魔獣騒乱 その後3

 マリー・クララヴェルの見る夢は、昔過ごした自分の部屋で、お昼寝をしてる夢。


 夢の中で夢を見てる…不思議な感じ。


 これが夢だと分かってしまうのも、また不思議な感じ。


 ここが自分の部屋だと感じるのは、その匂いからだけれども、それだって夢。


 夢の中で、気持ちよく眠るマリーを襲う、けたたましい足音も、やっぱり夢の中の出来事でしかない。



 足音は、やがてマリーの部屋の前までやってきて、その扉を勢いよく開ける。


 それで、すぐに起きるのは、なんだか負けた気がするものだから、絶対にベッドから出はしない。


「あれ?マリーちゃん寝てるよ?」


「マリーちゃんねてるー!」


 いえ、起きてます。アナタ達に起こされました。


「マリーちゃん起きなさーい!朝ですよー?」


 嘘をつきなさい、今は昼過ぎ。なんなら夕方近い時間でしょ?


「マリーちゃんおきてー!」


 揺するなー!


 なんだか騒がしくなってきたので、一緒に寝ていた猫…名前は確かシャルルだったかな?…は、そそくさと部屋を出ていってしまい、入れ違いに、また別のけたたましい足音がして


「ソフィ!リカ!あなた達何やってるの!」


 大声を張り上げる。


 この人は、いつも怒ってたイメージがあるのだけれど、あなたも大概何やってるの…


「二人とも早く服を着なさい!」


 ちょっと待って?服を着なさいって事は二人は裸で駆け回ってるの?どういう状況?


「うるさいなー…何してるんだよフェリア…」


 そうこうしてたら、お兄ちゃんまでやってきた。


「って…フェリア、お前なんて格好を!」


「あ…見、見るな!クルーア!」



 これは夢。


 本当にこんな事があったのかもしれないけれど、それをマリーは覚えてない。


 けれど、こんな他愛もない出来事が、あの頃はたくさんあって、それはマリーにとって、本当に本当に大切な物だったんだ…



 でも、それはそれ。


 この人達の行動が、夢の中のマリーにとって、迷惑この上ない事には変わらない。


 寝てるふりをするのは止めて、ガバッと起き


「いい加減にしてよ!ここ私の部屋よ!みんな出てって!」


 マリーは心の底から叫ぶのです。







 …あれだけ騒がしかった部屋の中に誰もいないから、マリーは困惑してしまう。


 少し考えて、夢から覚めたんだと気付いたけれども、それならそれでやっぱり困惑してしまう。


 何故なら、そこは夢で見ていた自分の部屋だったから…


「ご…ごめんなさい」


 急に声がするもんだから、ビックリしてそちらを向くと、ピンク頭の女の子が立ってるもんだから更にビックリ。


「あの…すぐに、出ていきますので…」


 何故か、恐縮しまくっているけれども、それが先程の心からの叫びによるものだと気付くから


「あ、違うの。あれは夢でね?そう夢なのよ!」


 思わず取り繕うとしてしまう。


 取り繕いながら、ちょっと冷静になってきて、そうなれば当然の疑問が湧いてくる。


「…あなた、誰?」


 いろいろ、聞きたい事はあるけれども、先ずはそれ。


「あの…はい、ユーリカ・マディンです」


 その名前には、聞き覚えがあるけれども、いまいちピンとこない。


「あの…ここにいた頃は『リカちゃん』って呼ばれてたみたいで…」


「うそ?リカちゃんなの?」


 なるほど、ユーリカというのは、自分のよく知る『リカちゃん』の本名だった。そりゃ聞き覚えがある訳だ。


 けれど、それなら何故そんなによそよそしいの?


「…ごめんなさい。私、ここにいた頃の事、あまり覚えていなくて…」


 その言葉には、妙に引っ掛かりを覚えるけれども、今はとりあえず置いといて、それならそれで他に聞きたい事は沢山ある。


 何より一番聞かなくてはいけない事は・・・


「何故ピンク?」


 いや…それかい!


「これは…一番、自分に似合わない髪色にしたくて…」


 そして、あなたは答えるのか!


