行き止まり

「来たよ」


 初のゴブリン討伐に、少なからず喜んでいた一向だが。音符の一声によってすぐさま真剣な表情を取り戻す。


「数は?」


「全部で4体。ゴブリン2体とあと飛んでるのが2体だよ♪」


「飛んでるの?あぁたぶんフォレストバットだな」


 飛んでいるモンスターというなら、吸血コウモリのフォレストバットで間違いない、と真司は判断する。


「あぁ、フォレストバットか聞いたことあるなそれ。って真司、お前顔色悪いぞ。それに汗までかいてないか」


「ま、まだこの力になれてなくてな。結構体力使うんだあれ」


(まぁ、嘘だけど。すまん東)


 単に初のゴブリンとの戦いで少しだけ動悸が激しくなっていただけだが、もちろんそんなこと言えるわけもなく真司は誤魔化した。


「そうだったのか!無理な時は早めに言えよ、じゃないとフォロー間に合わなくなるから」


「あぁ、わかった」


 ダンジョンの中でも、いつも通り不敵な態度でいられる東のことが羨ましい、とさえ思うが今はそんなこと思ってる場合ではない。敵が向かって来ているのだ。


 真司は自分の頬を二度叩き、改めて気合を入れ直す。


「もうすぐ来るよ。先に飛んでるのが来る」


 音符の声とともに再び5人は陣形を作り直し、向かってくる敵に備える。


「よっしゃ、いくぞっ!タレント発動【全攻撃耐性オールアタックトレランス


 東は全ての攻撃を一定量まで全て無効化出来る自身のタレントを発動する。そして発動すると同時に東の身体に薄く光の膜が出来上がる。


「じゃあ僕が援護するよ、フォレストバットは任せて【光の矢アローオブライト】」


 宮下がそう言うと空中に無数の光の矢が現れる。

 光属性の魔法を得意とする宮下は遠距離では矢を、近距離では槍を光魔法により作り出し戦う。

 ちなみに、暗いダンジョン内で不便なく歩けていたのは、彼が光魔法で明かりを灯していたおかげである。


「よし見えた、あれがフォレストバットか」


 宮下が光の矢を展開したお陰で洞窟内はさらに明るくなり、黒っぽいフォレストバットの姿がはっきりと見えるようになる。


 見た目は現実世界にいるコウモリとさほど変わらない。

 真っ黒い身体に豚っ鼻、口には2本の鋭い牙が見える。ただ体長は現実世界のコウモリより大きく、羽を広げれば1mほどになる。


「行け!宮下」

(ついでに全部その光の矢で倒してくれ)


 遠距離攻撃を持たない真司は、宮下に託し合図を送る。


「2体なら2本で十分かな、念のため魔法力を温存させてもらいたいからね」


 宮下は無数に浮かぶ光の矢から2本だけをフォレストバットに向けて正確に放つ。


 ズチャ

 刹那、光の矢は空中を上下するように飛ぶ吸血コウモリに、生々しい音をさせながら突き刺さる。

 しかもその矢はフォレストバットの胴体のちょうど中心に突き刺さっている。


「わお!一撃かよ」


「光の矢は自由自在に操れるからね。正確無比な射撃、一応それが僕のタレントでもあるんだ」


 謙虚ながらも宮下は誇らしげに少しだけ胸を張る。

 そして、全く出番のない後衛にいる杏花と音符は呑気に拍手していた。


「次はゴブリン来るぞ!」


 すでに真司達にも聞こえる足音をさせながら迫るゴブリンに注意が集中する。


「よっしゃああ!次は俺の出番だな」


 先ほど出番のなかった東は大いに鼻を鳴らして一歩踏み出す。

 だがここで真司が慌てて東を制止する。


「東!お前の攻撃は音が響きすぎるから攻撃するな。またすぐに敵がやって来て休む暇もない」


「なっ、た、確かにそうだけど。でもそれじゃあ俺ただの盾じゃねぇか」


「それでいい。お前は盾で、俺と宮下が刃になる」


「あーはいはい、わかりましたよ。わかりましたとも我らの"リーダー"」


 東は未だ不服そうだが、真司の正論に返す言葉がないため渋々納得する。


「さぁ、来いゴブリン!俺は盾だ」


 東は10メートルほど離れたところを走るゴブリンを挑発する。

 知能の低いゴブリン達は奇声をあげて先頭に立つ東へと狙いを定める。そしてゴブリン達は手に持った小さな棍棒を振り上げ東に叩きつける。


 ベキッと鈍い音を立て2本の棍棒は砕け散る。


「せいやっ!」「光の矢アローオブライト


 ゴブリンが東を攻撃している隙に、真司はゴブリンの首を切り落とし、宮下は2本の矢をゴブリンの額と心臓にお見舞いする。勿論両者とも即死で仕留めている。

 そして3人の後ろで杏花と音符は再びパチパチと手を叩く。


「どうでしたか"リーダー"?私の盾っぷりは」


 東はわざと嫌味ったらしくそう言った。


「いやぁ、お見事お見事。さすがは我らの盾様だ」


(それにしても頑丈な盾だ。低階層のモンスターの攻撃なら、こいつのタレントで全て防げそうだな)


