第七回 なかまいり(theme:野良猫)

 黒猫に白猫にトラにキジ。

 この、通称おひさま公園と呼ばれる公園は、野良猫たちの広場だ。

 適度に広くて日当たりは良いが遊具は少ない。そしてなにより、ベンチがない。これでは人はなかなか寄り付かず、その分野良猫たちにとっては居心地が良いのだろう。

 この地域の野良猫たちは、有志の人たちのおかげで去勢が済んでいて、要所要所に餌も置いてある、野良猫というよりは地域猫に近い猫たちだ。

 たびたびこのおひさま公園で、野良猫たちの“ねこの集会”が開かれるのだが、そこに最近一人の人間が仲間に加わった。

 友達からは、「るーちゃん」と呼ばれる中学生の彼女は、決して無礼な振る舞いはしないものの、どこかふわふわとマイペースで、のんびりとしている。きっとだからこそ、ねこの集会に招かれたのかもしれない。


 ある土曜日。

「あ、ころっけ。いらっしゃい」

 小さい庭につながる窓から、茶トラの猫が部屋に入ってきた。そして、勝手知ったる、の様子でいつものお皿のもとに行って、用意しておいたごはんを食べる。

 一度この子が部屋に迷い込んでからはいつも、ごはんを部屋に用意して、窓を少しだけ開けておいてあるのだ。何度か、弟分なのか本当に妹か弟かなのかわからないが、小さい黒猫を連れてきたこともあるが、今日は一匹だ。

 もぐもぐと、なんとも人間臭い動作で、ころっけがごはんを完食する。ちなみに、用意するごはんは、図書館で猫の餌にして健康にいいものを調べて、それを用意している。

「今日はしじみはいないのね」

 特別に用意した小さいマットの上で、ごろごろとくつろぐころっけを眺めながら、つぶやく。宿題があと少し残ってはいるけれど、そんなに急いでやる必要はない。ころっけが部屋にいる間はころっけのことを眺めていることにしよう。

 日光で毛並みがときどき金色に見えるころっけをぼんやり眺めていると、突然こっちを向いて「にー」と鳴いた。

 私が目をぱちくりしていると、もう一度、「にー」と言う。

「ん? どうしたの?」

 するところっけは立ち上がって、窓から庭へ出る。

 あれ、結局行っちゃうのか、今日は早い。

 ところが、ころっけは窓から出たところでまた「にー」と鳴いて、前足でとんとんと地面をたたいた。

「んんん?」

 近づくと、ころっけは私が近づいたのと同じだけ遠ざかる。庭に出るために置いてあるクロックスを履いて、ころっけについていくと、どんどん進んで植え込みを通って外へ出てしまった。

 そこへは通れない、と困っていれば、また「にー」と催促される。

 これは、ついてこい、と言ってる。絶対、言ってる。

「ころっけ、そこでちょっと待ってて」

 慌てて室内に戻り、靴を履いて玄関から出ると。目の前にころっけとしじみ。

「……よく知ってるね」

 図体の大きい人間はこっちから外へ出るらしいと明らかに知っているそぶりの二匹について、てくてくと街を歩く。

 和田さん家のそば屋の横を通り、古鳥と表札だけ残っている空き家の曲がり角を曲がって人も車も少ない裏道に入り、小さい馬の遊具だけのうま公園は素通り。枯れかけのバラのアーチを無理やり玄関前に押し込んだような渡辺さんの家の横の、石造りの細い抜け道を進むと。

「あ、おひさま公園」

 生まれてからずっとこの地域に住んでいても、こんな道は知らなかった。

 ころっけとしじみに導かれるまま、公園の中央近くまで進むと、二匹はくるんと丸くなって毛づくろいを始めた。

 これは、どうすればいいんだろう。

 ころっけが、見上げて、しっぽでぺしりと地面をたたいた。

「……座るの……?」

 公園のほぼど真ん中、日差しは暖かいけれど地面は砂。けれど、ころっけが言うのならと体育座りをすれば、「ぬ」と小さく鳴いて毛繕いに戻った。

 これでいいらしい。

 よくわからずに座ったまま公園を見渡せば、猫が次々に集まってくる。

 一匹で現れる猫もいれば、複数で連れ立って、いるのかそう見えるだけなのか、複数匹同時に現れる猫もいる。

 しかし、そんなことよりも、これはもしかして、と気づいた。

「ねこ集会……!」

 飼うのは親のアレルギーでできないけれど、これでも猫好きである。一度ここに招待されるのが夢だった。

 それから集まってくる猫たちを眺めながら少し待つと、思い思いにくつろいでいた猫がふっと顔をあげた。

 これは、始まるのか。リーダー猫はどの子だろう。わからない。

 何がどうなっているのやら、さっぱりわからずにきょどっていると、ころっけが「すん」と鼻を鳴らした。すると、集まっていた猫たちの視線が一気に集まった。

「え」

 それはすぐにそらされ、そしてすぐにねこ集会は解散になったようだった。

 これは私の紹介が済んだ、ということでいいのだろうか。

 それから、何匹かの猫が寄ってきたので、匂いをかがせて挨拶をしてから、なんところっけに家まで送ってもらった。

 しじみは、私がごましおと呼ぶことにした鯖トラ猫と連れ立ってどこかへ行ってしまった。

 家に帰ってから、ねこ集会のお礼に、明日のために用意していたごはんを少しあげて、ころっけはどこかへ帰っていた。


 それから、彼女はたびたびに茶トラ猫に連れられてねこ集会に参加するようになって、地域猫たちともだいぶ仲良くなった。

ねこ集会が晴れの日の九日ごとに開催されることを知って、迎えが来る前から準備をしているようになると、迎えは部屋から玄関へ、玄関からそば屋の横へと少しずつ遠ざかっていき、いつの間にか迎えがなくとも参加するようになっていた。

 彼女は今日も、おひさま公園で開催されるねこ集会に参加している。

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