 いや…別に答える答えないは本人の自由ではあるのですけど、でもそんな理由なんだ…へえ…いや…でもそれ…


「に…似合ってるよ?」


 ですよね?ま、この場合の『自分に似合わない』って言うのは、単純な見た目の事では無いのですけどね?


 そんな訳ですから、似合ってるって言われても喜ぶ事はなく


「は、はあ…」


 気の無い返事をする、ユーリカ=エリエルちゃん。


 それにしたって、あまりにもよそよそしいから、マリーは訝しげ。何しろ、ユーリカ=エリエルちゃんは、ずっと顔を背けて話してる。


 流石にそれは失礼だろうと、マリーは思うから


「ねえ?どうしてこっち見て話さないの?」


 ちょっとムッとした感じで聞いちゃいますと


「いや…それは…その…」


 煮え切らない感じで答えながら、一瞬だけチラッとマリーを見る、ユーリカ=エリエルちゃん。


 目線が若干下の方だと感じたから、マリーは自分の身体に、何か付いてるのかと確認するけど、特に何も付いてません。


 強いて言うなら、申し訳程度の小さな膨らみが2つほど…ん?あ、あれー?ふくきてないぞー?


「な、なぜ!」


 マリーちゃん、ユーリカ=エリエルちゃんが、顔を背ける理由を把握。大慌てで布団をかぶる。



 さて、ここで状況を整理しましょう。


 マリーちゃんは、意識を失う前、ヴィジェ・シェリルから逃げようとしてました。


 そして、意識を失う直前、クルーア・ジョイスと再会します…


 という事は、やっぱりクルーアお兄ちゃんが助けてくれたんだ…それなら自分の部屋にいる事も納得がいく。


 そこまでは良い。そこまでは良いけれども…何故全裸?


 うん、意味が分からないよね?


 でも、ユーリカ=エリエルちゃんには、これに思い当たる事があるのです。


 自分が、ここ…正確には孤児院の方ではないけれども…に運び込まれた時も、全裸にされてた事は記憶に新しく、これが故意によるものだとするのなら、犯人は一人しか考えられない。


「な、何で私、全裸なの!」


 マリーちゃんが叫ぶと同時、まるでタイミングを見計らったようにドアが開き


「それはね!アタシが愛娘の成長具合を確かめるためよ!」


 などと意味不明な事を言いながら、犯人様のご登場。


 言ってる事は頭がおかしいとしか思えないけど、自分を『愛娘』と呼ぶその声を、マリーは決して忘れたりはしない。


 この孤児院の前に捨てられていた、生まれたばかりマリーを6年間育ててくれた人…たった6年間だけれども、マリーの母親でいてくれた人…


 メリル・ジョイスの、とにかく明るく、よく響く声。


 マリーはベッドを飛び出して、メリルの胸に飛び込んでいき、メリルはそれをしっかりと受け止める。


「お帰り、マリー…」


「ただいま…お母さん…」


 そこには10年分の思いがあり、ユーリカ=エリエルはそこに距離を感じて一抹の寂しさを感じてしまう。


 そんな母子の再会を


「あの…」


 男の声が無粋に邪魔をするのです。


「あー忘れてた!お客さんが来てたんだよ」


「良かった…3日も眠ったままだと聞いたから、心配してたんですよ?」


 そう言う若者の顔はどこかで見た事がある気がするけど、それよりも3日眠っていたという事実にマリーは驚愕してしまう。


「彼、リック・パーソン君。王都守護隊の隊員さんよ?覚えてない?」


 言われて、ようやくその人物が、ヴィジェ・シェリルから自分を助けようとしてくれた、あの守護隊隊員だと気付く。


 そうであるなら、何はともあれ先ずは謝意を示したい。


 マリーは涙を拭って、一歩、横へと移動し、深々と頭をさげて


「あの…その節は助けて頂いて、ありがとうございました!」


 言うけれども、いつまで経っても、それに対する返事が返ってこない。


 不思議に思って顔を上げると、リック・パーソンは何故か顔を赤面させて、あわあわしている。


「マリー…あなた、今、自分がどんな格好してるか忘れてるでしょ?」


 呆れ気味に言うメリルの言葉で、自分の格好を再確認し、状況を理解するまで数秒。


 少しの静寂があって、後、マリーの悲鳴が、聖グリュフィス聖堂敷地内に響き渡るのでした。








 同日。軍と守護隊は、旧地下水路の捜査結果を受け『シバース教アナトミクス派は市街へ逃亡。魔獣騒動は、そのための陽動であったと考えられる。』と、発表。ほどなく非常警戒令が解除される事となる。