 タンクとして申し分のない実力の東に真司は賞賛を送る。


「ねぇねぇ、なんで戦う前に大声出すの?敵に場所知られないほうが有利じゃないの?」


 てこてこと東に近づいた音符は、まるで高層ビルでも見上げるかのように顔を上げ質問する。


「あぁ確かに!なんでだろうな、やっぱりそのほうが気合入るからかな」


 的外れな答えを言った東に、今までその理由もわからずやっていたのかと真司は大いに呆れた。


「敵に忍び寄って襲い掛かった場合、敵が慌ててタンク以外を攻撃したり、あっちこっちに散らばるかもしれないだろ。だからわざわざタンクは敵の注意を自分に向けさせるの。パーティーを組んでやるならこれが一番安全で効率がいい」


「ほえーー、流石真司先生」


 東や音符が感心して頷いていると、後ろから杏花が小走りで東に詰め寄っていた。


「東くん、さっきの攻撃大丈夫?私の回復ま───」


「あー、大丈夫大丈夫。あれくらいの攻撃なら擦り傷一つ付かないから」


「あっ、うんそうだよね。うん、あーよかったよかった」


 ようやく自分も役に立てるのではと近づいたものの、東は全くの無傷だった。

 いくら自分の出番が欲しかったとはいえ、怪我がなくて残念とはとても言えない。

 仕方なく杏花は苦笑いして引き下がる。


(あの学園長が推薦した杏花の回復魔法の実力も見ておきたかったけど、今回彼女に出番はなさそうだな)


 真司が若干落ち込んでいる様子の杏花を見ていると、近くでしゃがみこんでいた東が声を発した。

 そしてその手には何か持っている。


「さっきのゴブリンが落としていったぞ」


「なんだドロップアイテムか?」


 ゴブリンのドロップアイテムなんてたかが知れてるので、真司の声に期待は一切ない。


 通常ダンジョンの中でモンスターを倒した場合、モンスターは光の粒となって消えていく。それは武器や衣服などの装備品でも同じで、モンスターと一緒に消えてしまう。

 だがしかし、稀にモンスターが装備していたものが、光の粒になって消えないことがある。

 それがドロップアイテムと呼ばれている。


「初ドロップアイテム記念に取っておくか?ほれ!」


 東は右手に持っていたものを真司の目の前に差し出す。


「……かなり汚れている布切れ……。ってこれ、ゴブリンが腰に巻いてた布切れかよ!いらんわ」


 真司は東の手をパチンと叩き、持っていた布をはたき落した。


「この辺の弱いモンスターが落とすものだと、ろくなものは落とさないからね」


 宮下が静かにそう言って、下に落ちた布切れを見つめた。いくら記念とはいえゴブリンの汚い腰巻など欲しがるものはおらず、初のドロップアイテムは満場一致で捨てていくことになった。


「よし先を急ごう。音符、近くに敵はいるか?」


 一応他の班との競争ということになっているので、真司としてはできれば急ぎたい。

 だが安全第一を忘れるつもりのない真司は、再び音符に敵の位置を尋ねる。


「ううん、いないよ♪」


 敵の位置を聞かれ答える音符、それを見て羨ましがる杏花。なんだかこの構図にも少し慣れてきた男3人は何も言わずに洞窟の奥へと進み始める。


「すーはー。よしっ進もう」


 真司は一度大きく深呼吸して心を落ち着かせる。真司は東などとは違って、ダンジョン内では一時も安心できない、何度も脳裏を過ぎる5年前の化け物の影が消えてはくれない。


 そんな心境を隠しながら真司は再び薄暗い洞窟内を進む。洞窟内は曲がりくねった、まるでアリの巣の中を歩いているかのような複雑さ。

 宮下が周囲を光の矢で照らし、音符が音の反響により敵の探索をする。という2人のコンビネーションにより、何の問題もなく進んでいった。


 その後も何度かゴブリンやフォレストバットを順調に倒しながら、5人はさらに洞窟の奥へと足を運んでいたその時問題が起こった。



「いーぬーのー、おーまわりさん、こまって───あれ?」


 いつもの調子で歌っていた音符が突然、歌うのをやめた。

 いつもの音符なら歌を止めると同時に敵の位置と数を正確に教えてくれるが、今回は少し様子が違った。


「どうかした音符?敵か?」


 音符の困惑したような表情を読み取った真司の声にも自然と警戒の色が強くなる。


「うーんとねぇ。なんか行き止まり」


「……行き止まり?いやいや、そんなはずが」


 真司は思わず否定したものの、音符が言うならそうである可能性は高いと、早足で洞窟内の奥へと進む。

 そして辿り着いたのは、道の途中が完全に岩で塞がれた場所。つまり音符の言う通り完全な行き止まりだった。


 全員が立ち尽くす中、真司は幽々子の言っていた言葉を一つ一つ確かめるように口に出していく。


「8本に分かれたあの場所で、俺たちは8班に分かれて進んだ。幽々子先生も全ての道がゴールまで続いているって言っていた。ここまでに他には分かれ道なんてなかった。ずっと一本道だったんだ道の間違えようもない。そうだよな?」


「うん、間違いないと思う」


 真司の言葉に他の4人も口々に同意し、これまで自分達通ってきた道筋を思い返していく。しかし誰にも答えは分からなかった。これまでの道で特に違和感のあるような場所など確かになかったはず。5人は立ちはだかる岩の壁の前で呆然と立ち尽くしたまま、時間だけが過ぎ去っていった。

 

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ダンジョン戦記〜斯くしは少年は英雄とならん〜 三國氏 @sangokushi

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