第八回 踏切の格差(theme:踏切)

 都会、とは言わないまでも、アウトレットモールとその集客力によってそれなりの賑わいを見せる、それなりに新しい住宅が所狭しと並ぶ街並み。

 何代か受け継がれていることのわかる木造建築と、店と言えば、崩れそうな外観の八百屋と豆腐屋と居酒屋だけ。ところどころ空き地と畑が混在し、人影もまばら。

 こう並べれば、まったく離れた二つの地域に感じるが、実のところこの二つの街並みは徒歩十秒もあれば行き来できる。その境界線が、線路、そして踏切。駅の出入口でさえ差別のように新旧の差が生々しいのだ。

 踏切の向こう側は都会、こちら側は田舎。住民たちが、そうやって区別して意識し、潜在的に対立意識を持つのも無理はない。

 線路沿いの踏切のすぐ隣、早朝から夜中までカンカンガタゴトカンカンガタゴト、煩くってたまらない、けれど家賃が安かったんだから仕方がない、そんな家で、一人の部屋が欲しいと駄々をこねて一番煩い角部屋を宛がわれた琴奈は、机に課題を広げながらぼんやりと“向こう側”を眺めていた。

 たしかに“向こう側”の住民たちに対してなんとなくの劣等感がないわけではなかったが、ブランドの洋服も安く手に入る、お洒落しようと思えばこれほどちょうどよい家はないな、とも思う。踏切は煩いが。

 線路を挟んで向かい、最近できたワンルームマンションの窓で、何かがちらりと動いて無意識に目をやった、そこには大学生くらいのお兄さんがいた。

 男の人ではなく、お兄さんなのだ。家に一人でいるだろうに、なんとなく面倒見がよさそうな、あるいは気が弱くてお人よしそうな、そんな雰囲気が線路を越えて琴奈のところまで伝わってきていた。

 さほど意識をするでもなく、人間は動いているものに目が行くというだけで、そのお兄さんを眺めた。視線を遮るためのものがまだ何もない、引っ越したての部屋で、家具らしき物を持って狭い部屋を行ったり来たりしていた。しばらくして一段落ついたのか、指w組んで腕を上げて体を伸ばす。

 自然に脱力して、窓の外、つまりは琴奈いる方を見た。

「あ」

 特に代わり映えはしない、少し茶色寄りだろうか、日本人のごく一般的なはずのその瞳と目が合ったとたん、ぐん、と引っ張られるようにズームされた。

 視力は悪くはないが、それほどいいわけではない。間違っても、線路の向こう側の家の中の人の顔がはっきり見えるはずもないのに、右頬の下の方にあるうっすらした黒子に、左目の横に一本だけ癖のついた笑い皺の跡までくっきりと見えた。

 よくわからない衝撃に、琴奈が呼吸も忘れて呆然としていると、“向こう側”のお兄さんは、困ったように苦笑いを浮かべ、ぺこりと小さく目礼をした。

 琴奈も慌てて頭だけでお辞儀を返して、まじまじと見ていたのが恥ずかしくなって視線を手元の課題に移す。

 しばらく、逃げるように課題に熱中して、疲れてようやく目を上げれば、外は薄暗くなっていた。ふともう一度“向こう側”を見ると、お兄さんのいた部屋にはカーテンが閉められ、しかし僅かに残った隙間から一筋明かりが漏れていた。

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リハビリワンライ 依川悠紗 @yu-sa_yorikawa

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