はじめてのゴブリン

 事の始まりは入学二日目の朝のホームルーム。優しげな微笑を浮かべた担任幽々子の第一声。


「百聞は一"戦"にしかず。というわけで、今日はみんなでダンジョンに行きまーす。今日の目標は一階層攻略よ」


 自分達が入学したのはダンジョン攻略科であり、当然ダンジョン内での訓練があることは初めからわかっていた。だが、それはあまりにも突然だった。

 まだ入学2日目でダンジョン攻略の知識もないのに、いきなりダンジョン攻略は誰も予想していなかった事態。クラス中がざわつき難色を示したものの、ダンジョン一階層ならわけないわ。という幽々子の言葉に押される形でダンジョン一階層の攻略が決定した。


 ダンジョン立ち入りの許可を含め、元々あったはずの授業の時間を他の日程に移すなど、諸々の手続きは既に完了しており。1-Aの生徒はすぐ様ダンジョン攻略の準備へと取り掛かった。

 剣を使うものは剣や鎧を、魔法を使うものは魔法効果を高めるための杖やローブをそれぞれ学園の備品から借り、最低限必要な装備を整えていった。

 武器に関して言えば真司は自身のアビリティで作るため借りる必要はなかったので、チェインメイルを着込みその上に軽量の鉄製のアーマーを着るのみで完了する。

 そして他の生徒達もそれぞれ自分に必要な装備を探し、時には幽々子のアドバイスを聞きながらすぐに準備を整えていく。


 ちなみに学園内で貸し出しされている武器は全てダンジョン内で造られた武器であり、それぞれのもたらす魔法効果もダンジョン内でしか発動しない。ただし武器そのもの自体はダンジョンの外と中で自由に持ち運びが可能なため、ダンジョン内で魔法装備を着たまま外に出たら裸になるということはない。


 そして各員準備が整うと、校舎前に待機していた学園専用バスへと乗り込んだ。クラス全員でバスに乗り出掛けるといえば遠足のようだが、全員が全員鎧やローブを着て、剣や杖などを持つ車内は遠足とはかけ離れた光景であった。しかしそんなことを笑って茶化すものは生徒の中にはおらず、皆これから向かうダンジョンへと集中していた。


 そして真司達の初のダンジョン攻略が幕を開ける。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 東京ダンジョンの一階層は洞窟の中から始まる。各ダンジョンでスタートの地形は異なり、草原や湿地、雪山、砂漠など様々な地形がある。


 少し薄暗い洞窟の中は、ゴツゴツとした自然の岩に囲まれ。何処からともなく吹き抜ける生暖かい湿った風が肌にまとわりつき、まるでダンジョンと言う名のモンスターの胃の中に自ら進んでいるかのような感覚を覚える。

 現在真司達がいるのはゲートをくぐって10分ほど進んだ場所。幽々子を先頭に真司や東、慶瞬達は幽々子のすぐ後ろを歩いていた。


(俺は入試を受けてないからここに来るのは5年ぶりか……)


 5年前を思い出し真司は背筋が凍るような錯覚に陥る。今まで数え切れないほどあの化け物を思い出し身震いしたが、ダンジョンの中だということでいつも以上にそんな感覚に囚われる。

 そんな真司の心情を知ってか知らずか、明るい口調で東が口を開いた。


「奥に行くともっと暗くなるし、モンスターがわんさかいるらしいぞ。こんな入り口からそんな辛気臭い顔してどうするよ」


「あぁ、そうだな。この辺りは攻略者の当番がモンスター退治してくれているから、本番はまだ先だもんな。つい力が入ってたみたいだ」


 東に辛気臭いと言われ、自分が随分と固くなっていたことに気づいた真司は無理に明るく返事を返す。


「それに真司がすげぇ武器作ればちょちょいのちょいだろ」


「あ、当たり前だろ!一階層なんて目じゃないぜ」


「その意気だぜ相棒」


 いつから東の相棒になったのかはわからないが、そんな東を見て真司は頼もしく感じるとともに少し羨ましく思った。

 そして真司がふと後ろを振り返り同胞を探そうとするが、そこにいたのはまるで熟練の攻略者と見紛うばかりの落ち着きを放つ幾人もの生徒の姿がだった。


(みんな奴と遭遇したことがないから余裕なんだ。俺だってあれさえなけりゃ、ダンジョンなんて怖くもなんともないわ)


