魔獣騒乱、その後2

 別に抵抗するつもりの無いクルーア君に、王都守護隊隊員達は誰も近付く事ができない。…いや、暴れないから?…安心して?


 それを見かねて、溜息つきながら前へ出てきたのは、ワルドナさん。


 クルーア君に手錠をかけながら


「なあ?お前に手錠をかける意味ってあるのか?」


 素朴な疑問。


 魔獣の、そっ首叩き落としたクルーア君を、手錠をかけたくらいで、どうにかできるとは思えない。


「なんなら足にもかけますか?」


 それに対してクルーア君が、笑顔で皮肉っぽく答えるもんだから、深い溜息が漏れる。


 そこへ


「納得いきませんよ!何でクルーアさんが逮捕されなくちゃいけないんですか!」


 若手守護隊隊員が抗議の声を上げていて、それが自分のよく知るリック・パーソンくんだと言うのだから、さらに深い溜息をつき、『お前…クルーアの事嫌ってただろ?何がどうすればそうなるんだ?』と、内心で独り言つ。


 さらにさらに


「その剣は、私の判断で、彼に貸した物なんだけどね?私も、彼の逮捕には納得いかないなー?」


 近衛騎士様までが、参戦してくるもんだから、もう何をか言わんや。ワルドナさんの心中お察しいたします…


「ダメですよイヅチ先輩」


 免罪を求めようとする、スカーレットを制止したのは、意外にもクルーア君で


「現場の末端に、そんな裁量を求めたら、かわいそうでしょ?」


 それは、所詮組織の歯車でしかない守護隊隊員への配慮。


 スカーレットも、それは正論だとは思うから


「うーん…それもそうだね?…分かった、守護隊には改めて、近衛から正式に抗議を入れるよ」


 そう答える。


 そう答えるけれども、近衛からの正式な抗議というのは…要するに、圧力かけます宣言ですよね?…良いんですかそれ?


「よろしくお願いします」


 笑顔で答えるクルーア君ですけど、良いんですかそれ?…良いのかな?…ま、いっか?


 そこでクルーア君、スカーレットの隣に、フェリア先生がいる事に気付いて


「悪い、フェリア…母さんによろしく伝えておいてくれ」


 こちらにも、良く分からないお願いをする。


『よろしく伝えてくれ』と言われても、何をどうよろしく伝えれば良いのか分からないですよね?