「いくらなんでも結論出すの早すぎません?」


 それに対するクルーア君の感想がこれ。


 ここは、王都守護隊内の留置施設。


「ま…そう思うよな?」


 会話の相手は、様子を見にきたワルドナさん。


 ともあれ、これで軍による市内警備は解除される事になる訳で、守護隊的には悪い事ではない。


「祭が近いから、早く安全宣言出したかったんじゃないかって噂だけれど、どうだかね?」


「祭って、剣王祭の事ですか?」


 これはクルーア君、ちょっと引っ掛かる。剣王祭だって、大きなお祭りには変わらないけど、そのために安全宣言というのは、どうにも解せない。


「剣王祭もそうだが、4か月後に国王陛下の即位10年式典があるからな?」


「なんですかそれ?」


 守護隊を辞めてからというもの、ほぼ世捨て人のような状態だったクルーア君にとって、それはまさに寝耳に水。


「知らないのか?再建された大聖堂のお披露目も兼ねて、盛大にやるらしいぞ?10年前中止になった戴冠式もやるんだとか…」


「はあ!?戴冠式?」


 戴冠式を執り行うとか、もう嫌な予感しかしない。


 アナトミクス派なんて、そこに向けて行動してるに決まってるじゃないか?それなのに安全宣言なんて何を考えているのか…何か仕組まれてるのではないか、なんて勘繰りたくもなる。


「あーワルドナさん、またですか?面会するなら、ちゃんと受付通してくださいよ?」


 そこへ看守が現れるから、クルーア君は思考を一時中断。


「あー悪い悪い」


「お願いしますよ?」


 ワルドナさんが、どうやって看守の目を盗んでここに来たのか気になるけれども、それよりも看守が何のためここに来たのかだ。


 と言っても、考えられる事は数少ない。食事の時間ではないので、他に考えられる事と言えば


「クルーア・ジョイス、面会だ」


 これくらいだ。


 そうなると、誰が面会に来たのかというのが問題になる。


 嫌な予感しかしないのだけれども、一番会いたくないのは母親だな…なんて事を思ってる所に姿を現した面会相手を見て


「チッ…」


 母親以上に、会いたくない人物がいた事を思い出す。


 現れた人物、パトリック・ジオットを前に、看守とワルドナさんが緊張する中


「将軍閣下っていうのは、そんなに暇なんですかね?」


 クルーア君は、相変わらずの悪態をつくもんだから


「お、おいクルーア…」


 ワルドナさんは困ってしまう。


「良いんだワルドナ君。この国の将軍なんてのは名誉職みたいなものなんだから」


 ジオット将軍はそう謙遜して見せるけれども、そうは言っても生きた心地がしない。


 それにしたって、いくらクルーア君が甥っ子だからと言っても、将軍閣下が留置所まで足を運ぶ理由というのがちょっと思いつかない。


「実際、将軍になって、近衛の時よりもある程度自由が利くようになってね?困るのは陛下だ…それを良い事に、何かと私に物を頼もうとする…」


 そこまで聞いてクルーアは、ジオットがわざわざこんな所に来た理由を悟り


「チッ…」


 舌打ちをする。


「陛下が、お前と話をしたがっている…先日の魔獣の件で、直接礼がしたいのだそうだ」


 それは、ある意味では、母親よりも、将軍閣下よりも会いたくない人物。


 思う所…言いたい事…山ほどあるのだけれど


「良いんですか?俺、我慢できなくて、陛下の事ぶん殴るかもしれないですよ?」


 手を出さずにいられる自信が全く無い。


「流石に、それは勘弁してくれ…」


 気持ちは分かるが…と言外に含めるジオットに


「チッ…」


 もう一度舌打ちをして見せるクルーア…



 そして、物語は次のステージへと移行する…

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城下町の魔法少女 あしま @chinotetsu

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