 そんな言い訳を自分の中で言いながら、真司は再び前を向き歩みを進める。


「それにしてもモンスターはいつ出て来るんだろうな?ふぁーー、暇すぎて欠伸が出そうだぜ」


「欠伸しながら言ってんじゃねぇよ。それにもうダンジョンの中なんだぞ、暇とか言ってないで周囲を警戒したらどうだ?」


「いやぁ、さすがは学園長推薦の真司君。我々とは集中力が違いますな」


「東君、その言い方は好ましくないと思うよ。僕だって推薦が来たら間違いなく断らなかったよ。何より自分を評価してくれる学校に行きたいと思う」


 東は真司の言葉に、わざとらしいくらいに身振りで表し大袈裟に反応する。彼の性格からいって、本気で嫌味を言ってるわけではないことは真司にもわかった。しかし真面目な慶瞬としては冗談でも看過できなかった。


「別に本気で言ったわけじゃないって。悪かったよ。だからそんな怒るなって」


「別に怒ったつもりはないよ。ただ言い方がちょっと良くないかなと思ったんだ」


 そんなやりとりを始める2人をまぁ落ち着けと真司が宥めていると、担任の幽々子が急に立ち止まり振り返った。


「みんな少し緊張感が足りてないよー。でも遠足気分はそろそろお終いになるかなぁ。なんたって今日は、みんなに少しでもダンジョンの恐さを知って欲しくて連れてきたんですから。ふふふ|お楽しみはこれからよ(・・・・・・・・・・)」


 いつも以上に優しい笑顔で、幽々子はそう言った。

 学園長から幽々子の性質について聞いている真司からすれば、その笑顔が逆に恐ろしくもののように感じた。何か悪巧みでも考えているのではないかと疑ってしまうほどに。


「でも、先生。このまま40人並んで進んでも、ダンジョン散歩してるだけですよね?」


 幽々子の言葉に女子生徒の1人が尋ねた。

 確かに洞窟の中を4列縦隊で進んでいるだけでは、ダンジョン攻略というのに相応しくない。これでは本当に遠足に来ているようなものだ。そう言って何人かの生徒が歯を見せる。


「ダンジョンの恐さは、モンスターが出るだけじゃないのよ。ダンジョンの中は分かれ道や、天然のトラップがたくさんあるの。先生はモンスターよりそっちのが大変だと思うわ」


 確かに一階層のこの辺りじゃみんな退屈よね。幽々子はそう付け加えると再び前を向き歩き出す。

 真司や他数名の素直な生徒達は辺りを警戒しながら、しばらく間モンスターの現れない一本道を進んでいく。すると今までの狭い道とは違う少し開けたドーム状の広場のような場所へと出る。

 さらにその広場からは一本道ではなく、どれも同じ大きさの8本の道に分かれていた。

 やっとダンジョンらしくなってきたな、どれが正解のルートなんだ。と生徒達が8本の道に目を凝らしていると、幽々子は立ち止まりゆっくりと振り返る。いつも以上の笑顔を浮かべて。 


(はぁ、何故だろう。全くもって嫌な予感しかしない)


 真司は不自然なほどの笑みを浮かべる幽々子を見て、ついついため息をこぼす。幽々子が笑顔であればあるほど嫌な予感がする。そんなことを思いながら。


「ご覧の通り、前方には8本の道があります。此処から先はモンスター掃除の範囲外です。ですのでゴブリンやフォレストバット、あとゴモルという岩に擬態したモンスターがでます」