 でもお願いされてしまえば、基本的にはお人好しのフェリア先生に、断るという選択肢は無く、深い溜息でもって渋々了承した事を伝えます。



 さて、問題は後一人。


「リック!」


 この頭の固い少年をどうするか…


「なんですか!」


 クルーア君を庇ってる割には、庇ってる相手に対して、反抗的なパーソンくんですけれど


「お前、ヴィジェ・シェリルと互角に渡り合ったからって、調子乗るなよ!」


 調子に乗ってると言われて、すぐに『そんな事は無いです』とは返せない所へ


「守護隊を続けるなら、上の言う事はちゃんと聞け!」


 正論…なのかな?…で畳み掛けるクルーア君。


 この時、この場にいた守護隊時代のクルーア君を知っている人達は、全員『お前が言うな』と思ってたのは、ここだけの話。


 その後に


「お前は、俺みたいになるなよ」


 というセリフが続いた事で、『だから、お前が言うな!』と彼等が思ったのは言うまでもない。



 話が少し逸れましたね…



 いずれにしろ、パーソンくんに返す言葉は無く、この人には、いつもお説教をされてる気がするのだけれど、それがなんだか悪い気がしなくなっているのが、ちょっとアレ。



 さて、ここまでのクルーア君の台詞には、気になる人には気になる文言がいくつか混ざっており、それはこの後に来る


「まあでも、今のお前なら守護隊以外の選択肢もあるか?」


 この台詞にかかっているのだけれど、守護隊以外の選択肢と言われても、パーソンくんには何のことやら分からない。


 これは、異常に勘の鋭い特定の人物に対するメッセージ。


 そのメッセージを受けた人物…スカーレット・イヅチは、フェリア先生の持っていた、布に包まれた棒状の物体を奪うと、スーっとパーソンに近づき、それを叩きつける。


 静まり返る事、数秒…スカーレットの放った一撃を、リック・パーソンが、自身の剣の鞘で受け止めている。


「なるほど…ヴィジェ・シェリルと互角っていうのも、大袈裟じゃないみたいだね?」


 ニッコリ微笑むスカーレットに


「流石にそれは大袈裟ですよ…クルーアさんが来てくれなかったら僕は死んでました」


 謙遜してせるパーソンくん。でもこれは本音。


 実際、あのままクルーア君が駆け付けてなければ、あの少女共々、殺されていたに違いない。少なくともパーソンくんはそう思っている。


 だから調子に乗って無い、と言えるかと言えばそんな事は無い。だって自分が、もしかしたら超人の類だって言われたら、そりゃ嬉しいじゃん?


 もしかしたら、パーソンくんの夢である、守護隊から軍への登用…それを飛び越えて、まさかの近衛騎士に!なんて事も…あ、守護隊以外の選択肢ってそういう事か?


 と、パーソンくんは気付きましたけど、でもちょっと違う。これはパーソンくんに選択権がない…




 さて、この場にいるほとんどの人達、ここまで何が起こったのかは理解できてるけれども、その重大性はあまり理解できていない。


「でも、ヴィジェ・シェリルと戦って、君は生きてる!」


 傍から見たら『近衛騎士様、突然のご乱心』にしか見えなず、フェリア先生ですら、ここまで来てようやく話が見えてきた感じ。


「うん!面白いね君!良かったら来月の『剣王祭』出てみない?」


 その状況も、スカーレットのこの一言で一変する。


 『剣王際』


 それは、推薦さえあればだれでも参加できるけれども、そのレギュレーションのせいで事実上パラノーマルのための祭典となっている、年に一度の剣術大会。



 近衛騎士スカーレットから、そのお祭りへの参加を薦められるという事が、パラノーマルとして有名な犯罪者、ヴィジェ・シェリルと互角に戦ったという事実と合わさり、1つの可能性を示している。


 すなわち、守護隊隊員リック・パーソンは、パラノーマルかもしれない。


 守護隊隊員達に衝撃が走り、場がざわつき始めた所で


「それじゃ、行きましょうか?ワルドナさん」


 言ってクルーア君、スタスタ歩き出してしまうから、困惑中のワルドナさん慌てて追いかけて


「お、おい、どういう事だ?リックが剣王祭?」


 クルーア君に聞くけれど


「夢があって、才能があって、でもチャンスが無くて埋もれてしまう…っていうのは何か勿体ないじゃないですか?才能ある若者には、チャンスが与えられるべきだと思いませんか?」


 質問の答えになってないと思うから、ワルドナさんご立腹。


「ま、後はアイツが決める事ですよ?」


 そう言って、クルーア君はさっさと歩いて行ってしまうから、パーソンくんが気になるけれど、クルーア君を連行しなくては行けませんから、ワルドナさんはついていくしかないのです。




「ああ、でも推薦人がいるのか?私じゃ出場者だから推薦人には、なれないしなー」


 招待されていない一般人が剣王祭に出場するには、推薦権を持つ人物から、推薦してもらうという高い高いハードルがある。


 パーソンくんに、そんな当てが有る訳もなく、ちょっと期待してしまった事もあり肩を落としてしまう。


 その姿を見ていたフェリア先生、深いため息をついて


「『母さんによろしく伝えて』ってそういう事か?」


 独り言ち、パーソンくんに近付いていって言葉をかける。


「リック。君にその気があるのなら、僕に推薦人を紹介できると思うけど、どうする?」


『あれ?二人知り合いなの?』って顔しているスカーレットは置いといて、その申し出にパーソンくんの目が輝く。


 しかし、断る理由等無いはずなのに、パーソンくんの口から出る言葉は


「少し、考えさせてください…」


 うん、なんとなく気持ちは分かる。理由は無いけど即答できない時ってあるよね?




