっかけはそう、僕がこの町にやってきて一ヶ月ほど経った頃だったろうか---


---「伊予!聞いた?昼霞神社の近くの池でカッパが出たらしいわ!今日の夜行ってみましょ!」


   「でも和泉、私さ、夜遅いとお母さんに怒られちゃうから・・・」


   「そんなこと気にしてどうすんのよ、ね?行きましょ?」


という、小学五年生の少女が同じく小学五年生の少女に対して強引なナンパを仕掛けていたのを目撃したのが始まりだ。それが初めて梅雲和泉という少女の声を聞いたときでもあった。断り切れず困っていた伊予の顔を見かねた僕は間に割り込み梅雲に対し、口げんかで圧勝し、


---「絶対カッパはいるもん!それを何よごちゃごちゃと。あなたのことは覚えたわ、朝霧出雲!一生かけて後悔させてやるんだから!」


と言い残し、ひっくひっくと泣きながら彼女がその場を走り去って行ったことは今でも忘れられない。いつもの僕ならば梅雲を泣かせてしまったことを悪かった、となどは決して思わないだろう。しかし僕はあの時もう少し、梅雲に優しく声をかけていれば、と今では後悔している。なぜなら、


「和泉お嬢様。武蔵様からのお届け物です」


「やっと来たわね。もう部室の中まで運んで並べてちょうだい」


「はっ、かしこまりました。早速始めさせていただきます。」


いかにも執事、と呼ぶにふさわしい白髪の老人が梅雲と会話を終え、指を鳴らすと、どこからか現れた黒のスーツを身にまとった人々がぞろぞろ大きな荷物を部室の中に運び始めた。


梅雲堂ばいうんどう』と呼ばれる今では日本の和菓子界の頂点に立つお店がある。名前の通り梅雲和泉はその梅雲堂の社長の直系の娘である、誰もが知るお嬢様だ。武蔵とは彼女の祖父にあたり、彼女の父親に社長の座を譲ってからは、孫娘を溺愛する余生を送っている。その例がこれ。彼女が望むものは望む形で与えている。下手に梅雲を刺激すると梅雲家から僕一人に対して何かを起こされるのではないか、と思うようになってからはなかなか彼女に対して強気で行くことは難しい。


ほら、数十分と語らない内に我らが、いや、彼女の『異常現象相談部』は完成した。奇術部のマジックよりはこちらの方が圧倒的にマジックと呼ぶにふさわしいものだった。


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「よし、じゃあ今日から早速活動を始めるわよ」


「活動って、『オカルト調査団』の活動のことか?」


「『異常現象相談部』よ!あなたも副部長なんだからしっかりしてよ!」


どうやら僕、朝霧出雲はいつの間にかその『異常なんとか部』の副部長に任命されていた。なんたる横暴な話か。


部室の真ん中に置かれた大きな机を囲むように僕たち四人は二人ずつ向かい合って座っていた。その机を両手でバンとたたき、梅雲が立ち上がったかと思えば、窓側に設置したホワイトボードになにやら書き始めた。


「これよ!」


書き終えた梅雲が今度はホワイトボードをバンとたたき、椅子に座ったままの三人の方を向く。


「『音楽室に出る謎の女性!?』ってこの話前にもしなかったっけ、和泉」


「確かその時も、出雲にこてんぱんに言い負かされて」


「言い負かされてなんかないわよ、夕露!それに今回は噂じゃないのよ。一昨日二年生の先輩二人が音楽室で『出た』って言ってたのよ!」


確かあれは半年前である。小学六年生の夏休み。結局あれは巡回の警備員さんだった。このように彼女、梅雲和泉は大のオカルト好き、噂好きなのだ。いつも突然に言い出して僕ら三人を振り回す。


「どーせ『いつもの』出た出た詐欺だろ。他に何か言い残すことはあるか?」


「どうして遺言みたいに言うのよ、今回は今までと違うの!その先輩たちだけじゃなくて去年にも同じ話が三回あったらしいのよ。どう?さすがに今回は黒じゃない?」


「そんなわけが」


「どーせ何言ったって反論してくるんでしょ、朝霧。なら今日の夜十時に中等部の玄関に集合ね。お兄ちゃんに許可はもらったわ。ほら、ここに鍵」


と僕の言葉を遮り、梅雲は無茶苦茶なことを言い出した。しかも何だよ鍵って。そんなに学校って簡単に生徒に鍵を渡して良いのかよ、このお嬢様め。


「じゃあ、私、今日おじい様に呼ばれているから先に帰るわね。じゃあ夜十時に!」


僕がいろいろとツッコミを入れる前に梅雲は風のように部室から去って行った。


彼女ががらっと扉を閉じてから少しの間沈黙が続いた。その間、志摩も伊予も、そして当然僕も頭を抱えていた。


「ねぇ、出雲、志摩、これってさ・・・」


「うん、伊予ちゃん、これは・・・」


「そうだね・・・。あいつは人生で二回目の『黒』を出してしまったみたいだね。あぁ、これはやっかいなことになるよ。」


再び三人は頭を抱え、はぁと長いため息を部室に響かせた。

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幽凪町の非日常な日常は。 吉備眉平 @kibimayu1230

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