 幽々子は人差し指を立てながら丁寧に説明し、此処からは本当に危険だと生徒達に伝える。


「やっとダンジョンらしくなってきたってか。まぁ、一階層のモンスターごとき俺の爆烈右ストレートで一撃だけどな」


 東はシャドーボクシングのような動きで、右拳を突き出すと何も問題ないと幽々子の言葉に反応する。

 だが、幽々子の言葉はここからが本番だった。


「剛力君は本当に頼もしいわね。では此処からは5人ずつの8班に別れて、別々の道から進んでもらいます」


「嘘……だろ?引率は先生1人なのにどうやって8班に別れろって言うんだ」


 幽々子の言葉に当然の疑問を抱いた真司は、少し大きめの声で呟くが幽々子は無視するように言葉を続ける。


「因みにどの道から行っても、同じぐらいの時間でゴールにつけます。そうだなぁ、みんなならたぶん2時間くらいでゴールできると思うわ」


 それを聞いた真司の背に冷や汗がスーッと流れる。

 いくら優れたアビリティやタレントを持つダンジョン学園の生徒とは言っても、まだ入学2日目であり、ダンジョン攻略者として何一つ学んでいない。

 真司同様多くの生徒達の顔に不安の色が浮かぶ中、まるで気に留める様子もなく幽々子は話を進めていく。


「それでは班決めをしていきますよ」


「先生ちょっと待ってください」


「ダメです」


 このまま幽々子のペースに流されては危険だと判断した真司の言葉はすぐ様否定される。


「みなさんのアビリティや適性ロールなどを踏まえた上で、ベストなパーティーを考えておきました。それでは発表します」


 幽々子は1-A組の生徒40人を5人×8班に振り分けていく。もちろん適当に好きなもの通しで5人にわかるのではなく、幽々子が事前に決めておいたパーティーである。

そしてその内訳は、敵の注意を引き付け攻撃を一手に受ける|盾役(タンク)が1人。

 盾役が敵を引き付けている間に、近距離もしくは遠距離から敵を攻撃する|攻撃役(アタッカー)が2人。

 味方の強化支援や敵の弱体化、時には直接攻撃にも参加する|支援役(バファー)が1人。

 主に盾役の怪我の治癒や状態異常などを回復させる|回復役(ヒーラー)が1人。こちらも余裕があれば攻撃に参加する。


「はいっ、それではそれぞれ好きなルートを選んでね。と言ってもどこを通ってもゴールには辿り着けるし、距離も難易度も同じくらいなんだけどね」


 どのルートも同じならと、それぞれの進むルートはすぐに決まった。

 ビリには何か罰ゲームでも考えよっかな、幽々子がそう言って対抗心を煽ると、競うようにして班ごと別々のルートへと消えていった。


「ふふふ、まるで八首のヤマタノオロチに呑み込まれていく様ね」


 1人広場に残った幽々子は静かにその顔から笑みを消した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「あるーひ、もりのーなか、くまさーんに────前方30メートル先モンスター3体いるよ」


 可愛らしい歌声で歌を歌っていた少女が、突然歌うのをやめ告げる。

 そしてその声と同時に、少女と一緒に歩く他の4名のパーティーメンバーは警戒を強め身構える。


「それにしても凄いよな。音を反響させるだけでモンスターの位置も数もわかっちゃうんだから」


 真司はそのアビリティに素直な感想を述べた。


「えへへ〜。私自慢のアビリティなんだよ♪」


 曇りのない無垢な笑顔で自慢する少女に真司はつい頭を撫でそうになり、慌ててその手を引っ込める。


 少女の名前は大川音符。周りの女子と比べてもかなり小柄な体格に、長く伸びた綺麗な黒髪、くりっとした目の可愛らしい少女。音符は高校一年生と言うよりは小学生にすら見える容姿だが、攻略者のとしての素晴らしい素質の片鱗を既に見せ始めている。


 音符の持つアビリティは音に関するものが複数ある。そしてその一つに歌うことで〔歌である必要はない〕、その音の反射を受信し敵などを察知できるというものがある。


 他には音により味方の身体能力やアビリティの強化、さらには敵の弱体化もできるアビリティを持つため、|支援役(バファー)を務めている。


 他には|盾役(タンク)の剛力東。数種類の魔法攻撃系アビリティにより中距離と遠距離の攻撃をこなす|攻撃役(アタッカー)の宮下。同じく|攻撃役(アタッカー)の真司は剣や槍を創り戦う近接系。そして回復系のアビリティを持つ|回復役(ヒーラー)の灰音杏花の5人だ。


 5人は声を潜め足音を殺し、30メートル先にいるというゴブリンへと近づく。

 真司は慎重に壁をつたい入り組んだ洞窟内の曲がり角から、顔を少しだけ覗かせる。

 

 100cmほどの背丈で、深緑色の肌を持つモンスター。ダンジョン一階層などの上層に現れる、通称ゴブリンである。

 大きな耳に非常にずる賢そうな顔が、非常に特徴的で、どこで手に入れたかはわからないが、腰には薄汚れたボロい布切れを巻いている。


「見えた。1、2、3、確かに3体だ。とりあえず、さっき決めたフォーメーションでいってみよう。東が前衛、俺と宮下は東が引きつけたゴブリンの攻撃。音符と杏花はその援護。いいか?」