 『そうは言っても結局は出るんでしょ?』と思っているスカーレットが


「うっひゃー!今年の剣王祭は面白くなりそうだ!」


 両手を上げて、天に向かって叫び、フェリア先生が先程とは違う、安堵の溜息を漏らす中、守護隊隊員達はただただ、ただただ困惑するばかりなのです…


 いや…あなた達、仕事しなさいよ…







 少しだけ時間は巻き戻る。




「流石に、あのサイズの魔獣は、使い勝手が悪そうですね~」


 事の顛末を見届け、本来の目的のため、仲間と合流するべく、人のいない貧民街を歩く、シバース教アナトミクス派の二人。


「ねえ?ジェリコーさん。あなた、魔獣化魔法を使って何をするつもりですか?」


 リチャード・ヘスコーの質問は、唐突に、根拠は無いけど何かを確信して行われた…


「何をって…それは、組織に協力するた…」


 …のに、アルフォンス・ジェリコーは、はぐらかそうとするもんだから


「違いますよね?」


 全部言う前にシャットアウト。


 ちょっとの睨み合いがあって…しかし、ジェリコーがヘスコーに敬意を持っているというのは本当ですから、これ以上はぐらかす事はしない。


「…ヘスコー君。君も魔獣の研究をしているなら、パラノーマルの起源について聞いた事があるでしょう?」


 質問に質問で返す訳だけれども、ヘスコーにはこれで十分。やはりそうか…と、思っていた通りの答えだったのである。


「僕は、迷信だと思ってますけどね?」


 しかし、その話には否定的。否定的だけれども


「でも、興味はありますよ?」


 との事。それはそれ、これはこれ。


「人間を魔獣化したら、どうなるのか?…」


 何よりそれこそが、リチャード・ヘスコーが魔獣の研究を始めた切っ掛けなのだから…


「あなた…本当に面倒臭い人ですね~?」


「あなたに言われたくないですよ?」


 経緯は持っていても、好きではない。好きではないけど妙に気が合ってしまう二人。




 その二人の上空を、魔法少女が飛び去っていく…




「アレが、10年前、都市伝説扱いにされた『空飛ぶ幼女』なんですよね?」


「ええ、間違いないでしょう…」


 ヘスコーだって、ずっと都市伝説だと信じてたいた。


 いかに魔法のある世界とは言え、人が空を飛ぶなんて事はちょっと考えられる事では無く、そうであればこそ、あの子とその子は同一人物と考えられる。


「そして…エヴァレット大聖堂を破壊し、400人近い人命を奪った魔力暴走を引き起こしたのは、おそらく彼女です」


 それはリチャード・ヘスコーには初耳の事。


 だって


「世間では、それも我々の仕業だと言われてるみたいですけどね?」


 それが一般常識。


「まあ、実際に彼女が魔力暴走をする所を見た者が居る訳ではないのですから、確証は無いのですけれど…それは我々だって同じ事なのですよ…」


 それが事実だとするのなら


「何か…面白くないですね?」


 そう思うのが当然というもの。


 しかし、リチャード・ヘスコーという男は、そこで『ふざけるな!』とはならず、『真相が知りたい』と思うような男。


 確かあの事件の時、一人だけ生き残った人がいたはずだ…その人物なら何かを知っているかもしれない…



 そこまで考えた所で


「お前ら遅いよ!何してんだよ!早くこっち手伝えよ!」


 戻りが遅い二人に、業を煮やしたヴィジェ・シェリルが現れたので、思考を中断。


「さて…では、ワタクシ達は王都を脱出する事といたしますか?」


 そう言って、ジェリコーが不敵に笑うのを受け


「面倒臭いな…」


 リチャード・ヘスコーは独り言つ。

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