 班分けをして最初にリーダーに決まった真司の指示に、全員が頷き了解の意を示す。


「出るタイミングは俺が決めていいんだよな?」


 前衛の東が真司に尋ねる。流石の東もその声には緊張が入り混じっているが、戦意はむしろ高いくらいだ。


「どうした?もしかして怖気付いたのか?」


「ばーか!俺は鉄壁の東さんだぜ」


(こいつの度胸が羨ましいぜ……)


 真司が東に軽口を叩くと、東は胸を張って答えた。それが真司には羨ましかった。真司は小刻みに震える自分の両手を力一杯握りしめ、自分に喝を入れ直す。

 東はふぅと一度息をゆっくり吐き出し、再び息を大きく吸った。


「行くぞ、おりゃあ」


 東は掛け声とともに岩場の陰から飛び出した。

 突然現れた東に、ゴブリンは目を見開き慌てふためく。その隙に東はゴブリンとの距離を詰めていく。

 知能の低いゴブリン達は今、東に目が釘付けになっている。その好機を逃すまいとモンスターを倒す役の、真司と宮下も東の後に続く。


(俺のタレント、"相手の弱点がわかる"。なんてタレントゴブリンに使うまでもないな。心臓か首を狙えば一撃で倒せる)


武器創造クリエイトウェポン絶対切断アブソリュートカット


 真司が叫ぶと右手に一本の剣が現れる。

その剣は真司が子供の頃本で読み憧れた、アーサー王が持つエクスカリバーの見た目そのもの。

 柄と鍔は洗練された美しい青と金。刀身は傷一つなく見事な銀色に煌めき、さらに刀身には芸術品のような美しい波紋が刻まれている。


 しかしその剣は美しいだけではない、創造した武器に特殊効果を一つ付与できる真司は、その剣に絶対切断のタレントを付与させている。そのため切れ味も申し分ない。

 そしてなによりその剣は、剣の達人でもない真司が十分振り回せるだけの軽さをしている。


 真司が武器の感触を確かめている間にも、東はゴブリンへとさらに近づき、そしてゴブリンが東の間合いに完全に入る。


「喰らえ!爆烈右ストレートーー!!」


 右拳を大きく振りかぶると、右拳が赤い炎の光が一気に膨れ上がる。東は走っている勢いをそのままに、一番近くにいたゴブリンめがけて拳を真っ直ぐ突き出す。


 ドカーーン

 大きな爆発音とともに、赤く光っていた東の右拳から爆発が起こる。


「うおっ!ど、どう見てもオーバーキルだが、敵を引き付けるにはもってこいだな」


(音でか過ぎんだよ。仲間の俺が一番驚いたぞおい)


 真司は爆発音に大いに驚く。それでも東が敵の注意を引きつけている間に、真司と宮下はしっかりと他の2体のゴブリンに肉薄する。


「チェストーー!!」


 真司は薩摩示現流の気合の掛け声とともに、ゴブリンの首を切り落とす。


 絶対切断の名に恥じぬその切り口はあまりにも美しく。切られたゴブリンですら一瞬何が起こったのかわからず、少しの間手足を動かしている。

 しかし自分の首が胴体から離れ地面に落ち、首の無い自分の胴体を見て、ようやく自分が切られたことに気づき動きを停止する。


 真司、東、宮下の3人はそれぞれ一撃でゴブリンを葬った。

 ゴブリン達の骸は、音もなく光の粒となって消えていった。


「今の凄くね?一瞬だぜおい!俺たち間違いなく最強パーティーだぜ!」


「そうだな、これなら一番に到着もありえるな」


 見た目不良なのに、小さな子供のようにはしゃぐ東。そして心臓をバクバクさせながら、なんとゴブリンを倒し一息つく真司。

 それを見て出番の無かった杏花は、同じく戦闘に加わっていない音符に話しかける。


「これなら私たち出番なさそうだね、音符ちゃん」


「うん!みんなこの調子で頑張ろー♪」


 しかしそこで、女子の会話が耳に入った宮下が口を開く。


「でも、大川さんは索敵で大活躍してるよね」


「───あっ」


 杏花は口を大きく開け、その口を両手で隠し、ようやく自分だけ何も活躍してないことに気づいた。しかし杏花の出番が無いのは悪いことではない。


「ヒーラーの出番が無いのはいい証拠だから。それにこいつかなり頑丈そうだけど怪我した時はちゃんと回復してやって」


「うん、任せて!」


 真司の言葉で杏花はすぐに元気を取り戻す。なんとも現金なものだなと杏花の顔を見て考えていた真司に対し、背後から声がかかる。


「来たよ」

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